青のスーラ

月芝

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185 コロナとバイン。

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 未亡人に甘えた翌朝、オレたちはダンジョン最深部を後にする。
 去り際にティプールさんから、「何かあったらちゃんと連絡するのよ」と言われてしまった。
 昨夜は我ながら情けない姿を晒してしまった。スーラボディじゃなかったら、赤面しているところだ。穴があったら入りたい……、いや、ここも世界屈指の立派な穴倉だけど。
 
 ダンジョン内をホバークラフト状態で爆走中、一人悶えるオレ。
 背中に乗ってるコロナは機嫌がすこぶるいい。
 お土産に山程、彼女からお菓子を貰ったからだ。
 亡き夫の味を守るために、せっせとお菓子作りに励むのだが、消費する者がいない。彼女のアイテム収納も時間停止機能が付いているので、放り込んでおけば問題はないのだが、溜まる一方というのは、作り手としてはあまり嬉しくない。そこで貰ってくれるのならば大歓迎ということで、遠慮のないコロナはあるだけ全部引き受けた。その全てがオレのアイテム収納の中に収められてある。おかげで向こう半世紀ぐらいは、オヤツに困らないだろう。

「それにしても……」

 灼熱地獄を抜けて、洞窟風の景色に変った頃、コロナが話しかけてきた。

《なんだよ? オヤツならさっき食べたばかりだから駄目だ。これ以上、ヒトの背中にボロボロとクッキーのカスを落とされたら、かなわんからな》

「違いますよ」

 そう言いながら、オレの体を揉みつつ、しきりに小首を傾げているコロナ。

《だから、なんだってんだ?》
「いえ、これが未亡人の膝枕で一杯飲みながら、泣き言いって慰めて貰っていたスーラの感触なのかと。しみじみ味わっているだけですので、どうぞお構いなく」
《なっ! お前、起きてたのかっ!》
「いえ、ちゃんと寝てましたよ。ただ、酒に酔って欲情した変態スーラが、熟れた未亡人に襲いかかったら大変だと、心配して聞き耳を立てていただけです」
《――――――っ!!》

 声にならない悲鳴を上げる青いスーラ。
 衝撃のあまり、思わず操作が乱れて蛇行運転になる。
 危く壁に激突しそうになったところを、強引に体を引き戻し、なんとか事なきを得た。

「もう、危ないじゃないですか。安全運転でお願いします、マスター」
《………………はい》



 ダンジョンから出たオレとコロナは、宿にて一泊してから王都を出る。
 目指すは西の国境を越えた隣国の、更に向こうにあるという海。
 特に行き先は決めていなかったのだが、宿屋の女将と話をしていたコロナが、海を見てみたいと言い出した。どうやら女将はそちらの出身だったらしい。
 そう言えばオレもこっちの世界では、まだ見たことがない。いい機会なので行ってみるかということになった。
 コロナも情報としては海の知識はあるらしい。オレも屋敷の図書室などの本を読んで知っている程度だが、この世界の海は基本的に海の住人たちのモノである。
 近海ぐらいならば大目にみてくれるが、調子に乗って陸の者が遠海に乗り出そうものならば、途端にボコボコにされる。水棲のモンスターやそこに住む人々にだ。
 海には海の規律があり、そこには彼らの社会が形成されている。丘とは接することはあっても、真から交わることはない。完全に別の世界だと考えたほうがいい。

 街道をテクテクと進んでいく、黒髪のオカッパ頭の女冒険者と青いスーラ。
 まだ王都近郊なので往来は賑やかだ。道を荷馬車や旅人たちが行き来している。

「マスター、そういえばこれから目指す場所には、人魚もいるそうですよ」
《人魚……、ねぇ》

 人魚、上半身が見目麗しい女性、下半身が鱗の生えた尾ヒレという海の住人。
 その美しい見た目に騙されてはいけない。深海にて一大勢力を築く女傑種族である。ぶっちゃけ、無茶苦茶強いらしい。そりゃあ、深海の水圧の中を悠然と泳いで活動しているんだから、その肉体強度はかなりのものなのだろう。しかも海底から海上まで一気に浮上して来ても、一切の影響を受けずに、ケロリとしているというのだから驚きだ。水圧も気圧も関係ないらしい。魔法も巧に操るらしく、集団になった人魚たちに、水の中で抗えるものは皆無とのことだ。
 なお冒険者ギルドにあった資料によれば、間違っても人魚を傷つけるなと書かれてあった。彼女たちは仲間意識が異様に高く、身内を傷つけられようものならば、それこそ全員でもって報復行動をとることさえあるという。子供の喧嘩に親族郎党どころか、国が出張って来る、性質が悪すぎるだろう。

「おや? あんまり興味ありませんか。おっぱいバインバインらしいですよ。しかもノーブラが普通らしいです。あと運がよければ一夜のお供に選ばれて、甘美なる一時を過ごせるとか」
《バインバインはともかく、一夜のお供はねぇよ。こちとらスーラだぞ。ほぼほぼ無視される謎生物は、淡い夢なんてみないんだよ》

 今更だがスーラという謎生物は、じっとしていれば、ほとんどの他者から存在しないものとして扱われる、盛大に無視される、視界の中に入っても気にも留められないこともしばしば。女や子供にはわりと構われるのだが、それとても気まぐれだ。モフモフの可愛い生き物がいたら、思わず手が伸びるだろう? それよりもグンと下だと考えればいい。スーラの社会的地位は低いどころか、無いのが現状だ。

 そして人魚の一夜妻云々については、次のような格言がある。

『観るアルラウネ、抱く人魚、女房にするならアラクネ』

 人魚は完全女系、生まれてくるのはすべて人魚の女の子。
 どの種族と交わっても、これは変わらない不文律。彼女たちに陸の男女のような恋愛観はない。気に入った雄を見つけてはサクっと交わって子を成す。母娘の情は海よりも深いが、男女の情は水溜まりほどもなし。一夜限りの逢瀬でバイバイしちゃう。
 男にとっては実に都合のいい話で、一切の責任を伴わなくて美女を抱けるのだから、一度ぐらいは人魚と……、なんて考える阿呆どもも多いのだ。だが悲惨なのは阿呆じゃなくて、本気になっちゃった真面目な人。めくるめく逢瀬が忘れられずに、思い出は美化され、未練たらたらで、人生を駄目にしちゃう人も多いんだとか。きっと相手の方は顔も碌すっぽ覚えてやしないというのに。
「騎士殺し」や「初見殺し」の別名を持つ、それが人魚たちなのだ。
 いったいどれほどの真っ当な男たちの人生を駄目にしたことか、考えるだけでゾッとしてしまう。なんと罪深き乙女たちであろう。

 オレがそんな事を口にすると、コロナの奴は「実に興味深いです。その統計は是非とも欲しいです」なんてことを言いやがった。
 酷い自動人形である。


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