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176 コロナを拾った日。
しおりを挟む住み慣れた土地を離れてから、半年ほども過ぎた頃。
あえて街道を避けて森の奥を適当に彷徨いながらヨチヨチ進んでいると、にわかに曇天となって大粒の雨が降ってきた。
超撥水加工なスーラボディなので濡れることはない。
だが、じゃじゃ降りの雨の中を移動するのは鬱陶しい。地面はぬかるんでいるし、視界は悪いし、周囲の気配も読み辛いので危険度が増す。
別に急ぐ旅でなし、文字通りの放浪生活。
だから適当なところで雨宿りでもしようと探していると、丁度いい洞窟を見つけたので飛び込んだ。
入り口から奥までがひと目で望める程度の大きさ。
洞窟と呼ぶのもおこがましい、そんな洞穴。
とりあえず足を休めるには丁度いい。そんな軽い気持ちで中へと入ったのだが……。
すぐに違和感に気付く。
何やらヘンな魔力の流れを感知する。
それに誘われるように奥へと足を運ぶ。
触手を伸ばし、突き当りの岩肌を確かめると、スルリと向こう側へと抜けた。
《魔力で不可視の結界を張ってあるようだが》
どういう理由か、オレには結界が反応しない。
そこで奥へと進んでみる。すぐさま景色が一変した。
四方全てが白で統一された廊下が続き、その一番奥に扉が出現する。
扉にはノブの類が一切見当たらない。
どうしたもんかと悩んでいると、勝手にスライドして開いた。
《自動ドア? こっちでは初めて見るぞ》
前世の記憶ではありふれていたモノだが、こちらの世界では話すらも聞いたことがない。
用心しつつ扉を潜る。
そこでオレは白骨死体を発見した。
椅子に腰かけ、机に突っ伏すかのような姿勢で死んでいる。
手にはペンを握っており、何事かを書いている途中で亡くなったらしい。
オレは軽く冥福を祈ってから、故人の書きかけの冊子をそっと取り出す。
最後の頁には乱れた文字で「どうして動かない」と書かれてあった。
頁を遡るようにパラパラとめくる。
研究と苦悩の歴史がひたすら綴られてある。これは彼の研究日誌のようだ。
すぐ側にある棚には、同様の冊子が何冊も並んでいる。
内容からして、どうやら彼は優秀なゴーレム技師であったらしい。
その辺の資料を適当に漁ってみたが、どれもこれもかなり高度な内容に、オレは驚きを禁じ得ない。とくに魔石のカット方法と並列使用における効率化について書かれた論文には、目を見張るものがある。
魔石をダイヤモンドカットすることで、内部でのエネルギー反射をコントロールし、発生する力を数倍にまで高める。これにより、たとえクズ魔石であっても、それなりに有効利用が可能となるとのこと。
試しに手持ちの小さな魔石を錬成し整形してみると、軽く三倍近い出力を放った。もの凄い発見である。問題は加工がすこぶる難しいということ。オレだから軽くこなしたが、手作業でとなると、たぶん名工クラスの腕が必要となる。
効率化については、魔石を一定の法則に従い規則的に配置することで、疑似魔力回路を形成。これをゴーレムに組み込むことで、従来とは比べものにならない出力を可能にしている。
こちらも素晴らしい技術なのだが、残念ながら、この世界ではファンタジーの定番であるゴーレム技術はさほど発達していない。理由は製造と維持コストにある。ゴーレム一体に必要とする鉱物、それを動かすための魔石の確保、対して得られる利益が、あまりにも少な過ぎたのが原因だ。手間と金がとにかくかかる。はっきり言って道楽の域を出ない。一般に還元されない技術は、とかく周囲から理解されにくく、正しく評価されない。
二つのカットした魔石の並列利用から始まり、三つを逆三角形に配置しての実験に移行。これにも成功すると、今度はより多くの魔石を活用する手段を模索し、ついには螺旋状に配置するアイデアに至り、これを実現したことなんて、とんでもない事だというのに……。
《この人、本当にスゴイ人だ》
物言わぬ骸骨にオレは惜しみない賛辞を贈る。だが同時にある疑問を抱く。
そんなスゴイ人が、どうしてこんな人知れぬ森の奥で、たった独りで研究を続けていた?
もしや天才過ぎて何か不遇を受けたのか、それとも研究を狙われたとか。
どちらもありえそうだ。どうにも気になったオレは時代を遡るように、彼の残した研究日誌を読み耽る。
そして数時間後に判明した、彼がここに篭ることになった理由。
これを知ったとき、オレはなんともやるせない気分にさせられた。
ぶっちゃけると故人は三百年ぐらい前の人。
当時、若くして天才の名を欲しいままにしていたらしい。
そんなある日のこと、彼は研究仲間に裏切られて、成果を奪われてしまう。別に彼の膨大な成果からすれば、何てこともない一つに過ぎない。だがその過程がよろしくない。その手引きをしたのが、彼の付き合っていた恋人。つまり彼女を寝取られた挙句に、研究を奪われたというわけ。
ショックを受けた彼は人間不信に陥った。
なにせ信じていた女性と信じていた男性の、二人から同時に裏切られたのだから。
「友達なんていらねー!」「女なんか信じられるかー!」と憤り、盛大に引き篭る。
それがこの洞窟内の秘密の研究室。
これまでの研究成果による報酬で、お金はたんまりある。幸いとばかりに必要な資材等を片っ端から集めて、研究に没頭する生活に突入する。
そんな生活を続けているうちに、彼はふと思った。
『生身の女なんて信じられない。だったら絶対に自分を裏切らない自動人形を造ろう』
こうして故人は残りの命のすべてを賭けて、自動人形の制作に直走ることになる。
それこそ白骨化するまでずっと。
《天才となんとかは紙一重っていうが》
これがオレをやるせない気持ちにさせた原因。
勿体ない……、もしも彼が世に留まっていれば、今頃、まるで違う世の中になっていたんじゃなかろうか。それぐらいの天才だというのに惜しい。実に惜し過ぎる。
バカとビッチのせいで、文明が被った損失は計り知れない。
もしも過去に戻れるのならば、行って阿呆どもをぶん殴りたいぐらいだ。
さて、そんな残念な天才が生涯を賭けて追い求めた自動人形だが、部屋の奥の研究室にて、ちょこんと椅子に腰かけて鎮座していた。
小柄でツルペタ、黒いオカッパ頭の色白美人さん。
何故かメイド服を着ている……、制作者の趣味であろうか。
故人の最後の筆跡からも分かるように、動かなかったようだ。だが研究資料を見る限りは理論は完璧。構造的にもなんら問題は見られない。これにはオレも同意見、ただし一つだけ異なる見解がある。
それは利用されている魔石について。
もしかして出力が足りてないのでは? と単純に思ったわけだ。
動かない自動人形の胸元を開くと、疑似魔力回路が姿を現す。
螺旋状に配列された魔石は、どれも間違いなく一級品。おそらく金にあかせて集めたのであろうが、目を凝らして視ると、種類やサイズに微かにバラつきが見られる。肉眼ではまず見分けがつかないほどの、微細な差異。加工に携わった職人も複数だとみた。きっとごく僅かながらも、腕に差が出たのだろう。
オレは長らく自身のアイテム収納内にて死蔵していた、ピカピカの大きな黒い魔石を取り出した。
随分と昔にスタンピートを制した時のこと。
群れを率いていた巨大な六本腕の怪物から採取した逸品。闘いに同行していた知り合いをして、国宝級を超えると云わしめた代物。トラブル防止のためにずっと隠し持っていたのだが、今回はコレを活用してやろうと思う。
人形の疑似回路に納まっている七つの魔石をすべて取り外す。
黒い魔石から削り出し加工したモノを代わりに収める。
後はキチンと蓋をして、胸襟も閉じて……、と。
ブゥンという低い起動音が鳴った。
項垂れていた人形の首が上がり、両目が光る。
『私の名前を入力して下さい。それが本登録になります』
少し冷たいものの可愛らしい女の子の声が響く。マシンボイスらしいが大した再現度だ。ただし顔は無表情のまま。どうやら表情筋を再現するまでには至っていないようだ。さすがの大天才でも、そこまでは無理だったようだな。
とりあえず触手回線を接続し、言われるままに人形に名前を付ける。
《それじゃあ、タマで》
『登録不可。私の名前を入力して下さい』
あれ? ハジかれた? もう一度やってみよう。今度は「チロ」でどうだ。
『登録不可。私の名前を入力して下さい』
ありゃ、またハジかれた。
反応しているってことは、回線はちゃんと繋がってるみたいだし、何らかの禁則事項にでも触れているのだろうか。
「ロン」「ペタ」「ツル」「チミ」「ハラミ」「ツミレ」「ヨモギ」「ポコ」「アンコ」「キナコ」「イチゴ」「ミル」「ハナ」「ウメ」「ナナ」「クロ」「シロ」「ソラ」「レモン」「モモ」「アン」「リン」
思いつく限りの名前を口にしてみたが悉くハジかれる。ちなみに全部、前世の記憶にある猫の名前だ。なんとなく目の前の人形が、どこか猫っぽいと感じたから付けてみたのだが、もしかしてソレが気に入らないのか?
改めてじっくりと自動人形を観察してみる。
黒い瞳の縁が薄っすらと燐光を放って、輪を為している。これは……、皆既日食時のリングのように見えなくもない。
《だったら……、コロナでどうだ。太陽の周りに浮かぶ、まぁるい光を現す言葉だ》
「登録完了しました。私はコロナです。今後ともよろしくお願いします。マスター」
これまでの機械的な対応が嘘であったように、ひょこっと軽快に立ち上がる自動人形。
パタパタとメイド服の裾を払い、改めてペコリとお辞儀をしてみせた。
《えーと、とりあえず、こちらこそよろしく》
「よろしくお願いします。マスター」
オレがスーラという謎生物であることには、まったく触れようとしないコロナ。登録してしまえば、誰が主人でも関係ないのかな。
とりあえず簡単ながら互いに自己紹介も済ませたところで、オレたちは白骨遺体の前に移動。そこで彼女が誕生した経緯をかいつまんで説明してあげた。
凄い天才なのにちょっと切ない造物主。
そんな存在を前にして、コロナが零した感想は、ただ一言。
「バカですね」
身も蓋もないものであった。
幼い外見に似合わず、なかなかの毒舌ぶりである。
こうしてオレは長旅のお供として、新たな仲間を手に入れた。
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