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221 コロナと吹雪の夜。
しおりを挟む吹雪に足止めされること三日。
ようやく風が止んだ隙に急いで出発する。
氷原を走る青いスーラとその背に跨るオカッパ頭の自動人形。
ここは北の大地の氷原地帯、一歩足を踏み入れた途端に世界が激変する。
森では亜熱帯特有の湿度に苦しめられ、荒地では乾いた空気にウンザリし、そしてここでは気まぐれに吹き荒れる雪の嵐に翻弄されている。
氷原では天候がコロコロと変わる。さっきまで晴れていたと思ったら、五分後には暗雲が垂れ込めてふぶき始める。ほんの一時間ほどで収まるときもあれば、それこそ数日に渡るときもある。視界はほとんど利かなくなるし、ホバークラフト形態にて疾走するなんて、もちろん不可能。だからその間は足元を掘って穴篭りをし、嵐が過ぎるのをじっと待つ。
幸いなのはオレがスーラという謎生物であり、コロナが自動人形であるということ。
高性能スーラボディは寒さをモノともしない。自動人形の方は四割ほど機能が低下するものの平常運転には問題ない。彼女の体も大概に頑丈だ。でもそのおかげでオレたちは、この過酷な北の大地でもなんとかやっていけている。
僅かな晴れ間に距離を稼ごうと急ぐオレたち。
目の前に神々の峰と呼ばれる地は見えているというのに、進めども進めども一向に近づかない。距離感が狂うほどに山脈が大きく、この氷原が広いということなのだろう。
「マスター、東の空に雲が発生しています」
《わかった。すぐに停まって穴に篭ろう》
走行中はコロナが周囲の空模様を警戒して、異変があったらすぐに穴を掘って待避する環境を整える。これが氷原においての正解だと気づくまでに、二度ほど痛い目にあった。
初めはこのぐらい平気、すぐに雪も止むだろうと甘く考え、方向を見失い強烈な寒波に翻弄された挙句に、深い割れ目に落下するという失態を冒した。
二度目は粉雪が途中から雹に変ってコロナと二人してボコボコにされた。暴風とか突風に乗って飛んでくる氷の礫が、上から降ってくるのではなくて、水平方向から弾丸のように飛んでくるということを、嫌ってほど思い知らされた。
そんなことがあって以来、オレたちは無理をしないようになった。
すぐに空模様が急変し、風が強さを増した。慌てて掘った穴の中へと入った直後に、激烈な吹雪が始まり、氷原にいるすべてを無差別に攻撃していく。
「始まりました。今日はここまででしょうか」
《そうだな。止んだところですぐに陽が暮れる。ここまでにしておこう》
アイテム収納より取り出したクッキーやパンケーキを摘まみながら、カップに注いだ温かい紅茶を啜り、外の音に耳を傾ける。轟々と吹く風の凶悪さは今日も健在だ。
「そもそも神竜は、どうしてこのような辺鄙な場所に住んでいるんでしょう」
クッキーを頬張りながらコロナがそんな事を言い出す。
だがオレには答えようがない。
《さぁな、ティプールさんによれば、彼女も知らないずっと昔から、そこにいるって話だし》
「やはり魔素の濃度が関係しているのでしょうか」
《そいつはどうかな、だったら他のドラゴンたちもみな、北の大地で暮らしていてもよさそうなものだ。だが今のところそんな形跡はどこにも見当たらない》
「……それもそうですね。しかし広く世界に存在が知られているということは、少なくとも外の世界に姿を見せていた時期もあったということです。きっとその頃に何かあったのでしょう」
《案外、歳のせいで億劫になっただけとか。ちょっとボケボケしてるってティプールさんも言ってたから》
「もしくは大失態を冒して、懲罰的にこんなところに押し込められているとか」
《神竜をどうこうするだなんて、それこそ女神さまとかの領域の話になるな。そんなもん、一介のスーラの手には負えんよ》
「女神さまですか……、世界中に痕跡はあるのですが、どうにも不可解な存在です。これまでの旅の途中でもその都度、情報は仕入れていたのですが」
《神なんてそんなもんじゃないの。何か気になることでも?》
「なんて言いますか、一貫性に乏しいのです」
《一貫性?》
「はい。ある国では豊穣をもたらしたと思ったら、違う国では破壊の限りを尽くしていたり、ただの村人に力を与えて勇者にしたり、逆に人から力を奪ったりと、とにかく行動がバラバラで捉えようがないんです。とても同一人物の行動だとは思えません」
《ふーん、もしかしたら女神さまって一口に言っているが、実際には複数いるのかもしれんぞ》
「私もそう睨んでいます。そう考えると色々とつじつまがあうのです。ただ、そうだと仮定すると、どうしてもわからないことがあります。いろんな神がいるのに、どうして伝わる姿が、あの彫像や絵姿だけなのでしょう」
コロナが言っているのは、各地の神殿や教会などに祀られている女神像や壁画などのこと。どこにあるのも似たような姿をしており、とても別人とは思えない。彼女の疑問はもっともである。オレも一緒になってしばらく考え込む。すると隙間より穴の中にヒュルリと寒風が吹き込み、スーラボディをぶるんと震わせた拍子に、ふと思いついたことがあった。
《もしかしたら……、見分けがつかなかったんじゃないのか?》
たとえばこのオレ、スーラという謎生物。
色や体の大きさなどで多少の見分けはつくが、他者からすればスーラはスーラという認識でしかない。だが実際にはオレのように知能を有する個体もあれば、のほほんと暮らしているだけの奴もいる。女神もこれに該当するのではないのか、とオレは考えた。だとすると難しいことでも何でもない。モンスターや獣たちと同じこと。女神という種族がいる。ただそれだけの話だ。
「なるほど、女神という種族ですか……、それは面白い考えです。我々が同じ種のモンスターの見分けなんて碌につかないのと同じですか。どうやら神という言葉に誰もが幻想を抱き過ぎているのかもしれません。それに惑わされて我々は本質を見失っている」
《そこまで大袈裟なもんでもないよ。あっちが高次元過ぎて、こちらが正しく認識出来ていないって可能性も捨てきれんしな。なにせ相手は女神さまだ、世界を創るような御方を、地べたを這いずり回るオレたちがちゃんと理解できると考えるほうが、よっぽど傲慢だろう》
「……マスターはときおり自虐が入りますよね。やはりイジメられて喜ぶ変態だからでしょうか?」
《誰が変態だ! って、なんだか久しぶりに言われたような気がする》
「それだけここでの生活にも慣れたということです。ようやく環境に体が適応してきたらしく、現在のところ稼働率七割強にまで回復しています」
《スゲェな、自動人形!! まじでどうして昔の奴ら、あんな天才を放置したんだよ。馬鹿とビッチのせいで、世界が被った損失が計り知れんわ》
天才とはコロナの製作者のこと。馬鹿とビッチとはその天才の研究を横取りした友人と寝取られた恋人のことである。どちらも最悪だが、よりにもよってその二人が手を組んだ。近しい人からの裏切りが重なった彼は、人間不信に陥り隠遁生活に突入したまま、不遇のうちに亡くなったのだ。
そんな彼が残した自動人形が、おりに触れて主人格であるオレを変態呼ばわりする。
発見時のメイド服姿といい、この口の悪さといい、異様なまでの高い設計思想といい、天才の考えていることなんて、凡人のおっさんには及びもつかない。
こんな風に青いスーラとオカッパ頭の自動人形が、穴ぐらにて適当に真面目っぽい感じで、議論ごっこを重ねているうちに、外は暗くなっていた。
闇の中を轟々と風がうねって荒れ狂っている。
吹雪はまだ止みそうもない。
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