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202 コロナと赤い奴。
しおりを挟む港街アンクールを囲むハンザキの群れの中から、不意に出現した赤い変異種。その数は五体に及び、それぞれが各方面に散らばってしまった。
《あんまり時間をかけられない。一気にいくぞ》
「了解です」
聞き取れない奇声を発しながら、こちらを威嚇してくる赤いハンザキ。
コロナは銃口を向け問答無用でハチの巣にした。全弾命中、だが奴は倒れない。よく見ると攻撃が表層で止まっており、弾が中まで貫通していなかった。
《おいおい、速さだけでなく強度も三倍増しってことかよ》
「三倍? その計算の根拠は」
《あー、昔っから赤は三倍って法則があるんだよ。それよりもガトリングじゃ駄目そうだから、一旦、武装を解くぞ》
オレはコロナの腕の中から抜け出ると、通常のスーラ形態に戻る。
コロナの両手には愛用の双子剣がすでに握られてある。
赤いハンザキが手で、自身の体に埋め込まれた弾丸をパラパラと払い落とすと、カチカチと歯を鳴らして異音を奏でた。どうやら緑の奴と違って、赤いのは感情表現が豊かなようだ。なにせもの凄く怒っているのが、その姿からも容易に伺えるのだから。
不意に駆けだした奴を迎え撃とうとするコロナ。だが直前になって赤い体が、視界の中より消え失せる。
咄嗟に剣を十字に交差して防御の構えをとるコロナ。
金属に何かがぶつかるような音がしたと思ったら、奴は彼女の脇を駆け抜けて、ずっと後方へと到達していた。
口を半開きにしてこちらを見た奴の金の目が、オレたちを嘲笑っているかのように見えた。
《消えたってワケじゃなさそうだ。一瞬のうちに加速したから、そう見えたのか》
「はい。緩急の落差が一定を超えると、あのような現象になるようです」
《なんとかなりそうか?》
「そうですね……、たぶん」
コロナが赤いハンザキに向かって剣の切っ先を向ける。それをゆらゆらと揺らして見せる。安い挑発だ。だが奴は簡単に乗ってきた。それだけ自分の動きに自信があるのだろう。
オレはこの戦いをコロナに任せることにし、観察に徹して、奴の一挙手一投足に注視する。
前かがみになった赤いハンザキが駆け出す。ここまではさっきと同じ、次に急加速へと転じて奴の姿が消えるはず……、と何を思ったのか、コロナが付近に落ちていた盾をカツンと蹴った。城壁の上は石造りなので、スルスルと床の上を滑るように走る盾。それはコロナと赤いハンザキとを結ぶ直線の、ちょうど中ほどへと向かっていく。
まさに急加速をしようと踏み込んだ奴の足元へと滑り込む盾、それに足を取られてツルっと魚人が転んだ。踏み込む際に込めた脚力が仇となり、盛大に顔面から固い床へとぶつかる。
ゴキリと、ちょっと洒落にならない音が響いた。
自沈し、ピクピクと痙攣している奴にスタスタと近づいたコロナが、その後頭部に刃を振り下ろし、呆気なく勝負がつく。
「……この分では、知能までは三倍になっていなかったようですね」
どうやら、そのようである。
首を失くした胴体に、ブスリと剣の切っ先を刺してみるコロナ。
別に遺体をいたぶっているわけじゃない。肉体強度などを測っているのだ。
「多少は固いですが、この分ならば騎士や冒険者の攻撃も、キチンと当てさえすれば、なんとか通りそうです」
《そのようだな。ガトリングもどきは連射性を目指したから、威力がいまいちなんだよな。ある程度以上の強度を持つ相手だと通用しない、それがわかっただけでも収穫があったか》
「使っている分には楽しいんですけど。それよりも他はどうしますか? あと四体ほどいますが」
《そうだな、念のためにギルドマスターのところに行ってみよう。そっちに報告が上がっているハズだから》
ホバークラフト形態になったオレに跨ったコロナが移動を開始する。
途中、城壁の方も覗いてみたが、こちらは良くも悪くも進展がなかった。
冒険者ギルドに到着するも、そこは半壊していた。
屋根や壁のあちこちに大穴が開いており、酷い有様である。
「おや、あんたらかい? みておくれよ。こいつがいきなり飛び込んできて、このザマさねぇ。どうしてくれるんだよ、これじゃあ、建て直しじゃないか」
ギルドマスターの足元には、見覚えのある赤いハンザキが転がっている。ただし頭部は吹き飛ばされたらしく、首から上には何もなかった。手にしている鉄槌の先がドロリと汚れているところをみると、どうやら彼女が仕留めたようだ。
「それで仕留めたのですか? よくこの素早いのに攻撃が当たりましたね」
太ったオバちゃんの得物を見て、コロナが呆れたように言った。
「素早い? あぁ、それだって室内に入ったら半減さね。何をとち狂って屋根を突き破ってきたんやら。阿呆でよかったよ」
ガハハと豪快に笑うギルドマスター、そんな彼女に向かって文句を言う男がいた。無精ひげのサブマスターである。
「なぁにが、とち狂ったですか。壁をぶち抜いたのも、床を叩き割ったのも、ほとんどが貴女の鉄槌じゃないですか! そいつがやったのは屋根の穴だけですよ。ドサクサ紛れに罪をおっ被せないで下さい」
ヒューヒューと口笛を吹いて誤魔化すギルドマスター。やたらと綺麗な口笛の音色、意外な特技が判明したな。それにしても強いな彼女、どうやら動けるデブの類であったらしい。
二人の掛け合いは見ていて楽しいが、あんまりのんびりともして居られないので、他の赤い奴の情報を訊こうとすると、その場に丁度、騎士団からの報告が上がって来た。彼らの元にも変異種が現れたようだ。だが盾で囲んで集団にて殲滅したとのこと。続いて一級の冒険者からも吉報が届く。こちらは投網を利用して、絡めとってボコボコにしたらしい。モンスターの中には素早いモノもいるから、それらの狩りの経験が役に立ったとのこと。
これでコロナが仕留めたのを入れて四体。残り一体はどこにいった?
「未確認ですが私が知る限り、赤い変異種は五体だったと思われます。あと一体の消息が不明です」コロナがオレの疑問を代弁する。
「見間違い……、なんてことはアンタに限っちゃないか……街中に入り込んでいたら、すぐに連絡が来る手筈なんだが」
「そんな報せはきていません。人魚たちのところじゃないでしょうか」サブマスターの意見に、難しい顔をするギルドマスター。
「それだったらわざわざ壁を越えてまでやってくる意味がない。海から直接向かったほうがよっぽど楽さ。なんだか嫌な予感がするねぇ」
そんなギルドマスターの予感が的中し、防衛戦は次の段階へと移行することになる。
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