青のスーラ

月芝

文字の大きさ
上 下
174 / 226

173 災厄の魔女編 魔女の末路

しおりを挟む
 王都にある三つのダンジョンのうち、最難関にして未踏破のダンジョン。
 最高到達地点である三十三階層以降は、魔素の濃度が上昇していき、並みの人間では満足に動くことも適わない。
 無理をして進んだところで待っているのは、灼熱地獄と怪獣のような巨大なモンスターたち。そして最深部に控えるのは、ダンジョンの主たる黒いドラゴン。
 難攻不落の攻略不可能なダンジョン、その正体が雄ドラゴンどもからの強引なアプローチを嫌った、雌ドラゴンのティプールさんの避難場所である事を知る者はほとんどいない。

 何度も通っているので、すっかり慣れた調子で最深部のティプールさん宅を訪問したオレ。
 いつも通り、彼女はにこやかな笑顔にて迎えてくれた。

《すみません。お手数をおかけして》
「いいのよ。いつも美味しいお菓子や本を戴いてるんだから。これぐらいお安い御用よ。ちょうど準備が済んだところだから。こっちよ」

 彼女に案内されてついて行ったのは、家の裏側。
 そこにはぽっかりと大穴が掘られてあった。
 ここまで来る間に念話にてオレが頼んだことだが、想像していたよりもずっと深そう。試しに小石を投げ入れると、随分とたってから微かに音が返ってきた。

「こんなのでよかったかしら? なんならもっと深く掘るけど」
《充分ですよ。それよりもコレをちょっと視てもらえますか》

 アイテム収納より、災厄の魔女を固めた氷の入った箱を取り出す。
 それを視た瞬間、彼女の黒目が微かに金色を帯びる。鑑定眼を使ったのだ。
 するとこれまで見たことないような、苦々しい表情を浮かべたティプールさん

「……酷いわね。大勢の子供たちの魂が歪んで凝り固まっている。完全に癒着して、お互いがお互いを縛って、身動きが取れないみたい。でも今はみんな眠っているわね。……そうか、だからムーさんは、この子たちをここに連れてきたのね」

 さすがはティプールさん、オレの意図にすぐに気がついた。
 そう、オレがルインをここに連れてきたのは、この状態へと彼女の体を陥らせるため。
 三十三階層以降、ダンジョン内の魔素は急激に濃くなる。潜るほどに人の活動領域から遠ざかり、ついには命すらも脅かす。
 最下層に至っては、ほとんどの生物が死滅するほどの濃度だ。
 平気なのはドラゴンの化身であるティプールさんか、謎生物のスーラぐらいだろう。
 だからこそルインを、ここに封印することを思いつく。
 殺すことは叶わない。もしかしたらルインが口にしていた「千八百六十五人分」もの殺戮を繰り返せば、可能なのかもしれないが、それこそ狂気の沙汰であろう。
 かといってずっと氷漬けにする? この先、ずっとオレのアイテム収納内にて凍結保存? それはさすがに勘弁して欲しい。腹の中に子どもたちの怨念を抱えて、笑っていられるほど、おっさんの神経は図太くない。
 だがここなら、この最下層ならば活動を休止したままで、千年単位で置いておける。
 今のオレにルインたちを助けてやることは出来ない。
 ティプールさんにも尋ねてみたが、彼女も首を横いに振る。
 あとは、それこそ女神さまの慈悲に縋るくらいしか方法が思い浮かばないのだが、かつて必死に伸ばされた、救いを求める幼子たちの手を、無情にも払いのけたのはそのクソッタレな女神さま。とてもではないが期待はできないだろう。
 オレにすべてをどうにか出来るチカラなんてありゃしない。
 だって所詮はスーラなんだから……。

 オレはティプールさんの手を借りて、丁重にルインが収まった箱を穴の底へと納めた。

「いいわね?」

 彼女の言葉に沈黙でもって応える。
 ティプールさんが右手を軽く振る。
 途端に穴は埋まっていき、じきに完全に消えてしまう。
 裏庭がまるで何事もなかったかのように、元通りになってしまった。

 あれほどの大穴を……、やはりドラゴンは規格外だなと、オレは独りごちた。



 全てを終えて王都の別宅へと帰ったオレを待っていたのは大団円……、ではなくアンケル爺のマジ説教だった。
 王都の地下道より救出された後、カリナは攫われた際に飲まさた薬の影響により、ぐっすり眠っていただけなので、そのまま寮の自室へと運ばれ、翌日にはちゃんと目を覚ましたという。
 クロアとメーサは一日休んですっかり回復していたのだが、念のためにもう数日はベッドで養生することを厳命され、その間、枕元にて近衛隊から執拗な事情聴取を受けるハメになる。病室に閉じ込めたのは、二人の消息を不明とすることで、敵の出方を伺う目的もあったようだ。
 光の柱の出現や、正妃の屋敷の敷地で起こった大規模崩落については、メーサの機転により、すべて災厄の魔女の仕業となった。
 もっともらしい話をでっち上げたメーサ。その語り口たるや、まるで真実であるかのようで、思わず自分も信じそうになったぐらいだとクロアも言っていた。

 別宅の執務室にて、並んで床に正座させられている涙目のクロアとメーサ。
 頭には大きなコブが出来ている。可哀想にアンケルの拳骨を喰らったのだ。
 無茶をした孫娘とその友人を睨みつける爺。
 魔王の異名を持つ老人の覇気に当てられて、すっかり縮こまってる二人。とてもあの牛頭の魔人と果敢に戦った乙女たちと、同一人物だとは思えない情けない姿である。
 しかしオレも他人の事は言えない。
 爺からは両手で摘ままれて、ぐにーんと散々に体を引っ張られるお仕置きをされた。
 間近に顔を寄せられて、降り注ぐ文句の言葉と老人のツバの雨に晒され、オレはずぶ濡れとなる。
 これに加えて領都ホルンフェリスの本宅から駆けつけていた、執事長のクリプトさんからはタオルで体を拭かれつつ、懇々と大人の説教を受け、ぐぅの根もない。容赦ない正論の刃がオレの心をブスリブスリと突き刺す。穴があったら入りたいという気持ちにまでへこまされた。
 メイド長のエメラさんからは、ギューッと抱きしめられて、耳元で甘く囁かれるように延々と嫌味を言われた。天国と地獄が混在する状況は、ドキドキが止まらなくて、心臓に非情に悪い。ゆり幅がもの凄く、思いのほか精神がごっそりと持っていかれた。
 そんなオレたちの様子を壁際にて、小憎らしい笑みを浮かべて眺めていたルーシーさん。
 クロアの専従メイドでありながら、置いて行かれた上に、主たちが危険な真似をしたのだから、今回は完全にこちらが悪い。ゆえにその憎たらしい視線は、甘んじて受けるとしよう。

 爺の説教は五時間にも及ぶ。
 ようやく解放された二人は疲労困憊。
 クロアはルーシーさんに担がれて、メーサは自分の人形に担がれて、あてがわれている部屋へと戻っていった。
 残ったオレは三人に事の顛末を包み隠さず話す。
 災厄の魔女をダンジョンの奥深くに封印したことを聞いた後、クリプトさん少し涙ぐみながら「ありがとうございました」と感謝の言葉を口にし、エメラさんは黙って深く頭を下げてみせた。
 アンケル爺は瞼を閉じて、感慨深そうにただ一言、「そうか」と呟いただけであった。


しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

異世界に転生したけど、頭打って記憶が・・・え?これってチート?

よっしぃ
ファンタジー
よう!俺の名はルドメロ・ララインサルって言うんだぜ! こう見えて高名な冒険者・・・・・になりたいんだが、何故か何やっても俺様の思うようにはいかないんだ! これもみんな小さい時に頭打って、記憶を無くしちまったからだぜ、きっと・・・・ どうやら俺は、転生?って言うので、神によって異世界に送られてきたらしいんだが、俺様にはその記憶がねえんだ。 周りの奴に聞くと、俺と一緒にやってきた連中もいるって話だし、スキルやらステータスたら、アイテムやら、色んなものをポイントと交換して、15の時にその、特別なポイントを取得し、冒険者として成功してるらしい。ポイントって何だ? 俺もあるのか?取得の仕方がわかんねえから、何にもないぜ?あ、そう言えば、消えないナイフとか持ってるが、あれがそうなのか?おい、記憶をなくす前の俺、何取得してたんだ? それに、俺様いつの間にかペット(フェンリルとドラゴン)2匹がいるんだぜ! よく分からんが何時の間にやら婚約者ができたんだよな・・・・ え?俺様チート持ちだって?チートって何だ? @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 話を進めるうちに、少し内容を変えさせて頂きました。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

御者のお仕事。

月芝
ファンタジー
大陸中を巻き込んだ戦争がようやく終わった。 十三あった国のうち四つが地図より消えた。 大地のいたるところに戦争の傷跡が深く刻まれ、人心は荒廃し、文明もずいぶんと退化する。 狂った環境に乱れた生態系。戦時中にバラ撒かれた生体兵器「慮骸」の脅威がそこいらに充ち、 問題山積につき夢にまでみた平和とはほど遠いのが実情。 それでも人々はたくましく、復興へと向けて歩き出す。 これはそんな歪んだ世界で人流と物流の担い手として奮闘する御者の男の物語である。

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

処理中です...