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171 災厄の魔女編 魔女の奸計
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クロアとメーサとオレが最深部へと辿り着いた時、そこにはこっちの苦労も知らずに、気持ち良さそうに眠りこけているカリナ嬢と、何故だか鼻にチリ紙を詰めている災厄の魔女の姿があった。
「あら? あの子、負けちゃったの。そう、殺しちゃったんだ……、お姉ちゃんたちも酷いことするよね。あの子ってば、どこからか攫われてきた獣人の子供だったの。無理矢理、実験動物にされて化け物に変えられちゃったのよ。食べた相手を吸収して、自分のチカラを高めるための実験だったんだって。かなり無茶されたらしくって、心がすっかり壊れちゃったの。それでも許してもらえずに、ついにはあんな体になるまで……本当に酷いよね、大人って。挙句にいらなくなったら閉じ込めて放置だなんて、無責任にもほどがあるでしょうに。だから同じ施設で過ごした誼で、私がずーっと飼ってあげていたの。ちゃんと餌もあげていたし、暖かい寝床も用意してあげた。たまに運動もさせていたしね。どう? 私ってば偉いでしょう。やっぱりペットを飼うなら、ちゃんと責任を持たないとね」
てっきり仲間だとばかり思っていた牛頭の男を、ペットと称する少女。
酷い言い草だ。なのにそんな自分を心の底から慈悲深いと思っている。彼女の思考にオレは寒気を覚える。
ルインの言葉に、実際に命賭けで闘ったクロアたちが怒気を強めた。
しかし少女はどこ吹く風といった様子で、気にも留めやしない。
「あーあ、わりと役に立っていたから、気に入っていたのに。また新しいのを探さなくっちゃ。今度は可愛いのがいいなぁ。モフモフに癒されたい。それにしても……」
天真爛漫といった少女の表情が一瞬にして凍えて、いかなる感情も消え失せてしまう。だがすぐに再びニコニコと笑みを浮かべる。
「それにしてもクロアお姉ちゃんはズルいよね。本当ならお父さんとお母さんが死んで、狂っちゃうハズだったのに、すっかり元気だし。いまじゃ、みんなに愛されて毎日楽しそう。私なんて両親に売られるわ、友達は殺されるわ、実験動物にされるわ、こんなに頑張ってるのに、邪魔ばかりされるわ、寄って来るのはゲスばかりだっていうのに……。ねぇ、これって不公平だと思わない? みんな女神さまの申し子だっていうのに、この差はなんなんだろうね。毎日酒浸りで暴力を振るうクズの父親を持った私が悪いのかな? それともわずかなお金のために、誰にでも股を開く娼婦の娘に産まれたのが悪いのかな? 私はエミリを失ったっていうのに、どうして貴女の隣にはメーサお姉ちゃんがいるの? 沢山の子供たちが大人たちに酷い目にあわされたってのに、どうして女神さまは助けてくれないの? ねぇ、お姉ちゃんたちはどう思う? 『私たち』が何か悪いことをしたのかなぁ。ただ、クソ溜めみたいな底辺で必死に耐えていただけなのに、どうしてこんな目にあわなくっちゃいけないんだろう。ずっと考えてるんだけど、答えが浮かばないんだよ。罪を犯した連中が大手を振って我が物顔でのさばって、何の罪もない人たちが踏みにじられてる。なんとかしなくちゃって頑張ってるけど、潰しても潰しても湧いて来るの。いくつも国を滅ぼしたし、欲に塗れた連中もいっぱい、いっぱい破滅させてやった。だというのに、ちっとも世界が良くならないの」
急に饒舌になった災厄の魔女が、ベラベラと一方的に話し出す。
顔には無垢な笑みが張り付いている。目元も細められている。確かにこれは笑っている表情だ。だがそこには肝心の感情が一切込められていない。まるで笑っている仮面を被っているよう。口元だけがカクカクと機械的に動いている。
その姿は、まさしく壊れた人形そのものであった。
とめどなく溢れ出る言葉の奔流に、クロアたちは黙って見ているしかない。
その流れがピタリと止まる。
ふと思い出したように「あぁ、これ返すから」と、彼女が寝転がっている人質を指さした。
とりあえず怒りや戸惑いを呑み込み、カリナのもとへと駆け寄るオレたち。
安らかな寝息、どこにも狼藉を働かれた形跡もない。
どうやら本当に丁重に扱われていたようで安堵する。
「ちょっとお薬が強すぎたみたいだけど、じきに目を覚ますと思うから心配しないで。それよりも、とっても残念なお報せがあるの」
これまで明朗であった声が、お報せの件に入った途端に、一段声のトーンが下がった。
尋常ではない雰囲気に、オレたちの視線が一斉に彼女へと向く。
いつの間にか壁際にまで下がっていたルインが、にへらと笑う。
「実はお姉ちゃんたちには、ここで仲良く生き埋めになってもらいまーす。本当は仲間になって欲しかったんだけど、嫌だっていうんだもの、仕方ないよね。放っておいたら邪魔になるって予言の書も言ってるし。だから死んでちょうだい。でも寂しくないよね。みんなと一緒なんだから。じゃあね、バイバイ」
そう言った次の瞬間、災厄の魔女の姿が掻き消えたように見えた。
おそらくは壁辺りに、何らかの仕掛けが施されているのだろうが、それを探している余裕はない。
嫌な地鳴りが始まり、徐々に大きくなっていく。遺跡全体が激しく揺れだした。
ドン、ドン、ドン、と不穏な音が足元から聞えたと思ったら、一気に床が波打ち、壁に亀裂が入り、天井の崩落が始まった。
《最初からこれが狙いだったのか! だからわざわざこんな地下深くまで、クロアたちを誘き寄せたんだ。やたらと素直に話しやがると思っていたら、はじめっから生きて返す気がなかったんだ》
クロアとメーサが眠っているカリナを庇うように覆いかぶさる。
オレはスーラボディを最大化し、更にその上から包み込む。
次の瞬間、床板が崩れて、地獄への入り口が開き、オレたちを飲み込んだ。
そこへ大量の土砂や巨石が降り注ぐ。
圧倒的質量を前にして為す術もない。
三人の乙女と一体の青いスーラは、奈落へと落ちて行った。
「あら? あの子、負けちゃったの。そう、殺しちゃったんだ……、お姉ちゃんたちも酷いことするよね。あの子ってば、どこからか攫われてきた獣人の子供だったの。無理矢理、実験動物にされて化け物に変えられちゃったのよ。食べた相手を吸収して、自分のチカラを高めるための実験だったんだって。かなり無茶されたらしくって、心がすっかり壊れちゃったの。それでも許してもらえずに、ついにはあんな体になるまで……本当に酷いよね、大人って。挙句にいらなくなったら閉じ込めて放置だなんて、無責任にもほどがあるでしょうに。だから同じ施設で過ごした誼で、私がずーっと飼ってあげていたの。ちゃんと餌もあげていたし、暖かい寝床も用意してあげた。たまに運動もさせていたしね。どう? 私ってば偉いでしょう。やっぱりペットを飼うなら、ちゃんと責任を持たないとね」
てっきり仲間だとばかり思っていた牛頭の男を、ペットと称する少女。
酷い言い草だ。なのにそんな自分を心の底から慈悲深いと思っている。彼女の思考にオレは寒気を覚える。
ルインの言葉に、実際に命賭けで闘ったクロアたちが怒気を強めた。
しかし少女はどこ吹く風といった様子で、気にも留めやしない。
「あーあ、わりと役に立っていたから、気に入っていたのに。また新しいのを探さなくっちゃ。今度は可愛いのがいいなぁ。モフモフに癒されたい。それにしても……」
天真爛漫といった少女の表情が一瞬にして凍えて、いかなる感情も消え失せてしまう。だがすぐに再びニコニコと笑みを浮かべる。
「それにしてもクロアお姉ちゃんはズルいよね。本当ならお父さんとお母さんが死んで、狂っちゃうハズだったのに、すっかり元気だし。いまじゃ、みんなに愛されて毎日楽しそう。私なんて両親に売られるわ、友達は殺されるわ、実験動物にされるわ、こんなに頑張ってるのに、邪魔ばかりされるわ、寄って来るのはゲスばかりだっていうのに……。ねぇ、これって不公平だと思わない? みんな女神さまの申し子だっていうのに、この差はなんなんだろうね。毎日酒浸りで暴力を振るうクズの父親を持った私が悪いのかな? それともわずかなお金のために、誰にでも股を開く娼婦の娘に産まれたのが悪いのかな? 私はエミリを失ったっていうのに、どうして貴女の隣にはメーサお姉ちゃんがいるの? 沢山の子供たちが大人たちに酷い目にあわされたってのに、どうして女神さまは助けてくれないの? ねぇ、お姉ちゃんたちはどう思う? 『私たち』が何か悪いことをしたのかなぁ。ただ、クソ溜めみたいな底辺で必死に耐えていただけなのに、どうしてこんな目にあわなくっちゃいけないんだろう。ずっと考えてるんだけど、答えが浮かばないんだよ。罪を犯した連中が大手を振って我が物顔でのさばって、何の罪もない人たちが踏みにじられてる。なんとかしなくちゃって頑張ってるけど、潰しても潰しても湧いて来るの。いくつも国を滅ぼしたし、欲に塗れた連中もいっぱい、いっぱい破滅させてやった。だというのに、ちっとも世界が良くならないの」
急に饒舌になった災厄の魔女が、ベラベラと一方的に話し出す。
顔には無垢な笑みが張り付いている。目元も細められている。確かにこれは笑っている表情だ。だがそこには肝心の感情が一切込められていない。まるで笑っている仮面を被っているよう。口元だけがカクカクと機械的に動いている。
その姿は、まさしく壊れた人形そのものであった。
とめどなく溢れ出る言葉の奔流に、クロアたちは黙って見ているしかない。
その流れがピタリと止まる。
ふと思い出したように「あぁ、これ返すから」と、彼女が寝転がっている人質を指さした。
とりあえず怒りや戸惑いを呑み込み、カリナのもとへと駆け寄るオレたち。
安らかな寝息、どこにも狼藉を働かれた形跡もない。
どうやら本当に丁重に扱われていたようで安堵する。
「ちょっとお薬が強すぎたみたいだけど、じきに目を覚ますと思うから心配しないで。それよりも、とっても残念なお報せがあるの」
これまで明朗であった声が、お報せの件に入った途端に、一段声のトーンが下がった。
尋常ではない雰囲気に、オレたちの視線が一斉に彼女へと向く。
いつの間にか壁際にまで下がっていたルインが、にへらと笑う。
「実はお姉ちゃんたちには、ここで仲良く生き埋めになってもらいまーす。本当は仲間になって欲しかったんだけど、嫌だっていうんだもの、仕方ないよね。放っておいたら邪魔になるって予言の書も言ってるし。だから死んでちょうだい。でも寂しくないよね。みんなと一緒なんだから。じゃあね、バイバイ」
そう言った次の瞬間、災厄の魔女の姿が掻き消えたように見えた。
おそらくは壁辺りに、何らかの仕掛けが施されているのだろうが、それを探している余裕はない。
嫌な地鳴りが始まり、徐々に大きくなっていく。遺跡全体が激しく揺れだした。
ドン、ドン、ドン、と不穏な音が足元から聞えたと思ったら、一気に床が波打ち、壁に亀裂が入り、天井の崩落が始まった。
《最初からこれが狙いだったのか! だからわざわざこんな地下深くまで、クロアたちを誘き寄せたんだ。やたらと素直に話しやがると思っていたら、はじめっから生きて返す気がなかったんだ》
クロアとメーサが眠っているカリナを庇うように覆いかぶさる。
オレはスーラボディを最大化し、更にその上から包み込む。
次の瞬間、床板が崩れて、地獄への入り口が開き、オレたちを飲み込んだ。
そこへ大量の土砂や巨石が降り注ぐ。
圧倒的質量を前にして為す術もない。
三人の乙女と一体の青いスーラは、奈落へと落ちて行った。
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