青のスーラ

月芝

文字の大きさ
上 下
153 / 226

152 破軍編 終局

しおりを挟む
 破軍の巨体には大小無数のヒビが入っている。もはや傷がないところを探すのが困難なほど。ずっと重たい体を支え続けていたせいか、左の足首周りの損傷が特に目立つ。
 とはいえ、こちらもすでにボロボロ。自慢のスーラボディの艶は失せ、疲労感がとにかく凄い。どうやら体に心がついていけてないようだ。気を抜くとすぐに意識が飛んでしまいそう。

 闘い続けているうちに、いつしか月は消えており、代わりに空が白じみ始めていた。
 辺りにはインゴットの残骸に混じって、使い物にならなくなった武器が散在している。
 前回はこの位のタイミングで破軍の動きが鈍くなったというのに、今回はまだ動くか。弱冠ながら反応が遅れつつあるので、そろそろだとは思うのだが……。
 どうやら奴にとって、人間はよほど性能のいい充電池らしい。もしも街中にでも入られたら、本当に手のつけようがなくなる。意地でもここでケリをつけないと駄目だ。

 オレは残りわずかな気力を振り絞って、とっておきを体内のアイテム収納から取り出す。
 最高強度を誇る物質にて、練りに練って造り上げたインゴットを整形した巨大ドリル。
 その名を「メーサ三号」という。
 メーサ自慢の髪型、ツインドリルにちなんで命名した一点モノの逸品。
 超々密度につき、重量がとにかくすさまじい。
 はっきり言って通常の状態では、オレには満足に持ち上げることさえ適わない。魔力回路のギアを上げまくって二百三十パーセントを超えて、初めてなんとか扱える代物。
 魔力の充填はすでに完了している。あとは一気にギアの回転数を上げて、魔力回路を限りなく暴走状態に近づければいい。
 すべての触手を一旦収納し、しっかりと強度を上げた一本を新たに出現させる。
 これをグルグルとドリルに巻き付けていく。
 こんな風に着々と準備を整えていると、不意に破軍の奴が西の空を見上げた。
 釣られてオレもそっちの方角を見る。
 するとそこには、何やら猛スピードで、こちらへと近づいて来る白い飛行物体の姿があった。

 闘いの場より少し離れた所に、白い獣がふわりと降りる。
 その背から飛び降りたのは、一人のよく見知った少女。

「ムーちゃん!」

 オレの名を呼ぶクロアの姿がそこにあった。
 今にもこちらに駆け寄ろうとする彼女を、オレは制止する。
 何故なら破軍の奴が、じっとクロアの方に顔を向けていたからである。
 いいや、違う! クロアの持っている玉に反応しているんだっ!

《ヤバイっ! クロア! すぐに玉を放り出して逃げろ!》

 ゆっくりと自分の方に体を向ける女型の巨人。
 オレの言葉に、その意図を理解したクロアが慌てて紅玉を捨てようとするも、待ちきれなかった破軍が駆け出してしまう。
 機動力は落ちているものの、走る巨体のせいで地震のごとき地面が揺れる。クロアはそれに足をとられてうまく動けない。懸命に逃げようとするが、その間にも互いの距離がどんどんと縮まっていく。

《このままだとクロアが脅威に晒される》

 オレは即座にギアを上げた。体内の魔力回路が悲鳴を上げる。だが気にしている時間はない。たとえ体がはち切れようとも構うもんか! スーラボディが体中を駆け巡る濃密度の魔力にて青く発光する。その輝きが一気に強まり、本体の輝きが触手を伝って、やがてドリル全体をも輝かせる。
 オレは最後のチカラを振り絞り、ドリルを思い切り打ち上げた。
 真上へと飛んで行くドリル。
 勢いよく空高くへと打ち上げられたソレが、あっという間に頂点へと到達しピタリと止まる。
 そのタイミングで破軍のいる方角へと、思い切り繋いだ触手を引き倒す。
 弧を描き、破軍へと向かって加速しながら落下していく。
 その時、クロアの方へと迫っていた破軍の奴がガクンと膝をついた。どうやら左の足首が限界に達したらしい。
 そこにオレの放ったドリルの尖端が肉薄、奴の背中へとぶち当る直前に一気に絡めていた触手を、独楽回しの要領にて引き抜く。瞬次にドリルが超高速回転を始め、凶悪さを増した尖端部分が、破軍の背中へと突き刺さった。
 もしも破軍の体が万全の状態であったならば、きっと刺さることはなかったであろう。だがいまや体表のそこかしこには、大小無数のヒビや亀裂が入っていた。そのわずかな隙間から、体内へと侵入していくドリル。回転が容赦なく体を抉り穴を穿つ。その衝撃により全身にも亀裂が生じ、ついにはその巨体を真っ二つに引き裂いた。
 この一撃をもって破軍との闘いは終結する。

《やっと……、終わった》

 精も根も尽きたオレは、だらしなくベチャリと大地に寝そべる。
 そこにクロアが駆けつけてきた。

「ムーちゃん、ムーちゃん、ムーちゃん」

 何度もオレの名を呼びながら抱きしめてくるクロア。

《ちゃんと生きてるよー》

 なんとか触手を伸ばして無事をアピールするも、はっきり言って体はガタガタ。無茶をしたせいで魔力回路はズタボロ、普通の生物だったら、間違いなく死んでるような状態。さしものスーラでも、しばらくは満足に動けそうもない。

 ひとしきり互いの無事を喜びあってから、クロアに紅玉を見せてもらった。
 視てみると何やらごちゃごちゃしている。でも禍々しさは感じられない。
 手にしてすぐにわかったのだが、コレは宝石なんかじゃない。触手を通して流れ込んでくる情報、いや、感情とでもいったほうがいいのか。これはある種の記録媒体だ。なかには沢山の人たちの、沢山の思い出が詰まっている。
 古代人たちの思い出を、密かに守り続けていたと考えると、上半身と下半身が千切れて動かなくなった、破軍の姿が無性に憐憫を誘う。

《結局、こいつもオレと同じってことだな。ただ自分の大切なモノを、守ろうとしただけだ》
「そうなのかもしれないね。せっかく静かに眠っていたのに……」

 オレとクロアは、倒れて動かなくなった破軍の手の中に、紅玉を返してやった。
 すると破軍の上半身が再び動き出す。
 ゆっくりとした動作で、手中の玉をまるで大切な我が子のように胸元へと抱き寄せ、両手で包み込むような格好を取った。
 不思議と害意は感じられなかった。
 破軍の体が次第に変色し始める。
 灰色から真っ白へと変わっていく。
 やがて全身が白に染め上げられ、端からポロポロと崩れていく。
 ついにはその身のすべてが細かい塵となり、紅玉もろとも完全に消えてしまった。
 荒野の風に吹かれて、かつて破軍だったモノが、空へと舞い上がって飛んでいく。

 オレとクロアはその光景を黙って見ていた。



 とりあえず王都の危機は去ったわけだし、そろそろ帰ろうかという段になって、ずっとオレと破軍の闘いの様子を伺ってたとおぼしき集団が、ゾロリと姿を現した。数は百前後といったところ。率いるは隊長格の貴族の男、その小狡そうな顔をみて、一目でピンときた。
 率いている連中もどこか品がない。クロアに向ける欲情塗れの視線からして、ゲス確定である。
 案の定というか、やはりオレが睨んでいたとおりの輩らしい。乱入した挙句に破軍の餌になった馬鹿どもと同類だ。

「ごくろう。あとは我らが引き受けるので、どうか安心して欲しい」

 ぬけぬけとそう言った貴族の男。安心なんぞと言っているが、オレたちを見逃すつもりなんて毛頭ない。始末して手柄を横取りする気満々だ。

「とりあえず、そのスーラはこちらで預かろう」

 貴族の男の言葉を合図に、集団の一人が手を伸ばしてオレを奪おうとする。
 だがそれは無理であった。クロアにがっしりと手首を掴まれて、そのまま骨を砕かれてしまったから。

「汚い手で、私のムーちゃんに触るな」

 いつになく低い声でクロアが呟く。
 その気迫に少し怯んだものの、貴族の男は部下らに命を下した。

「ええぃ、者ども。あのスーラを奪え、女の方が好きにして構わん!」

 所詮は小娘一人と侮った馬鹿どもが、クロアへと殺到する。
 しかし怒れる拳がそれらを粉砕する。顎を砕かれ、喉を貫かれ、胃の臓腑を抉られた、三人の男が即座に地面に転がった。
 数を頼みにしていた勢いが、ピタリと止まる。
 クロアは「ちょっと待ってろ」と言い放ち、スタスタと静かに後方に控えていた、翼を持つ白い獣のところにまでオレを運ぶと、そっと降ろしてから、再び下郎どものところへと平然と戻っていった。
 そして再開される番外戦。
 剣を手にした男たちが一斉にクロアへと襲いかかるが、連携でもなんでもない。ただ雄叫びを上げて、反射的に武器を振るっているだけの、お粗末な攻撃。そんなモノが金髪少女に当るわけがない。なにせ彼女は、日頃からメーサの操る人形どもと、激しい乱取り稽古を繰り返しているのだから。一糸乱れぬ連携を見せる人形と比べたら、これはまさに烏合の衆である。
 最小の動作で剣を躱し、相手の鼻頭をへこませ、蹴りにて膝を打ち砕く、一斉に突き出された槍衾を、その辺にいた人間の体を使って防ぎ、もたついているところを手刀の一閃にてまとめて鎮める。飛んできた矢は空中で掴んで投げ返し射手を仕留め、周囲に味方がいるのにも構わずに魔法を放とうとしていた者には、その辺に転がっている武器の残骸を投擲して倒す。
 よほど腹に据えかねたらしい。閃光が駆けるほどに悲鳴があがり、敵の数が減っていく。

 クロアが順調に敵をぶっ飛ばしていると新手が現れる。
 ただし今度のは味方であった。治安維持部隊の面々である。
 総勢三十一名、一人足りないのは昨日の怪我人だろう。

「遠慮はいらん! 馬鹿どもを叩きのめして、英雄どのをお守りするぞ!」
「応さっ!」

 隊長の男の号令により、戦士たちが一斉に番外戦に乱入。
 クロアだけでも難儀していたところに歴戦の兵どもが参戦、もはや貴族の男の命運は尽きていた。
 日頃の鬱憤を晴らすかのように、悪漢どもを殴る蹴るの隊員たち。
 どうやら普段から、馬鹿貴族には煮え湯を飲まされていたのだろう。
 みな表情が活き活きとしている。
 クロアとも気が合うらしく、軽口を叩いては挨拶をする余裕を見せていた。

 なんだか楽しそうでいいなー、と眺めていたオレに、すぐ側にいた白い獣が話しかけてきた。ランティスさんといって王家の従魔なんだと。
 どうやらかなり知能の高いモンスターらしい。

「なんとも愉快な連中ですね。それに貴方の御主人は素晴らしい、もちろん貴方も。それなりに長く生きてきましたが、スーラがこんなに強いだなんて知りませんでした」
《あー、まぁ、オレはちょっと変わってるから。他の同胞らは、そもそも闘いなんてしないしな。こちらこそクロアが世話になったみたいで感謝する》
「いえいえ、こちらも久しぶりに、思いっきり空を飛べて楽しかったですし。ふふふふ、それにしても熱烈なアプローチでした。いきなり頬をぶたれて『オレのモノになれよ』ですもの。年甲斐もなく、乙女心がときめいてしまいましたわ」
《えっ! うちの子、そんな失礼な真似したの。本当に申し訳ない》
「顎クイで瞳をじっと覗き込まれたときなんて、背中にビビビと何かが走って……」

 オレとランティスさんが、そんな話で盛り上がっているうちに、じきにアチラの戦闘も終了する。もちろんクロアたちの完勝であった。
 なおオレを寄越せと言った貴族の男は、体中の骨をバキバキにおられて、痛みのあまり口から泡を吹いて地面に伸びていた。


しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

御者のお仕事。

月芝
ファンタジー
大陸中を巻き込んだ戦争がようやく終わった。 十三あった国のうち四つが地図より消えた。 大地のいたるところに戦争の傷跡が深く刻まれ、人心は荒廃し、文明もずいぶんと退化する。 狂った環境に乱れた生態系。戦時中にバラ撒かれた生体兵器「慮骸」の脅威がそこいらに充ち、 問題山積につき夢にまでみた平和とはほど遠いのが実情。 それでも人々はたくましく、復興へと向けて歩き出す。 これはそんな歪んだ世界で人流と物流の担い手として奮闘する御者の男の物語である。

元天才貴族、今やリモートで最強冒険者!

しらかめこう
ファンタジー
魔法技術が発展した異世界。 そんな世界にあるシャルトルーズ王国という国に冒険者ギルドがあった。 強者ぞろいの冒険者が数多く所属するそのギルドで現在唯一、最高ランクであるSSランクに到達している冒険者がいた。 ───彼の名は「オルタナ」 漆黒のコートに仮面をつけた謎多き冒険者である。彼の素顔を見た者は誰もおらず、どういった人物なのかも知る者は少ない。 だがしかし彼は誰もが認める圧倒的な力を有しており、冒険者になって僅か4年で勇者や英雄レベルのSSランクに到達していた。 そんな彼だが、実は・・・ 『前世の知識を持っている元貴族だった?!」 とある事情で貴族の地位を失い、母親とともに命を狙われることとなった彼。そんな彼は生活費と魔法の研究開発資金を稼ぐため冒険者をしようとするが、自分の正体が周囲に知られてはいけないので自身で開発した特殊な遠隔操作が出来るゴーレムを使って自宅からリモートで冒険者をすることに! そんな最強リモート冒険者が行く、異世界でのリモート冒険物語!! 毎日20時30分更新予定です!!

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

処理中です...