青のスーラ

月芝

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222 コロナと神竜。

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 幾つもの朝を迎え、幾つもの夜を超えた。
 北の大地に足を踏み入れて、すぐに数えるのを止めてしまった。
 森を超え、荒野を超え、氷原を超え、ついに神々の峰にオレとコロナは辿り着く。
 これまでの悪天候が嘘のように、見上げた空は青く澄み渡り、尾根から吹く風は穏やかに流れ、粉雪が静かに舞っては、陽光を受けてきらりと光る。

 最果てと云われる場所は、染みひとつない純白の世界であった。
 あまりの白さに足を踏み入れるのを躊躇わせる清らかさが、そこには満ちていた。
 だというのに、コロナはズンズンと雪の上を進んでいく。
 どうやら自動人形に情緒や感傷といったモノは備わっていないらしい、代わりに雪上移動機能が備わっていたようだ。きっと過去の武芸者らの情報から、有益な歩法でも見つけて活用しているのだろう。
 オレも慌てて彼女の背中を追いかける。
 するとじきに己の内より、先ほど感じたような敬虔な気持ちが、消え失せてしまったことに気がつく。どうやら一度でも人の足跡がついてしまうと、深雪の魅力が激減してしまうようだ。

「マスター、神竜はこの峰の中で、一番高い所にいるんですよね?」
《ティプールさんの話によればそうなる。とりあえずここの一番天辺まで登ってみて、周囲の様子を見てみよう》

 幸いにして神々の峰の気候は穏やか、ホバークラフト形態にて走行しても支障はなさそうだったので、オレは途中からコロナを乗せて斜面を登ることにする。
 ここもまた人や獣が立ち入らないので登山道のような便利なモノはない。適切な経路もわからないので手探りで進んでいく。
 慎重に事を運ぶ、調子には乗らない。遠くにて雪崩が発生しているのを目撃したからだ。あんなものに巻き込まれたら、麓まで流されて、また初めからなんてことになってしまう。双六じゃあるまいし、ふりだしに戻るなんてゴメンだ。
 そんなわけで頂上へと到達するまでに、丸五日を要した。傾斜が厳しくないからこの程度で済んだが、おそらくこれから先はこんなものじゃ済まないだろう。

 そう覚悟を決めて臨んだ頂上にて、オレとコロナは早速出鼻を挫かれる。
 青いスーラと自動人形が頂へと至り周囲の絶景に息を呑む。
 まさにその瞬間、景色が切り替わった。

 遥か遠くまで続く白い稜線は消えて、代わりに目の前に巨大な金の塊が出現する。
 そこは荘厳なる白亜の神殿の内部であることは一目でわかった。だが目の前に鎮座する圧倒的な存在が、ドラゴンであると理解するまでに、たっぷりと時間がかかった。それはすぐ隣にいたコロナも同様であったらしい。だが理解したのと同時に彼女は、つい反射的に武器に手をかけようとしたので、寸でのところでオレが止めた。

《落ち着け、コロナ!》
「す、すみません。気がついたら勝手に体が動いていました。どうやら自己防衛機能が働いてしまったようです」
《そうか……、連れが失礼をした。もしや御身が神竜であろうか》

 詫びを入れてから形式ばった言葉で話しかけると、金のドラゴンが目元を細め、直接脳裏に語りかけてくる、念話だ。その声音はとても穏やかなもので、威圧感などまるでなく、好々爺然としたものであった。

「よいよい。嬢ちゃんから話は聞いておる。そんな堅苦しい台詞を吐かんでも、いつも通りで結構。主がムー殿よな? 本当に青いスーラなのだな。この地を訪れる最初の者が、よもやスーラになろうとは、あやつもさぞ驚いていることであろうのぉ。ホホホホッ」

 どうやら事前にティプールさんが連絡を入れてくれていたようだ。
 神竜によればオレとコロナが北の大地に足を踏み入れてから、ずっと様子を興味深く観察していたらしい。おっちらと時間をかけてようやく、そこまで来たところで、ついに痺れを切らしてサクッとご招待されたようだ。
 強制転移魔法を事もなげに使う、さすがは最古の竜と言われるだけのことはある。規格外の更に上を行く規格外さだ。

「いささか無作法ではあったが許されよ。どうにも待ちきれなんでな。ずっと会いたかったのだ。あの子が随分と世話になった。まずは礼を言わせてくれ。ありがとう」

 黄金の竜が長い首を動かして、青いスーラに頭を下げる。
 他のドラゴンたちが見たら卒倒しそうな光景を前にして、オレとコロナは引きつった笑みを浮かべて固まるしかない。

「おかげであの子もようやく笑えるようになった。しかし、よもやヒトの料理人に嫁ぐとはなぁ。盛った馬鹿共にはいい気味じゃわい。図体ばかりデカくなりおって、恋のイロハをまるで理解せぬ。ワシの若い頃なんて……」

 あっ、ヤバイ、と思った時には手遅れであった。年寄りの繰り言と武勇伝は長いと相場が決まっているのだ。案の定、延々と神竜の赤裸々な過去がここに明らかになる。
 話によるとかつて人化して里に降りては、かなりブイブイ云わせていたようだ。
 しかもこの爺さん、若い頃に地上で所帯を持っていたことがあったんだとか。だが連れ合いは短命種で、わずか数十年にて別離することになる。それ以降は北の大地に戻って、亡き妻を偲びつつ、のんべんだらりと過ごしているんだと。要はティプールさんと同じというわけだ。どうやらドラゴンは一途な方が多いらしい。

「神竜さまを堕とすとは、その方は恋の女神ですか?」

 空気を読んだ自動人形が、最初の失敗を挽回しようとドラゴンをよいしょする。コロナはやれば出来る子なのだ。しかし今回はそれが仇となる。
 おかげで聞きたくもない愛妻自慢が延々と続く。
 なんと七日間もぶっ通しでっ!
 悠久の刻を生きるドラゴンの時間的概念を舐めていた……、かといってオレたちに、彼の話を途中でぶった切るような勇気はない。
 途中から面倒になったのか、神竜は白髪の老人の姿に人化して、話に興じるようになる。驚異の饒舌ぶり、長らく一人で過ごしてきたせいか、会話に飢えていたみたい。
 こちらが用意したティプールさん特製のお菓子の数々を摘まみながら、ドラゴンと青いスーラと自動人形という組み合わせの、世にも奇妙なお茶会。よもやま話に妖華が咲く。

 オレとコロナは、後にこの時のことを「口災いの七日間」と名付け、二度と同じ轍を踏むまいと固く誓い合うのであった。


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