青のスーラ

月芝

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156 学園編 籠の中の鳥 そして二人は出逢う

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 学園の片隅にある礼拝堂。
 本館から別棟へと向かう際の通り道にあるのだが、渡り廊下より外に出て中庭を横切った先にあるせいか、存在は知っていても立ち寄る者はほとんどいない。
 だがこの場所には生徒たちの間で密かに語り継がれている伝説がある。
 ここで出逢った二人は永遠に結ばれるという。
 ステンドガラスで描かれた女神様が、秘めた想いを胸に訪れる者を、慈愛に満ちた笑みで迎えてくれる。

 放課後、第三王子ヘリオス・ラ・パイロジウムはここに初めて立ち寄った。
 取り巻きの友人の一人と礼拝堂の側を通りかかった際、その友人に学園講師より呼び出しがかかった。
 彼に「すぐに戻ってきますので、よろしければそちらでもご覧になられては」と勧められたのが、足を踏み入れたキッカケであった。
 ヘリオスとて幼い頃より美しいモノに囲まれて生きてきた。それなりに鑑定眼には自信がある。せっかくなので冷やかしがてら覗いてみるか、という気になった。
 扉を開けて中へと入った王子は、すぐに先客がいることに気がつく。
 いつもの傲慢さでもって、邪魔だから追い出そうと声をかけようとして、彼は立ち尽くす。

 ステンドガラス越しの彩色を受けたシャンパンゴールドの髪がきらめく。
 降り注ぐ光の洗礼を浴びて、少女は立っていた。
 その後ろ姿が彼の目には、まるで女神の祝福を一身に受けているかのように映る。
 背後の気配に気がついたのか、不意にその少女が振り返った。
 二人の視線が交わる。円らな瞳から王子は目が逸らせない。
 そんな二人を柔らかな光が包み込む。
 どこか遠くでリンゴンと優しい鐘の音が響いた。

「……あなたは、ヘリオスさま?」

 少女の姿に見惚れていた第三王子が、その声にハッと我に返る。
 丁寧なカーテシーで挨拶をする彼女に、慌てて取り繕うように名乗りを上げるヘリオス。

「すみません、お邪魔ですよね。すぐに失礼しますので」

 少女がいそいそと礼拝堂を去ろうとする。
 だが自分のすぐ側を通り過ぎようとする彼女の、その細い腕を無意識のうちにヘリオスは掴んでいた。
 自分でもどうしてそのような行動をとったのかわからない。だがいきなり女性の腕を掴むような無作法な真似をした彼は、内心の動揺を隠すかのように憮然とした態度にて「構わない。ここにいろ」と言った。

「でも……」
「僕が構わないといってるんだから、お前は黙って従がっておけ」
「…………、はい」

 自分なんかが恐れ多いと遠慮してみせる少女を、いつになく強引に留まらせた王子。
 それから二人は女神の画を並んで見上げながら、ポツポツと会話を始める。
 学園生活のこととか、苦手な科目だとか、内容は他愛のないことばかり。初めのうちは、どこかオズオズとしていた少女の態度も、じきに笑みを浮かべ控えめながらも笑い声を零すようになる。
 彼女のほんわかと柔らかくて、優しく包み込んでくれるかのような雰囲気に接するうちに、いつしか王子の顔からもすっかり険が消えていく。

 じきにヘリオスの取り巻きの友人が姿を現すまで、二人は実に穏やかな時間を過ごした。

「カリナ・リィフォルト嬢か……、なんと可憐な」

 遠ざかっていく小さな背中を見つめる王子。
 その呟きはあまりに小さく、すぐ隣にいた友人の耳にも届くことはなかった。



《……と、まぁ、二人の出会い編はこんな感じだな》

 寮の自室にて本日の報告会。
 オレは自分が見た事のすべてを、同士たちに話して聞かせた。

「鐘の演出だなんて、小憎らしいことをするのね、ムーちゃん」
「光の演出も悪くないわね」
「なんだか物語に登場しそうなロマンチックなシーンです。それにしても、あそこにそんな素敵な由来があっただなんんて」

 クロア、メーサ、ルーシーさん、みなの評価は上々のようだ。オレとしていささかベタかもと思ったのだが、あえて王道を通して正解であったようだ。
 あとルーシーさん、夢を壊して悪いが、あれはオレが流したデマだから本気にしないように。あそこにそんな素敵エピソードは存在しない。ただの忘れられた礼拝堂だ。もっとも今回の一件が上手くいけば、今後は嘘が真になるかもしれないが。
 ちなみに取り巻きを呼び出してくれたのは協力者である美術の先生。ずっと気落ちしている優秀な教え子を、彼も心配していたのだ。メーサが話を持ち掛けると、喜んで同士となってくれたらしい。

《まぁ、思いのほか上手くいったのは、王子のチョロインぶりに助けられたのもあるがな》
「チョロイン? なにそれ、どういう意味なの」

 クロアの問いにオレが「ちょろいヒロインの略」だと教えると、何故だかメーサが爆笑していた。どうやらツボにハマったらしい。

「それにしても、あの攻略本でしたっけ? それを手にしていたとはいえ、彼女もなかなかやりますね」

 感心するのはルーシーさん。
 実際、彼女は名女優の片鱗を垣間見せた。だがあれが果たして演技だけであったのかというと、オレには疑問が残る。
 あの二人の様子を間近で観察していたからわかるのだが、なんていうか二人の歯車がカチンと噛み合った、みたいな印象を受けた。
 ヘリオス王子の勘違い俺様節を、にっこり笑顔で優しく許容するカリナ嬢。あれのすべてが演技であったとはとても思えない。もしかしてオレたちは知らず知らずのうちに、ベストカップルを誕生させようとしているのかもしれない。

「だったらいいんだけど……、早々にメッキが剥がれそうな気がする」
「そうなのよねぇ、そこはアレが調子に乗って、馬鹿をやらないことを祈るしかないわね」

 拭い切れない不安を口にするクロアとメーサ。
 そんな二人に訳知り顔にてルーシーさんが言う。

「いえいえ、相手の良い所も悪い所も、何もかも受け入れてこその愛なのです」

 言ってることは実に立派、だが彼女とて恋愛経験は皆無である。所詮は耳年増の知ったかぶりの意見は、二人に軽く受け流されてしまった。
 これにちょっとムクれたルーシーさんを宥めつつ、今後の方針についての話し合いは続く。

 よくよく考えてみれば、オレを含めてここに集った同士たちの中に、色恋の経験者は皆無。今更ながらこのメンバーで本当に大丈夫なのだろうかと、おっさんはちょっと心配になってきた。


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