青のスーラ

月芝

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183 コロナと王都。

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 衛兵に促されるままに、懐から取り出したプレートを提示する女冒険者。
 一通り確認作業を済ませた衛兵が言った。

「……よし。そっちのスーラも従魔登録に問題なし、と。ようこそ王都へ」

 辺境の村で賊を皆殺しにしたオレとコロナは、その後、ぶらぶら街道を進みながら王都を目指した。
 途中に立ち寄った大きな街でコロナの冒険者登録も済ませた。別に本気で冒険者家業をするつもりはない。登録すると手に入るプレートが身分証としては手頃だったからだ。
 ギルドの受付にて「おいおい嬢ちゃん」的な異世界ファンタジーお約束の展開などもなく、サクサクと必要書類に記入をして登録完了。極めて事務的に処理された。
 この世界の冒険者は基本的に職業意識が高い。一歩、街を囲む壁の外に出ればモンスターが闊歩している。仕事のほとんどは命がけ、ちゃらちゃらしていては生き残れない。冒険者として名を馳せようとすれば、日々の訓練、情報収集、人脈の形成、やることはごまんとある。昼間っから酒を飲んで、新人に絡んでいる暇なんてないのだ。そんなことをしている奴は、どのみち長生きできやしない。早々に勝手にくたばるか、人知れずギルドに排除される。
 冒険者ギルドの門戸は常に解放されており、広く人材を募っているが、残れるかは当人次第という厳しい稼業なのである。
 登録する前にコロナの服装は変えておいた。メイド服を模したバトルドレスでは、ちょっと目立ち過ぎるので、ズボンスタイルに革の胸当てという、地味な格好をさせた。ただ口元を隠すのに使っている赤いスカーフは気に入っているらしく、手放そうとしないので、そのまま好きにさせてある。

 城門を過ぎると、一気に周囲の雰囲気が華やぐ。
 往来を埋め尽くす様々な人種、様々な品々、様々な文化や習慣が混然とする雑多な空間。オレにとっては馴染みの光景だが、初めて目にしたコロナがあまりの猥雑さに、しばし人込みにて立ち尽くす。

「これは……、頭の中にある情報よりも、遥かにごちゃごちゃしています」
《あぁ、お前の知っている王都は数百年前のモノだからな。その後、魔王が傾きかけていた王国を立ち直らせて以降、繁栄しまくりだから》
「たしかマスターがお世話になっていた家の人ですよね」
《アラクネたちを集めて紡績拠点を作ったり、先進的な街並みを構築したり、教育制度改革をしたり、政治経済なんでもござれの、とにかくハチャメチャな爺だったよ》
「なるほど……、ゆえにこの賑わいなのですか」
《他にもたくさんの人たちの努力があったればこそだがな。色々とあったわりには、この国って、屋台骨が揺るがないんだよな》
「無駄に歴史は重ねていないということですね」
《たぶんそういうことなんだろうなぁ……。さて、それじゃあ、とりあえず適当にお土産を見繕ってから、ダンジョンに向かうとしようか》
「いきなり訪問して大丈夫なのでしょうか? 仮にも相手はドラゴンなのでしょう。温厚とは聞いていますが」
《問題ない。さっき訊いたら、待ってるって言ってたから》
「そういえば『念話』でしたっけ、念じるだけでいつでもどこでも、頭の中で相手と話せるだなんて便利です」
《さすがはドラゴンってところだな。オレの分体経由の会話技能とは次元が違う。頑張ってみたんだが再現は不可能だった。魚に鳥のように大空を飛べと言ってるようなもんだ。スーラとドラゴンとじゃ、根本の能力に差があり過ぎて、どうにもならん》

 そんなことを話しながらコロナと雑踏の中を歩いていく。
 途中からオレは彼女に抱かれる格好で運ばれている。地面をヨチヨチ動いていたら、通行人らの迷惑になりそうだったので。
 適当に露天やら商店をひやかしながら、ダンジョンがある方へと向かった。



 その区画は王都の賑わいからは隔離されている。
 周囲を高く頑強な壁によって二重に囲まれており、兵が在中し、いざという時のために備えを怠らない。彼らはダンジョンからモンスターが溢れてくるのを警戒しているのだ。定期的に冒険者らや騎士たちが間引いているとはいえ、王都内部という場所が場所なだけに、警戒が解かれることはない。
 最難関を誇る未踏破ダンジョンだけあって、出入りしている連中は猛者揃い。
 みな入念な準備をしてから中へと足を踏み入れる。
 現場には常に緊迫感が漂っている。そんな場所をテクテクと小柄なオカッパ頭の女冒険者と青いスーラが進んでいく。これを見かけた冒険者や兵士らは、怪訝そうな表情は浮かべるものの、不用意に声をかけたりはしない。彼らはよく理解しているのだ。見た目と中身が必ずしも一致しないということを。この場所を訪れているという、その意味を。
 いろんな種族が混在する王国では建国当時より、知能が高く意志の疎通が可能であれば人間として認められている。獣人であろうと亜人であろうと関係なく、国民として受け入れている。奴隷制度も禁止されており、不当な扱いもされないので、世界中から多くの者たちが、この地へと移り住んできた歴史がある、ゆえの雑多感であり繁栄。その過程で混血もゆっくりとだが進んでおり、外見が必ずしも能力を示さないようになってきた。
 見た目に惑わされると痛い目をみる。
 このダンジョンに集うような連中にとっては当たり前の認識、それゆえの平然とした反応なのであった。

 ダンジョン内へと足を踏み入れると、オレの先導によって、コロナはサクサクと階層を下へ下へと降りていく。
 浅い階層には中級の連中が経験を重ねるためにウロチョロしており、上級の冒険者らを一番多く見かけるのは二十階層から二十五階層ぐらいまで。そこまで潜るには充分に装備を整えて、二週間前後もかけて攻略する必要があるが、こちらは攻略が目的ではないのでひたすら先を急ぐ。途中から人目が無くなるとホバークラフト形態に変形して、コロナを乗せて爆走する。
 念のために三十三階層へと降りる際に、コロナの体を調べてみたが異常はなかった。
 階層を一つ降りる度に簡易チェックを自分でやらせるも問題なし。どうやらゴーレム技術を応用して造られた自動人形の活動に、外部の魔素の影響はほとんどないようで安心する。

 灼熱地獄のエリアへと突入すると、コロナがやたらと盛り上がる。「ウォーウォー」と背中ではしゃいでちょっと鬱陶しかった。
 目まぐるしく変化する炎の祭典が気に入ったらしい。
 山よりも巨大な魚っぽいモンスターらが、マグマの海を群れをなして泳いでいる姿を目撃しては度肝を抜かれ、怪獣大戦争を目の当たりし呆気にとられ、次第にこのダンジョンの桁違いの異様さを実体験するに至り、「これを従えるドラゴンって一体……」とコロナが呟いた。
 ようやくドラゴンという超生物の凄さを、真に理解したようで、なによりである。

 百階層へと到達すると、世界は灼熱の赤から豊穣の緑へと一変する。
 これまでの地獄のような光景が嘘のように、穏やかな緑溢れる世界が広がっている。
 かつては草原と、ちょっとした家庭菜園しかなかったここも、いまでは畑が広がって豊富な作物を実らせ、木々が生い茂り、いろんな果物が摂れるようになっていた。
 ティプールさんが夫と死別し出戻ってから、このように環境が変化したのだ。
 ダンジョンは主の心の変遷をくみ取り変化する。
 かつて無礼千万な雄ドラゴンどもの身勝手な求愛行動に、心底嫌気がさしていたティプールさん。その拒絶する心情が強く反映されて、あの難攻不落のダンジョンが形成されていった。だが料理長の腕に惚れ込み、彼の元に押しかけ女房をした彼女は、すっかり料理に目覚め、愛する夫亡き後も、彼の残した味を守ろうとする気概が強くなり、その心意気に応えようと、ダンジョンが頑張った結果が現状である。

「いらっしゃい、ムーさん。お久しぶりね」
《はい。随分とご無沙汰してしまって……、それからコイツは》
「自動人形のコロナです。奥様、以後御見知りおきを」

 直立不動の姿勢から、きっちり斜め四十五度のお辞儀をする自動人形。

「あらあら、これはご丁寧に。私はティプール、ここでダンジョンの主をしているドラゴンよ。こちらこそ、よろしくね」

 彼女の住まいである小屋を訪ねると、艶のある長い黒髪を後ろに結わえた瓜実顔のおっとり美人さんが、初めてオレを迎え入れてくれた時と、変わらない笑顔を見せてくれた。
 その手首には、大小の色とりどりの魔石があしらわれた腕輪がキラリと光る。結婚する際に料理長が彼女に贈った品だ。身に着けているということは、彼への想いは変わらないということなのだろう。
 それにしても未亡人属性がついて、益々色気に拍車がかかっている。気配を抑えて人化した状態でもこれだ。本来の姿に戻ったら、そのフェロモンで世界中の雄ドラゴンどもが、とち狂うんじゃないかな。
 そうなったら人類の歴史は確実に終わる。
 きっと誰も生き残れやしない。

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