青のスーラ

月芝

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175 新たな旅立ち

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 すっかり屋敷内が寝静まった頃、オレは裏にある森へと足を踏み入れる。
 ここの奥に棲む旧友に、しばしの別れを告げるために。

「やぁ、そろそろ行くのかい?」
《あぁ、葬儀も済んだし、グズグズしてると決心が鈍りそうだからな》
「そっかー、寂しくなるねぇ」

 しんみりと別れを惜しんでくれたのは、ドリアードのドリアードさん。
 木のモンスターながら知性は豊かにして性格も温厚、しわくちゃな顔だが声は超爽やかというお人だ。かつては林に過ぎなかったここいら一帯も、彼の豊穣の恵みを受けて、今ではわっさわさの立派な森になっている。
 オレと彼とはスイーツ仲間の茶飲み友達みたいなものだな。

「ムーの兄ぃ、まじでイッちまうんすかー。ウチも寂しいっす」

 このチャラい子はコギャルという名のドリアード。ずっと前に領都で暴れていたところを偶然保護して以来、ここで暮らしている。
 こいつは……、まぁ、どうでもいいかな。

「それで、どこか行く当てでもあるのかい?」
《とりあえず王都には立ち寄るつもり》

 夫と死別し、未亡人となったティプールさん。王都のダンジョンに戻っている彼女に挨拶してから、各地を放浪して色んなモノを見て回り、そのうち北の大地を目指すと言ったら、ドリアードさんとコギャルは驚いていた。
 なにせ人類の侵入を拒み続けている未開の地だからね、北の大地は。魔素濃度がエグ過ぎて誰も入れないのだ。平気なのはドラゴンか、それに準ずる存在だけ。

「大冒険だねぇ、是非とも話を聞きたいから、気が向いたら帰ってきて話を聞かせてよ」
「ウチも聞きたいっす。あとお土産よろー。甘いものを希望っす」
《わかった、わかった。でも百年単位の話になるぞ。それでもいいのか?》
「あー、ウチら、その辺、適当なんでー。年とか時間とか、何ソレ? って感じっすから」
「僕も気長に待つから、急がなくても大丈夫だよ。あっ、そうだ。コレを持っていくといいよ」

 一本の小枝を差し出すドリアードさん。
 何かと訊ねたら、自分の枝の一部だと言う。もしも森の中で困ったら、これを大地に差して請うと、近くにいる同族が応えてくれるとのこと。餞別にくれるという。
 なんとも心強い。いいモノを頂いてしまった。
 しばし話し込んでから、オレはようやく重い腰をあげる。

《そろそろ行くよ》
「うん。どうかお元気で。また会おう、友よ」
「兄ぃ、お達者でー」
《コギャルもあんまりドリアードさんに迷惑かけんなよ》
「わかってるッス。ちゃんとオヤツは半分っこッス」
《……なんか不安だが、まぁ、いいか。じゃあな!》

 触手を上げてバイバイと振ると、二人も枝を振って応えてくれた。

 オレはスーラボディを変形させてホバークラフト形態になると、そのまま森を屋敷とは反対方向へと抜けるように突っ走る。
 遠ざかっていく屋敷の方をチラリと見る。
 あそこには沢山の想い出はあるけれども、クロア、メーサ、アンケル爺さん、クリプトさん、エメラさん、ルーシーさんに料理長や団長も、もう誰もいない。みんないってしまった。でも懐かしい記憶はすべてこの胸の中にある。
 かつて死の森と呼ばれる場所で目覚めたオレは、辺境の城塞都市キャラトスにて幼いクロアに出逢った。それから百年ばかしをずっと一緒に過ごした。
 ここでの暮らしは本当に楽しかった……。
 でも、だからこそ、ここを出ていく。
 いい想い出が、綺麗なままでいられるうちに。
 最後にクロアが望んだように、自由に生きるために。
 世界はとてつもなく広大で、スーラに過ぎないこの身はとってもちっぽけだ。
 まだまだ見たことのないモノ、知らない場所が山ほどある。
 自分自身についてもわからないことだらけだ。
 だからこの命が尽きる、その時までブラブラしてやろうと思う。
 せいぜいお土産話を仕入れてから、みんなに会いに逝っても遅くはないだろう。

 じきに森を抜けて、田園の中にある畦道へと躍り出る。
 豊かな実りにより頭を垂れた麦畑が一面に広がっていた。
 見上げた夜空には大きな紅い月があって下界を照らす。
 淡い月光を受け、畑が金色に輝いていた。
 金色の海を青いスーラが疾走していく。

 夜が明ける前に、オレは領都の壁を越えた。

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