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148 破軍編 エメラとメーサの闘い
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突如、謎の爆撃に見舞われた闇オークションハウス「ウリン」。
屋敷内にいた連中が慌てて外へと出てみると、周囲の景色が一変していた。
「壁が……、消えた」
すっかり丸裸にされて、見晴らしが良くなった庭に目を白黒させる男たち。
そんな彼らの方へと近寄ってくる五人の女たちの姿があった。
すぐに迎撃態勢を取ろうとする男たちの背後から声がかかる。
「邪魔だ、どいてろ。お前たちでは無理だ。オレが相手をする」
名乗りを上げたのは獣人の大男であった。首から上には猪の形をした頭がついてある。手には身の丈ほどの戦斧が握られていた。
それを見た女たちの中から、一歩前へと出たのはエメラであった。
「彼のお相手は私がしましょう。ついでにその辺の掃除もしておきますので、みな様は先を急いで下さい」
四人の女たちが頷き、そのまま屋敷へと歩いて行く。
獣人の男の横を通り過ぎても、彼は何もしなかった。すでに目の前の銀の髪の女に集中しており、それ以外は眼中にない。
周囲の男たちは女たちが放つ異様な気配に呑まれて、誰一人として動けず、ただ彼女たちの後姿を黙って見送るだけであった。
凶悪な顔に皺を寄せて、一層険のある表情を見せる男が巨大な斧を振るう。
その度に風が巻き起こり、凶刃が空を切る。それでも男は手を止めない。
一撃、たったの一撃、それも掠るだけでも勝敗が決するのがわかっているのだ。
自分の体力に絶対の自信があるからこその攻め。一見、腕力にものを云わせた強引に見える斧捌きも、基本となる体捌きの上に研鑽されたもので、勢いよく振り回しているわりには、体の軸がいささかもブレることはない。
鎖のついた銀の手斧を左右に持つエメラが攻撃を躱しながら、「ホゥ」と感心するほどには、熟練された武芸であった。
チラリと周囲を見回したエメラが、不意に辺りで傍観していた集団の方へと、身を滑り込ませる。
するとそこに戦斧の嵐が誘導されるかのように、突き進んできた。
逃げ遅れた数人の首や腕が、無情にも刎ね飛ばされる。二人だけの闘いが、一転して周囲を巻き込んでの混戦に替わる。
仲間を巻き込んでいるにもかかわらず、一切手を止めようとしない男も大概だが、平然と周囲を巻き込んでいる女も大概であった。
右往左往する集団の中を、縦横無尽に銀髪が駆ける。逃げようとする者の足を切りつけ動けなくし、後始末を後ろから追いかけてくる戦斧に任せる。
こうして、その場に居合わせた人数が随分と間引きされた頃になって、ようやくエメラは戦斧の男と対峙した。
「まだまだ元気そうで何より。そろそろ決着をつけようと思いますが、よろしいでしょうか」
「くくくっ、随分とふざけた女だ。だが面白い。オレが勝ったらお前の手足を切り落として、慰み者として飼うことにしよう」
男の挑発ともとれるゲスな発言を受けても、女はまるで表情を変えない。
青銅色した瞳が、氷のように冷たく相手を見据えるのみ。
これまでの荒々しさとは一変して、静かに機を伺う獣人。
重い沈黙が二人の間に横たわる。
男の頬を一筋の汗が伝う。
しびれを切らした男が先に動いた。
二度ほど体を横に回転させ、勢いを増した男の巨斧がエメラへと振るわれる。
刃は見事に女の首筋を捉えており、スピードも充分に乗っている。タイミングもドンピシャ、これは躱せない。
しかしそんな攻撃を凌いだのは、一本の細い銀の鎖。
地面へと突き刺した手斧に足をかけ、己の手首に装着した腕輪へと延びている鎖を、ピンと張っただけで、エメラは戦斧の一撃を防いでしまった。
「馬鹿なっ!」
驚愕に目を見開く男。だが次の瞬間には男の猪頭が、そのままの表情にて地面へと転がっていた。攻撃を防いだのと同時に、エメラのもう一方の手から放たれた銀の一閃にて、その命脈を絶たれていたのである。
「腕はともかく性根が腐っていたので、思わず殺ってしまいました。まぁ、いいでしょう。それよりも……」
立ったまま血の噴水と化している男の体を前に、周囲をぐるりと見回すエメラ。
「早く片づけて、クロアさま達に追いつかないといけませんね」
まるで道端に落ちているゴミでも見るような視線を向けてくる銀髪の女。
その視界に入った者たちは、誰もが己の命運を悟らずにはいられなかった。
屋敷の中へと足を踏み入れた四人。
立ち塞がる者を薙ぎ倒し、無人の野を行くが如く進む。
ホールに辿り着いた。
天井が高く、百人は踊れそうな広さがある。
中央には鞭を手にした赤髪の女の姿があった。革の鎧を身にまとい冒険者風ではあったが、その側らには狼に似た姿形のモンスターであるググが控えている。
貴族が戯れで飼っている下位種のガガとは違い、こちらはまるで野性味が損なわれていない。森で数多の獲物を狩り、その血肉を喰らう凶悪さが全身より滲み出ていた。
女がモンスターを従えるテイマーであることは明白。
彼女に対して一歩前に出たのはメーサ。
「ここは私が引き受ける、クロアちゃん達は先へ行って。わざわざこんな風に登場するのって、どう考えても時間稼ぎだろうし。また逃げられたら面倒だから」
メーサに促されるままに先を急ぐ三人。
テイマーの女はそれを黙って見逃した。
「……よかったの? 行かせちゃって」
「私だって貴女たち四人と戦って、どうにか出来るだなんて思っちゃいないわよ。ここのオーナーからは、それなりに給金は頂いているけれど、そこまで無茶するほどじゃないの、人形姫さん」
「あらら、正体バレてたの」
「呆れた……、朝からあれだけ派手に暴れていたら、そりゃあ気づくわよ。耳の早い連中だって、それなりにいるんだから」
「なるほど……それなりに、ねぇ」
会話をしつつもチラっと部屋の隅に目を向けたメーサ。
しかしそこには豪華な装飾が施された壁があるだけであった。
「それじゃあ、貴女に恨みはないけれども始めましょうか。特等席にて私のショーを見せてあげる。お代にはお嬢ちゃんの血肉を貰うけどね」
赤髪の女が手にした鞭にてピシリと床を打つ。
途端に唸りを上げたググが立ち上がる。口から涎を垂らしつつ、メーサをねめつける瞳には明らかな渇望が見て取れた。肉に喰らいつきたい、飢えを満たしたいと雄弁に語る。
メーサの周囲には三体のヌイグルミたちが、鉈を手に身構えていた。
ゆっくりとググが近寄って来る。
意識がそちらに集中するのを見計らったかのように、頭上から殺気が降ってきた。
メーサはなんとか反応して、身を投げ出すかのようにして避ける。
ゴロゴロと床を転がってから、立ち上がった彼女の視線の先には、別のググの姿があった。
どうやら天井に張り付いて、ずっと機を伺っていたようである。
「あなたの子は随分と器用な真似をするのね」
「でしょう? それにしても今のを躱すか……たいした」
お嬢さんだこと。
そう言い切る前に、今度はメーサの背後より攻撃が加えられる。
しかし彼女はこれをも見事に躱してみせた。
新たな個体であった。これで三体目のググが姿を見せたことになる。
会話による誘導をも通じなかったことに、女が「チッ」と舌打ちをした。
その下品な仕草に、メーサがフンと鼻で笑って見せたので、一気に女の機嫌が悪くなる。女が鞭を二度振って床を鳴らしたら、どこに隠れていたのか、新たに三体のググが姿を現した。
「合計六体ものググよ。この子たちの連携の凄さは、お嬢さんでも知ってるでしょう。果たして貴女は、どこまで逃げられるかしらねぇ」
ググというモンスターは狂暴な性質で、一体でも面倒な相手だが、これが群れになった途端に難易度が格段に跳ね上がる。群れで意識を同調することで、一糸乱れぬ動きを見せるからだ。つまり六体が揃えば、十二の目に六つの口、二十四の手足を使った連携攻撃が可能となる。しかもここは室内、障害物もなく身を隠す場所はどこにもない。獲物の身はひたすら牙と爪に晒されることになる。
これには嫌気がさしたのか、ウンザリしたようにメーサが溜息をついた。
「やれやれ、道理で獣臭いと思った。まぁいいでしょう。そっちがその気なら、こっちも数で対抗させてもらうから」
「無駄なことを。そんなちんちくりんのヌイグルミなんて何体だそうとも、ウチの子たちの敵じゃないよ」
「そうかもね。だから今回は特別なのを出してあげる。初公開なんだから、光栄に思いなさい」
メーサがぱちんと指を鳴らす。
すると三体のヌイグルミたちが自分の影の中へと姿を消し、新たに彼女の陰から等身大の人形たちが続々と姿を現す。これまでの愛らしい姿のモノではない。どれもが黒いローブを頭からすっぽりと被り、赤や青などの色とりどりの縦線が入った仮面をつけている。
ズラリと並んだ二十一体もの木偶人形たち。
これこそが人形遣いの師であるフィメール・サファイア直伝の技術に、独自の改良を施したメーサオリジナルの人形たち。素材に使われているのは友人である青いスーラから提供された、伝説級の逸品ばかり。おかげでとんでもなく高性能に仕上がったが、それゆえに制御も難しい。うっかり暴走させると周囲に甚大な被害をもたらす。
一気に数の優位性を覆されたテイマーの女が狼狽する。
「いくら人形を増やしたところで」
虚勢を張るが、明らかに異様な雰囲気にググたちも警戒を強めていた。
だがいつまでも睨み合っているわけにもいかない。
テイマーの女がググたちに命じる。狙うのは唯一つ、メーサの喉笛である。どれだけの数がいようとも、操る者を始末してしまえばいいだけのことだからだ。
二匹ずつが左右からメーサに迫る。残りの二匹は天井へと張り付き、そこをまるで地面の上のように駆けて襲い来る。
三方向からの一斉攻撃。
対する人形たちは、その場を一歩も動かない。ただ両手の指を、ググたちの方へと向けるのみ。
突如としてダダダダダッという、炸裂音が連続して室内に鳴り響く。
まるで分厚い本を、平手で思い切り殴りつけるかのような鈍い音。
十ほども音が続いただろうか。気が付けば六体いたはずのググは、どれも全身を穴だらけにして動かなくなっていた。二百四十発前後の一斉掃射攻撃に晒され、為す術もなくみな息絶えたのである。
人形たちの指先からは、白い煙がゆらゆらと立ち昇っていた。
「なっ、何が起こったのよ!?」
一瞬にして全滅させられたモンスターたち。
その惨状に呆然と立ち尽くすテイマーの女。
そんな彼女のすぐ側には、いつの間にやら近寄ったメーサの姿があった。
可憐な花弁を想わせる手には、先ほど庭先で拾っておいた小石が握られてある。
にこりと笑った少女が言った。
「ねぇ知ってる? これを握り込んで殴ると威力が増すの」
屋敷内にいた連中が慌てて外へと出てみると、周囲の景色が一変していた。
「壁が……、消えた」
すっかり丸裸にされて、見晴らしが良くなった庭に目を白黒させる男たち。
そんな彼らの方へと近寄ってくる五人の女たちの姿があった。
すぐに迎撃態勢を取ろうとする男たちの背後から声がかかる。
「邪魔だ、どいてろ。お前たちでは無理だ。オレが相手をする」
名乗りを上げたのは獣人の大男であった。首から上には猪の形をした頭がついてある。手には身の丈ほどの戦斧が握られていた。
それを見た女たちの中から、一歩前へと出たのはエメラであった。
「彼のお相手は私がしましょう。ついでにその辺の掃除もしておきますので、みな様は先を急いで下さい」
四人の女たちが頷き、そのまま屋敷へと歩いて行く。
獣人の男の横を通り過ぎても、彼は何もしなかった。すでに目の前の銀の髪の女に集中しており、それ以外は眼中にない。
周囲の男たちは女たちが放つ異様な気配に呑まれて、誰一人として動けず、ただ彼女たちの後姿を黙って見送るだけであった。
凶悪な顔に皺を寄せて、一層険のある表情を見せる男が巨大な斧を振るう。
その度に風が巻き起こり、凶刃が空を切る。それでも男は手を止めない。
一撃、たったの一撃、それも掠るだけでも勝敗が決するのがわかっているのだ。
自分の体力に絶対の自信があるからこその攻め。一見、腕力にものを云わせた強引に見える斧捌きも、基本となる体捌きの上に研鑽されたもので、勢いよく振り回しているわりには、体の軸がいささかもブレることはない。
鎖のついた銀の手斧を左右に持つエメラが攻撃を躱しながら、「ホゥ」と感心するほどには、熟練された武芸であった。
チラリと周囲を見回したエメラが、不意に辺りで傍観していた集団の方へと、身を滑り込ませる。
するとそこに戦斧の嵐が誘導されるかのように、突き進んできた。
逃げ遅れた数人の首や腕が、無情にも刎ね飛ばされる。二人だけの闘いが、一転して周囲を巻き込んでの混戦に替わる。
仲間を巻き込んでいるにもかかわらず、一切手を止めようとしない男も大概だが、平然と周囲を巻き込んでいる女も大概であった。
右往左往する集団の中を、縦横無尽に銀髪が駆ける。逃げようとする者の足を切りつけ動けなくし、後始末を後ろから追いかけてくる戦斧に任せる。
こうして、その場に居合わせた人数が随分と間引きされた頃になって、ようやくエメラは戦斧の男と対峙した。
「まだまだ元気そうで何より。そろそろ決着をつけようと思いますが、よろしいでしょうか」
「くくくっ、随分とふざけた女だ。だが面白い。オレが勝ったらお前の手足を切り落として、慰み者として飼うことにしよう」
男の挑発ともとれるゲスな発言を受けても、女はまるで表情を変えない。
青銅色した瞳が、氷のように冷たく相手を見据えるのみ。
これまでの荒々しさとは一変して、静かに機を伺う獣人。
重い沈黙が二人の間に横たわる。
男の頬を一筋の汗が伝う。
しびれを切らした男が先に動いた。
二度ほど体を横に回転させ、勢いを増した男の巨斧がエメラへと振るわれる。
刃は見事に女の首筋を捉えており、スピードも充分に乗っている。タイミングもドンピシャ、これは躱せない。
しかしそんな攻撃を凌いだのは、一本の細い銀の鎖。
地面へと突き刺した手斧に足をかけ、己の手首に装着した腕輪へと延びている鎖を、ピンと張っただけで、エメラは戦斧の一撃を防いでしまった。
「馬鹿なっ!」
驚愕に目を見開く男。だが次の瞬間には男の猪頭が、そのままの表情にて地面へと転がっていた。攻撃を防いだのと同時に、エメラのもう一方の手から放たれた銀の一閃にて、その命脈を絶たれていたのである。
「腕はともかく性根が腐っていたので、思わず殺ってしまいました。まぁ、いいでしょう。それよりも……」
立ったまま血の噴水と化している男の体を前に、周囲をぐるりと見回すエメラ。
「早く片づけて、クロアさま達に追いつかないといけませんね」
まるで道端に落ちているゴミでも見るような視線を向けてくる銀髪の女。
その視界に入った者たちは、誰もが己の命運を悟らずにはいられなかった。
屋敷の中へと足を踏み入れた四人。
立ち塞がる者を薙ぎ倒し、無人の野を行くが如く進む。
ホールに辿り着いた。
天井が高く、百人は踊れそうな広さがある。
中央には鞭を手にした赤髪の女の姿があった。革の鎧を身にまとい冒険者風ではあったが、その側らには狼に似た姿形のモンスターであるググが控えている。
貴族が戯れで飼っている下位種のガガとは違い、こちらはまるで野性味が損なわれていない。森で数多の獲物を狩り、その血肉を喰らう凶悪さが全身より滲み出ていた。
女がモンスターを従えるテイマーであることは明白。
彼女に対して一歩前に出たのはメーサ。
「ここは私が引き受ける、クロアちゃん達は先へ行って。わざわざこんな風に登場するのって、どう考えても時間稼ぎだろうし。また逃げられたら面倒だから」
メーサに促されるままに先を急ぐ三人。
テイマーの女はそれを黙って見逃した。
「……よかったの? 行かせちゃって」
「私だって貴女たち四人と戦って、どうにか出来るだなんて思っちゃいないわよ。ここのオーナーからは、それなりに給金は頂いているけれど、そこまで無茶するほどじゃないの、人形姫さん」
「あらら、正体バレてたの」
「呆れた……、朝からあれだけ派手に暴れていたら、そりゃあ気づくわよ。耳の早い連中だって、それなりにいるんだから」
「なるほど……それなりに、ねぇ」
会話をしつつもチラっと部屋の隅に目を向けたメーサ。
しかしそこには豪華な装飾が施された壁があるだけであった。
「それじゃあ、貴女に恨みはないけれども始めましょうか。特等席にて私のショーを見せてあげる。お代にはお嬢ちゃんの血肉を貰うけどね」
赤髪の女が手にした鞭にてピシリと床を打つ。
途端に唸りを上げたググが立ち上がる。口から涎を垂らしつつ、メーサをねめつける瞳には明らかな渇望が見て取れた。肉に喰らいつきたい、飢えを満たしたいと雄弁に語る。
メーサの周囲には三体のヌイグルミたちが、鉈を手に身構えていた。
ゆっくりとググが近寄って来る。
意識がそちらに集中するのを見計らったかのように、頭上から殺気が降ってきた。
メーサはなんとか反応して、身を投げ出すかのようにして避ける。
ゴロゴロと床を転がってから、立ち上がった彼女の視線の先には、別のググの姿があった。
どうやら天井に張り付いて、ずっと機を伺っていたようである。
「あなたの子は随分と器用な真似をするのね」
「でしょう? それにしても今のを躱すか……たいした」
お嬢さんだこと。
そう言い切る前に、今度はメーサの背後より攻撃が加えられる。
しかし彼女はこれをも見事に躱してみせた。
新たな個体であった。これで三体目のググが姿を見せたことになる。
会話による誘導をも通じなかったことに、女が「チッ」と舌打ちをした。
その下品な仕草に、メーサがフンと鼻で笑って見せたので、一気に女の機嫌が悪くなる。女が鞭を二度振って床を鳴らしたら、どこに隠れていたのか、新たに三体のググが姿を現した。
「合計六体ものググよ。この子たちの連携の凄さは、お嬢さんでも知ってるでしょう。果たして貴女は、どこまで逃げられるかしらねぇ」
ググというモンスターは狂暴な性質で、一体でも面倒な相手だが、これが群れになった途端に難易度が格段に跳ね上がる。群れで意識を同調することで、一糸乱れぬ動きを見せるからだ。つまり六体が揃えば、十二の目に六つの口、二十四の手足を使った連携攻撃が可能となる。しかもここは室内、障害物もなく身を隠す場所はどこにもない。獲物の身はひたすら牙と爪に晒されることになる。
これには嫌気がさしたのか、ウンザリしたようにメーサが溜息をついた。
「やれやれ、道理で獣臭いと思った。まぁいいでしょう。そっちがその気なら、こっちも数で対抗させてもらうから」
「無駄なことを。そんなちんちくりんのヌイグルミなんて何体だそうとも、ウチの子たちの敵じゃないよ」
「そうかもね。だから今回は特別なのを出してあげる。初公開なんだから、光栄に思いなさい」
メーサがぱちんと指を鳴らす。
すると三体のヌイグルミたちが自分の影の中へと姿を消し、新たに彼女の陰から等身大の人形たちが続々と姿を現す。これまでの愛らしい姿のモノではない。どれもが黒いローブを頭からすっぽりと被り、赤や青などの色とりどりの縦線が入った仮面をつけている。
ズラリと並んだ二十一体もの木偶人形たち。
これこそが人形遣いの師であるフィメール・サファイア直伝の技術に、独自の改良を施したメーサオリジナルの人形たち。素材に使われているのは友人である青いスーラから提供された、伝説級の逸品ばかり。おかげでとんでもなく高性能に仕上がったが、それゆえに制御も難しい。うっかり暴走させると周囲に甚大な被害をもたらす。
一気に数の優位性を覆されたテイマーの女が狼狽する。
「いくら人形を増やしたところで」
虚勢を張るが、明らかに異様な雰囲気にググたちも警戒を強めていた。
だがいつまでも睨み合っているわけにもいかない。
テイマーの女がググたちに命じる。狙うのは唯一つ、メーサの喉笛である。どれだけの数がいようとも、操る者を始末してしまえばいいだけのことだからだ。
二匹ずつが左右からメーサに迫る。残りの二匹は天井へと張り付き、そこをまるで地面の上のように駆けて襲い来る。
三方向からの一斉攻撃。
対する人形たちは、その場を一歩も動かない。ただ両手の指を、ググたちの方へと向けるのみ。
突如としてダダダダダッという、炸裂音が連続して室内に鳴り響く。
まるで分厚い本を、平手で思い切り殴りつけるかのような鈍い音。
十ほども音が続いただろうか。気が付けば六体いたはずのググは、どれも全身を穴だらけにして動かなくなっていた。二百四十発前後の一斉掃射攻撃に晒され、為す術もなくみな息絶えたのである。
人形たちの指先からは、白い煙がゆらゆらと立ち昇っていた。
「なっ、何が起こったのよ!?」
一瞬にして全滅させられたモンスターたち。
その惨状に呆然と立ち尽くすテイマーの女。
そんな彼女のすぐ側には、いつの間にやら近寄ったメーサの姿があった。
可憐な花弁を想わせる手には、先ほど庭先で拾っておいた小石が握られてある。
にこりと笑った少女が言った。
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