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211 コロナと流言飛語。
しおりを挟むいつの頃からか、冒険者の間で噂になっている人物がいる。
顔は仮面で隠し正体は不明、一言たりとも言葉を発することもない。
ギルドの職員とのやり取りは、いつも筆談か仲間のオカッパ頭の女冒険者に任せている。
全身をすっぽりとローブで覆った謎の男。
冒険者ギルドに出入りするようになってから、瞬く間に一級まで駆け昇ったことから、実力は充分。そのくせギルド側から早々にS級に昇格して欲しいとの要請には、「面倒だから」という理由で、拒否し続けているというから驚きだ。
等級が上がれば得られる利益は倍増する、指名依頼も増えるし名声も高まる。冒険者だったら喜んで応じそうなものなのに、それを断る。一体どういった了見なのであろうかと、憶測が飛ぶ。
正体を隠しているのは、名を明かすわけにはいけない、やんごとなき身分のお人だからだとか。
悪い魔法使いに呪いをかけられて、仮面を外せなくなったとか。
実はイケメンらしいだとか。
呪いをかけた相手を探す復讐の旅の途中だとか。
どこかの国の王子さまが、策略によって瀕死の重傷を負って、喉はその為に、だとか。
元は凄腕の傭兵で、素顔はかつて掴まった際の拷問で、ふた目と見られない有様なのだとか。
冒険者ギルドの本部から派遣された特別査察官だとか。
実は人間じゃないだとか。
「……等が、マスターに関する噂です。多いので代表的なのを一部抜粋しました」
自動人形のコロナからの報告にオレは頭を抱えた。
中身が空の木偶人形に、オレが入って動かす練習を根気よく続けた結果、なんとか様になってきたので冒険者ギルドに偽名にて登録。おかげでコロナが側にいない時でも、一人で依頼を受けたり、報酬を受け取ったり出来るようになった。
旅の途中で狩ったモンスターや、手に入れた素材などを適当に放出していたら、勝手にランクが上がっていた。どうやら手放した品の中に災害扱いされるような凶悪な奴も、チラホラと混じっていたらしい。
人形を被って人のフリをしてギルドや街に出入りするのが新鮮で、ついつい遊びが過ぎてしまった。
それでも悪さをすることなく、世界の片隅で慎ましやかに行動していたはずなのに、近頃オレたちの姿を見かけると、周囲がザワつく。額を突き合わせては、何やらヒソヒソ話を始める。これがなんとも気持ちが悪くて、鬱陶しい。
だからコロナに原因を調べさせたのだが、よもやこんな事態になっていようとは。
「仮面にフードに無言、ぷくくくっ。これは怪しさ満点ですね」
ケタケタ笑うコロナ。
表情筋を動かす機能はないので無表情、声だけで器用に笑いやがる。なんか腹立つし、怖いから止めろ。
口元が動かないのに言葉だけ発するのも不自然だから、普段から鼻から下はスカーフなどで隠すように義務付けている、そんな覆面女に怪しいと笑われるオレって一体……。
それにしても少し奇妙なところがある。
《正体不明だから憶測を呼ぶのはわかるが、悪い魔女だの呪いだのという話は、どこから出て来たんだ?》
「あぁ、それはたぶん私です」
しれっと暴露するコロナ。
彼女の説明によれば、ギルドの職員とかに詮索されること数多。初めは穏便に済ませていたのだが段々と面倒になったので、毎回適当なホラ話で煙に巻いていたのだとか。きっとそれを見聞きした連中が噂を広めたのでしょう、とのこと。
《全部、お前のせいじゃねぇーか!》
当然の如く怒るオレに「すみません」と素直に頭を下げるコロナ。きっと悪いことをしたとは思っていない。手っ取り早く説教から逃れるために謝ったに過ぎない。コイツはそういう自動人形だ。どうでもいいところで高性能ぶりを発揮しやがる。まったくもって腹立たしい。
《とにかく今度からは変な噂を流すんじゃねぇぞ》
「わかりました。今度からは呪いと魔女の設定は除外します」
《…………》
後日、木偶人形を操って冒険者ギルドに顔を出すと、女性職員らから一斉に熱い視線を向けられて、思わずオレは一歩後退る。いつもは柔和なはずの受付嬢の目が、なんだかギラギラしている。
《なんだ? なんだか肉食獣に視られているような感じがするぞ》
「あー、たぶん仮面の下が実は超イケメン。そして某国の王子様が正体を隠して修行中、しかもお妃候補を選定しているとかいう噂のせいかと」
《おい! もしかしてその噂も……》
「失敬な。私が流したのは仮面の下のくだりだけです。残りは知りません」
プイッと顔を背けるコロナ。
いやいや、結局はお前のせいだよね、コレって。
文句の一つでも言ってやろうとしたところで、カウンターから声をかけられる。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
やたらと愛想の良い受付嬢。
いつもはキチンと閉じられてあるはずの、胸元のボタンが一つ余計に開けられている。
三割り増しの打算まみれの女の笑顔が怖い。
オレはしばらく木偶人形を使用するのは控えようと思った。
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