青のスーラ

月芝

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204 コロナと絶望の朝。

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 城門前の歓声とは裏腹に静まり返っている城壁の上、みなが呆然として海の彼方を見つめている。その視線の先にある光景を目の当たりにして、オレとコロナは立ち尽くすしかない。そこには絶望が横たわっていた。
 朝陽を浴びて輝く海面に浮かぶ無数の黒い点。
 ひょっこりと頭を出しているハンザキどもだ。
 それが見渡す限りの海岸線を埋め尽くしている。

《なんて数だ……》
「第三波なのでしょう。これまでの分を合わせたのと同数、いえ、それよりも多いかもしれません」
《冗談じゃねぇぞ、こっちはすでに限界を超えている。みなフラフラだ。とてもじゃないが戦えない》
「どうしましょう、優先順位を行使しますか?」

 コロナがじっとオレを見つめる。
 オレは逡巡する。いまが決断の時か? 状況的には確かにそうだ。だが今更、数日とはいえ一緒に戦った連中を、本当に見捨てられるのか? どうにも考えがまとまらない。焦りばかりが強くなる。
 そんな時だ、ふと懐かしい顔が脳裏をよぎった。
 金の髪を揺らすあの子の立ち姿をハッキリと思い出す。幻想の中の彼女が振り返り、その口元がゆっくりと動き、言葉を発したような気がした。
 聞えはしなかったが、口の動きで何と言ったのかはわかる。
 それによってオレは覚悟を決める。

《コロナ、まだイケるか?》
「問題ありません、マスター。それに壊れたら修理してくれたらいいのです。私は自動人形です。貴方はただ、己の矜持に従って命じるだけでいいのです」
《すまねぇ、それじゃあ最後まで付き合ってくれ。オレはみんなを守りたい》
「了解しました」

 スーラボディをホバークラフト形態にしたオレに跨るコロナ。
 青いスーラとオカッパ頭の女冒険者が城壁の上から飛び出し、海岸線から上がって来ようとするハンザキの群れへと突撃していく。
 続々と陸地へと這い上がって来る緑色の魚人のモンスターたち。
 付近に味方がいないことを幸いに、オレは炎の魔法を存分に放つ。
 そこかしこに爆音と焔が立ち、一帯は喧騒に包まれた。
 銃身を四本出現させ、狙いもつけずに、前方に立ち塞がる連中に向かって撃ちまくる。
 背に跨る自動人形が双剣を振り、斬撃を飛ばしては、群がる敵を蹴散らす。
 水平に構えた彼女の黒剣が、オレの走る勢いに乗って、駆け抜けざまに敵陣を切り裂いていく。
 もの凄い勢いで敵を駆逐していく。しかしそれ以上の勢いでもって敵が殺到してくる。
 包囲され、真綿を絞めるように次第にその輪が狭まっていく。
 敵を十分に引き付けたところで、全方位に触手を伸ばしハンザキどもを貫き、さらにトゲを派生させてイバラの森を形成し絡め取り、「超振動」技能を発動させ一挙殲滅を計る。魚人どもの肉体が四散し、血煙が視界を満たし、砂浜を紅く染める。

 敵の攻撃の手が止んだ隙に、オレは形態を変化させてガトリングもどきとなる。
 それを担いでコロナが駆ける。彼女が手にしたオレを振り回す度に、銃口が火を噴き、ひたすら量産される肉塊、だというのに敵の数が減らない。吐き気を催す生臭さの中、どこを向いても緑、緑、緑だらけだ。
 不意に横から強烈な一撃を受けてコロナの体が吹き飛ぶ。その際にオレも彼女の手から離れる。赤い変異種が現れたのだ。三体が連れだってコロナへと襲いかかる。それを横目にしながらオレは触手と「超振動」技能を駆使し、周囲の雑魚どもを殴り殺して、彼女が満足に戦えるだけの空間を作り出す。
 正面から躍りかかってきた敵を一刀の下に斬りふせるコロナ。
 すかさず右から突っ込んできた奴は剣で受け流す。斜め後方から首筋に牙を立てんとした個体の下顎に、振り向き様に左の強烈な肘鉄をかまし、膝から崩れ落ちるそいつの側頭部に切っ先を突き入れ命を絶つ。全力の攻撃を流されてたたらを踏んでいる残りは、その背骨の真ん中辺りを、ザックリと横一文字に断ち切ることによって倒した。
 すぐさま合流するオレとコロナ、自動人形が剣を振り、青いスーラが魔法を放ち続ける。
 だがまるで津波のように押し寄せる数の暴力を前に、じりじりと後退を余儀なくされ、わずかずつではあるが、街の方へと戦線が押し上げられつつあった。

《やはり駄目なのか……》

 そうオレが諦めかけたとき、海の彼方より数多の白光体が戦場に飛来する。
 揃いの銀の鎧を身に纏った人魚たちが編隊を組んで、もの凄いスピードにて空を疾駆し、ハンザキの群れへと突撃しては、蹂躙していく。彼女たちが通り過ぎるだけで発生した衝撃波が敵を吹き飛ばし、手にした槍の穂先が触れる者らを悉く粉砕し、絨毯爆撃のように魔法を放つ。

《なっ! 人魚が空を飛んでいるだと!!》
「これは吃驚です」

 オレとコロナも思わず叫ばずにはいられない。それほどまでに衝撃的な光景だったのだ。
 まるで水中を自在に泳ぐかのように空を行く人魚たち。
 飛んでいると言っても高度はそれほどはない。せいぜいが二階ぐらいの高さだろう。どちらかというと、地表に沿ってを並走しているといった感じだ。
 だが速い、そして強い。
 なんだこいつらは? レジーナたちとは装備も強さもまるで違う。
 オレたちを驚かしたのはそれだけじゃない。
 ふと頭上に魔力の集積を感じて、そちら見上げると、遥か上空にキラリと光る無数の何かを目視する。それを見た瞬間にゾクリと悪寒を感じたオレは、すぐさまコロナの体を引き寄せると、己の体内へと包み込む。スーラボディによる簡易シェルターだ。

 直後に降り注ぐ凶悪な氷の刃。
 まるで局所豪雨のように戦場を席巻し、オレたちごとハンザキどもを呑み込んだ。


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