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220 コロナと北の大地。
しおりを挟む鬱蒼と生い茂る広大な森を抜けて、荒野の道なき道を進む。
口で言うほど簡単な道のりではなかった。
生き物がほとんどいない密林というのは、自然の迷路であり牢獄でもあった。
小まめに高い木に登っては、太陽の位置を確認しないと、すぐに迷う。
当初はそれに気が付かずに、何日もかけて同じ辺りを、ぐるぐると回っていたなんてこともあった。獣道の類が存在しないので、どこもかしこも枝や根が複雑に絡み合って密集しており、通り抜けられる場所がほとんどなく、行く手を阻む存在を打ち払いつつ進むしかない。
力任せに剣を振るい斬撃を飛ばすも、魔法で吹き飛ばすも、効果は薄い。
水気をたっぷりと含んだ生木は柔軟にして堅牢、それが折り重なるように生息して、格子の役割をしている森の中にいると、まるで脱獄不可能な巨大な監獄なのかと錯覚させられる。加えて不快な湿気に衣類は濡れそぼり、ぬかるんだ地面に足を取られ、ときに沼地が立ち塞がり、針山の如く突き出た根の原に迂回を余儀なくされた。
終わりの見えない緑の景色。
それがついに途切れた時の感動、だがそれも長くは続かない。
今度は岩と土塊だらけの枯れた荒野が出現したからだ。
曇天が多く、青空が顔を見せることは稀で、赤茶けた地面には草がほとんど生えていない不毛地帯。遥か彼方の山々から吹いてくる乾いた風が、砂埃と寂寥を運んでくる。
魔素濃度の高さから、前人未踏となっている北の大地。
オレとコロナはそこにいた。
ここへと至るまでに幾つもの国を通り抜け、数え切れないほどのモンスターを屠り、数えきれないほどの出逢いと別れを繰り返し、様々の冒険を経験してきた。
空は極力飛ばなかった。飛行形態にて空を進めば、確かに簡単なのかもしれないが、それでは見えないモノがあまりにも多すぎる。また北の大地では違う意味で空を飛ぶ気になんてなれない。何故なら、ここの空はドラゴンたちの領域だからだ。うっかり遭遇でもしたらプチっと潰される。
ダンジョンの主であるティプールさんから予め教えられていた通り、この地にはほとんど生き物の姿が見られない。
おかげで旅は楽なのだが、代わりに静寂が重くのしかかってくる。
ほとんど襲われる心配がないというのが、逆に不安を煽り心を疲弊させる。ぼんやりしていると油断が生まれ心と体が弛緩する。これまでの冒険で培ってきたモノがぐらりと揺らぐ。うっかりすると自分の中の芯までもが折れてしまいそうで、それがなによりも怖かった。
ここはオレに言わせれば、緩慢なる死の世界だ。
もしも独りだったら気が狂い、心が壊れていたかもしれない。
「マスター、方角はこちらで合っているようです」
《わかった。それにしてもかわり映えのしない景色が続くな》
「ようやく森を抜けたかと思えば、今度は石ころだらけの荒地、なんとも殺伐とした場所です」
《北の大地に入ってから、見かけたモンスターも数えるほどだしな》
「スーラが二体に、ドリアードが三体、あとはチラっと見かけただけで逃げてしまった正体不明なのが三体の、計八体のみ。驚異的な少なさです」
わざわざコロナが指折り数えるほどの遭遇率の低さ。
これが緊張感を維持させることを難しくさせている。
ずっと二人きり、変わらない景色、いいかげんに会話の話題も尽きようというもの。自然と口が閉じられている時間が長くなり、じきに自分たちが進む足音だけが互いの耳の奥へと入り込んでは、こびりついて離れない。
それすらもが苛立ちを募らせるほど、単調な旅が続く。
かといってホバークラフト形態で疾走するには地形が悪すぎる。
森は緑の密度が濃すぎて、とてもではないが走れるような状況になかった。荒野にしても起伏が激しく、穴や亀裂も多く、大小の無数の岩が不規則に転がり障害物が多い。それを避けて走るぐらいならば、普通に歩いた方が速いほど。仕方がないので遅々とでも進むしかないのである。
《ここを抜けたら氷原だって話だし、そこまで進めばホバーで走り抜けるのも可能になるだろう》
「だといいのですが、目的地に近づくほど山から吹く風も強くなりますから、風向きしだいですね」
《まさかここにきて、魔素の問題以外で、環境そのものに苦しめられるとは》
「遺跡らしきモノも、まるで見当たりません。有史以来、本当に誰も住み着いていないようです。古代文明とやらも匙を投げた土地ということなのでしょう」
《てっきり、古代文明が何かやらかして、北の大地が誕生したのかと思っていたのだが、この分だとオレの説は的外れだったようだな》
「前人未踏という話は真実だった、ということです」
《……みたいだな。そのわりにワクワクが無さ過ぎる、もう少しサービスしてくれてもいいだろうに》
「おや? そんなマスターに朗報です。あちらをご覧ください」
コロナが顔を向けた方に視線を向けると、遥か彼方の空に浮かんでいる点が見えた。
即座にコロナの身を引っ掴んで、オレは近くの巨石の陰に隠れる。
ちゃんと見たわけじゃないが、北の大地の空を飛んでいる生物なんて、一つぐらいしか思い当たらない。だから確認するまでもなく隠れるという行動を選んだ。
モゴモゴと自動人形が何かを言おうとするも、その口元を抑えて黙らせる。気配を探ることも望遠技能にて視ることもしない。下手に魔力を行使すると、たぶん感知される。だから、ただ大人しく、静かに、息を潜めて、ひたすらに時間と危険が過ぎ去るのをじっと待つ。
三十分ほども経ってから、ようやくオレは警戒を解くと、コロナを開放した。
「ワクワクしましたか?」
ケロっとそんな事を言う自動人形に、オレは極端過ぎると文句を垂れた。
北の大地に入って、初めて遭遇したドラゴン。
ティプールさんの忠告を聞いて、関わらないようにするのが無難だろう。「ドラゴン偉い、ドラゴン神聖」みたいに勘違いしたイタイ奴だったら、いきなり喧嘩をふっかけられる可能性が高い。どれだけ馬鹿だろうともドラゴンはドラゴン、まず勝ち目はないし、逃げ切れる自信もない。だから今後もひたすら身を隠すという方針を掲げると、コロナも素直に賛成した。
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