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152 破軍編 終局
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破軍の巨体には大小無数のヒビが入っている。もはや傷がないところを探すのが困難なほど。ずっと重たい体を支え続けていたせいか、左の足首周りの損傷が特に目立つ。
とはいえ、こちらもすでにボロボロ。自慢のスーラボディの艶は失せ、疲労感がとにかく凄い。どうやら体に心がついていけてないようだ。気を抜くとすぐに意識が飛んでしまいそう。
闘い続けているうちに、いつしか月は消えており、代わりに空が白じみ始めていた。
辺りにはインゴットの残骸に混じって、使い物にならなくなった武器が散在している。
前回はこの位のタイミングで破軍の動きが鈍くなったというのに、今回はまだ動くか。弱冠ながら反応が遅れつつあるので、そろそろだとは思うのだが……。
どうやら奴にとって、人間はよほど性能のいい充電池らしい。もしも街中にでも入られたら、本当に手のつけようがなくなる。意地でもここでケリをつけないと駄目だ。
オレは残りわずかな気力を振り絞って、とっておきを体内のアイテム収納から取り出す。
最高強度を誇る物質にて、練りに練って造り上げたインゴットを整形した巨大ドリル。
その名を「メーサ三号」という。
メーサ自慢の髪型、ツインドリルにちなんで命名した一点モノの逸品。
超々密度につき、重量がとにかくすさまじい。
はっきり言って通常の状態では、オレには満足に持ち上げることさえ適わない。魔力回路のギアを上げまくって二百三十パーセントを超えて、初めてなんとか扱える代物。
魔力の充填はすでに完了している。あとは一気にギアの回転数を上げて、魔力回路を限りなく暴走状態に近づければいい。
すべての触手を一旦収納し、しっかりと強度を上げた一本を新たに出現させる。
これをグルグルとドリルに巻き付けていく。
こんな風に着々と準備を整えていると、不意に破軍の奴が西の空を見上げた。
釣られてオレもそっちの方角を見る。
するとそこには、何やら猛スピードで、こちらへと近づいて来る白い飛行物体の姿があった。
闘いの場より少し離れた所に、白い獣がふわりと降りる。
その背から飛び降りたのは、一人のよく見知った少女。
「ムーちゃん!」
オレの名を呼ぶクロアの姿がそこにあった。
今にもこちらに駆け寄ろうとする彼女を、オレは制止する。
何故なら破軍の奴が、じっとクロアの方に顔を向けていたからである。
いいや、違う! クロアの持っている玉に反応しているんだっ!
《ヤバイっ! クロア! すぐに玉を放り出して逃げろ!》
ゆっくりと自分の方に体を向ける女型の巨人。
オレの言葉に、その意図を理解したクロアが慌てて紅玉を捨てようとするも、待ちきれなかった破軍が駆け出してしまう。
機動力は落ちているものの、走る巨体のせいで地震のごとき地面が揺れる。クロアはそれに足をとられてうまく動けない。懸命に逃げようとするが、その間にも互いの距離がどんどんと縮まっていく。
《このままだとクロアが脅威に晒される》
オレは即座にギアを上げた。体内の魔力回路が悲鳴を上げる。だが気にしている時間はない。たとえ体がはち切れようとも構うもんか! スーラボディが体中を駆け巡る濃密度の魔力にて青く発光する。その輝きが一気に強まり、本体の輝きが触手を伝って、やがてドリル全体をも輝かせる。
オレは最後のチカラを振り絞り、ドリルを思い切り打ち上げた。
真上へと飛んで行くドリル。
勢いよく空高くへと打ち上げられたソレが、あっという間に頂点へと到達しピタリと止まる。
そのタイミングで破軍のいる方角へと、思い切り繋いだ触手を引き倒す。
弧を描き、破軍へと向かって加速しながら落下していく。
その時、クロアの方へと迫っていた破軍の奴がガクンと膝をついた。どうやら左の足首が限界に達したらしい。
そこにオレの放ったドリルの尖端が肉薄、奴の背中へとぶち当る直前に一気に絡めていた触手を、独楽回しの要領にて引き抜く。瞬次にドリルが超高速回転を始め、凶悪さを増した尖端部分が、破軍の背中へと突き刺さった。
もしも破軍の体が万全の状態であったならば、きっと刺さることはなかったであろう。だがいまや体表のそこかしこには、大小無数のヒビや亀裂が入っていた。そのわずかな隙間から、体内へと侵入していくドリル。回転が容赦なく体を抉り穴を穿つ。その衝撃により全身にも亀裂が生じ、ついにはその巨体を真っ二つに引き裂いた。
この一撃をもって破軍との闘いは終結する。
《やっと……、終わった》
精も根も尽きたオレは、だらしなくベチャリと大地に寝そべる。
そこにクロアが駆けつけてきた。
「ムーちゃん、ムーちゃん、ムーちゃん」
何度もオレの名を呼びながら抱きしめてくるクロア。
《ちゃんと生きてるよー》
なんとか触手を伸ばして無事をアピールするも、はっきり言って体はガタガタ。無茶をしたせいで魔力回路はズタボロ、普通の生物だったら、間違いなく死んでるような状態。さしものスーラでも、しばらくは満足に動けそうもない。
ひとしきり互いの無事を喜びあってから、クロアに紅玉を見せてもらった。
視てみると何やらごちゃごちゃしている。でも禍々しさは感じられない。
手にしてすぐにわかったのだが、コレは宝石なんかじゃない。触手を通して流れ込んでくる情報、いや、感情とでもいったほうがいいのか。これはある種の記録媒体だ。なかには沢山の人たちの、沢山の思い出が詰まっている。
古代人たちの思い出を、密かに守り続けていたと考えると、上半身と下半身が千切れて動かなくなった、破軍の姿が無性に憐憫を誘う。
《結局、こいつもオレと同じってことだな。ただ自分の大切なモノを、守ろうとしただけだ》
「そうなのかもしれないね。せっかく静かに眠っていたのに……」
オレとクロアは、倒れて動かなくなった破軍の手の中に、紅玉を返してやった。
すると破軍の上半身が再び動き出す。
ゆっくりとした動作で、手中の玉をまるで大切な我が子のように胸元へと抱き寄せ、両手で包み込むような格好を取った。
不思議と害意は感じられなかった。
破軍の体が次第に変色し始める。
灰色から真っ白へと変わっていく。
やがて全身が白に染め上げられ、端からポロポロと崩れていく。
ついにはその身のすべてが細かい塵となり、紅玉もろとも完全に消えてしまった。
荒野の風に吹かれて、かつて破軍だったモノが、空へと舞い上がって飛んでいく。
オレとクロアはその光景を黙って見ていた。
とりあえず王都の危機は去ったわけだし、そろそろ帰ろうかという段になって、ずっとオレと破軍の闘いの様子を伺ってたとおぼしき集団が、ゾロリと姿を現した。数は百前後といったところ。率いるは隊長格の貴族の男、その小狡そうな顔をみて、一目でピンときた。
率いている連中もどこか品がない。クロアに向ける欲情塗れの視線からして、ゲス確定である。
案の定というか、やはりオレが睨んでいたとおりの輩らしい。乱入した挙句に破軍の餌になった馬鹿どもと同類だ。
「ごくろう。あとは我らが引き受けるので、どうか安心して欲しい」
ぬけぬけとそう言った貴族の男。安心なんぞと言っているが、オレたちを見逃すつもりなんて毛頭ない。始末して手柄を横取りする気満々だ。
「とりあえず、そのスーラはこちらで預かろう」
貴族の男の言葉を合図に、集団の一人が手を伸ばしてオレを奪おうとする。
だがそれは無理であった。クロアにがっしりと手首を掴まれて、そのまま骨を砕かれてしまったから。
「汚い手で、私のムーちゃんに触るな」
いつになく低い声でクロアが呟く。
その気迫に少し怯んだものの、貴族の男は部下らに命を下した。
「ええぃ、者ども。あのスーラを奪え、女の方が好きにして構わん!」
所詮は小娘一人と侮った馬鹿どもが、クロアへと殺到する。
しかし怒れる拳がそれらを粉砕する。顎を砕かれ、喉を貫かれ、胃の臓腑を抉られた、三人の男が即座に地面に転がった。
数を頼みにしていた勢いが、ピタリと止まる。
クロアは「ちょっと待ってろ」と言い放ち、スタスタと静かに後方に控えていた、翼を持つ白い獣のところにまでオレを運ぶと、そっと降ろしてから、再び下郎どものところへと平然と戻っていった。
そして再開される番外戦。
剣を手にした男たちが一斉にクロアへと襲いかかるが、連携でもなんでもない。ただ雄叫びを上げて、反射的に武器を振るっているだけの、お粗末な攻撃。そんなモノが金髪少女に当るわけがない。なにせ彼女は、日頃からメーサの操る人形どもと、激しい乱取り稽古を繰り返しているのだから。一糸乱れぬ連携を見せる人形と比べたら、これはまさに烏合の衆である。
最小の動作で剣を躱し、相手の鼻頭をへこませ、蹴りにて膝を打ち砕く、一斉に突き出された槍衾を、その辺にいた人間の体を使って防ぎ、もたついているところを手刀の一閃にてまとめて鎮める。飛んできた矢は空中で掴んで投げ返し射手を仕留め、周囲に味方がいるのにも構わずに魔法を放とうとしていた者には、その辺に転がっている武器の残骸を投擲して倒す。
よほど腹に据えかねたらしい。閃光が駆けるほどに悲鳴があがり、敵の数が減っていく。
クロアが順調に敵をぶっ飛ばしていると新手が現れる。
ただし今度のは味方であった。治安維持部隊の面々である。
総勢三十一名、一人足りないのは昨日の怪我人だろう。
「遠慮はいらん! 馬鹿どもを叩きのめして、英雄どのをお守りするぞ!」
「応さっ!」
隊長の男の号令により、戦士たちが一斉に番外戦に乱入。
クロアだけでも難儀していたところに歴戦の兵どもが参戦、もはや貴族の男の命運は尽きていた。
日頃の鬱憤を晴らすかのように、悪漢どもを殴る蹴るの隊員たち。
どうやら普段から、馬鹿貴族には煮え湯を飲まされていたのだろう。
みな表情が活き活きとしている。
クロアとも気が合うらしく、軽口を叩いては挨拶をする余裕を見せていた。
なんだか楽しそうでいいなー、と眺めていたオレに、すぐ側にいた白い獣が話しかけてきた。ランティスさんといって王家の従魔なんだと。
どうやらかなり知能の高いモンスターらしい。
「なんとも愉快な連中ですね。それに貴方の御主人は素晴らしい、もちろん貴方も。それなりに長く生きてきましたが、スーラがこんなに強いだなんて知りませんでした」
《あー、まぁ、オレはちょっと変わってるから。他の同胞らは、そもそも闘いなんてしないしな。こちらこそクロアが世話になったみたいで感謝する》
「いえいえ、こちらも久しぶりに、思いっきり空を飛べて楽しかったですし。ふふふふ、それにしても熱烈なアプローチでした。いきなり頬をぶたれて『オレのモノになれよ』ですもの。年甲斐もなく、乙女心がときめいてしまいましたわ」
《えっ! うちの子、そんな失礼な真似したの。本当に申し訳ない》
「顎クイで瞳をじっと覗き込まれたときなんて、背中にビビビと何かが走って……」
オレとランティスさんが、そんな話で盛り上がっているうちに、じきにアチラの戦闘も終了する。もちろんクロアたちの完勝であった。
なおオレを寄越せと言った貴族の男は、体中の骨をバキバキにおられて、痛みのあまり口から泡を吹いて地面に伸びていた。
とはいえ、こちらもすでにボロボロ。自慢のスーラボディの艶は失せ、疲労感がとにかく凄い。どうやら体に心がついていけてないようだ。気を抜くとすぐに意識が飛んでしまいそう。
闘い続けているうちに、いつしか月は消えており、代わりに空が白じみ始めていた。
辺りにはインゴットの残骸に混じって、使い物にならなくなった武器が散在している。
前回はこの位のタイミングで破軍の動きが鈍くなったというのに、今回はまだ動くか。弱冠ながら反応が遅れつつあるので、そろそろだとは思うのだが……。
どうやら奴にとって、人間はよほど性能のいい充電池らしい。もしも街中にでも入られたら、本当に手のつけようがなくなる。意地でもここでケリをつけないと駄目だ。
オレは残りわずかな気力を振り絞って、とっておきを体内のアイテム収納から取り出す。
最高強度を誇る物質にて、練りに練って造り上げたインゴットを整形した巨大ドリル。
その名を「メーサ三号」という。
メーサ自慢の髪型、ツインドリルにちなんで命名した一点モノの逸品。
超々密度につき、重量がとにかくすさまじい。
はっきり言って通常の状態では、オレには満足に持ち上げることさえ適わない。魔力回路のギアを上げまくって二百三十パーセントを超えて、初めてなんとか扱える代物。
魔力の充填はすでに完了している。あとは一気にギアの回転数を上げて、魔力回路を限りなく暴走状態に近づければいい。
すべての触手を一旦収納し、しっかりと強度を上げた一本を新たに出現させる。
これをグルグルとドリルに巻き付けていく。
こんな風に着々と準備を整えていると、不意に破軍の奴が西の空を見上げた。
釣られてオレもそっちの方角を見る。
するとそこには、何やら猛スピードで、こちらへと近づいて来る白い飛行物体の姿があった。
闘いの場より少し離れた所に、白い獣がふわりと降りる。
その背から飛び降りたのは、一人のよく見知った少女。
「ムーちゃん!」
オレの名を呼ぶクロアの姿がそこにあった。
今にもこちらに駆け寄ろうとする彼女を、オレは制止する。
何故なら破軍の奴が、じっとクロアの方に顔を向けていたからである。
いいや、違う! クロアの持っている玉に反応しているんだっ!
《ヤバイっ! クロア! すぐに玉を放り出して逃げろ!》
ゆっくりと自分の方に体を向ける女型の巨人。
オレの言葉に、その意図を理解したクロアが慌てて紅玉を捨てようとするも、待ちきれなかった破軍が駆け出してしまう。
機動力は落ちているものの、走る巨体のせいで地震のごとき地面が揺れる。クロアはそれに足をとられてうまく動けない。懸命に逃げようとするが、その間にも互いの距離がどんどんと縮まっていく。
《このままだとクロアが脅威に晒される》
オレは即座にギアを上げた。体内の魔力回路が悲鳴を上げる。だが気にしている時間はない。たとえ体がはち切れようとも構うもんか! スーラボディが体中を駆け巡る濃密度の魔力にて青く発光する。その輝きが一気に強まり、本体の輝きが触手を伝って、やがてドリル全体をも輝かせる。
オレは最後のチカラを振り絞り、ドリルを思い切り打ち上げた。
真上へと飛んで行くドリル。
勢いよく空高くへと打ち上げられたソレが、あっという間に頂点へと到達しピタリと止まる。
そのタイミングで破軍のいる方角へと、思い切り繋いだ触手を引き倒す。
弧を描き、破軍へと向かって加速しながら落下していく。
その時、クロアの方へと迫っていた破軍の奴がガクンと膝をついた。どうやら左の足首が限界に達したらしい。
そこにオレの放ったドリルの尖端が肉薄、奴の背中へとぶち当る直前に一気に絡めていた触手を、独楽回しの要領にて引き抜く。瞬次にドリルが超高速回転を始め、凶悪さを増した尖端部分が、破軍の背中へと突き刺さった。
もしも破軍の体が万全の状態であったならば、きっと刺さることはなかったであろう。だがいまや体表のそこかしこには、大小無数のヒビや亀裂が入っていた。そのわずかな隙間から、体内へと侵入していくドリル。回転が容赦なく体を抉り穴を穿つ。その衝撃により全身にも亀裂が生じ、ついにはその巨体を真っ二つに引き裂いた。
この一撃をもって破軍との闘いは終結する。
《やっと……、終わった》
精も根も尽きたオレは、だらしなくベチャリと大地に寝そべる。
そこにクロアが駆けつけてきた。
「ムーちゃん、ムーちゃん、ムーちゃん」
何度もオレの名を呼びながら抱きしめてくるクロア。
《ちゃんと生きてるよー》
なんとか触手を伸ばして無事をアピールするも、はっきり言って体はガタガタ。無茶をしたせいで魔力回路はズタボロ、普通の生物だったら、間違いなく死んでるような状態。さしものスーラでも、しばらくは満足に動けそうもない。
ひとしきり互いの無事を喜びあってから、クロアに紅玉を見せてもらった。
視てみると何やらごちゃごちゃしている。でも禍々しさは感じられない。
手にしてすぐにわかったのだが、コレは宝石なんかじゃない。触手を通して流れ込んでくる情報、いや、感情とでもいったほうがいいのか。これはある種の記録媒体だ。なかには沢山の人たちの、沢山の思い出が詰まっている。
古代人たちの思い出を、密かに守り続けていたと考えると、上半身と下半身が千切れて動かなくなった、破軍の姿が無性に憐憫を誘う。
《結局、こいつもオレと同じってことだな。ただ自分の大切なモノを、守ろうとしただけだ》
「そうなのかもしれないね。せっかく静かに眠っていたのに……」
オレとクロアは、倒れて動かなくなった破軍の手の中に、紅玉を返してやった。
すると破軍の上半身が再び動き出す。
ゆっくりとした動作で、手中の玉をまるで大切な我が子のように胸元へと抱き寄せ、両手で包み込むような格好を取った。
不思議と害意は感じられなかった。
破軍の体が次第に変色し始める。
灰色から真っ白へと変わっていく。
やがて全身が白に染め上げられ、端からポロポロと崩れていく。
ついにはその身のすべてが細かい塵となり、紅玉もろとも完全に消えてしまった。
荒野の風に吹かれて、かつて破軍だったモノが、空へと舞い上がって飛んでいく。
オレとクロアはその光景を黙って見ていた。
とりあえず王都の危機は去ったわけだし、そろそろ帰ろうかという段になって、ずっとオレと破軍の闘いの様子を伺ってたとおぼしき集団が、ゾロリと姿を現した。数は百前後といったところ。率いるは隊長格の貴族の男、その小狡そうな顔をみて、一目でピンときた。
率いている連中もどこか品がない。クロアに向ける欲情塗れの視線からして、ゲス確定である。
案の定というか、やはりオレが睨んでいたとおりの輩らしい。乱入した挙句に破軍の餌になった馬鹿どもと同類だ。
「ごくろう。あとは我らが引き受けるので、どうか安心して欲しい」
ぬけぬけとそう言った貴族の男。安心なんぞと言っているが、オレたちを見逃すつもりなんて毛頭ない。始末して手柄を横取りする気満々だ。
「とりあえず、そのスーラはこちらで預かろう」
貴族の男の言葉を合図に、集団の一人が手を伸ばしてオレを奪おうとする。
だがそれは無理であった。クロアにがっしりと手首を掴まれて、そのまま骨を砕かれてしまったから。
「汚い手で、私のムーちゃんに触るな」
いつになく低い声でクロアが呟く。
その気迫に少し怯んだものの、貴族の男は部下らに命を下した。
「ええぃ、者ども。あのスーラを奪え、女の方が好きにして構わん!」
所詮は小娘一人と侮った馬鹿どもが、クロアへと殺到する。
しかし怒れる拳がそれらを粉砕する。顎を砕かれ、喉を貫かれ、胃の臓腑を抉られた、三人の男が即座に地面に転がった。
数を頼みにしていた勢いが、ピタリと止まる。
クロアは「ちょっと待ってろ」と言い放ち、スタスタと静かに後方に控えていた、翼を持つ白い獣のところにまでオレを運ぶと、そっと降ろしてから、再び下郎どものところへと平然と戻っていった。
そして再開される番外戦。
剣を手にした男たちが一斉にクロアへと襲いかかるが、連携でもなんでもない。ただ雄叫びを上げて、反射的に武器を振るっているだけの、お粗末な攻撃。そんなモノが金髪少女に当るわけがない。なにせ彼女は、日頃からメーサの操る人形どもと、激しい乱取り稽古を繰り返しているのだから。一糸乱れぬ連携を見せる人形と比べたら、これはまさに烏合の衆である。
最小の動作で剣を躱し、相手の鼻頭をへこませ、蹴りにて膝を打ち砕く、一斉に突き出された槍衾を、その辺にいた人間の体を使って防ぎ、もたついているところを手刀の一閃にてまとめて鎮める。飛んできた矢は空中で掴んで投げ返し射手を仕留め、周囲に味方がいるのにも構わずに魔法を放とうとしていた者には、その辺に転がっている武器の残骸を投擲して倒す。
よほど腹に据えかねたらしい。閃光が駆けるほどに悲鳴があがり、敵の数が減っていく。
クロアが順調に敵をぶっ飛ばしていると新手が現れる。
ただし今度のは味方であった。治安維持部隊の面々である。
総勢三十一名、一人足りないのは昨日の怪我人だろう。
「遠慮はいらん! 馬鹿どもを叩きのめして、英雄どのをお守りするぞ!」
「応さっ!」
隊長の男の号令により、戦士たちが一斉に番外戦に乱入。
クロアだけでも難儀していたところに歴戦の兵どもが参戦、もはや貴族の男の命運は尽きていた。
日頃の鬱憤を晴らすかのように、悪漢どもを殴る蹴るの隊員たち。
どうやら普段から、馬鹿貴族には煮え湯を飲まされていたのだろう。
みな表情が活き活きとしている。
クロアとも気が合うらしく、軽口を叩いては挨拶をする余裕を見せていた。
なんだか楽しそうでいいなー、と眺めていたオレに、すぐ側にいた白い獣が話しかけてきた。ランティスさんといって王家の従魔なんだと。
どうやらかなり知能の高いモンスターらしい。
「なんとも愉快な連中ですね。それに貴方の御主人は素晴らしい、もちろん貴方も。それなりに長く生きてきましたが、スーラがこんなに強いだなんて知りませんでした」
《あー、まぁ、オレはちょっと変わってるから。他の同胞らは、そもそも闘いなんてしないしな。こちらこそクロアが世話になったみたいで感謝する》
「いえいえ、こちらも久しぶりに、思いっきり空を飛べて楽しかったですし。ふふふふ、それにしても熱烈なアプローチでした。いきなり頬をぶたれて『オレのモノになれよ』ですもの。年甲斐もなく、乙女心がときめいてしまいましたわ」
《えっ! うちの子、そんな失礼な真似したの。本当に申し訳ない》
「顎クイで瞳をじっと覗き込まれたときなんて、背中にビビビと何かが走って……」
オレとランティスさんが、そんな話で盛り上がっているうちに、じきにアチラの戦闘も終了する。もちろんクロアたちの完勝であった。
なおオレを寄越せと言った貴族の男は、体中の骨をバキバキにおられて、痛みのあまり口から泡を吹いて地面に伸びていた。
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