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199 コロナと剣舞。
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防衛戦が始まって、半日が過ぎる頃にもなると、徐々に被害が目立ち始めた。
疲労が蓄積したところに数の暴力が襲い掛かる。
遊撃の連中が懸命に走り回っているが、間に合わないことも少なくない。
目の前で仲間が無残に喰い尽くされて、精神がやられてしまった奴もいる。
自棄を起こして、群れに突っ込み死んでしまった奴もいる。
戦場とは元来が悲惨なものだ。
だがハンザキが関わるこの地の異様さは群を抜いている。
どこにも死体が無いのだ。
数多の命が散っているというのに、死んだ端から食い散らかされてしまう。
怪我を負って動けない同胞に群がり、その肉に牙を突き立て、死肉を貪る緑色の魚人たち。
狂乱にも似たその姿を間近にして、悪い夢を見せられているかのような気持ちになってくる。紛れもない現実なのに、ただあるはずのモノがないというだけで、どうにも現実味がぼやけてしまう。疲労、空腹、終わりの見えない闘い、諸々が重なって、ふと意識が飛ぶ瞬間が訪れる。その時の状況によって命運がくっきりと別れてしまう、喰われる者と生き残る者とに。どこまでも己を奮い立たせて、悲鳴を上げる肉体を叱咤し、我を貫いた者だけが戦場に立ち続ける。
そんな中をまるで疲れを感じさせずに、動き続ける青いスーラとオカッパ頭の女冒険者。
「わずか半日でこれですか、多少は敵の勢いも落ちてきたとはいえ、とても夜を越えられそうもありませんね」
どこまでも冷徹に状況を分析する自動人形、しかしコロナの見立てはきっと正しい。
この調子ではとても今夜は越えられそうにない。
《そうだな、海の中で彼女たちが頑張ってもコレじゃあ、じきに詰むな。不本意だが陽が暮れる前に街に撤退して、夜をやり過ごすのが妥当だろう。ハンザキどもは、たぶん夜目も利く、なにせ深海をフラフラしているような連中だからな》
「闇は彼らに味方しますか……、そうなると日中に攻めてきてくれたのは、運が良かったです」
《あいつらが阿呆でよかったよ。これで多少の知恵がついたら手に負えないぞ》
「ええ、それにしても一流どころはさすがですね。無理せず自分たちのペースで戦っています」
コロナが褒めたのは二級でも上位に位置する者や、一級の冒険者らのこと。攻めるときは攻め、引くときは引く。乱戦気味の中でさえ戦場の空気に流されずに、彼らは自分のペースで安定した狩りを続けている。
《無理せず無駄なく効率的に、強靭な肉体と強い精神力、それに自制心をも合わせ持たないと生き残れない。そんな厳しい冒険者の世界に身を置いてきた彼らが、弱いわけがないだろう》
「そうですね。でもそんな彼らですら限界はあります」
《あぁ、むざむざと死なせるには惜しい。ここは態勢を立て直すのと、回復するための時間が必要か……》
「はい。この戦力ではどのみち撃退なんて不可能かと。ならば応援が駆けつけるまでの時間稼ぎが、妥当かと思われます」
《やっぱり、それしかないかぁ。……ところでコロナさんや、君は水の中でも戦えるのかね? 防水機能みたいなのはあるようだが、実際のところはどうだ?》
「闘えないことはないと思います、ただし性能が著しく落ちます。せいぜい六割も出せればいいとこかと」
《と、なると海の方はオレが向かうしかないようだな。陸に出てきた連中をチマチマ片づけてもキリがねぇから、ドカンと一発かましてくる。その間、こっちを任せていいか》
「了解しました、マスター」
本格的な水中戦は初めてだが、きっと大丈夫だろう。王国では北の湖でいろいろと遊んだし、なにより人魚たちの話では、海の中にもスーラがいるらしいからな。どうやらスーラボディは水陸両用だったようだ。いや、オレの場合は特殊技能で空も飛んでるから、陸海空の汎用型か?
オレはコロナと別れて海へと向かう。
波打ち際からホバークラフト形態にて沖合まで出ると、その場にて体を杭のように狭めて、一気に海中へと突入した。
波打ち際に一人残されたコロナは、青いスーラの姿が海中に没するのを確認すると、ゆっくりと動きだした。わざと脛の辺りまでを水につけながら波打ち際を歩いて行く。
するとその音に釣られるかのようにハンザキどもが姿を現した。
水棲の彼らにしてみれば、獲物が水に足を取られて、もがいているように見えるのだ。
人の耳には聞き取れない奇声を発しながら、小柄な女冒険者に躍りかかる魚人ら。
コロナが左手に握った剣を無造作に横薙ぎに振るった。
ただそれだけで十体ものハンザキの首が落ちた。右手の剣を切り上げるように振り抜くと、斬撃が発生して水際沿いを並走するかのように走っていく。
ほんの一瞬だが寄せてた波が割れて、潮騒が不自然に途切れる。すぐに規則正しく寄せては返す波の音が戻る。だがその時には前方に何体もの切断された緑色の体が横たわっており、すっかり動かなくなっていた。
すると飢えたハンザキどもが、その遺体に群がる。
そこに向かってコロナが駆け出し、両手の黒剣を振り降ろす。両腕がまるで別個の生き物であるかのように自在に動く。切り上げ、薙ぎ払い、突き貫き、瞬く間に駆逐していく。その飛び散った肉片に惹かれて、更なるハンザキどもが集まって来る。
「おっ、これはいいです。ひたすら繰り返せば、わざわざ歩き回る必要がありません」
ワラワラと寄って来るモンスターどもを刻み続ける黒の双剣。
オカッパ頭の女冒険者を中心とした死肉の円が、幾重にも連なって、次第にその輪を広げていく。
中心で剣を振り続けるコロナ。
彼女にいかなる爪も牙をも届くことはない。すべてが刃の餌食となる。
さながら剣舞のように優雅に踊り続ける自動人形。
ときおり陽光を浴びて黒い刀身が煌めく。
彼女の一人舞台は、空が茜色に染まるまで止まらない。
疲労が蓄積したところに数の暴力が襲い掛かる。
遊撃の連中が懸命に走り回っているが、間に合わないことも少なくない。
目の前で仲間が無残に喰い尽くされて、精神がやられてしまった奴もいる。
自棄を起こして、群れに突っ込み死んでしまった奴もいる。
戦場とは元来が悲惨なものだ。
だがハンザキが関わるこの地の異様さは群を抜いている。
どこにも死体が無いのだ。
数多の命が散っているというのに、死んだ端から食い散らかされてしまう。
怪我を負って動けない同胞に群がり、その肉に牙を突き立て、死肉を貪る緑色の魚人たち。
狂乱にも似たその姿を間近にして、悪い夢を見せられているかのような気持ちになってくる。紛れもない現実なのに、ただあるはずのモノがないというだけで、どうにも現実味がぼやけてしまう。疲労、空腹、終わりの見えない闘い、諸々が重なって、ふと意識が飛ぶ瞬間が訪れる。その時の状況によって命運がくっきりと別れてしまう、喰われる者と生き残る者とに。どこまでも己を奮い立たせて、悲鳴を上げる肉体を叱咤し、我を貫いた者だけが戦場に立ち続ける。
そんな中をまるで疲れを感じさせずに、動き続ける青いスーラとオカッパ頭の女冒険者。
「わずか半日でこれですか、多少は敵の勢いも落ちてきたとはいえ、とても夜を越えられそうもありませんね」
どこまでも冷徹に状況を分析する自動人形、しかしコロナの見立てはきっと正しい。
この調子ではとても今夜は越えられそうにない。
《そうだな、海の中で彼女たちが頑張ってもコレじゃあ、じきに詰むな。不本意だが陽が暮れる前に街に撤退して、夜をやり過ごすのが妥当だろう。ハンザキどもは、たぶん夜目も利く、なにせ深海をフラフラしているような連中だからな》
「闇は彼らに味方しますか……、そうなると日中に攻めてきてくれたのは、運が良かったです」
《あいつらが阿呆でよかったよ。これで多少の知恵がついたら手に負えないぞ》
「ええ、それにしても一流どころはさすがですね。無理せず自分たちのペースで戦っています」
コロナが褒めたのは二級でも上位に位置する者や、一級の冒険者らのこと。攻めるときは攻め、引くときは引く。乱戦気味の中でさえ戦場の空気に流されずに、彼らは自分のペースで安定した狩りを続けている。
《無理せず無駄なく効率的に、強靭な肉体と強い精神力、それに自制心をも合わせ持たないと生き残れない。そんな厳しい冒険者の世界に身を置いてきた彼らが、弱いわけがないだろう》
「そうですね。でもそんな彼らですら限界はあります」
《あぁ、むざむざと死なせるには惜しい。ここは態勢を立て直すのと、回復するための時間が必要か……》
「はい。この戦力ではどのみち撃退なんて不可能かと。ならば応援が駆けつけるまでの時間稼ぎが、妥当かと思われます」
《やっぱり、それしかないかぁ。……ところでコロナさんや、君は水の中でも戦えるのかね? 防水機能みたいなのはあるようだが、実際のところはどうだ?》
「闘えないことはないと思います、ただし性能が著しく落ちます。せいぜい六割も出せればいいとこかと」
《と、なると海の方はオレが向かうしかないようだな。陸に出てきた連中をチマチマ片づけてもキリがねぇから、ドカンと一発かましてくる。その間、こっちを任せていいか》
「了解しました、マスター」
本格的な水中戦は初めてだが、きっと大丈夫だろう。王国では北の湖でいろいろと遊んだし、なにより人魚たちの話では、海の中にもスーラがいるらしいからな。どうやらスーラボディは水陸両用だったようだ。いや、オレの場合は特殊技能で空も飛んでるから、陸海空の汎用型か?
オレはコロナと別れて海へと向かう。
波打ち際からホバークラフト形態にて沖合まで出ると、その場にて体を杭のように狭めて、一気に海中へと突入した。
波打ち際に一人残されたコロナは、青いスーラの姿が海中に没するのを確認すると、ゆっくりと動きだした。わざと脛の辺りまでを水につけながら波打ち際を歩いて行く。
するとその音に釣られるかのようにハンザキどもが姿を現した。
水棲の彼らにしてみれば、獲物が水に足を取られて、もがいているように見えるのだ。
人の耳には聞き取れない奇声を発しながら、小柄な女冒険者に躍りかかる魚人ら。
コロナが左手に握った剣を無造作に横薙ぎに振るった。
ただそれだけで十体ものハンザキの首が落ちた。右手の剣を切り上げるように振り抜くと、斬撃が発生して水際沿いを並走するかのように走っていく。
ほんの一瞬だが寄せてた波が割れて、潮騒が不自然に途切れる。すぐに規則正しく寄せては返す波の音が戻る。だがその時には前方に何体もの切断された緑色の体が横たわっており、すっかり動かなくなっていた。
すると飢えたハンザキどもが、その遺体に群がる。
そこに向かってコロナが駆け出し、両手の黒剣を振り降ろす。両腕がまるで別個の生き物であるかのように自在に動く。切り上げ、薙ぎ払い、突き貫き、瞬く間に駆逐していく。その飛び散った肉片に惹かれて、更なるハンザキどもが集まって来る。
「おっ、これはいいです。ひたすら繰り返せば、わざわざ歩き回る必要がありません」
ワラワラと寄って来るモンスターどもを刻み続ける黒の双剣。
オカッパ頭の女冒険者を中心とした死肉の円が、幾重にも連なって、次第にその輪を広げていく。
中心で剣を振り続けるコロナ。
彼女にいかなる爪も牙をも届くことはない。すべてが刃の餌食となる。
さながら剣舞のように優雅に踊り続ける自動人形。
ときおり陽光を浴びて黒い刀身が煌めく。
彼女の一人舞台は、空が茜色に染まるまで止まらない。
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