青のスーラ

月芝

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210 コロナと黒い仮面。

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 ときに緩やかに、ときに激しく、場面ごとに曲調を変えながら奏でられた弾き語り。
 演奏が終わると、そこいらから拍手が起こった。いつの間にか、その場に居合わせた客らも聞き入っていたようである。
 拍手に応えながら、楽器を置いた売り子さん。

「ちなみに、物語の舞台となったオアシスの街は、本舟の三番目の停留地になっております。そこから彼女の終焉の地とされている古代遺跡には、直通の砂舟も出ていますので、ご興味があれば是非お立ち寄り下さい。うちの実家が土産物屋兼宿屋もやっていますので、じっくりと伝説に触れることが出来ますよ」

 どうやら偉業は伝説として語り継ぎつつも、ちゃっかり観光地化しているようだ。いやはや砂漠の民は逞しい。おかげで被害を被った街はすっかり復興を果たし、砂の海でも屈指の名所となって賑わっているとか。
 仮面女もまさか自分が客寄せに使われることになろうとは、思いもしなかったであろう。
 売り子さんの話に耳を傾けつつ、オレは古い知り合いに想いを馳せようとする。
 ……でも出来なかった。
 しんみり故人を偲びたいのに、出てくる思い出が、どれもこれも破天荒が過ぎて、全然しんみりできやしねぇ。

 しばらくしてから自分たちの客室へと戻ったオレとコロナ。
 オレは窓から見える夜の砂漠をぼんやりと眺める。
 コロナは売店で購入した本を静かに読んでいる。仮面女について書かれた伝記で人気なんだと。オレとしては本人及び関係者非公認という点が、いささか引っかかるが。

《せっかくだし、供養がてら遺跡に立ち寄るとしようか》

 オレがそんなことを言い出すと、コロナが本から顔を上げてこちらを見た。

「供養……、やはりお知り合いでしたか。話の途中から、どこか上の空でしたので、なんとなくそんな気がしていました」
《まぁな。突然、消息を絶った友人がいきなり伝説として再登場したら、そりゃあ驚くよ》
「あの歌を信じれば、国レベルの災厄です。それをお一人で鎮めたというのですから、さぞや、お強い方だったのでしょう。本の中でも大活躍しています」

 チラリと本の中身を見せてもらったが、当人についてはかなり脚色されており、過剰演出気味の構成となっている。まるで冒険活劇の主人公のように扱われていたので、真実の姿を知るオレは思わず苦笑いを浮かべてしまった。

《それ……だいぶ盛ってる。確かにぶっ飛んだ女ではあったが、あれは貴人ではなく奇人の類だ。しかもかなりの変態寄りだぞ》
「なるほど、つまりマスターと同好の士というわけですね」
《違うから、それにどちらかというとお前の方が近いんだからな》

 オレの言葉に不思議そうに小首を傾げるコロナ。
 だからオレは説明してやった。仮面女は人形遣いであり、自動人形の体の修繕やパーツの改修作業の際に、人形遣いの技術がふんだんに使われているということを。
 コロナの体は旅の間中、少しずつではあるが改良を施し続けている。
 より優れた素材が手に入れば、そちらを使って作ったパーツと交換しているのだ。
 内部構造に関しては、彼女の造物主である忘れられた天才の残した研究資料を元に手を加え、骨格や体の各部位に関しては人形遣いの創作技術を元に手を加えている。
 ゆえにコロナは情報だけでなく、体も日々進化しているのだ。
 人形遣いに関する資料は、すべてオレのアイテム収納内に、まとめて大切に保管されてある。これは友人から託されたものだ。人形遣いになるには素養が必要不可欠、いつの日にか技術と技を継承しうる人材が見つかったら、渡して欲しいと頼まれた。それを活用させてもらっている。

「なるほど、この体にそんな秘密があったとは知りませんでした。これは是非ともお参りして、お礼を述べないといけませんね」

 コロナもその気になったところで、オレたちは途中で舟を降りて古代遺跡に立ち寄ることにした。



 仮面女が在住していたというオアシスの街を経由して、旧跡を訪ねたオレたちは、一歩足を踏み入れた直後から、来訪したことを激しく後悔する。
 観光客らを歓迎する垂れ幕の出迎えに始まり、のぼりがズラリと立てられ、主要通りでは土産物屋たちが、壮絶な客引き合戦を繰り広げている。店先には黒い仮面を基本とした、多種多様なお面が並べられ、店内には絵姿をまとめた本や、手の平サイズの木偶人形から、英雄を模ったちょっとした銅像なんかも扱っていた。でもこれらはまだマシな方で、半分以上がこじつけに近い無関係の品、それが堂々と売られてあった。
 食い物屋の看板には元祖の頭二文字が並び、似たり寄ったりな味にて無意味に張り合っているし、道を歩いていれば様々なポーズをとった等身大の仮面女の微妙な出来栄えの彫像が、そこかしこに飾られてあって鬱陶しい。
 資料館という場所もあったので覗いてみたが、入場料のわりに大した品は展示されていなかった。どうやら彼女の遺品のほとんどは領主が回収して、家宝として大切に保管しているらしく、こちらにあるのは貸出を許された、ごく一部だけのよう。
 そのせいか展示物の少なさを誤魔化すために、やたらと物語の場面を再現した大きな壁画と説明書きが幅を利かせていた。順路を巡りつつゲンナリするオレたち、でもそんな中でコロナの目を惹いた展示物が一つだけあった。
 人形の折れた腕の残骸、肘のところでねじ切れたように破損しており、指は三本しか残っていない。親指と人差し指が根元から欠けている。
 それを被りつかんばかりに見つめるコロナ。

「なんて素晴らしい」

 そう呟いたっきり、展示物の前からまるで動こうとしやしない。しばらく待ってみたが、当分動きそうになかったので、オレは放っておくことにした。

 一足先に資料館を出て、人の気配のない方へない方へと進んでいく。
 正直、もう帰りたい。すっかり辟易している。一泊ぐらいしていこうかと考えていたが、コレは止めたほうがよさそうだ。
 砂舟の売り子さんから観光地化しているとは聞いていたが、これほどまでとは思わなかった。
 祀るのと見世物にするのは違うだろうに……、これはどう考えても後者の方だ。
 歴史に触れる? そんな風情も情緒も、欠片すらありゃしない。きっとこんな有様だから、領主の家も遺品の貸し出しを渋っているのだろう。かといって多大な経済効果を産み出していることもあり、頭ごなしに規制するわけにもいかない、といったところだろうか。

 路地裏を抜けて行くと、不意に開けた場所に出る。
 緩やかなすり鉢状に掘り下げられた区画、底の部分となる中央には丸い石舞台がある。どうやら野外の劇場のようだ。そういえば、仮面の女を題材にした演目が、夜毎に披露されて大人気だと砂舟の子が言っていたっけ。きっとここがその舞台なのだろうが、いまは昼間なので無人となっている。
 その静けさが心地いいので、オレはしばしここで休んでいくことにした。

 しばらく空を見上げながらぼんやりしていると、いつの間にか石舞台の上に立つ一人の子供の姿があった。頭からスッポリとフードのついたマントを被っていて顔は見えない。でもその立ち姿を目にした途端に、自然とオレの口から零れた名前があった。

《アダマ……》

 それは伝説となった人形遣いの女が率いる五十体のうちの一体、背丈は十二、三才ぐらいの子供ほどで、ダンスから戦闘まで器用にこなす汎用型の木偶人形の名前。
 体のシルエットから、目の前の人物と想い出の中の姿が重なる。
 懐かしさに思わず駆け寄ろうとするも、何故だか動けない。
 すると石舞台の上の子供が、こちらに向かってペコリと頭を下げたかと思うと、自分の足元に黒い布に包まれた何かを、そっと置くのが見えた。
 再びこちらに向かって頭を下げると、彼は舞台の向こう側へと消えてしまった。
 それと同時に動けるようになったオレが、急いで舞台に駆け寄る。
 周囲を見渡すも、すでにどこにも彼の姿は見当たらなかった。

 まるで白昼夢でも見せられたような感覚、しかし夢なんかじゃない。何故なら舞台の上には、アダマが残した品が確かにあったからだ。
 手に取って布を捲ると、中には黒い仮面が入っていた。
 ひと目でわかった、土産物屋なんかで売られているような紛い物なんかじゃない、本物の仮面だ。彼女が愛用していた、あの仮面だ。

《いかなる時にも、決して外そうとはしなかったというのに……》

 それを手にして、ようやくオレは彼女が本当に死んだということを、キチンと理解した。
 彼女はここで闘い、そして逝った。
 心のどこかで、アイツならばあるいは、なんて考えがずっとあった。
 そんなオレの甘ったるい幻想なんて、きっとお見通しだったのだろう。わざわざ未練を断ち切るために、アダマを寄越すぐらいだからな。それとも別れの際に交わした「いずれまたどこかで」という社交辞令を守ろうとしたのか。さすがはマナーの鬼講師、義理が固いにもほどがあるだろうに。

「マスター、こんなところにいたんですか、探しましたよ。置いていくなんて酷いです」

 舞台上にいたオレのところに、コロナが文句を言いながら近寄って来た。
 自動人形の体の端々には、彼女の残した技術が確かに息づいている。きっと彼女の思想や信条、教えなども弟子たちを通じて、ゆっくりとこの地に根づいていくのだろう。

《悪い悪い、お詫びといっちゃあなんだか、コレをやるから勘弁してくれ》

 そう言ってオレは手の中の仮面をコロナに渡してやった。
 すぐにその品の価値に気がつき、珍しく狼狽する自動人形。
 その愉快な姿を眺めつつ、オレは心の中で改めて彼女に別れを告げた。


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