青のスーラ

月芝

文字の大きさ
上 下
175 / 226

174 時の流れるままに

しおりを挟む
 
 ただ夢中になって、前だけを向いて歩いていた。
 いつしか、すぐ隣に一緒になって歩いている奴がいた。
 気がついたら、自分の周りを同じように歩いている連中が囲んでいた。
 ワイワイと騒ぎながら、みんなで歩いて行く。
 本当に楽しくて、楽しくて、時の立つのも忘れるほどだった。

 やがて仲間の一人が歩みを止めた。

 魔王と呼ばれた偉大なる老人。
 念願であった孫娘の花嫁衣裳を見ただけでは飽き足らず、曾孫の誕生をも見届けてから、愛する者たちに見送られて、満足そうな笑顔で逝った。

 大きな存在を失った一行は、それでも真っ直ぐに歩んでいく。
 彼もきっとそれを望んでいるだろうから。

 じきにまた一人が抜けた。

 人生を費やし主家を公私に渡って支え続けた優秀な執事。
 自ら勇退し、後事を若い者たちに託し屋敷を出る。晩年を田舎にて、心穏やかに過ごした。

 来る者、去る者、増えたり減ったりしながら一行は進む。
 時には予想外な展開に戸惑いも隠せない。

 数多の人たちの舌を虜にした料理長が伴侶を得た。
 あの無骨で無口な彼を口説き落としたのは、なんとドラゴンが化身した女性であった。彼女もまた彼の腕に魅了された者の一人である。完全な押しかけ女房だった。当初こそは困惑気味であったが、当人も満更ではなかったらしく、妻を得てから彼の料理の腕は更に冴えわたり、その名を国内外に轟かせることになった。

 気真面目過ぎる騎士団長は、かつて助けた貴族の老夫人の孫娘と結ばれ、あちらの家へと婿入りした。二十以上もの歳の差婚、最後まで団長は乗り気ではなかったが、相手方のたっての望みに、ついに折れた。なによりも孫娘が積極的で、彼女の粘り勝ちである。幼妻に翻弄される屈強な騎士の図は微笑ましく、おおいに周囲を和ませた。

 新たに結ばれる縁もあれば、惜しまれつつも途切れる縁もある。

 メイド長が交代した。かつて金棒を振り回していたお転婆娘も、すっかり大人になり、安心した銀髪のハーフエルフは彼女に後を託す。親子三代に渡って仕えた元S級冒険者の女性は、その背をみんなに見送られながら、懐かしい郷里の森へと帰って行った。

 新たに生まれる命、増える絆、緩やかに進む世代交代、時には立ち塞がる壁を粉砕し、どこまでもどこまでも一行は歩いて行く。

 かつて小さな賢者が夢見た社会は、徐々に形を成し、教育はしっかりと根を張っていく。おかげで学び舎では、いつも子供たちの元気な姿が見られるようになった。

 本当に最強の令嬢を育て上げた仮面の女教師は、その消息を絶つ。
 人形遣いの直弟子が三十歳を迎えた頃であった。それまでは不定期ながらも届いていた師からの手紙が、ぷつりと届かなくなる。教え子たちの懸命な捜索にもかかわらず、その行方はようとして知れない。

 様々な想いを置き去りにして、時は移ろう。
 いつしか周囲の顔ぶれも随分と替わってしまった。

 人形姫と呼ばれた女性は生涯独身を貫く。
 その智謀と美貌を欲して、多くの求婚者が現れるも、彼女はこれをすべて退けた。実家の方は親戚筋から養子を迎え跡取りとし、自身は親友の傍らに立ち、公私に渡って彼女を支え続ける道を選ぶ。友愛に捧げた一生であった。



 寝室のベッドの上で、静かに目を瞑っている金の髪の老女。
 表情は穏やかで、寝姿にも気品が漂っており、在りし日の面影を残す。だが近頃では老いた体も言う事を聞いてくれず、もっぱら小言を返してくるばかりで、鬱陶しくなってしまった。
 彼女の周りを、ついさっきまで親族連中が集まって賑やかにしていた。
 みな彼女の容態を気遣って集まってくれていたのだ。
 それを彼女は目を閉じたままで感じていた。
 ひとしきり声をかけ終えた親族たちは部屋を後にする。
 誰も居なくなったのを見計らって、青いスーラがベッドへと近づく。
 ずっと閉じられていた瞼がゆっくりと開き、青い瞳が枕元のスーラを見る。
 スーラから触手が伸び、彼女のすっかりか細くなった指先に絡んだ。

「本当に色んなことがあったわね……。あなたと出会えたから、私の人生はここまで輝けた」
《オレこそお前たちに出会えて本当によかったよ。でもまさかあの時のお漏らし娘が、ここまでになるとはなぁ》
「もう! 乙女の秘密を口にするだなんて意地が悪いのね」
《おっと、悪い悪い。つい口が過ぎた。お詫びと言っちゃあアレだが、何か頼みたいことはないか? 大サービスで、何でも言うことを聞いてやるぞ》
「うーん、だったら一つだけお願いを聞いてもらってもいいかな? 私のお願いはね……」

 その夜、一晩中、オレたちは手を繋いでいた。
 ぽつぽつと思い出話に興じるうちに、彼女は疲れて眠ってしまう。
 スゥスゥと安らかな寝息を立てる横顔には、小さな頃と変わらないあどけなさがあった。
 明け方近くになって、呼吸が浅くなり、数を減らしていく。
 指先から伝わる温もりが次第に失われていく。
 オレはそれを黙って感じていた。

 また一人、大切な人が歩みを止めて逝ってしまった。

 かつての青い瞳をした金髪の幼女も、少女から乙女となり、恋をして妻となり、子を産んで母となり、祖母となった。
 閃光姫と呼ばれた女性は数々の伝説を残し英雄となる。
 だがその晩年は生涯における前半分の苛烈さと比べ、とても穏やかな時間であったという。
 そんな彼女の側には、いつも寄り添うように人形姫と青いスーラの姿があった。
 閃光の如く人生を精一杯に駆け抜けた女性。
 彼女が友に最期に望んだのは……。

『どうか自由に生きて下さい』というものであった。

 だからオレは、彼女の最期の望みのままに、再び一人で歩いて行く。


しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

御者のお仕事。

月芝
ファンタジー
大陸中を巻き込んだ戦争がようやく終わった。 十三あった国のうち四つが地図より消えた。 大地のいたるところに戦争の傷跡が深く刻まれ、人心は荒廃し、文明もずいぶんと退化する。 狂った環境に乱れた生態系。戦時中にバラ撒かれた生体兵器「慮骸」の脅威がそこいらに充ち、 問題山積につき夢にまでみた平和とはほど遠いのが実情。 それでも人々はたくましく、復興へと向けて歩き出す。 これはそんな歪んだ世界で人流と物流の担い手として奮闘する御者の男の物語である。

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

処理中です...