青のスーラ

月芝

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217 コロナと作戦。

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「コロナさんを嫌がった……ですか。それは確かに奇妙ですね」

 這う這うの体にて逃げ帰ったオレとコロナは、その足でエメラさんがいる病室へと向かうと、一切合切を包み隠さずに報告する。すると彼女もやはりその点に引っかかったようで、なんだか考え込んでしまった。
 そんな彼女の側でオレとコロナはクッキーを齧りながら、ブーブーと愚痴を漏らす。

《あれは無理、まるで倒せる気がしねぇ。スーラを殺るにはスーラボディの耐久力を上回る物理攻撃を加えるか、魔力を根こそぎ奪うか、それぐらいしか方法が思い浮かばないが、あの大きさ相手に不可能だろう。あんなの山だよ、山》
「耐久力を上回る攻撃って……、大抵の生物はそうですよ。とはいえあの巨体は反則です。明確な弱点も見当たらないし、まるで攻略不可能なダンジョンのようです。モグモグ」
《どこの誰だよ! あんなのに生き餌の味を覚えさせたの。他に美味い喰い物なんて、いくらでもあるだろうに。森の植生舐めんなよ。木の実でも果物でもいっぱい成ってるんだぞ》
「まったくです。モグモグ」
《やっぱり人魚のお姉さま方に頼るしかないのかなぁ。でもそれで凍らなかったら、海の中にまで災厄を招き入れることになってしまうし》
「陸の問題を海に持ち込むのは、ちょっと違う気がします。モグモグモグ、マスターおかわりを所望します」

 ハイハイと空になった皿に、アイテム収納よりクッキーを出してやる。
 するとオレたちの会話が耳に届いたのか、考え込んでいたエメラさんが口を開いた。

「いま人魚がどうとか聞えましたが、何のことでしょうか?」

 そこでオレは港街にてのハンザキの騒動と、人魚族と懇意になった出来事をかいつまんで話して聞かせる。説明を聞き終えたエメラさんがおもむろに、こんな事を言い出した。

「もしかして黒い怪物は、コロナさんを嫌がったのではなくて、首から下げている小袋に入った、その『海皇玉』という品を嫌ったのではないでしょうか」

 エメラさんによれば、オレとコロナを比べたとき、生き物としてはまるで別存在なので対象にするまでもないが、それ以外の相違点をアリナシで考えてみると、せいぜい持ち物ぐらいしか思いつかないとのこと。そしてオレが持っていなくて、コロナが持っている物。その中で絶えず身に着けている物と絞り込んでいくと、最終的に海皇玉ぐらいしか残らない。だからそう思い至ったらしい。
 云われてみれば確かに、コロナが身に着けている品で珍しい物といったら、それぐらいである。革鎧は適当に立ち寄った街て手に入れた普及品だし、剣は一応は魔剣の類だが、機能は早く振れば切れ味が増すというだけの代物、となるとあながち的外れとも思えない。

《だとしたら、奴はどうして海皇玉に反応した? 人魚が嫌いとか》
「もしくは海が苦手だとか、モグモグ」
「ムーさん、スーラというのは海が苦手なのですか?」
《いや、そんなことはないハズだが……、海の中にも同胞らが住んでるし、むしろあっちだと人気があるって話だし》
「ということは、あの黒い怪物のみが特別なのでしょうか」
《うーん、わからん》
「だったら海水でもぶっかけて試してみれば、あの場所から東に三日ほどで海に到達するはずです。モグモグ」
《海水ねぇ……、まぁ、ダメ元で試してみるか。どうせ有効な手段なんてないんだし。よしっ! コロナ、今から海に向かうぞ》
「なら今度こそ私も一緒に」
《それは駄目だ。あくまで実験調査だから大人しく養生してろ。その代わり本番には、ちゃんと招待してやるから、それまでたっぷりと英気を養っておけ》

 腰を浮かしかけたエメラさんを、そう言って納得させて寝かしつけると、オレはコロナを引きずって病室を出て行った。



 結論だけ先に述べると、黒い怪物が海水を嫌がることが判明した。理由は知らん。
 スーラジェットにより、東の海岸線まで行ったオレたちは、アイテム収納内に大量の海水をがぶ飲みして、日暮れを待って王都上空へと飛来し、奴の頭上に海水の雨を降らせる。すると余程嫌だったらしく、触手をぶんぶんと振り回して暴れまくり、燃え残っていた建物や壁などを破壊して、王都を完全な廃墟に変えてしまった。
 黒い怪物は海水が嫌い。それは確定した。
 しかしこれが有効な手段であるかは、どうにも判断がつかない。元がデカすぎて縮んだかどうかなんて見分けがつかなかったからだ。こちらとしては半日近くも海水の吸水作業に費やし、かなりの量を準備したつもりであったが、実際に降らせてみると通常の夕立レベルの雨量しかない。上からぶち撒けたところで表層部にしか届かない。これでは例え効果があるとしても、決定的に量が足りない。

「運べないのでしたら誘導して海に落っことす、とかどうでしょう」

 三度ほど実証実験を繰り返し、かろうじて効果があると判明したところで、コロナがそんな提案をした。

《誘導か……でも、あいつ出不精なんだよなぁ》
「ご馳走でも鼻先にぶら下げたら、食いしん坊みたいですし、案外、追いかけてくるかも」
《それだと触手が問題になるな。基本的に本体は動かずに、アレで餌を摘まんでいるみたいだし》
「では、いくら触手を伸ばしても手に入らないご馳走だったら、どうでしょうか?」
《……オレなら焦れるな。そしてついに我慢できずに動きだす。でも海にまで来てくれるかなぁ》
「そこはせいぜい、おちょくってあげるとしましょう。それこそ怒りで我を忘れるぐらいに」

 ふふふ、と底意地の悪い笑みを零すコロナ。
 こういうところが妙に人間臭い自動人形なのである。

《わかった、その作戦でいこう。とりあえずエメラさんのところに戻ろう、とその前にちょっと寄り道していくぞ》
「どちらへ?」
《東の海岸に向かう途中でデカい森があっただろう、あそこだ。少し気になることがある》
「そういえば、やたらとモッサリした森がありましたね。上から見た限りでは、普通の森に見えましたが」
《あぁ、オレもそう思っていた。だがコイツが反応したんだよ》

 そう言ってオレが取り出したのは、微かに震える一本の小枝であった。

「マスター、それは?」
《こいつは古い友人に旅の餞別にと貰った品だ。今までこんな反応を示したことはなかった。もしかしたら友人の知り合い、もしくは同族があそこに潜んでいるのかもしれん。だったら話を通しておくのが筋ってもんだろう》
「わかりました。そういうことでしたら、これよりそちらに向かいます」

 コロナの操作により、青いスーラジェットは旋回して森へと進路を取った。

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