青のスーラ

月芝

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191 コロナと夢の国。

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「ムーちゃん、ムーちゃん」

 聞き覚えのある声がオレの名前を呼ぶ。
 体を揺さぶられて目を覚ますと、そこには懐かしい顔があった。

《あれ? いつの間にか寝ていたのか……》

 寝起きのせいか、頭の中に霞みがかかったようで、どうにも思考が定まらない。
 ぼうっとしているオレに金の髪の乙女が話しかけてくる。

「どうしたの? 何かヘンな夢でもみた?」
《夢、なのか……、そうだな。なんだかすごく長い夢を見ていたような気がする》
「ふーん、どんな夢なの。教えて」
《どんなって、あちこち旅をしては、美味い物を喰ったり、綺麗な景色を見たり、あとヘンテコな奴に出会ったり》
「へえー、それは本当に楽しそうな『夢』だよねぇ」

 彼女に促されるままに夢の内容を語る。
 自分の口からポツポツと言葉が紡がれるほどに、それが虚ろなモノであったとの実感が強まり、次第に意識が覚醒していき、夢と現がゆっくりとだが入れ替わっていく。

 振り返ると、そこにみんなが居た。

《なんだ……、みんな……、そんなところにいたのか》
「そうよ。みんなここにいたの。そしてこれからは、ムーちゃんもずっと私たちと一緒よ。もう寂しい想いをすることはないの」

 そう言って彼女が微笑んだ。
 ここは大層、居心地がいい。陽気のせいか、身も心もポカポカとして安らぐ。
 確かにみんなもいる。だけど……。

《だけど一人足りないんだよ。ここにはアイツがいない》
「いいじゃない。一人ぐらい居なくったって。代わりに私たちが居れば、それでいいでしょ」

 陽光で煌めく髪をかき上げながら、ちょっと詰まらなそうな顔をして拗ねる彼女。
 その発言で、ようやくオレは自身が置かれた状況に気がついた。
 あの子は、決してそんな言葉は口にしない。
 なんてことはない。ここが「夢」の中なのだ。
 遺跡の中央部に足を踏み入れたときに出逢った女、きっとアイツが何かをしたんだ。
 そうオレが確信したとき、これまでずっと温和な表情をしていた目の前の娘の姿が揺らいで、違う姿へと変貌する。それは先に見かけたあの女であった。濃い藍色の長い髪と瞳をした女性。こちらへと向けてくる切れ長の目には、一切の敵意を感じられない。眼差しには、むしろ慈愛にも似た憐れみさえ込められてある。

「どうして私を拒むのですか? すべてを委ねれば、楽になれるというのに……」
《どうもこうもない。夢はしょせん夢だ。たまに見て懐かしむのにはいいが、溺れていいもんじゃない》
「どうして溺れてはいけないのですか? 私のもとを訪れる人たちは、みな疲れ果てています。どうにもならない現実に打ちのめされています。それを癒すのが私の役目。辛い浮世を忘れて、幸福な夢に身を委ねなさい。ここには一切の苦しみはありません。やがて肉体が朽ちようとも、痛みも感じません。すべては夢のうちに流れていきますから。だから貴方も、もう頑張らなくていいのですよ?」

 彼女の言葉がそろりそろりと這いずっては、意識の中へと入り込んでくる。
 まるですぐ耳元で囁かれているみたいな錯覚を覚え、どこか甘い香りがしてクラっとなる。
 このままではマズいと思ったとき、咄嗟にオレは叫んでいた。

《コロナっ! 奴を破壊しろっ!》



 森の遺跡へと足を踏み入れたときから、すぐ横を並んで歩いていたマスターの様子が、オカシイことにコロナは気がついていた。それまで交わしていた言葉がピタリと止んだからだ。
 フラフラと誘われるように遺跡の中央部へと辿り着いた時、青いスーラは完全に動かなくなってしまった。
 コロナが周囲を見渡すと、そこかしこに冒険者らが倒れている。だが生命活動は確認出来た。誰も死んでいるわけではなくて、ただ眠っているだけのようだ。
 ちょっとした広場のようになっている、この場所の中心部には、地面からせり上がった細い円柱状の台座があり、その上で黄色い珠がずっと明滅を繰り返している。
 そこよりなんらかの信号が発せられているのはわかるのだが、それが何を意味しているのかがコロナにはわからない。
 足元で固まっているマスターに問いかけても返事はない。
 どうしたもんかと考えているうちに、早や二時間ほども過ぎた頃、突然マスターからの破壊指令が届いた。
 奴というのは、たぶん目の前の珠のことだろう。
 主人の命令を実行しようと、台座に近づくコロナ。
 すると突然、藍色の髪をした女が姿を現す。

「お止めなさい。どうして夢を壊そうとするの。みんな幸せになれるというのに」

 立ち塞がる女性を無視して進むコロナ。

「すみません。私、自動人形なもんで、夢とかよくわかりません」

 ヤメてと懇願する女性の体をすり抜けるコロナの体。
 藍色の髪の女の姿は、明滅する珠が作り出した幻影であった。
 自動人形が腕を振り上げて、手刀を真上から振り下ろす。
 パキっと軽い音を立てて、黄色い珠は二つに割れてしまった。
 明滅もじきに緩やかとなり、ついに消えてしまう。

「これでよろしかったでしょうか、マスター」

 そう言ってコロナが振り返った先には、いつものように、ぷるるんと体を震わす青いスーラの姿があった。



 コロナが珠を叩き割ったことにより、夢の世界から解放された冒険者らが、徐々に目を覚まし始める。だが大部分の者らの表情は晴れない。
 項垂れる者、涙を流す者、なかには「どうして放っておいてくれなかったんだ!」と憤る者すらもいた。
 彼のパーティーメンバーの話によれば、どうやら彼には亡くなった妻子があったらしい。恐らくは夢の中で家族と再会していたのであろう。
 気持ちはわかるが、それでも起こさないわけにはいかなかった。
 なにせ最初期に、あの珠に囚われていた連中の体力がかなり消耗しており、あと数日遅れていたら手遅れになっていたからである。
 とても自力での帰還は無理と判断したオレたちは、彼らを無事な冒険者らに任せて町まで戻り、馬車を用立ててくることにした。

 行きよりも更にぶっ飛ばして町へと戻り、急いでギルドマスターに遺跡での出来事を説明し、馬車を連れてトンボ返り、そこからみなを引き連れての凱旋となった。
 こうして遺跡での事件は無事に解決し、冒険者ギルドの強制招集も解除される。
 それを祝ってドンチャン騒ぎで賑わう中、オレとコロナは町を去った。
 こっそりと姿を消すつもりだったのに、外へと通じる門のところには、ギルドマスターと馴染みとなったオバちゃんの姿があった

「すっかり世話になったな。気が向いたらまた立ち寄ってくれ。お前らなら、いつでも大歓迎だ」
「本当にありがとうね。コロナちゃんのおかげで、みんな無事に帰って来れた。ギルドの評判も良くなって、ウチの人も大助かりよ。これで当分、クビにならずに済みそうね」

 そう言うとオバちゃんが、横に立つ白髭の偉丈夫の腕に自分の腕を絡めた。
 二人が夫婦という事実に、別に意外でもなんでもないのだが、地味に驚くオレとコロナ。
 そんなおしどり夫婦に見送られて、オレたちは出立した。



「それにしても、あの珠は何だったのでしょうか……」

 コロナが言ったのは、遺跡の中央で明滅していた黄色い珠のこと。

《詳しくはわからんが、たぶん、あの場所は古代の癒しの施設だったんじゃないのかな》
「癒しの施設?」小首を傾げるコロナ。
《いい夢を見て、ぐっすり眠って、明日への活力を取り戻す、そんな施設。ずっと休止状態だったのが、何らかの拍子で動き出したんだろう》
「私は自動人形ですので夢は見ませんが、そんなモノで本当に元気になれるのですか? 目覚めた人たちは、どちらかというと疲労困憊だったような気がしますが」
《あー、たぶん古くなって故障していたのかもしれん。良薬も過ぎれば毒になる。夢も同じなんだろうな》
「なるほど……、ところでマスターはどんな夢を見たのですか? 幼女が裸で駆け回るロリパラダイスですか、それともモロだし美女らが駆け回るバインバイン天国ですか」
《なんで駆け回る前提なんだよ! ふふん、オレほどの成熟した精神を持つと、これはかなわないと思ったのか、すぐに藍色の髪の女が姿を現して、知的な心理戦と問答になってしまったからな》

 本当は夢を見せられたのだが、その内容は誰にも話したくない。
 あれはオレにとっては幸せな夢なんかじゃない。大切な思い出を穢されたように感じたからだ。だからあんな夢なんて、見ていないということにしておく、だというのに……。
 じーっとこちらを黙って見つめるコロナ。
 胡乱そうな視線をビシバシと向けてくる。
 それでも空とぼけていると、「……まぁ、いいでしょう。恐らくは口にするのも憚られるような、欲望に塗れた変態な世界だったのでしょう。確かにそんなモノを得々と語られても、私が困ってしまいますから」なんていう酷い濡れ衣を着せて、一人で勝手に納得してしまった。

 やいやい騒ぎながら黒のオカッパ頭の女冒険者と青いスーラが行く。
 目指す海はまだ少し遠い。


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