青のスーラ

月芝

文字の大きさ
上 下
187 / 226

186 コロナと行き倒れ。

しおりを挟む
 適当に冒険者として活動したり、狩りをしたり、ご当地料理を堪能しながら旅を続け、そろそろ西の国境へと差し掛かろうかという森の中で、面倒事を拾った。
 最初に気がついたのはコロナだった。

「マスター、あそこに行き倒れがいます」

 言われて見てみると、確かに誰かが木の根元で倒れている。ただし行き倒れなんて生易しい状態ではない。折れた剣を握り、あちこちに深い切り傷がついて、破れた鎧姿の赤い髪の女戦士が、派手に血を流して、今にも息絶えそうな状態であった。
 ここは街道より逸れた森の奥、普通は冒険者パーティーぐらいしか立ち入らないだろう。そんな場所に女が一人? 仲間とハグれたのか、もしくは怪我のために見捨てられたのか。どちらにしろ、見てしまったものは、放っておくのも気が引けるので、オレは治療のために側へと近づく。すると、うっすらと閉じらていた目が開く。すでに命の灯が消えようとしているのが、容易に見て取れた。

《生きたいか?》

 触手回線を繋いで女に問いかける。
 なぜそんな真似をしたのかは、自分でもよくわからない。もしかしたら、このまま逝くことを願っているのかも……、ふとそんな考えが脳裏をよぎる。
 だが女は瞼を二度ほど閉じたり開いたりして、生きたいとの意志を示す。
 だからオレは特製のポーションを女に与えた。



 暗い森の中で、ぱちぱちと焚火が音を立てる。
 怪我人を抱えたオレたちは、彼女を拾った場所から、ほど近いところにあった少し開けた岩場にて、野営をすることにした。
 ポーションが効いているので、すでに体の傷は癒えている。ただしかなり血が失われていたので、しばらくは安静にさせておく必要があったのだ。
 いまは火の側で安らかな寝息を立てている。

「それにしても、どうしてこのようなところで一人でいたのでしょうか?」

 寝ている彼女を横目にコロナが言った。

《……わからん。ただ鎧にあったのは明らかな刀傷、それも一番大きいのが背中から切り付けられたものだ。たぶん不意打ちを喰らったんだろう。ザックリと跡がついているから、殺すつもりで放たれた一撃なのは間違いない》
「悪い奴に騙されたんでしょうか? そのような事案が発生すると、ギルドの職員の方に教えてもらいました」

 長年燻っている中堅冒険者が、右も左もわからない新人や他国から流れてきた者などを言葉巧みに騙してパーティーを組み、森の奥で……、なんて胸糞の悪い事件が、ごく稀に起こるのは事実だ。
 だが彼女の場合はどうだろう? 女が獲物ならば殺すよりも先に、なんて考えるのがゲスの思考だ。襲うにしたって、食事に薬でも盛って犯行に及んだほうが、よほど容易い。わざわざ背中から切り付けて、複数により滅多打ち。一見すると簡単そうに思えるが、反撃される恐れだってある。女だてらに冒険者をやっている以上は、けっして弱いなんてことはないのだから。ましてや彼女は剣士か戦士の類だろう。どうにもよくわからないな……。

《彼女が倒れていた付近に、戦闘の痕跡はなかった。たぶん違う場所で負傷して、あそこまで逃れて来たんだろう》
「では追跡者がいる可能性も?」

 チラリとコロナの視線が木々の向こうへと動く。
 オレはすかさず、その辺に転がっていた石を拾って、彼女の視線の先にある森の暗闇に向かって投げつけた。

「ぎゃっ」

 料理人に鳥が首を縊られた時に鳴くような声がした。
 立ち上がったコロナが声のした暗闇へと歩いて行き、しばらくして額の辺りに石がめり込んで息絶えている男を引きずって戻ってきた。
 どさっと放り出された男は、斥候職が好むような身軽な格好をしていた。

「このお嬢さんを探しにきた方でしょうか」
《わからん、が、少なくとも好意的な視線ではなかったな。それにしても運の悪い奴だ。適当に投げた石を額に受けるだなんて》
「はい。おかげで貴重な情報源を失ってしまいました」

 念のために周囲の気配を探ってみるも、他には反応なし。
 どうやら単独にて動いていたようだ。きっとそれなりに優秀な斥候だったのだろう。

「どうしますか、これ」
《とりあえずそのまま転がしておけ。お嬢さんが目覚めたら訊いてみるとしよう》
「わかりました」

 遺体を蹴飛ばして隅っこに寄せるコロナ。
 どうやら自動人形の観点では、生き物が死んだら、それはモノとして処理されるらしい。だから途端に扱いが雑になる。彼女のそんな行動に、初めこそは眉をひそめていたオレも、じきに慣れてしまった。それにコロナは、なにもすべての遺体を粗末に扱っているわけではない。大切にされるべきモノにはちゃんと敬意を払う。雑に扱うのは大切にされる価値のないモノだけだ。この辺の死生観は、きっと造物主である天才殿の影響なのだろう。

 この夜、ずっと新手が来ないかと警戒していたのだが、ついぞ何者も現れなかった。
 そして朝日が昇る頃になって、ようやく眠り姫が目を覚ます。
 女は、自分はコールブリタニアの元第四王女リシアだと名乗った。

 コールブリタニア、ずっと南にある小国、確か武芸が盛んで、周囲をいくつもの国に囲まれる環境ながらも長らく命脈を保っている、豪の国だとオレは記憶している。
 燃えるような赤い髪の質が良かったので、なんとなく高貴な出自の女だろうなとは思っていたが、まさかの王女さまだったとは。しかも「元」という辺りがどうにもきな臭い。
 目覚めたリシアの手前、オレとコロナはいつものように主従を逆転させて接する。

「私はコロナ、冒険者です。森の中で倒れている貴女を見つけて保護しました」
「そうか……すまない、なんとお礼を言ってよいのか」

 起き上がって丁寧に頭を下げようとするリシア。そんなところにも育ちの良さが伺えるが、いかんせんまだ体は本調子にはほど遠い。無理をしなようにとコロナが釘を刺し、再び寝かせる。

「重ね重ね申し訳ない。なんと不甲斐ないことか」
「あまり気になさらないように。それよりも、あんなところで一人で倒れられていた理由をお訊ねしても?」
「うむ。私もハッキリとはわからないのだが……」

 供の者たちと遊学と称して、修行の旅に出たのが一年ほど前のこと。
 あちこちを冒険者として回っていたのだが、この森の奥に足を踏み入れた途端に、背後から切りつけられた。それがこれまでずっと一緒に過ごしてきた仲間たちだったから、自分もワケがわからない。みな詫びの言葉を口にしながら斬りかかってくる。むざむざと殺されるわけにもいかないので、抵抗しながら夢中になって逃げ回っていたが、愛剣も折れてしまい、ついに力尽きたらしい。

「なるほど、突然の裏切りということですか、大変でしたね」
「うむ。はっきり言って腹立たしい限りだ。ずっと仲間だと思っていたのは、どうやら私だけだったようだな。所詮は元王女なんて、奴らにしたらたいした価値もなかったのだろう」

 自虐気味な笑みを浮かべるリシア。
 心なしか寂し気にも見える、が、それよりも瞳に宿る妖しい光の方が、オレには気になる。
 あれは闘う者の目、闘いの中にしか己を見いだせない者が宿す光に似ている。
 かつてそれを持っていた女騎士を、オレは知っている。


しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

異世界に転生したけど、頭打って記憶が・・・え?これってチート?

よっしぃ
ファンタジー
よう!俺の名はルドメロ・ララインサルって言うんだぜ! こう見えて高名な冒険者・・・・・になりたいんだが、何故か何やっても俺様の思うようにはいかないんだ! これもみんな小さい時に頭打って、記憶を無くしちまったからだぜ、きっと・・・・ どうやら俺は、転生?って言うので、神によって異世界に送られてきたらしいんだが、俺様にはその記憶がねえんだ。 周りの奴に聞くと、俺と一緒にやってきた連中もいるって話だし、スキルやらステータスたら、アイテムやら、色んなものをポイントと交換して、15の時にその、特別なポイントを取得し、冒険者として成功してるらしい。ポイントって何だ? 俺もあるのか?取得の仕方がわかんねえから、何にもないぜ?あ、そう言えば、消えないナイフとか持ってるが、あれがそうなのか?おい、記憶をなくす前の俺、何取得してたんだ? それに、俺様いつの間にかペット(フェンリルとドラゴン)2匹がいるんだぜ! よく分からんが何時の間にやら婚約者ができたんだよな・・・・ え?俺様チート持ちだって?チートって何だ? @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 話を進めるうちに、少し内容を変えさせて頂きました。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

御者のお仕事。

月芝
ファンタジー
大陸中を巻き込んだ戦争がようやく終わった。 十三あった国のうち四つが地図より消えた。 大地のいたるところに戦争の傷跡が深く刻まれ、人心は荒廃し、文明もずいぶんと退化する。 狂った環境に乱れた生態系。戦時中にバラ撒かれた生体兵器「慮骸」の脅威がそこいらに充ち、 問題山積につき夢にまでみた平和とはほど遠いのが実情。 それでも人々はたくましく、復興へと向けて歩き出す。 これはそんな歪んだ世界で人流と物流の担い手として奮闘する御者の男の物語である。

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

処理中です...