青のスーラ

月芝

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163 災厄の魔女編 魔女のアジト

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 卒業式に参列するため、王都に滞在していたアンケル爺。
 彼のいる本家別宅を訪ねたオレたち。
 事情を聞かされた彼が、いつになく険しい表情を見せる。
 破軍に関する情報はすべて報せてあったので、謎の少女の関与が疑われていたことは、彼も知っていた。

「よりにもよってアヤツのところか……、どうりで見つからぬはずだ。それで件の少女がいることは間違いないのだな?」
《あぁ、オレが分体を送り込んで探った結果、たしかにそれらしい子の存在が確認出来た。自分の目でも確かめた。たぶんアレがそうだと思う》
「そうか……、こんなに近くにいたとはな」

 それきり黙り込んでしまうアンケル。
 クロアのダウジングにて特定された地図の位置にあったのは、正妃の所有する屋敷であった。主に彼女の祖国からの賓客を迎えるために使われている建物。
 オレは分体を動員して、この建物を見張らせる。本当は内部に侵入させたかったのだが、敵の能力がわかっていない以上、迂闊に近づけばバレる恐れが高い。逃げられては元も子もないので、あくまで屋敷の外からの監視に留める。
 すると色々とおかしな点が判明した。
 まず屋敷の規模のわりには、人の気配が少なすぎる。どうにも静か過ぎるのだ。そんな静けさを時おり破るのは、いつも決まって女の喚き声。一体なかで何をしているのやら。
 そして、そんな場所に不釣り合いな少女が、我が物顔で居座っている。
 夜には全身が黒い牛頭の獣人の大男が、邸内をうろついている姿も目撃された。
 分体より報告を受けて、オレも自分の目で確かめてみようと赴き、ギリギリまで接近を試みる、といってもかなり遠目ではあったが。スーラボディを駆使した望遠にて、目標の姿を視界の内に捉えたところで、魔力を凝らし彼女たちを視た。
 その結果、少女と牛頭の存在の異質さが露見する。
 少女の方は何となくだが、破軍の紅玉にも似た印象を受けた。
 詳細はよくわからない。それほどまでに混沌としていたのだ。
 奇妙なイメージに意識が苛まれる。
 いきなり雑踏の中に放り込まれた。右を向いても左を向いても人、ひと、ヒトの群れ。誰もが忙しなく目の前を通り過ぎては消えていく。その誰もがこちらに欠片も関心を示さない。大勢の人の中でポツンと一人きりにされ、どうしようもない寂寥感が漂う。
 気がついたら自分の胸に、ぽっかりと穴が開いていた。そこを凍えるほどの冷たい風がひゅるりと吹き抜ける。
 破軍とは違って、眺めているだけで得体の知れない怖気に襲われ、オレは慌てて視線を外した。
 それに比べて牛頭は、逆にスッキリとし過ぎている。
 通常、人の血管や神経が肉体の津々浦々にまで伸びているように、魔力回路も存在しているというのに、奴のは細かい枝分かれがない。まるで枝をすべて落とされた木のように、ズドンと配置されてある。体の中にメーサの木偶人形を、丸ごと埋め込んだみたいな構造だ。
 いかにファンタジー要素が満載で、不思議生物に溢れる世界とはいえ、オレも見たことがない体の造り。それがかえって気味が悪い。奴を見ていると、ふと、前世の記憶から、人造人間なんて言葉が浮かびあがったことは、誰にも話してはいない。

「この件はワシが預かる。いきなり殴り込まなかったのは、賢明であったな。あんなのでも一応は正妃だ。どんな理由があろうとも、あの女の屋敷に押し入ったとなると、反逆の罪に問われかねん。とりあえずワシが王と内密に会って話をしてみよう。すべてはそれからだ。わかったな? くれぐれも勝手に動いてくれるなよ」
《あぁ、よろしく頼む。それからクロアの能力については……》
「わかっとる、心配するな。その辺は適当に誤魔化しておく。王にはうちの暗部が掴んだ情報とでも、言っておけばいいじゃろう」

 差し当たりアンケルと王の会合の結果待ちとなったので、オレたちは一旦寮へと戻ることにした。
 帰り道、押し黙ったままで、誰も口を開くことはなかった。

 クロアたちから報告を受けたアンケルは、その日のうちに伝手を頼り、翌日には王と会えるように約束を取り付けた。強権を発動すればすぐにでも会うことも不可能ではなかったのだが、それを行うとどうしても目立ってしまう。どこから敵方に情報が漏れるかわからない以上、これが限界であった。



 王との会合は城内にある庭園の奥まった一角、ちょっとした休憩スペースにて行われる。刈り揃えられた芝生で囲まれており、ここだと盗み聞きをされる心配がない。
 この場にいるのは二人きり。
 前置きは不要とばかりに、いきなり要件に入るアンケル。
 その内容に歓談ムードであったファイス王の表情も、途端に厳しいものとなる。

「そうか、まさかアレが災厄の魔女を囲っていたとはな」

 話を聞き終えた王が発した言葉に、アンケルの肩がビクリと反応する。
 災厄の魔女、いつ頃から出現したのかもわからないほどに昔から、その存在はまことしやかに囁かれ続けていた。時代の変遷、体制の変節、凶事、戦争、国の興亡……、それらの際に姿を現す不吉の象徴。少女とも少年とも老婆とも大男とも伝わるが、その正体は長らく不明とされていた。
 この王国でも近々では、先々代の御代にちょっかいを出された形跡がある。
 その時は経済や体制に深刻なダメージを受けて、危うく国を大きく傾けるところであった。それを立て直したのが先代とアンケルなのである。それ以前の王国史を遡ると、いくつも怪しい記録が確認出来る。そのすべてが必ずしも魔女の仕業とは限らないが、だからとて黙認出来ることではない。

「ようやく掴んだ奴の尻尾、ワシは逃すつもりはない。それに奴には、是が非でも聞かねばならぬことがある」

 断固とした口調でそう述べたアンケル。
 静かだが怒気を孕んだその気配に王も息を呑む。思わず口から出そうになった「それはご子息夫妻の事ですか?」という言葉は寸前で止める。そんな事はわざわざ口にするべきことではなかったからだ。
 若夫婦が馬車の転落事故で亡くなった件に関しては、誰もがずっと疑問を感じていたのだ。当時、事件の捜査を担当した者たちも、かなり念入りに調べたのだが、どうにも不可解な点が残る。
 アンケルの息子だけあって、彼は優秀で用心深く、決して隙を見せるようなタイプではなかった。なのにどうして、あの夜に限って、あのような寂しい場所を通ったのか。どうして夫婦で出席していた夜会を途中で抜けたのか。日頃の行動とはあまりにもかけ離れており不信感が拭えない。消えた護衛たちの謎もある。不確かながら夫妻が夜会を抜ける直前に、一人の少女と話をしていたという目撃証言もあったのが、これは酔払いの証言であったので、当時は関係ないだろうと一蹴された。
 結局、捜査は雨による視界不良が原因の事故ということで片づけられる。
 だが、アンケルだけはこの証言を重要視し、中央の捜査が打ち切られた後も、独自に調査を続行していた。彼には予感めいた確信があったのだ。この少女こそが事件の鍵を握る存在であると。だから少女の影をずっと追っていた。だがいつもあともう少しというところで、スルリと逃げられてしまう。ようやく掴んだと思ったら姿が掻き消えてしまう。そんな事を繰り返しているうちに、少女が災厄の魔女と呼ばれる者なのでは、という疑念が彼の中でドンドンと強くなっていった。

 王とアンケルの話合により、ひとまず屋敷の周辺を囲むように近衛を配置して、見張ることになる。本心では二人ともすぐに屋敷に押し入りたいところではあるが、正妃の背後には隣国が控えている。現状では「あくまでそれらしい存在がいる」というだけ、ここで無理を通せば、雑事を招くことは必定。またぞろ第二王子を担ぎだされて、跡継ぎ問題にまで発展すれば、せっかく落ち着いた国内情勢を乱すことになりかねない。
 王としては腹立たしい限りだが、これは避けねばならない。
 アンケルとて私情で動くほど愚かではない。怒りを分別で抑え込める老獪さは備えている。
 都合よく屋敷の外に出たら即座に身柄を抑える。その間に証拠固めを行い、確実性を高めるという消極的な手段を取ることに決まった。

 だが彼らのそんな配慮を微塵に吹き飛ばす出来事が、その数日後に起こった。


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