青のスーラ

月芝

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161 災厄の魔女編 魔女のボヤキ

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 また失敗した!
 それにしても使えない王子ね。あれだけお膳立てしてあげたというのに、巨人の珠を手に入れることすら出来ないだなんて、どれだけ無能なのよ……って、それはそう育つように私が仕向けたんだけど、まさかここまで酷いとは想定外だわ。子供のお使いすら、満足にこなせないだなんて。

 一人の部屋で少女がいきり立っている。
 しばらく文句を喚きながら、手近なクッションに当たり散らしていたが、じきに落ち着きを取り戻す。

 まぁ、いいわ。あんなのでも後々には、内乱の火種になってくれるんだから、それ以上に高望みしたのが間違いだったのよ。はぁー、慣れって怖いわね。思い通りになることが当たり前だから、ついつい欲張ってしまう。いけない、いけない、欲をかいても碌な事がないんだから。ここは堅実に焦らずいきましょう。

 それにしてもあんな化け物を止めた存在がいることの方が問題よ。古の巨人をどうにか出来る奴がいたなんて、どんな悪い冗談よ。
 この前からチョロチョロと姿を現しては、邪魔をしているようだし、もしかして王家の犬かしら? でもそれほどの腕前だったら、私の耳にも情報が届いているはずなのに……。予言の書にもそれらしい記述は現れないし、一体何者なのかしら。
 閃光姫と人形姫の正体はわかったけど、よりにもよって片方はあの魔王の孫娘だったなんて、なんの因果よ。両親が死んで、不幸続きの果てに心を閉ざし、狂った挙句に王国内を混乱させ、金色の悪魔と呼ばれるハズが、いつの間にか異名持ちの英雄になってるし。あそこの一家は、どこまで私の邪魔をすれば気が済むの! 本当に腹立たしい!
 こんな事なら両親と一緒に、赤ちゃんも始末しておけばよかった。
 こうなったら今からでも……、いや、今はまだ駄目ね。なんど予言の書に問いかけても、狙いが成就しそうな内容が浮かんでこないもの。

 初期の予言の書は、勝手に文字が浮かんで来るのを、こちらが必死になって読み解かなければいけなかったが、使い続けて三百年を超えたあたりで能力が成長したのか、こちらの質問に、簡単な単語で答えてくれるようになった。相変わらず言葉足らずで愛想の悪い相棒だが、それでも随分とマシになった。
 それに何度問いかけても、願いが適いそうな単語が一つも出てこない。
 表示されるのは人形姫を始め流星だの銀閃だの金棒? はよくわからないけど、そんな単語ばかりが並んで表れる。これは彼女の周囲にいる連中のことだろう。
 今回の一件でもかなり派手に王都で暴れていたみたいだし、迂闊にちょっかいを出したら、逆にやられちゃいそう。これだから体力馬鹿は嫌いなのよ。私みたいな頭脳労働者は繊細なんだから、あんなのに小突かれたすぐに死んでしまうわ。
 くそっ! いっそのこと、とっとと嫁に行くなり、婿でも取るなりして家に篭ってくれないかしら。仮にも貴族の令嬢なんだから、家で大人しく刺繍でもしてろってぇの。

「あー、もう、本当に面倒くさい。どいつもこいつも死んじゃえー」

 大声でそう叫ぶ少女。
 ソファーにポフンと飛び乗り、ジタバタと手足を振って、小さな体全体を用いて最大限の不満を表明していた。



 そんな事もあったという記憶が彼方へと消え去る前に、またしても予想されていた未来が変わり、少女は絶叫するハメになる。

「はぁ? なんで、なんで、なんで、あのボンクラが名君になってるのよっ!」

 これまでの予言の書では『第三の王子、僻地、内乱』となっていたのが、朝、目を覚まして見てみれば『第三の王子、聖女、僻地、豊穣』となっていたのである。先の通りならば、馬鹿をやり過ぎて飛ばされた僻地にて、欝々として過ごした後に、反旗を翻して挙兵という筋が読めるのに、後の方を素直に解釈すれば、飛ばされるまでは同じだが、そこを立て直したと解釈できる。しかも聖女って誰よ? ここにきて新キャラ登場だなんて聞いてないわよ!

 キーキー喚きながら、手をぶんぶん振り回していたら、うっかり机に手の小指をガンっとぶつけた。涙目になって悶絶する少女。あまりの痛さに声も出ない。だがおかげで冷静さを取り戻す。

 ……とりあえず、まずは情報を集めないとダメね。
 あのバカ王子と聖女って奴について調べないと。そろそろ学園を卒業するはずだったと思うけど。まさか、さすがに留年とかしていないでしょうね。

 少女は机の上にあったベルを鳴らし、家人を呼ぶ。
 ここは自分の屋敷ではないが、彼女はそんなことは気にしない。何せ屋敷の持ち主からは、好きに使って構わないとの了承を得ているのだから、遠慮する方がよほど失礼というもの。
 慌てて駆けつけてきた執事服の男が恭しく礼をとる。
 少女は尊大な態度にて彼に命じた。

「ちょっと調べて欲しいことがあるんだけど……」

 彼女が男に調査を命じた五日後、その日はちょうど学園にて卒業式があった翌日に当たるのだが、王子の婚約破棄騒動に合わせて、聖女の正体も判明する。
 この報告を受けた少女が「何してくれとんじゃー」と、髪を振り乱して猛り狂ったはずみで、今度は机の角に足の小指をぶつけて悶絶するハメとなる。
 その恨みも込めて予言の書に聖女抹殺を問う。
 しかしこれまた極めて否定的な言葉しか返ってこない。
『聖女、毒殺、健康』『聖女、刺殺、健康』『聖女、事故、健康』こんな具合に思いつく限りの殺し方で問うてみたが、最後はすべて『健康』の二文字。

「健康健康健康って、どんだけ頑丈なのよ! 聖女って言ったら、普通は可憐で華奢なもんじゃないの? 丈夫過ぎるにもほどがあるでしょっ!」

 正しくは頑丈ゆえに健康ではなくて、生来の強運ゆえに、あらゆる難事を撥ね退けているのだが、少女はその事に気がつかない。
 思わず切れて暴れそうになる少女。しかし、そこでハタと動きを止めた。何故なら感情に身を任せると、痛い目をみるから。彼女はちゃんと学べる聡い女なのである。

「ふぅ、危ない危ない。また同じ過ちを繰り返すところだったわ。私は出来る女、この程度のことで取り乱してはいけないわ。とりあえず紅茶でも飲んで、落ち着くことにしましょう」

 優雅な手つきにて湯気の立ったカップを口元へと近づける。
 すると何故だか突然、取っ手の部分からピキリと嫌な音がした。
 アッ、と思ったときにはすでに遅し、熱々の紅茶が膝の上に……。

 屋敷中に少女の悲鳴が響き渡る。
 しかし屋敷にいた数少ない家人たちは、その声を耳にしても誰一人彼女の部屋には向かおうとはしなかった。
 くれぐれもベルの音がしない限り、近づかないようにと彼女から厳命されていたからである。

「ムッキー! 閃光姫といい、聖女といい、あいつ等絶対に許さない。この恨み晴らさずにおくべきかぁー」

 紅茶が染みて熱々になったワンピースを脱ぎ散らかして喚く少女。
 いつの間にやら災厄の魔女の恨みを、押し売りされていたクロアたち。
 まさかそんな両者が近日中に相対することになろうとは……。


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