青のスーラ

月芝

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187 コロナと英雄。

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 コールブリタニアの元第四王女、その「元」の意味を訊ねると、実にあっけらかんとした調子にて、「王位継承争いが面倒だから捨てた」と答えるリシア。
 彼女の祖国は武で成り立っているだけあって、王位には序列や血だけでなく、武も重んじる傾向がある。兄姉らも各々が武人として名を馳せているものの、実力は似たり寄ったり。誰にも芽がある状況下にて、次期王位を巡って闘争が激化する。しかし父親であり現王は、それを知っても止めるどころか煽る始末。すべてはより強い王を産み出すための試練だと、豪語していたのだとか。
 もちろん継承権を持つリシアのところにも、すり寄って来る輩はいたが、彼女は自分の武芸以外にはまるで興味がなかったので、早々に王位継承権を放棄してしまった。
 これで些事に煩わされずに武芸に打ち込める。
 そう思っていたのだが、ここで予想外な展開が待っていた。
 ネチネチと裏で権力闘争に血眼になっている連中よりも、真っ直ぐに武芸に打ち込んでいる姫君の方が、脳筋揃いの民には好ましく映ってしまったのだ。
 リシアの知らぬところで、うなぎのぼりになる国民人気。
 もしも継承権を放棄していなければ放置していたのだが、手放したのであれば王にとって、リシアはただの可愛い娘なので、父親としてこの事態を憂う。
 そこで彼女に国内が落ち着くまで、外遊に出てはと勧めたとのことであった。

 リシアの話を聞けば容易に想像がつく。
 継承権を放棄したとはいえ国民に人気のある姫、外遊先での突然の仲間たちの裏切りの果ての暗殺騒ぎ、きっと国元で変事が起こったのだろう。
 次期王位を巡る争いに決着がついたのか、あるいは現王に不測の事態が起こったのか。どちらにしろ彼女に国へ帰ってきてもらっては、都合の悪い連中がいるということだ。
 裏切った連中の様子からして、身内でも人質に取られたんじゃないかな。
 斥候風の男の遺体に面通しをしてもらったら、見覚えがあるって言っていたし、きっとコイツが国元から遣わされた使者だったのかもしれない。

「それでどうしますか? このまま死んだことにして、姿を隠すという手もありますが」

 コロナの提案にリシアは首を横に振る。
 元よりこそこそと逃げ隠れするようなタイプじゃないんだ。かつてオレが見知った女騎士同様の瞳を持つ彼女、あれは戦闘狂に準ずるものだ。きっと闘う道を選ぶのだろう。

「国元に戻る。やられっ放しというのは性に合わない。それに背中の傷は戦士の恥だ。これをそそがないことには、死んでも死に切れん。まずはかつての仲間たちに借りを返す。剣には剣を。すべてはそこからだ」

 案の定、彼女はそう言った。
 だからオレは……。



 更に一日、野営を続行し、充分に体力の回復を果たしたリシアを街道近くまで送り、オレたちはそこで彼女と別れた。

 リシアはその鮮やかな赤い髪に負けない色をした甲冑に、腰には新たな剣を下げて揚々と遠ざかっていく。どちらもオレがコロナを通して進呈したモノだ。
 鎧は古代遺跡にて、剣はダンジョンで手に入れた品で、どちらも魔法効果が付与されてある。鎧には身体強化の補助が、剣は魔力を通すと刀身を真っ赤に発熱して、触れるモノをバターのように断ち切る。
 どうしてこの二つを彼女に渡したのかというと、鎧と武器がそれを望んだからだ。
 ごく稀にだがこういうことがある。
 武器たちが主を選ぶのだ。別にそれらに意志が宿っているとかいう話ではなくて、波長が合うと言えばいいのだろうか、共振するのだ。そうすると両者はまるであつらえたかのように、ピッタリと噛み合う。互いが互いを引き立て合う。
 さながら相思相愛の恋人同士。これを妨げるのは野暮というものだろう。
 初めは「命を助けられただけでなく、こんな高価な品をとても受け取れない」と拒んでいたリシアであったが、実際に剣を手に取り、鎧を身に纏ってからは、受け入れざるおえなかった。いや、この場合は武具に魅入られたと言ったほうが正しいのか。

 遠ざかり小さくなっていく赤い鎧を見送りながらコロナが言った。

「よろしかったのですか? 女子供に甘いマスターのことですから、てっきり手を貸すものかと」
《冗談……、アレは自分で自分の進む道を決められる女だ。下手な手助けなんて邪魔になるだけだろうよ。剣と鎧を渡す程度で丁度いい。それに国とかに関わると、本当に大変なんだから。オレはごめんだね》
「なるほど……、やはりロリ以外に興味はないと。とんだ変態マスターです」
《違うから! あの手の戦闘狂の剣は、そのうちコッチに向かってくるんだよ。王が可愛がっていたっていうのも納得だわ。身内を争わせて悦に浸ってる時点で、オヤジもかなりヤバイ奴だ。そのイカれた性質を最も受け継いでいるのは、きっとリシアだろう。殺られたら殺り返すだなんて、脳筋思考にもほどがある。きっと兄姉らもそんな彼女の性質に気がついていたから、後顧の憂いを断つために、暗殺なんて真似に及んだんだろう》
「それで火消しに失敗して、盛大に炎上させていては、お話しになりませんね」
《……だな》

 リシアと別れたオレたちは、もう二日ほど森で野営にて過ごす。
 先へと進んだ彼女と距離を置くためだ。
 そうして二日遅れで出発したオレたちは最寄りの街で、さっそく不穏な話を耳にする。
 つい先日のことだ。赤い髪の女戦士が街の宿屋に滞在していた八人組の男どもに襲いかかり、全員の首をバッサリ刎ねてしまった。部屋に押し入り、わずかの間に全員を仕留めると、高笑いのまま、何処かへと消えてしまったという。
 駆けつけてきた衛兵らは、部屋のあまりの惨状に、現場に足を踏み入れるのを躊躇したというから、相当であったのだろう。
 遺体の背中には一律、十字の傷が深くつけられており、これが何かの暗示、あるいは呪いの類では、との憶測が飛び交って街は騒然としてた。
 そんな街の片隅にある食堂にて、ヒソヒソと内緒話をしているのは、青いスーラと黒いオカッパ頭の女冒険者。

「リシアの仕業でしょうね」
《十字の傷ってことは、倍返しの意味なんだろう。首を落としてから遺体の衣服を剥いで背中に傷を刻むって、よっぽど悔しかったんだろうな》
「背中の傷は恥だ! とか言ってましたから」
《そんなもん乱戦状態に突入したら、嫌でも喰らうってのに。いちいち反応してたらキリがないぞ》
「ですよねぇ。あぁ、そういえば彼女、こんな事も言ってましたよ」
《なんだ?》
「このお志は決して忘れない。願いが成就した暁には、感謝を込めて国中の広場にコロナどのたちの銅像を飾るとしよう、って」
《どのたち……ってことは、オレも勘定に入っているのか! 勘弁してくれよ》

 こんな事があったこともすっかり忘れた数年後のこと。
 遥か南のとある小国にて、新たな女王が即位することになる。
 灼熱の如く苛烈に敵を薙ぎ倒して王位を得た、その英雄の名は……。


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