青のスーラ

月芝

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212 楽園

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 いつの頃からか、ソレは地の底にいた。
 そこはかつて川が流れ、風が吹き抜ける谷であった場所が、気の遠くなるような歳月の変節を経て、巨大な大地の割れ目と化した吹き溜まりの地。
 東西に長く伸びた袋小路、落ちたが最期、空でも飛べぬ限りは、抜け出すことが適わない巨大な穴。

 そんな地の底に、ときおり上からモノが投げ込まれるようになる。
 誰が始めたのかはわからない。でも森の奥深くにあったそこは人目にもつかず、都合の悪いモノを始末するには最適な場所であった。
 何百年もの長きに渡り、繰り返される投棄。
 時には陰謀に利用され、時には悪事の温床となり、時には悲劇を孕んで。
 ヒト、モノ、ゴミ……、その数多が穴の底の闇へと吸い込まれていく。
 しかし堆積物が一向に溜まることはなかった。

 すべてを呑み込み、消化していた者がいたからである。



 森の奥を行く一団、最寄りの城塞都市に勤める兵士たちだ。
 彼らが荷車に積んで運んでいるのは、袋に入れられた罪人どもの死骸。この地では古くより罪を犯し処刑された者たちは、この先にある大穴と呼ばれる大地の裂け目に放り込んで処分することになっている。
 捨ててくるだけの簡単な仕事だが、森の奥は陽が満足に届かず、常に空気が湿り気を帯びてカビ臭く、場所柄のせいかどこか陰鬱とした雰囲気にて、みなあまり近寄りたがらない。ゆえに兵士らの足も自然と重くなっていた。

「いつきても薄っ気味の悪いところだな」

 兵士の一人が吐き捨てるように言った。だが誰もその声に応えようとはしない。誰もがこの場所ではあまり口を開きたくないのだ。この場の空気をなるべく体内に入れたくないのだ。もしも深く吸い込んでしまったら、この地を覆う死の影に侵食されてしまいそうな気がするから。
 言葉を吐いた兵士も同じなのか、短い舌打ちをした後に口を噤む。
 死者を奈落へと運ぶ無言の行軍は進む。
 彼らはじきに目的地へと到着した。
 二人一組にて黙々と袋詰めされた死体を運んでは、順繰りに穴の中へと放り込んでいく兵士たち。荷車三台分の処理を終えたところで、ようやく彼らはほっと一息をつけた。
 隊長が少し休んでから帰還するかと部下らに訊ねるも、みなはすぐに引き返すことを望んだ。こんな場所じゃ気が休まらない、とっとと街に戻って一杯やりたいと言う。
 それもそうかと隊長も出発の命令を下そうとした。だがその時になって隊員が一人足りないことに気がつく。今回から参加していた新入りの姿が見当たらない。隊員らはてっきり、小用にでもいっているのだろうと思っていたが、いくら待てども戻ってこない。さすがに遅すぎると、周囲を捜索するも見つからない。それどころか探しに行った連中のうちの数人が、同様に姿を消した。

 隊長は賢明な男であった。尋常ではない事態だと判断した彼は、ここでもたもたして被害を拡大することよりも、ひとまず街へと戻って応援を連れてくることを選択する。
 それは正しい選択でもあり、また誤った選択でもあった。
 この場にいた部下たちの命を救ったという意味では正しく、より多くの犠牲を出すことになったという意味では誤りとなる。
 街へと戻った隊長は上司に報告し、すぐに行方不明者らを捜索するための部隊を編成し、夜が明けるのを待って、再び彼の地を訪れる。
 そして彼らは、地の底より這いあがって来る混沌と遭遇することになった。



 穴の底にいると上から勝手に食べ物が降って来る。
 暗闇の中で蠢きながら、それを喰らっては、ひたすら惰眠を貪るばかり。
 ここは大層、居心地がいい。
 それに稀にだが、とびきりのご馳走が落ちてくることもある。
 まだ血が温かく、肉が柔らかい食べ物だ。しかし、それも随分とご無沙汰。
 そんな時にいつものように食べ物が降ってきた。
 残念ながらご馳走は含まれていない。
 それらをモキュモキュと味わいながら、ふと、空を見上げてソレは思った。

 あっちに行けば、もしかしたら食べられるのかもしれない、と。

 何気なしに体を伸ばして漁ってみると、幸運なことに手の中にご馳走があった。
 いつもとは違って随分と活きがいい。食べてみると味も格別であった。特に瑞々しいのが気に入った。
 ソレはもっと食べたいと思い、更に手を伸ばしてみる。するとまた幾つか手に入った。
 やはり味がよくて、一度こちらを味わってしまうと、これまで食べてきたモノが、途端に色褪せて味気のないモノのように感じてしまう。贅沢を知り肥えた舌は、もうこれまでの品では満足出来ない。
 もっと、もっとという気持ちが強くなってくる。
 そんな時だ、穴の上の方の気配が騒がしくなったのは。
 ソレは気配に惹かれるように、ゆっくりと崖を登り穴底から這い出していく。
 これまではずっと地の底が快適だと思っていた。だが穴から出た先にはご馳走が溢れていた。楽園はすぐそこにあったのだ。ソレは嬉々として触手を伸ばし、手当たり次第にご馳走を平らげていった。


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