青のスーラ

月芝

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198 コロナと遊撃。

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 ハンザキとの戦端は夜明け前に開かれる。
 海面に爆音とともに派手な水柱が何本も立ち、波を荒立たせた。
 人魚たちとハンザキたちが海中にて激突したのだ。
 しかしレジーナたちが奮戦してくれるも、波状に展開するハンザキの群れのすべては、とても抑えられない。
 砂浜から、磯から、続々と姿を現す緑の魚人型のモンスターたち。
 浜を中心に開けた地域を騎士団が守り、冒険者らは港や入り組んだ地形になって、集団戦に向かない場所を担当する。
 だが海は広く、海岸線はどこまでも伸びている。それに比例して戦線も伸び切り、薄くなったところを圧倒的数の暴力が襲い、防衛網を喰い破り、突破されてしまう。
 そこかしこから打ち上げられる救援要請の信号弾。

「く、くそ! 数が多すぎる。遊撃はまだか!」
「それに固い。これじゃ、剣の方がもたねぇよ」
「泣き言いってんじゃねぇ。これを切り抜けたら、人魚のお姉さま方が宴会を開いてくれるって話だ。だから意地でも生き残れ」
「おぉ!」

 リーダーの発破にて奮起するも、現実は容赦がない。ハンザキどもの爪が彼らの鎧を切り裂き、牙が肉を抉る、傷つき膝をつく仲間たち。とある三等級のパーティーが、最早これまでかと諦めかけた時、彼らの脇を一陣の風が吹き抜けた。
 舞い上がる砂埃に思わず目を閉じる冒険者たち。なんとか涙混じりで瞼をこじ開けると、そこには首を切り落とされた、大量のハンザキの死体が転がっていた。
 あまりのことに呆気に取られる冒険者たち。
 そんな彼らから遠ざかっていくのは、青いスーラに跨ったオカッパ頭の女冒険者。

「思った以上に押されてますね」
《あぁ、きっとハンザキの数が予想以上に多いんだ。戦線も伸び切ってるみたいだし、ヤバイぞ、こりゃあ》
「いっそのこと街に籠城して、援軍を待ったほうがいいのでは?」
《それはあのギルドマスターも考えただろうよ。でも騎士団も彼女もそれは選ばなかった。たぶん、もたないと判断したんだろう》
「確かにこの数と勢いで押されたら厳しそうです」
《籠城したところで、混乱した住人や貴族どもが、きっと足を引っ張るだろうし、逃げ惑う人々で騒動が拡大して、収拾がつかなくなる光景しか思い浮かばん》
「そうですね……と、こんどはあっちに信号弾が上がりました」
《わかった、すぐに向かおう》

 遊撃手としてあちこちを移動しているうちに、夜が完全に明けた。
 朝陽を浴びてキラキラと輝く海辺を、水飛沫を上げて駆ける青いスーラ。
 その背から黒い剣が振るわれる度に敵の死骸が転がる。すると骸にハンザキどもが群がり、競い合うように貪り喰らう。敵も味方も関係ない。奴らにとっては、すべてが己の渇きを癒すための供物。似たような姿は戦場のそこかしこで見られ、あまりの浅ましさに、多くの者たちを震撼たらしめた。



 海の中では人魚たちが、怒涛の如く押し寄せるハンザキの群れ相手に孤軍奮戦していた。
 五列に隊列を組んだ海の戦士たち。その中にはレジーナの姿もあった。
 隊長格の指揮の下、揃いの槍を持ち、甲冑を纏った人魚たちが一斉に魔法を放っては、ハンザキどもを蹴散らしていく。水流が竜巻のように回転しながら敵を貫き、触れた者を切り刻む。
 撃ち終わるとすぐに最後列へと下がり、次列が最前列へと進み立ち、すかさず魔法を放つ。これを繰り返すことで、ほとんど間を置かずに連射を可能としていた。だがそれでも一向に敵の数が減らない。二百足らずの味方に対して、敵の数があまりに多すぎるのだ。怯むことを知らない連中は、仲間の屍を喰らい越えてくる。一方的に討ち殺しているようにみえて、実際は目の前の戦線を維持するので精一杯なのが現状であった。

「数が多い……、このままだと我々はともかく、陸の方がもたない」

 赤髪をした大柄な隊長格の人魚が厳しい目を向けたのは、こちらの戦線を避けていく群れであった。射程外であり、無理をして追うとこちらの陣が崩れてしまう。あれらは地上の連中に任せるしかない。

「緊急連絡は入れた。あとは本国の連中が間に合ってくれるのを信じて踏ん張るしかない。いいか、お前らっ、あの害虫どもに誰が海の覇者か教えてやれっ! その命でもって思い知らせてやれっ!」
「「「「「応っ!」」」」」

 赤髪の女傑の言葉に奮い立つ人魚たちが威勢のいい声をあげる。
 見渡す限りの海底を埋め尽くすほどの緑の魚人たち。
 さながら蠢く絨毯の様相を呈してる。それを海の戦乙女たちの魔法が切り裂く。
 しかし切れ目はすぐに埋めつくされて、元通りになってしまう。
 それでも彼女たちが攻撃の手を止めることはない。



 一方その頃、浜付近に展開していた騎士団の面々も抗戦に突入していた。
 水際での戦闘では足を取られて不利となるので、海からの侵略者どもが完全に陸に上がるのを待ってから、攻撃を仕掛ける騎士たち。遠距離攻撃にて数を減らし、ダメージを蓄積させ、弱ったところを、三人一組になった騎士らが、異臭を放つ敵の体に剣の切っ先を突き立てる。
 戦局も初めのうちは順調に推移していた。しかしそれも敵の数が増えるに従って、徐々に厳しくなっていく。増える負傷者、溜まる疲労、ポーションでの回復が追い付かない。後方に控える本部に応援要請はかけているが、どこも手一杯らしく、こちらに回してくれる余裕はないらしい。

「なんだってんだ、千どころの騒ぎじゃないぞ。下手したら数万単位かもしれん。冗談じゃない、第一波でこれだとすると、とてもではないが……」

 黒髪の偉丈夫である騎士団長が、思わず弱音を吐きかけたとき、戦場に耳をつんざくような激しい炸裂音が連続して起こる。見る間に脳天や体を穴だらけにして、バタバタと倒れていくハンザキたち。何事かと騎士たちが音のする方を見つめると、そこには奇妙な物体を操作するオカッパ頭の女冒険者の姿があった。

 騎士団の救援要請に駆けつけたオレとコロナ。
 あまりの敵の数の多さに、オレが青いスーラボディを変形させて作り出したのは砲台。そこら辺の地面から材料を補充して弾丸となし、ひたすら撃ちまくるだけのガトリング砲もどき。欠点は体の維持が難しく、狙いを定めている余裕がまったくないこと。個人の技としてはとんだポンコツだが、これに射手が加わると話が一変する。砲台となったオレはひたすら前方に真っ直ぐ弾丸を飛ばすことだけに集中し、射手であるコロナが狙いをつけることにより、この技はようやく完成へと至った。
 四銃身の銃口が火を噴き、毎分二百発の銃弾の雨が降り注ぎ、緑の魚人どもを肉塊に変えていく。
 初めはキチンと構えて精密射撃を心がけていたコロナも、途中で操作に慣れたのか、オヤツのパウンドケーキを一本丸齧りしながら、鼻歌まじりで片手で操作していやがる。

《おい! オレにも半分よこせ》
「拒否します。一本丸々という醍醐味を失うことは、万死に値します。アイテム収納のなかに沢山あるのですから、マスターも勝手に食べたらいいじゃないですか」
《技の制御で忙しくて、それどころじゃねぇー》
「そうですか、ではここが片付いてから、移動中に齧るといいです」

 血も涙もない自動人形、青いスーラはやり場のない怒りをぶち撒けるように、弾丸を放ち続ける。おかげでこの場に現れたハンザキどもは、じきにあらかた掃討されることになった。

 騎士団の面々が呆気に取られていると、すぐさま別の場所にて信号弾が上がり、オカッパ頭の女冒険者は青いスーラに跨って行ってしまった。

「団長……、あれって魔法でしょうか。あっという間にこれだけの数を殺るだなんて」
「わからん。冒険者の中にはときおり化け物じみた奴がいると聞く、きっとアレもその類なんだろう。考えるだけ無駄だ。それよりも、この機会に戦線を立て直すぞ。おら、ボヤボヤすんな。動ける奴は残敵を片付けろ、負傷者の収容も急げ、すぐにまた敵は揚がってくるぞ」
「は、はい!」

 騎士団長の喝により、惚けていた騎士らが動き出す。
 そんな団員らを眺めながら、自身もポーションをぐびりと一口呷る団長。

「あのババア、とんでもない隠し玉を持ってやがった。これだからギルドは信用ならん」

 苦々しげに呟いた彼の愚痴は、潮騒に紛れて誰の耳にも届かなかった。


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