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192 コロナと木偶人形。
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男の喉笛を黒い剣の切っ先が刺し貫く。
体を蹴り飛ばすのと同時に刃を引き抜くと、男は血を噴きながら地面へと背中から倒れる。
ビクンビクンと二度だけ痙攣を起こし、動かなくなった。
「やれやれ、今夜は多いですね。これで三度目です」
剣を素早く振って、刃についた血を跳ね飛ばすコロナ。
彼女がボヤくのも無理はない。ここのところ二日に一度は野盗の類に襲われる。
今晩は特に酷い。まさかの三連続遭遇である。
これまでの長旅でも、森を進めばモンスターや猛獣に襲われ、街道を行けば辺境の人気の乏しい地域に差し掛かると、ときおり賊が顔を出すことはあったが、王国から離れるほどに、治安の低下が目に余るようになってきた。というより、この地域一帯が特に目に余る。おそらくこの地を治める領主が余程無能なのであろう。
最悪、盗人どもの上前をはねて、私腹を肥やしている豚という可能性もある。
別にオレたちは世直しの旅を続けているわけではないので、こんな面倒な土地はさっさと通り過ぎるに限る。
《やっぱり女の一人旅ってのが、連中をおびき寄せるのかねぇ》
旅の連れをしげしげと眺めつつ、オレはそんな考えを零す。
ズボンに革鎧にマントという女冒険者の格好をしているコロナ。
鼻から下を覆うように赤いスカーフを巻いている。これは機械的にしか動かせない、口元の違和感を隠すための処置だ。
黒いオカッパ頭で、身長も百六十ぐらいしかない、小柄でツルペタな体格。
お供は青いスーラが一体。
もしもオレが賊ならば、そんな女が一人でぷらぷらしている時点で、警戒して手は出さない。でも実際には次々と沸いて出る羽虫ども。オレの考え方がおかしいのか、連中の頭がおかしいのか、どうにも判断に迷うところだ。
「一人旅じゃありませんよ。マスターもいます」
《確かにそうなんだが、他の連中には端からスーラなんて眼中にねぇよ。下手したら連れだとも、思わてないんじゃないかな。それよりも一人に見えるってことが問題なんだよなぁ》
「いっそギルドで商隊の護衛依頼でも受けて、集団で行動しますか?」
《うーん、それをすると著しく行動に制約を受けることになる。気軽にオヤツも食べられないぞ》
「それは嫌です。他の手段を考えて下さい」コロナは速攻で考えを翻した。
《一応、備えていたモノもあるんだが……、とりあえず試してみるか》
そう言ってオレがアイテム収納より取り出したのは、等身大の黒い木偶人形。
コロナよりも頭二つ分ぐらいの大きさ。古い友人に頼んで制作してもらった逸品。ボタンを押すとパカンと背中が観音開きになって、空洞の内部が丸見えとなる。
「なんですか、これは! 見事な造りです! さぞ名のある方の作品なのでしょう」
《おっ、わかるのかい。知り合いの作品なんだが》
「わかりますとも。一見飾り気のない顔の輪郭や胸から鳩尾、腰へと続く曲線のなんと美しいこと。極限まで高められた技巧を惜しみなく注いだ上に、そこからありとあらゆるモノを惜し気もなく捨て去り、最終的に残されたのが、この線なのです。一体どれほどの研鑽を積めば、このような創造を成せるのでしょう。あぁ、私も是非、この方に制作されたかった。そうしたら、きっと今頃、モテモテ街道を驀進中でしたのに」
友人を誉められるのは悪い気はしないが、最後の方はコロナが何を言っているのかよくわからない。とりあえずつっこんだら負けのような気がするので、オレは受け流すことにした。
ぱっくりと開いた木偶人形の背中へと、にゅるりとスーラボディを潜り込ませる。
実はこの人形、オレが内部に乗り込んで操作することが可能となっている、ハズなのだが……。
「なんだか気持ち悪いです。下手くそです。作品に対する冒涜です」
カクカクと動く木偶人形に、容赦ない酷評を下すコロナ。
そう、木偶人形の操作は無茶苦茶難しいのだ。
真っ直ぐ歩くだけでもカクカク、ちょっと片腕を上げるだけでもカクカク、振り返るだけでカクカク。何をするにもカクカクしてしまう。
肉体とは全身が連動して様々な動作を行っている。
それを人形の体を用いて再現する。口で言うほど簡単なことではない。これでも伝説の人形遣い監修の元で、猛特訓をしたのだ。それでもこの残念な仕上がり具合なのである。
古い知己の人形遣いどもが、いかに卓越した技量の持ち主であったのかを痛感しているよ。あいつら五十体ぐらいの人形を同時に操って、徹夜でダンスパーティーとか繰り広げていたんだからな。
《これにそれっぽい格好をさせて、並んで歩けば二人旅に誤魔化せるかと思ったんだが、ちょっと無理そうだな》
「逆に怖がられて虫よけになるかも……です」
夜の人気のない街道を、カクカク歩く木偶人形の姿を想像してみる。
うん。かなり不気味だ。
それ以前に隣で歩く自動人形より、人形らしい時点で話にならない。
そう考えるとコロナの体の制御機構って凄いな。
「しかしせっかくの優れた作品を、死蔵するなんてもったいないです。当面の目標としては、少しずつでも訓練を重ねて上を目指すということで、どうでしょうか?」
珍しく建設的な意見を述べるコロナ。よっぽどこの木偶人形が気に入ったらしい。オレとしても異論はないので、そういうことで話はまとまった。
その日以降、街道沿いの空き地や森の奥にて、焚火の周りを踊り狂う奇妙な人影が、あちこちにて目撃されることになり、多くの旅人たちを慄かせることになろうとは、当人たちばかりが知る由もなかった。
体を蹴り飛ばすのと同時に刃を引き抜くと、男は血を噴きながら地面へと背中から倒れる。
ビクンビクンと二度だけ痙攣を起こし、動かなくなった。
「やれやれ、今夜は多いですね。これで三度目です」
剣を素早く振って、刃についた血を跳ね飛ばすコロナ。
彼女がボヤくのも無理はない。ここのところ二日に一度は野盗の類に襲われる。
今晩は特に酷い。まさかの三連続遭遇である。
これまでの長旅でも、森を進めばモンスターや猛獣に襲われ、街道を行けば辺境の人気の乏しい地域に差し掛かると、ときおり賊が顔を出すことはあったが、王国から離れるほどに、治安の低下が目に余るようになってきた。というより、この地域一帯が特に目に余る。おそらくこの地を治める領主が余程無能なのであろう。
最悪、盗人どもの上前をはねて、私腹を肥やしている豚という可能性もある。
別にオレたちは世直しの旅を続けているわけではないので、こんな面倒な土地はさっさと通り過ぎるに限る。
《やっぱり女の一人旅ってのが、連中をおびき寄せるのかねぇ》
旅の連れをしげしげと眺めつつ、オレはそんな考えを零す。
ズボンに革鎧にマントという女冒険者の格好をしているコロナ。
鼻から下を覆うように赤いスカーフを巻いている。これは機械的にしか動かせない、口元の違和感を隠すための処置だ。
黒いオカッパ頭で、身長も百六十ぐらいしかない、小柄でツルペタな体格。
お供は青いスーラが一体。
もしもオレが賊ならば、そんな女が一人でぷらぷらしている時点で、警戒して手は出さない。でも実際には次々と沸いて出る羽虫ども。オレの考え方がおかしいのか、連中の頭がおかしいのか、どうにも判断に迷うところだ。
「一人旅じゃありませんよ。マスターもいます」
《確かにそうなんだが、他の連中には端からスーラなんて眼中にねぇよ。下手したら連れだとも、思わてないんじゃないかな。それよりも一人に見えるってことが問題なんだよなぁ》
「いっそギルドで商隊の護衛依頼でも受けて、集団で行動しますか?」
《うーん、それをすると著しく行動に制約を受けることになる。気軽にオヤツも食べられないぞ》
「それは嫌です。他の手段を考えて下さい」コロナは速攻で考えを翻した。
《一応、備えていたモノもあるんだが……、とりあえず試してみるか》
そう言ってオレがアイテム収納より取り出したのは、等身大の黒い木偶人形。
コロナよりも頭二つ分ぐらいの大きさ。古い友人に頼んで制作してもらった逸品。ボタンを押すとパカンと背中が観音開きになって、空洞の内部が丸見えとなる。
「なんですか、これは! 見事な造りです! さぞ名のある方の作品なのでしょう」
《おっ、わかるのかい。知り合いの作品なんだが》
「わかりますとも。一見飾り気のない顔の輪郭や胸から鳩尾、腰へと続く曲線のなんと美しいこと。極限まで高められた技巧を惜しみなく注いだ上に、そこからありとあらゆるモノを惜し気もなく捨て去り、最終的に残されたのが、この線なのです。一体どれほどの研鑽を積めば、このような創造を成せるのでしょう。あぁ、私も是非、この方に制作されたかった。そうしたら、きっと今頃、モテモテ街道を驀進中でしたのに」
友人を誉められるのは悪い気はしないが、最後の方はコロナが何を言っているのかよくわからない。とりあえずつっこんだら負けのような気がするので、オレは受け流すことにした。
ぱっくりと開いた木偶人形の背中へと、にゅるりとスーラボディを潜り込ませる。
実はこの人形、オレが内部に乗り込んで操作することが可能となっている、ハズなのだが……。
「なんだか気持ち悪いです。下手くそです。作品に対する冒涜です」
カクカクと動く木偶人形に、容赦ない酷評を下すコロナ。
そう、木偶人形の操作は無茶苦茶難しいのだ。
真っ直ぐ歩くだけでもカクカク、ちょっと片腕を上げるだけでもカクカク、振り返るだけでカクカク。何をするにもカクカクしてしまう。
肉体とは全身が連動して様々な動作を行っている。
それを人形の体を用いて再現する。口で言うほど簡単なことではない。これでも伝説の人形遣い監修の元で、猛特訓をしたのだ。それでもこの残念な仕上がり具合なのである。
古い知己の人形遣いどもが、いかに卓越した技量の持ち主であったのかを痛感しているよ。あいつら五十体ぐらいの人形を同時に操って、徹夜でダンスパーティーとか繰り広げていたんだからな。
《これにそれっぽい格好をさせて、並んで歩けば二人旅に誤魔化せるかと思ったんだが、ちょっと無理そうだな》
「逆に怖がられて虫よけになるかも……です」
夜の人気のない街道を、カクカク歩く木偶人形の姿を想像してみる。
うん。かなり不気味だ。
それ以前に隣で歩く自動人形より、人形らしい時点で話にならない。
そう考えるとコロナの体の制御機構って凄いな。
「しかしせっかくの優れた作品を、死蔵するなんてもったいないです。当面の目標としては、少しずつでも訓練を重ねて上を目指すということで、どうでしょうか?」
珍しく建設的な意見を述べるコロナ。よっぽどこの木偶人形が気に入ったらしい。オレとしても異論はないので、そういうことで話はまとまった。
その日以降、街道沿いの空き地や森の奥にて、焚火の周りを踊り狂う奇妙な人影が、あちこちにて目撃されることになり、多くの旅人たちを慄かせることになろうとは、当人たちばかりが知る由もなかった。
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