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196 コロナと余暇。
しおりを挟む港街アンクールにて滞在すること、早や五日。
連日、レジーナさんに案内されて遊び暮らす。
初めの二日ほどは街の景観を愉しみつつ、食べ歩きに終始。
三日目は美術館巡り、美人のモデルが多いせいか、この街には絵描きやら彫刻家が大勢いて、芸術が盛んであった。おかげで作品も豊富に出揃っており、素人のオレでも眺めているだけで愉しめる。
コロナがことのほか彫刻に厳しかった。どうやら造形美に関することには一家言あるらしい。自動人形にも譲れない矜持というものがあるのだろう。
四日目は岬で釣り糸を垂らし、のんびりと過ごす。
「わざわざ、そんなまどろっこしい真似しなくても、魚ならあたいが捕ってきてやるよ」
何もわかっていないレジ―ナがそんなことを言うが、もちろん丁重に断る。
別に魚が欲しいわけじゃない。こうして大いなる海と語り合うことで、心安らかに過ごす時間を愉しんでいるのだから。
……けっして一匹も釣れなかった言い訳などではない。
ピクリとも動かないオレの竿の先っぽ。
そのとなりで、コロナはバカスカと釣り上げていた。
五日目はレジーナに用事があったので、オレたちだけで冒険者ギルドに顔を出す。
昼は遊び惚けて、夜は宴会という生活に、早くも倦み始めていたのだ。
他所と違って、ここのギルドはどこか雰囲気が柔らかい。空気がピリリとしていない。壁に貼られてある依頼に目を通しても、雑務がほとんどで危険な物は見受けられない。冒険者らの姿もそれなりに見かけるが、彼らの大部分はこの街へと足を運んできた、商隊や貴族らの護衛であった。
街には普段から人魚たちが屯しているので、こと武力に関しては充分過ぎる戦力を保有していることになる。
海側は人魚たちが守っているし、陸側にしたってこの街の重要性を慮って、国が騎士団を常駐させているので警護は強固。下手にちょっかいを出そうものならば、双方からボコボコにされるというわけだ。ここはオレが知る限りでも、屈指の治安の良さを誇っている。よってギルドにも大した依頼はなくて、オレたちは早々に退散した。
「マスター、暇です」
《旅先でのんびり過ごすってのも、案外難しいものだな。海は確かに綺麗だし、食い物も旨いし、女はとびっきりの美人揃い、だというのに……。オレたちって、実は詰まらない連中だったんだな》
「私の頭の中にも、余暇の有意義な過ごし方、という知識はありません」
《だろうな、お前の造物主は研究に明け暮れていたようだし》
周囲に誰もいない砂浜に腰かけて、ぼんやりと海を眺めながら、こんな会話をしているオレとコロナ。
街中にいると、人魚たちが通りがかるごとに声をかけてくる。
今やコロナは彼女たちにとって敬意を表す恩人、そしてオレは気軽に触れるマスコット状態、おちおちカフェでお茶を飲んでお喋りも出来やしない。かといって宿に戻れば宴会が始まってしまう。
人魚たちはとんでもなくタフだった。徹夜で騒いでも、翌朝にはケロリとしていやがる。バインバインも過ぎれば苦痛になる。この頃では、逆にコロナのツルペタの胸の中の方が、ほっとする時がある。これは危険な兆候だとオレは問題視している。このままズルズルと引きずられて、変な属性に目覚めたら、それこそコロナに何を言われるかわかったもんじゃない。
そんな事を考えていたら、不意にコロナが海の彼方を指さす。
「マスター、あれは何でしょうか?」
そちらの方を向くと、波間からこちらをじっと見ている瞳とかち合った。
ちょっと遠いので魔力を凝らして視てみる。途端に視界が拡大し、遠目が効くようになる。視界の中に映し出されたのは、濃い緑色の肌に赤色のギョロ目が印象的な生物。海から出ているのは目から上の部分だけなので、よくはわからないが、体の表面はゴツゴツとしており、醜いガマガエルを連想させる姿であった。
《モンスターかな? 海の奴はあんまり詳しくないんだよな。資料もほとんどないし。コロナはわかるか?》
「いいえ、私の中にも情報はありません。なんにしても、あんまり頭が良さそうには見えませんね」
《確かにあの目は、知性よりも食欲って感じだな。こちらを餌かなにかと……、あっ! 消えちまった》
「水中に潜ったみたいです。こちらには向かってこないところをみると、沖に帰ったのでしょう」
《一体、なんだったんだろうな》
「そうですね……、後でレジーナにでも訊ねてみましょう」
《そうだな、そうするか。ついでに海のモンスターに関する文献とかないか訊いてみよう》
ひょこっと軽快に立ち上がったコロナが、ズボンについた砂を払う。
オレもヨチヨチと動き出す。
まさかこの時の出来事が、後に港街を巻き込んだ大騒動の発端になるとは思いも寄らなかった。
五日連続の宴会もたけなわの最中、ふとコロナが昼間の出来事を思い出し、オレは彼女に促されるままに、簡単な似顔絵を描いてレジーナに見せた。ちょっとコミカルに描き過ぎたが、特徴はよく捉えてあると自画自賛する一枚。
するとそれを見たレジーナの顔から途端に酔いが失せた。
「コロナ、こいつを見かけたってのは本当か?」
「今日の昼過ぎです。街の外れの白浜のところの沖合で見かけました」
真剣な表情にて訊ねてくるレジーナにコロナが素直に答える。
尋常ではない様子に、ただ事ではないことがオレにもわかった。
「ハンザキだ……間違いない。おいっ! 宴会はお開きだ。すぐに誰か隊長のところに行ってくれ、あと騎士団の連中と領主さまのところにも」
ハンザキという言葉を聞くと、それまで浮かれ騒いでいた人魚たちの雰囲気が一気に変った。酔いどれ美人のそれから、完全な戦士のモノと変わる。
レジーナの指示により、すぐに数人が宴会場から出て行った。
「レジーナ、ハンザキとは何なのですか?」
「そうか、コロナは知らないか。ハンザキってのはな……」
ハンザキとは人魚とは似て非なる海のモンスター。
人魚は上半身が美女で下半身が尾ひれだとすると、ハンザキは上半身が魚で下半身が人間という体をしており、ゴツゴツとした緑色の肌と赤い目をした魚人だが、知性はほとんどない。あるのは強靭な肉体と尽きることのない食欲のみ。
常に群れで行動し、一匹見かけたら千匹いると思えと言われるほど。
その繁殖力は凄まじく、放っておくとひたすら単位生殖にて増殖を繰り返すので、見つけ次第殲滅するのが海の常識となっている。もしも処置を怠れば、大群となったハンザキに襲われて、後には誰も生き残れない。実際に数万の大群となったハンザキに攻め滅ぼされた集落や国が、海の中にはいくつもあるという。陸の人間とて他人事ではない。彼らは海岸沿いの街や、川を遡って出現した事例も過去にはあるからだ。
キラーアント、ミッグ、ハンザキ、の三種を指して世界三厄災と、人魚たちは認定しているとのこと。
「すまない……、こんなことに巻き込んじまって」
説明を終えたレジーナがコロナに深々と頭を下げた。
どうやら緊急事態につき街の出入は完全に封鎖。
冒険者ギルドでも強制招集がかかるらしい。
三等級のコロナとその従魔のオレは、もちろん前線送り。
《誰だよ、暇なんて言ってた奴は》
「まったくです」
こうしてオレとコロナは、ハンザキとの生存競争に身を投じることになる。
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