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174 時の流れるままに
しおりを挟むただ夢中になって、前だけを向いて歩いていた。
いつしか、すぐ隣に一緒になって歩いている奴がいた。
気がついたら、自分の周りを同じように歩いている連中が囲んでいた。
ワイワイと騒ぎながら、みんなで歩いて行く。
本当に楽しくて、楽しくて、時の立つのも忘れるほどだった。
やがて仲間の一人が歩みを止めた。
魔王と呼ばれた偉大なる老人。
念願であった孫娘の花嫁衣裳を見ただけでは飽き足らず、曾孫の誕生をも見届けてから、愛する者たちに見送られて、満足そうな笑顔で逝った。
大きな存在を失った一行は、それでも真っ直ぐに歩んでいく。
彼もきっとそれを望んでいるだろうから。
じきにまた一人が抜けた。
人生を費やし主家を公私に渡って支え続けた優秀な執事。
自ら勇退し、後事を若い者たちに託し屋敷を出る。晩年を田舎にて、心穏やかに過ごした。
来る者、去る者、増えたり減ったりしながら一行は進む。
時には予想外な展開に戸惑いも隠せない。
数多の人たちの舌を虜にした料理長が伴侶を得た。
あの無骨で無口な彼を口説き落としたのは、なんとドラゴンが化身した女性であった。彼女もまた彼の腕に魅了された者の一人である。完全な押しかけ女房だった。当初こそは困惑気味であったが、当人も満更ではなかったらしく、妻を得てから彼の料理の腕は更に冴えわたり、その名を国内外に轟かせることになった。
気真面目過ぎる騎士団長は、かつて助けた貴族の老夫人の孫娘と結ばれ、あちらの家へと婿入りした。二十以上もの歳の差婚、最後まで団長は乗り気ではなかったが、相手方のたっての望みに、ついに折れた。なによりも孫娘が積極的で、彼女の粘り勝ちである。幼妻に翻弄される屈強な騎士の図は微笑ましく、おおいに周囲を和ませた。
新たに結ばれる縁もあれば、惜しまれつつも途切れる縁もある。
メイド長が交代した。かつて金棒を振り回していたお転婆娘も、すっかり大人になり、安心した銀髪のハーフエルフは彼女に後を託す。親子三代に渡って仕えた元S級冒険者の女性は、その背をみんなに見送られながら、懐かしい郷里の森へと帰って行った。
新たに生まれる命、増える絆、緩やかに進む世代交代、時には立ち塞がる壁を粉砕し、どこまでもどこまでも一行は歩いて行く。
かつて小さな賢者が夢見た社会は、徐々に形を成し、教育はしっかりと根を張っていく。おかげで学び舎では、いつも子供たちの元気な姿が見られるようになった。
本当に最強の令嬢を育て上げた仮面の女教師は、その消息を絶つ。
人形遣いの直弟子が三十歳を迎えた頃であった。それまでは不定期ながらも届いていた師からの手紙が、ぷつりと届かなくなる。教え子たちの懸命な捜索にもかかわらず、その行方はようとして知れない。
様々な想いを置き去りにして、時は移ろう。
いつしか周囲の顔ぶれも随分と替わってしまった。
人形姫と呼ばれた女性は生涯独身を貫く。
その智謀と美貌を欲して、多くの求婚者が現れるも、彼女はこれをすべて退けた。実家の方は親戚筋から養子を迎え跡取りとし、自身は親友の傍らに立ち、公私に渡って彼女を支え続ける道を選ぶ。友愛に捧げた一生であった。
寝室のベッドの上で、静かに目を瞑っている金の髪の老女。
表情は穏やかで、寝姿にも気品が漂っており、在りし日の面影を残す。だが近頃では老いた体も言う事を聞いてくれず、もっぱら小言を返してくるばかりで、鬱陶しくなってしまった。
彼女の周りを、ついさっきまで親族連中が集まって賑やかにしていた。
みな彼女の容態を気遣って集まってくれていたのだ。
それを彼女は目を閉じたままで感じていた。
ひとしきり声をかけ終えた親族たちは部屋を後にする。
誰も居なくなったのを見計らって、青いスーラがベッドへと近づく。
ずっと閉じられていた瞼がゆっくりと開き、青い瞳が枕元のスーラを見る。
スーラから触手が伸び、彼女のすっかりか細くなった指先に絡んだ。
「本当に色んなことがあったわね……。あなたと出会えたから、私の人生はここまで輝けた」
《オレこそお前たちに出会えて本当によかったよ。でもまさかあの時のお漏らし娘が、ここまでになるとはなぁ》
「もう! 乙女の秘密を口にするだなんて意地が悪いのね」
《おっと、悪い悪い。つい口が過ぎた。お詫びと言っちゃあアレだが、何か頼みたいことはないか? 大サービスで、何でも言うことを聞いてやるぞ》
「うーん、だったら一つだけお願いを聞いてもらってもいいかな? 私のお願いはね……」
その夜、一晩中、オレたちは手を繋いでいた。
ぽつぽつと思い出話に興じるうちに、彼女は疲れて眠ってしまう。
スゥスゥと安らかな寝息を立てる横顔には、小さな頃と変わらないあどけなさがあった。
明け方近くになって、呼吸が浅くなり、数を減らしていく。
指先から伝わる温もりが次第に失われていく。
オレはそれを黙って感じていた。
また一人、大切な人が歩みを止めて逝ってしまった。
かつての青い瞳をした金髪の幼女も、少女から乙女となり、恋をして妻となり、子を産んで母となり、祖母となった。
閃光姫と呼ばれた女性は数々の伝説を残し英雄となる。
だがその晩年は生涯における前半分の苛烈さと比べ、とても穏やかな時間であったという。
そんな彼女の側には、いつも寄り添うように人形姫と青いスーラの姿があった。
閃光の如く人生を精一杯に駆け抜けた女性。
彼女が友に最期に望んだのは……。
『どうか自由に生きて下さい』というものであった。
だからオレは、彼女の最期の望みのままに、再び一人で歩いて行く。
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