青のスーラ

月芝

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214 コロナと銀閃。

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「お久しぶりです。ムーさん」

 病床より上体を起こし挨拶をするエメラさん、その全身には包帯が巻かれており、痛々しい姿を晒している。左目にも傷を負ったのか、綺麗な顔の半分も同様の有様であった。

《あぁ、久しぶりだな。それにしても酷い格好だ。とりあえずコレを飲め》

 オレ様特製のポーションを渡してやった。
 しかし受け取ろうとしたその手にも包帯が巻かれており、満足に瓶を掴めそうもない。
 気を利かせたコロナが変わりに受け取ると、怪我人に飲ませてくれた。
 こくこくと喉を鳴らし飲み干す、「ありがとう」とエメラさんは礼を述べた。
 凛とした雰囲気は変わらないが、少しやつれが見え憔悴している。かなり無理をしたらしい。

《少し眠れ。傷が癒えたからって疲労が完全に抜けるわけじゃない。話は後でちゃんと聞くから》
「すみません。お言葉に甘えます」

 すぐに瞼を閉じて、安らかな寝息を立て始めるエメラ。
 きっと傷の痛みで満足に寝ることもままならなかったのだろう。充分な治療を施されていてさえあの状態ということは、元はもっと酷かったに違いあるまい。
 オレとコロナは彼女を起こさないようにそっと病室から出ていく。
 廊下に行くと、オレたちを案内してくれた男が待っていた。

「少しいいか?」

 彼に促されるままに向かったのは最上階にある喫茶スペース。そこでオレとコロナは茶を振舞われる。彼はウェインと名乗った。エメラさんの母方の親戚筋にあたるとのことだ。まずポーションについて礼を口にし、その上で彼女の身に起こった出来事を説明してくれた。

 事の起こりは一年ほど前にまで遡る。
 エルフたちと親交のあった国が突如として連絡を絶ったのだ。
 現地の駐在員からも何の報告も届かない。おかしいと感じた上層部がすぐに調査員を派遣したのだが、それも帰って来ない。第二、第三陣と送るも、ついに誰も帰ってこなかった。
 このままでは埒が明かないと軍を動かす。もしや国境を閉鎖して戦争の準備でも整えているのではないかと疑ったのだ。
 軍は先発と後発に別れ進軍することとなる。元S級冒険者であったエメラさんは、上層部に請われて後発にて部隊を率いて参加していた。
 行軍は順調に進み、先発隊はすぐに対象国へと踏み込む。しかしどこにも人の姿が見当たらない。国境付近にあった砦にも、途中で立ち寄った村や街も、すべてが無人となっている。
 明かな異常事態、警戒を強めつつも軍は進んでいく。
 やがてその国の王都に到着、そこでもやはり人の気配がまるでない。静まりかえって完全なゴーストタウンと化してる。
 先発隊を率いる将も、さすがに迂闊に踏み込むような真似はせずに、王都を睥睨出来る小高い丘の上に陣を張り、後発隊が到着するまで様子を見ることにした。

 その夜のことだ。
 陽が沈み、世界が闇色に染まるのに合わせるかのように、ソレは出現する。
 王都が黒いぶよぶよとした物体に包まれているのを、行軍に参加していた全員が目撃する。まるで地下より染み出るように現れたソレが、王都のすべてを呑み込んでしまった。いくら大きな都ではないとはいえ、それでもこれは尋常なことではない。

「なんだアレは……、まるででっかいスーラじゃないか」

 誰かがそんなことを言い出す。
 云われてみれば確かに似ていると、みな騒ぎ出した。ただし大きさの桁が違う。通常のスーラは、せいぜいが大人が抱えられる程度の大きさしかない。なのにアレはその辺の山よりもずっと大きい。あまりにも規格外過ぎる。
 エルフたちが唖然としていると、ソレの表面にポツポツと波紋が起こり始めた。
 それを目撃した瞬間、先発隊を率いていた将は「全軍撤退」と叫んでいた。
 次に何が起こるのかなんて彼も知らない。ただ直感が激しい警鐘を鳴らす。闘いの場において悪い予感というものは、得てして当たるもの。そしてそれは最悪の形で的中する。
 波紋が起きた箇所から、にゅるりと太い触手が姿を現したかと思うと、軍が駐留していた場所へと向かって伸びてきた。百か二百かわからない、とにかく沢山であったことだけは確かだ。不意を突かれたのにも関わらず、そこは優れた戦士を有するエルフたち。一部を除いて第一撃はなんとか躱す。
 触手に捕らわれた者たちは、まるで一本釣りの如く、勢いよく引き上げられて、黒い巨体の中へと呑み込まれてしまった。
 仲間を救出しようと試みた勇敢な者もいたが、その触手の表面に剣は通らず、魔法もすべて弾かれてしまった。

 この様子を見て将は真っ青になる。
 彼は思い出したのだ、スーラという生物の特徴に。
 恐ろしく頑強で魔法すらもほとんど効果がない。何を考えているのかわからず、その辺をブラブラしているだけの無害な生き物。だが、もしも目の前のコイツがスーラの変異体だとすると、同等、もしくはそれ以上の性質を持つことになる。それはつまり……。

「倒せない、少なくとも、オレはスーラの倒し方なんて知らない」

 このまま、その場に留まっていても犠牲が増えるだけ、もたもたしていたら全滅もありうる。将は浮足立つ軍勢を懸命に抑え、撤退を開始する。
 だがその背後から触手が追い縋る。どこまで逃げても伸びて追って来る。
 転んだ者、足を止めた者から順に捕らわれて、背後の闇の中へと引きずり込まれていく。
 初めこそは制御された撤退行動であったが、じきに恐慌をきたし混乱し、軍は瓦解しかかった。
 そこに駆けつけたのが後発の軍勢である。味方の登場に気を持ち直した兵らは、なんとか態勢を立て直し、撤退戦を続ける。だが戦況はいまだ好転の兆しを見せない。
 一体、どこまでこの悪夢のような触手は伸びてくるのか? 本当はわかっている。だが誰も口にはしない。それを口にしてしまったら、絶望のあまり心が折れてしまうから。いまは、ただひたすら、足を前へ前へと動かし続けるしかない。

 そんな最悪の状況下にあって最後尾にて、一人気を吐き、触手を撃退し続けている者がいた。
 元S級冒険者のエメラさんである。
 斬るも魔法も適わないのならばと、打撃にて迫る触手どもをひたすら払い続けて、味方が撤退する時間を稼ぐ彼女。幸いなことに彼女の武器である手斧は、そういった使い方も可能であった。
 しかしいかに勇壮であろうとも、一人のチカラには限界がある。ましてや仲間を庇っての闘いともなると勝手も違う。次第に増えていく傷、流れる血、骨も折れ、筋肉が悲鳴を上げる、それでも彼女は闘うことを止めなかった。
 ついに全軍が国境を越えて安全圏にまで辿り着いたとき、最後尾にいたエメラさんは、意識が朦朧とし、辛うじて立っているだけという有様であったという。

「その撤退戦であれほどの大怪我を」話を聞き終えたコロナがそんな感想を零した。
「あぁ、もしも彼女がいなかったら、少なくとも半数は死んでいただろう。だがそのせいで彼女の体は……」

 そこでウェインが言い淀む。
 しばし重苦しい沈黙の後に、再び口を開いた彼から教えられたのは、現在、黒い怪物への対処を巡って、近隣各国にて有識者らを交えて、協議が続けられているということ。ただし具体策はまだ何も挙がっていないらしい。

「そんなわけだから、たぶん大丈夫だとは思うが、念のためにその青いスーラには気をつけてやってくれ。勘違いした馬鹿が、八つ当たりをしないとも限らないからな。いい子なんだろう? エメラから話は聞いているよ」

 説明を終えたウェインが最後にオレの身を案じてくれた。青いスーラに向ける眼差しが優しい。改めてよく見てみると、目元がどことなくエメラさんに似ている。
「何かあったらいつでも声をかけてくれ」と言い残し、彼は去って行った。

 そろそろ病室に戻ろうかと廊下を歩いていると、背後からコロナが声をかけてきた。

「マスター、あの方は……、もう」
《黙れっ!》

 コロナの発言をオレは強い口調にて遮る。
 彼女が何を言わんとしていたのかなんて、とっくにわかっている。そんなものは病室に一歩入って、すぐに気がついた。だがそれを他人の口から聞かされたくない。

《……すまない。わかっている。だからどうか》

 言わないでくれ。
 消え入りそうなオレの声が届いたのか、病室へと着くまでコロナが再び口を開くことはなかった。


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