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216 コロナと逃走。
しおりを挟む《デカいな》
「大きいですね」
日が暮れると、黒い怪物が王都の地下より染み出て来て、その巨体を晒した。
ぶよぶよとした黒い塊を見上げて、オレとコロナは呆然と立ち尽くす。
スーラと言われれば、確かにスーラには違いないのだろうが、こんなのと一緒にされたくない。肥大化し過ぎて自重に耐えきれないのか、プルンとした丸みのある体が持ち味のスーラらしさが失われて、外見がまるで道端に転がる馬の糞のようにべっちゃりと潰れ気味。色も黒は黒でも、くすんでいるしムラがある。着古して日焼けし、すっかり色褪せた黒いシャツの黒だ。
青いスーラをトップモデルとするならば、コイツは肥満が過ぎてベッドから動けなくなった奴だ。
「だからここから移動しないのでしょうか?」
《……かもしれない。だが、そうじゃないのかもしれない》
「どういう意味ですか?」
《単純にたらふく食べた後だから、ゆっくりと食休みをしているだけという可能性もある》
「そういえば国中の人間を食べ尽くしたんでしたね」
《人間ってのは自分で考えているよりも、ずっと優秀な電池なんだよ。思った以上に魔力や栄養を体内に蓄えている。ここまで育ったのは、案外それが原因かもな》
「食べ過ぎでお腹一杯で苦しい、動きたくない、ですか」
《そういうこと。しかし何もしなくても腹は減る。悪食の上に大喰らい、これはマジでなんとかしないとヤバいかもしれん》
「食糧を求めて各地を放浪、とか始められたら大変です」
《とりあえずひと当てして反応をみてみようか。コロナ、少し距離をとるから乗れ》
スーラボディをにゅるりと変形させてホバークラフト状態になったオレは、背中に彼女を乗せると、かつてエルフたちが駐留していたという丘よりも、ずんと後方へと移動したところで止まった。コロナには、いつでも逃げ出せるように跨ったまま待機をさせてある。
《ここら辺りでいいか、無人みたいだし、遠慮はしなくていいよな》
たっぶり魔力を練り上げてから、オレが放ったのは炎弾。
直径一メートルにも満たない火の球だが、高密度にて圧縮を繰り返したエネルギーをパンパンに詰め込んでいるので、見た目に反して威力は凶悪そのもの。着弾と共に、この世に灼熱地獄を産み落とす。
黒い塊に当たるとはじけて、その体全体を真っ赤な蛇たちがもの凄い勢いで這い回り、あっと言う間に奴を灼熱のベールで覆い尽くす。急激に上がった気温により周囲の大気のバランスが崩れ上昇気流が起こり、竜巻が生じ、それが炎と交わって一層の地獄を出現させた。
「ひと当てって言ってませんでしたか。これじゃあ、王都は壊滅です。すべてが燃えて灰になってしまいます」
《いや、ここまで盛大に燃えるとは予想していなかった。壁の高さとか、建物の配置だとか、都の造りが大規模火災に繋がりやすい構造になっていたんだろう。だからこれは不可抗力だ》
呆れ気味のコロナに懸命に言い訳をするオレ。
夜空を焦がす盛大な焚火の明かりが、自動人形と青いスーラを照らす。
王都が燃え尽きてその火が消えるまでに、たっぷり三時間も要した……、にもかかわらず奴は健在だった。
灰塵の中に蠢く黒い物体。灼熱地獄の余波で、まだとても近寄れる状態にない熱波の中にあって、悠然と構えている。
《やっぱり駄目か。オレだってマグマの海を泳いで渡るぐらいだから、当然といえば当然か》
「魔法耐性が群を抜いているという話は間違いないようです。マスターの云うところのチートとかいう奴ですね。これはやっかいです」
《氷漬けにしたら固まるかな?》
「なら人魚たちに助力を仰ぎますか、珠もあることですし、女王様ならあるいは……」
コロナが言い終わる前に、オレは猛スピードでその場から離れる。
黒い怪物が動きだしたからだ。表層がボコボコと泡立ち、その中から触手が姿を見せたかと思ったら、こちらに向かって伸びてくる。
これまで大人しかったのは、恐らくスーラと自動人形に食指が動かなかったからだ。奴の中でオレたちは食料に含まれていない。だがさっきの攻撃によって敵と認定されてしまったらしい。
その証拠に、捕まえるような生易しい動作ではなくて、鞭のようにしならせた触手が唸りを上げて、地面に叩きつけられている。まるで地表を這うオレとコロナを潰そうとするかのように。
一本一本が城に使われている柱ぐらいに太くてご立派。重量もあるらしく振り下ろされるごとに轟音と土煙が起こり、威力で地面がへこんでひび割れる。
だがその動きは単調だ。まるで癇癪を起した子供のように、闇雲に触手を繰り出している印象を受ける。そんな拙い攻撃ゆえになんとか躱せてはいるが、脅威であることには変わりない。圧倒的質量と剛力がこちらの優位性を悉く潰して、追い詰めてくる。
だというのに、逃走劇にて少し奇妙な事が一度だけ起こった。
下手を打って頭上から迫る巨大な触手への対処が遅れたことがあった。
その時は背中に乗っているコロナが、弾き飛ばしてくれたことで難を逃れたものの、その際の怪物の反応がおかしかったのである。
コロナによれば感触が変だと言う。剣が触手に触れた瞬間、こっちが弾いただけでなく相手が自ら引いたように感じた。いきなり冷たい物に触れた時みたいに「ひゃっ」と驚いて手を引っ込める、そんな風に感じたとコロナは言った。
《コロナを嫌がった? それなら攻撃そのものを止めるだろう。なのに追撃は続いている。なんだ、奴は何に反応した?》
だがのんびりと考えている暇はない。
気になりつつも、なんら有効な手段を持たないオレたちは、ひたすら逃げ帰るしかなかった。
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