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224 コロナと女神さま。
しおりを挟む神竜が住む世界で一番高い山。
もっとも空に近い場所に聳え立つ神殿、その最上段に位置するのが、この円形をした展望台。展望台といったって、ここだけでも普通の城ぐらいならば、すっぽりと納まるほどの広さがある。
飛来したドラゴンたちは、ここを使って神殿内部へと出入りをしているとのこと。
ここに立つとあまりの高度ゆえに、周囲の雲海を見下ろす格好になる。
気温は低く凍えるほどで、空気も薄い、でも澄んで冴え渡っており、オレの目には月明りに照らされたこの場所が、驚くほどに鮮明に映っていた。
人化した老人が懐より半透明をした拳大の玉を取り出すと、天へと翳す。
月がそれに呼応するかのように紅さを増す。
月光を受けて玉が輝き出し、やがてすべての視界がその輝きによって埋め尽くされた。
あまりの眩しさに目を閉じる。
オレが再び目を開けたとき、目の前に一人の女性がいた。
教会や神殿などではお馴染みの女神さまの姿によく似た、美しい人。
「ようこそ、ムーさん。私の名前は※※※といっても、貴方たちの耳じゃ聞き取れないのよね。だから私のことはママとか、お母さんとか、呼んでちょうだい」
どうやらこちらの女性が高次元過ぎる存在ゆえにおこる弊害らしい。きっと互換性って奴だな。上位は下位をカバーできるが、その逆は無理みたいに考えると理解しやすい。
それにしたって、初対面の相手をいきなり母親呼ばわりは少しハードルが高い。まして中身がおっさんの青いスーラにママはない。かといってキラキラと期待した眼差しを向けてくるこの人に、「それはちょっと」とも断り辛い。
《えーと、それじゃあ、母上とお呼びしても》
「母上……、それ、いいわね! 母上さま、なんていい響きなのかしら。スーラを産み出し続けること幾星霜、まさかこんな風に呼ばれる日が来るだなんて。感動だわ、あっ、涙が出ちゃう。くすん」
グズグズと泣き始める彼女、慰めようとすると余計に感涙して、それが落ち着くまで、しばらくかかってしまった。とりあえず茶菓子でも渡してご機嫌でもとろうとして、初めてアイテム収納が使えないことに気がつく。
「あっ、最初に教えておくべきだったわね。ここは精神世界なの。あの光る珠を使って貴方の精神だけを、月まで呼び寄せたってわけ。本当は直に会って抱きしめたかったのだけれども、それをしちゃうと世界にどんな歪みが起こるかわからないから。だから基本的に私たちは、世界に直接関与することは禁じられてるのよ」
《私たち?》
「えぇ、この世界を創るのに携わった仲間たち、貴方たちで云うところの神様ね。ここはちょっと特殊でね。もの凄い数の神様が創造に関わっているのよ」
《なるほど、そのわりには女神さまの姿しか伝わってないですよね?》
「あー、それはたぶん、今の私と同じ理由だと思う。貴方の目に映っているこの姿って仮初なの。下界に降臨するときに使う現身みたいなモノかしら。さっきも話したけれども、直に関与するには、私たちの存在はあまりに強すぎるの。世界の方が耐えられなくて壊れちゃうぐらいに。本体を目視しただけでも地上の子らなんて多分死んじゃうと思う。だから必要に応じて降臨するときには、用意された人型を用いるの。それがこのバインバインな金髪美人というわけ」
《バインバインって……》
「だってムーさん好きでしょ? ちゃんと見てたわよ。人魚たちに抱かれて喜んでいたじゃない」
《なんで! 見てたっていつ! どこでっ!》
「他にも泉の森で特訓していたところとか、異世界転生ヒャホーとか、スタンピートや破軍を何とかしようと頑張っているところとか、ずっと見てたわよ。ほら、貴方が何かをするときって、いっつも空に月が出ていたでしょう」
《あっ……》
思い返せば、あの時もあの時も、いつも夜空に紅い月が出ていた。やたらと気まぐれに現れるとは思っていたが、まさかそんな秘密が隠されていようとは。
「母親ですもの、我が子が頑張っているんだから、見守るのは当然です」
そう言って得意気に胸を張る女神さま、ずっと見られていたこっちは恥ずかしさのあまりに、悶え死にしそうだというのに。
「そういえばスーラについて訊きたいんだったわね。いいわ、ここまで辿り着いたご褒美に母上さまが教えてあげます。さっきも教えた通り、この世界には多くの神たちが関わっているの。でもみなが頑張り過ぎたせいで、どうにもバランスが悪くなっちゃってね。創世期に計画も調整もしなかったんだから当然なんだけど、おかげでしばらくしてから負のエネルギーがあちらこちらから、過剰に噴出するようになったの。もう、洒落にならないくらいにね。このままだと作ったばかりの世界が駄目になっちゃう。そこで出来る女の代表格でとっても頼りになる私のところに、みなが泣きついてきたというわけ。それで産まれたのがスーラなのよ。説明終わり」
《へー、って肝心なところを端折らないで下さい! 『それで』のところが重要なんですから!》
「あーん、怒らないでよー、息子が早くも反抗期に突入したー」
思わず声を荒げて突っ込んでしまったオレに、女神さまが泣きべそをかいた。なんだか調子の狂う御方だ。もしかして出来るから泣きつかれたんじゃなくて、面倒だから後始末を押し付けられただけなんじゃないのか?
「くすん。そんなに怒らなくたっていいじゃない。母上は悲しいわ、ようやく会えたっていうのに息子の関心は我が事ばかり……、もうちょっとぐらい私に興味を示してくれてもいいでしょうに」
女神さま……思った以上に面倒くさい。
でもそんなことを言ったら、また泣き出しそうなので、ここは宥めすかしてご機嫌をとろう。そのかいあって、すぐに機嫌を直した母上はスーラについて重要なことを語り始める。
「スーラは、存在そのものが、この世界の浄化装置なのよ。世界に蔓延する悪いモノを自然に吸収しては濾過することで、世界を清浄に保っているの」
《なら、どうして他の連中に無視されるんだ? むしろ大切にされそうなもんだろうに》
「それは私が体に施した強力な認識阻害のせいね。大切云々に関しては、重要な役目を託されているだなんて、知っているのは世界でも片手で数えるほどだけだからじゃない。でも海の子たちは感覚で悟っているんでしょうね。自分たちにとって大切な存在であると。だから海ではモテモテなのよ」
《なんだってそんな真似を……》
「もちろん装置としての機能を保持するため、もしも他の生物らに襲われたら、世界に放った意味がないでしょう。機能上、高性能な体にしたけれども、かといって絶対ではない。あとは我が子の身を案じる母の愛よ。我が子が無残に喰い荒らされるところなんて見たくないもの」
《母の愛……この体が? では知能を与えなかったのは、何故なんです?》
そう、オレがもっとも疑問に感じていたのは、この事だ。
世界を維持するための役目を与え、高性能な体までをも与えたというのに、肝心の知能を与えない。これでは片手落ちではないか。せっかくの性能も使いこなせなければ、宝の持ち腐れではないのか。
これに対する彼女の答えは、またもや「母の愛」であった。
オレも思わず顔を顰めずにはいられない。しかし母上の表情は、これまでとは打って変わって真剣そのものであった。
「べつにふざけているわけじゃないのよ。本当のことなの。だって考えてみてもちょうだい。自身の体を使っての世界の浄化、その使命を全うするためだけに存在し続ける、とても長い時間を。もしも高い知能があった場合、果たしてどうなると思う? 答えは狂っちゃうの。ずっと暗い独房に放り込まれていると、人の精神がまいっちゃうみたいに、いずれ心が潰れちゃうの。神竜も言っていたでしょう、運命なんてモノは存在しないと。それが産まれた瞬間に確定する。その重み、苦痛、恐怖、閉ざされた未来、絶望には何人も抗えない。ドラゴンが悠久の時を生き永らえられるのは、選択の自由が与えられているから。神にしたってそうなの。みな未来を選び取れる可能性があるからこそ、今日を頑張れるの、明日へと歩いていけるの。でもスーラにはそれが許されない。だったらせめて苦痛を感じないようにしたいと私は考えたの……」
《それが知能の剥奪だということか……なるほど、確かに母の愛だな》
いずれ苦悩し破綻することが確定しているからこその処置。
正直、この話を聞かされている最中に、体の奥底から沸いて来る怒りが確かにあった。何を勝手なことをと。だが同時に理解も出来てしまった。スーラが狂って暴走したらどうなるのかは、黒い怪物を見れば一目瞭然だ。世界を救うはずの存在が、世界の脅威となってしまう。きっとアイツはあまりにも汚いモノを喰らい続け過ぎたんだ。それこそ浄化機能が壊れてしまうほどに。
与えるばかりが愛じゃない、時には奪うこともしなくてはいけないだなんて、母親ってのは本当に凄いな。そう思った途端に、オレの中の怒りはさらりとどこかに流れて消えた。
《そういうことだったんですね……納得しました。ようやく胸のつかえがとれました》
オレがそう伝えると、どこかほっとしたような表情を見せる女神さまであった。
「さて、名残惜しいのですが、そろそろお別れです。あまり長い間、貴方の精神をここに留めていると肉体との乖離が起こって、戻れなくなってしまいますので。なんならここで私と一緒に暮らしますか?」
オレは慌ててスーラボディを震わして断る。
するとクスリと彼女が笑みを浮かべた。どうやら一杯食わされたらしい。
「では最後に一つだけ、ムーさんにお訊ねしたいことがあります」
居住まいを正し改まった母上、女神の威厳が全身より溢れ、後光を放ち空間に神気が満ちて、思わずオレの背筋もしゃんとなる。
彼女の最後の質問、それは「記憶を消して普通のスーラに戻りますか」というものであった。さっきの説明からすると高い知能を保有していると、ほぼ狂うことが将来的に確定しているらしい。つまりオレの未来はどん詰まりというわけだ。これもまた母の愛ゆえの残酷な質問なのだろう。
だがオレはまだ諦めちゃいない。何故なら、こちとら中身は前世の記憶持ちのおっさんだからだ。普通のスーラと一緒にされちゃあ、心外よ。
《心配してくれてありがとう……、でもオレはまだオレのままでいたい。オレの中には、もったいなくて捨てられない想い出が、あまりにも多すぎる。そいつを忘れてのほほんと生きるなんて、奴らに対する裏切りになってしまうから。それにコロナもいるし、せめてアイツが動いているうちは、どうにか踏ん張ろうと思う》
「本当にそれでいいのね? きっと辛いわよ、それでも後悔しない?」
なおも念を押してくる心配顔の母上。
女神の仮面はとっくに剥がれてしまっている。そんな彼女を安心させるためにも、オレは力強く相手にも己にも言い聞かすかのように、こう宣言した。
《あぁ、オレはこの道を行く。とびっきりいい女と自由に生きるって約束したからな》
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