青のスーラ

月芝

文字の大きさ
上 下
181 / 226

180 コロナと老人。

しおりを挟む
 リナの案内で村へと辿り着いたオレたちは、問答無用で牢屋へと入れられた。
 村が賊騒動で大騒ぎのところに、森の方からのこのこやってきた身元不明のコロナが、連中の仲間だと疑われたからだ。ほとんど荷物を持っていなかったのも、彼らの不信を煽ってしまった。
 こんな事なら早々に冒険者ギルドに立ち寄って、登録を済ませておくべきだった。そうすれば最低限の身元証明にはなったのに。オレもコロナも人間ではないので、その辺の意識がどうも希薄みたい。
 リナの懸命な訴えも、大人たちに無視され、弁明の機会も与えられずに投獄される。だが一切の抵抗をしなかったせいか、装備を取り上げられることもなかったのは幸いである。剣や鎧はともかく、コロナの口元を隠すスカーフを取り上げられるのが、少しマズかったから。

「それでどうしましょうか? こんな貧相な牢屋、いつでも簡単に抜けられますが」

 コロナの言う通り、一応は鉄格子があるものの、赤錆びだらけで固定も緩々、蹴飛ばせばパキンと外れてしまいそうだ。壁も板張りだし見張りもいない、牢屋というにはあまりにもお粗末な造りの掘っ立て小屋。きっとそれだけ普段は平和な村なのであろう。

《とりあえず様子をみよう。下手に暴れたらリナに迷惑がかかるからな。あとで誰か来たら、リナのお母さんの容態だけ教えて貰おう。問題がありそうならポーションを渡すから》
「わかりました。それにしてもマスターは女子供に甘いですよね。やはり古い友人とやらの影響でしょうか?」
《……まーな。どうしても姿が重なるんだよ。これは、もうクセみたいなもんだな。気がついたら体が動いていやがる。だから仕方がないと諦めてくれ》
「まぁ、いいでしょう。ただマスターのロリコン変態疑惑が、一層深まったとだけ認識しておきます」
《違うから! なんなら百年分の昔語りをしてやろうか? 感動のあまり、おまえ絶対に泣くからな》
「それは遠慮しておきます。なにせ自分、泣く機能はありませんので。ではスリープ機能に移行します。おやすみなさい。ぐぅ」

 言いたいだけ言うと、マスターを放って、とっとと目を閉じた自動人形。
 寝ているうちに体内にて、自己点検や整備を行っているのは理解しているが、それでも釈然としないものがある。
 こいつは二言目には人を変態呼ばわりしやがる。だが気づいているのか、オレが変態だったら、お前は変態の従者ということになるんだぞ。

 オレのことなどまるで気にせずに、すびーと眠るコロナ。
 こうして村での滞在初日は過ぎていく。
 その夜、牢屋を訪れる者は誰もいなかった。

 翌朝になって、ようやく顔を見せたのはヨボヨボに腰の曲がった老人。側らにはリナの姿もあった。

「すまんかったの。事情もよく聴かんで、馬鹿共が迷惑をかけてしもうた」
「ごめんなさい。コロナお姉ちゃん」

 二人から謝れつつ牢屋から解放されたオレたち。
 ダウリという名のご老人、現村長の父親で前村長だったというお人であった。困ったリナが彼に泣きついたということだ。自分の母親のこともあって遅くなってしまったと、なんども小さな頭を下げる少女。コロナは気にしてない旨を伝える。リナの母親については薬草を煎じて飲ませたのが効いたのか、容態は落ち着いているらしい。
 ついでだからとポーションを差し出したら、「そこまでしてもらうわけにはいかない」と一丁前に遠慮するも、コロナが「子供が遠慮しない」と強引に持たせた。
 それからリナは臥せっている母親のもとへと帰らせ、オレたちは老人宅へと招待された。

 息子夫婦とは別れて住んでいるという老人の家は、村の外れにあって周囲はひっそりとしている。別に折り合いが悪いとかではなくて、前村長が近くにいると、何かと煩わしいことが多いとの前任者なりの配慮らしい。

「ほほほ、妻も先立っており、今では気ままな一人暮らしよ。だから遠慮せんでいい」

 その言葉に甘えるままに、コロナとオレは振舞われた朝食を平らげ、食後の茶を啜る。
 コロナは巻いたスカーフにて口元を隠しながら、器用に食事を摂っていた。
 それにしても従魔を演じているオレにも同じ品を出すとは、この爺さんはわかっているぜ。世間話に混じって、こちらの正体をそれとなく探って来る老獪さも気に入った。伊達に過酷な辺境にて、長いこと村長をしていなかったようだ。これぐらいの腹芸が出来なくては、とても務まりはしないだろう。
 こちらとて特に隠すこともないので、ホルンフェリスの方からやって来たこととか、王都を目指しがてら修行をしているという設定を、コロナの口から語らせる。
 何週間も森を彷徨っていたと聞いたときには、心底驚いたような、呆れたような顔をしていたが、その表情の果たしてどこまでがダウリさんの本心やら……。
 だが、次に彼が言い出しそうな事だけは容易に想像がつく。
 賊に狙われてピンチの村に、どこからともなく現れた風来坊。それも単独にて森を踏破するような強者。従魔がスーラというのは謎だろうが、オレなら普通に助力を請うな。

「ところで村の現状については、どこまで知っておる?」

 ほら、来た。コロナには事前に打ち合わせは済ませてある。
 リナと顔見知りになった以上は、手を貸すつもりだが、あんまりにも相手の態度が悪いと、少し意地悪しちゃおうという予定になっている。

「大規模な賊に難癖をつけられているとだけ……」
「そうですか。あ奴らは自分たちのことを棚に上げて、皆殺しにされたくなかったら、村の収穫の半分と、村の若い女子供すべてを寄越せと言ってきおった。女は自分らで愉しむために、子供らは奴隷として売るからなんぞと非道なことを、いけしゃあしゃあと」

 拳を握り絞め肩を震わす老人。
 思った以上に酷い内容だった。
 コロナも同意見だったらしく「クズですね」とだけ感想を零す。オレもそう思う。汚物の滅却処分は、この時点で確定した。
 だが、ここで予想外な言葉がダウリさんの口から飛び出す。

「だから今すぐお逃げなさい。森を抜けてきた貴女ならば、いかようにもなるでしょう。その上でもしも、もしもじゃが、頼めるのならばリナを連れて行って欲しい。前村長が言うことではないのだろうが、それでもワシは、あの子には生きていて欲しいんじゃ」

 力を貸せというのではなくて、一人の少女を助けてくれと頭を下げる老人。
 息子に跡目を譲ったものの、その影響力ゆえに村では微妙な立ち位置となった彼を、周囲は腫物に触るかのように扱った。粗末にされるのではない、敬意も払われる、さりとて遠慮して踏み込んでもこない。村の人たちに悪意があったわけではないのだろう。だが周囲の気持ちとは裏腹に当人にしてみれば、疎外感ばかりが押し寄せてくる。そんな精神的孤独に陥りそうになった時に、救いとなったのがリナという少女の笑顔であったという。
 前村長という肩書を捨て、ただの老人としての懇願。
 コロナがチラリとこちらの方を見た。
 オレは触手にてヒラヒラと要請を拒否するポーズを示し、代わりに首をかき切る断罪のポーズをして見せた。
 意味を理解したコロナが小さく頷く。

「それはお断りします。なによりあの子が母親を残して、一人だけ逃げ出すとは思えませんので」
「しかし……」なおも言い募ろうとする老人を制止し、コロナは言った。
「なので、賊の方を引き受けます。そうすればアナタが元村長という誇りを捨てることも、リナが母親と離ればなれになって、悲しむこともありませんから」

 賊退治の報酬としてコロナが提示したのは、事前の打ち合わせの通り、わずかな金銭と食料、それから現在位置の情報と王都への道順のみ、破格の大特価である。
 ただし一つだけ条件をつけた。
 それはこの度の件は、あくまでコロナとダウリさんとの個人契約である、ということ。
 まだ冒険者登録を済ませていないので、村単位の仕事を勝手に請け負ったりすると、後々に面倒な事になりかねない。組織というのは己の領分を冒されることを極端に嫌う。用心するに越したことはないだろう。


しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

御者のお仕事。

月芝
ファンタジー
大陸中を巻き込んだ戦争がようやく終わった。 十三あった国のうち四つが地図より消えた。 大地のいたるところに戦争の傷跡が深く刻まれ、人心は荒廃し、文明もずいぶんと退化する。 狂った環境に乱れた生態系。戦時中にバラ撒かれた生体兵器「慮骸」の脅威がそこいらに充ち、 問題山積につき夢にまでみた平和とはほど遠いのが実情。 それでも人々はたくましく、復興へと向けて歩き出す。 これはそんな歪んだ世界で人流と物流の担い手として奮闘する御者の男の物語である。

【完結】徒花の王妃

つくも茄子
ファンタジー
その日、王妃は王都を去った。 何故か勝手についてきた宰相と共に。今は亡き、王国の最後の王女。そして今また滅びゆく国の最後の王妃となった彼女の胸の内は誰にも分からない。亡命した先で名前と身分を変えたテレジア王女。テレサとなった彼女を知る数少ない宰相。国のために生きた王妃の物語が今始まる。 「婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?」の王妃の物語。単体で読めます。

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

処理中です...