青のスーラ

月芝

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146 破軍編 人形姫の奥義

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 入口を警備していた巨漢が二人、金棒にて殴り飛ばされて空を飛んだのを皮切りに、王都に数ある盗賊ギルドの一つが、突然の喧騒に包まれた。
 騒動の渦中に巻き込まれた連中がとる行動は、主に二通り。
 面倒事はご免だとその場から逃げ出そうとする面々と、勇敢にも武器を手に取り戦う意思を示した面々。しかし迎える末路はどちらも同じであった。

 金髪の美少女の拳が唸るごとに叫喚が起こる。
 武器や鎧と共に骨身が砕かれ、生きているのか死んでいるのか定かではない者が、量産されていく。
 混乱に乗じてこっそりと抜け出そうとした者の背後には、いつの間にやら不気味な人形たちが迫っており、容赦なく袋叩きにされ無残な姿を晒す。
 小さなメイドが金棒を振り回すだけで鉄の扉はひしゃげ、石壁は崩れ、柱がへし折れ、建物が倒壊への道を直走る。
 悪夢の襲来に現場は恐々となった。
 地下にある最奥の部屋ではギルドマスターが銀の髪をした美女と、青い髪をした美女の二人に挟まれて身動き一つとれない。なにせ左右から手斧と剣の刃をピタリと首に当てられているのだから。

「それで紅玉はいまどこに? 三つ数えるうちに教えて下さい。さもないと首を刎ねます。では三、二……」
「待て待て待て待て待て、言うから、ちゃんと話すから。いくらなんでもカウントが雑過ぎる」

 ザビアの詰問に、慌てて盗賊ギルドのギルドマスターが答えようとする。それを何故だか舌打ちで残念がる女騎士。青い髪の女のこの様子に彼は一層、これは絶対に逆らってはいけない人物だとの認識を深めた。
 クロアたち五人による探索にて、此度の一件に絡んでそうな裏組織の根城を強襲するのは、これで六件目。すでに行動を開始してから、半日以上が過ぎている。
 クロアのダウジングが指し示すのに従ったことにより、効率よく動けてはいる。着実に痕跡を辿っている。おかげで早々に王都に運び込まれた品が、紅玉というところまでは容易に掴めた。問題はそれが次々と人の手を介して移動しているということ。驚くほどいくつもの組織を経由している、まるで痕跡をはぐらかすかのように。用心深いのか、それだけ正体がバレたらまずい人物の下へと、届けようとしているのかはわからないが、そのせいで彼女たちは紅玉の行方に、いま一歩のところで追いつけないでいた。

「すでにここにブツはねぇ。たぶん今頃は闇オークションハウス『ウリン』に運び込まれているハズだ」

 ギルドマスターより情報を仕入れた二人が地上へと戻ると、すでに戦闘は終了していた。
 苦し気な声をあげて転がっている連中を尻目に、クロアとメーサとルーシーの三人が反省会を開いていた。
 より効率よく狩りを進めるために、という物騒なお題で熱心に話し合う乙女たち。
 それを前にして、無駄な悪あがきをしようとする者は皆無であった。

「どうだった?」
「ここも空振りです。思った以上に動きが早いですね。でも有力な情報を得ましたので、次こそは」

 訊ねるクロアにエメラが答える。
 メーサや他のみなも同じ気持ちらしく、頷いて見せた。

「では早速、『ウリン』に向かうとしましょう」

 ザビアの号令によりクロアたちがギルドを後にする。それと入れ違うように近衛隊の隊員たちが押し寄せ、ギルド内にいた連中を次々に捕縛していった。

「それにしても上もちゃっかりしてるわね。王都の危機だっていうのに」

 謎の脅威を排除するかたわらで、ついでに国内の秩序を乱す組織を一挙に減らしてしまおうと画策した上層部。漁夫の利を狙って近衛隊を動かしている。
 次の目的地へと向かう道すがら、その逞しさにメーサも呆れて、思わずそう口にしたのである。

「これぐらい図太くないとやっていけないのでしょう。大きくて古くて身動きが取れない、国の舵取りをしようと思ったら」

 エメラの言葉にザビアも頷く。

「普段は鬱陶しいのですが、こういう時にはかえって頼もしく感じるのが不思議です。本当に普段は鬱陶しいのですが」

 鬱陶しいという言葉をわざわざ二度使うザビア。
 よほど日頃の鬱憤が堪っているのだろう。クロアたちは同情の眼差しを彼女に向けた。



 闇オークションハウス「ウリン」。
 表に出せない品を競売にかけるだけでなく、売り手と買い手を仲介したり、理由あり品をほとぼりが冷めるまで一時的に預かってくれたり、品の補修や改修などを請け負ったりもしている。秘匿性の高い商品を扱うので、警備は厳重を極め、多くの腕の立つ用心棒を雇っている。客層もよく、安心と実績により裏家業に携わる人たちからの信任は厚い。
 場所はこの手の商売にしては珍しく、地下に潜ることなく堂々と居を構えている。
 王都貴族街の、主に中流階級の屋敷が密集している地域にソレはあった。

 オークションハウスの本拠地を囲む高い壁、その付近をちょこまかと動く影がある。
 丸い筒のようなモノを担いで歩く、小さなヌイグルミたち。
 トコトコとある程度の距離を進んでは、壁際の地面に穴を掘り、一本ずつ埋め込んでいく。
 そんな作業を壁沿いに済ませ、ぐるっと一周してきてヌイグルミたちが、門のところに到着。
 意外過ぎる訪問客の登場に、門番らが怪訝な表情を見せていると、ヌイグルミのうちの一体が、綺麗な箱を持って彼らのところに近づいて来る。
 貴族の女性達の中でも、特に人気のある使い魔で、ニャアと鳴く人懐っこいモンスターのキーアを模したヌイグルミ。それがタキシード姿の二本足で歩いて来る。
 奇妙と言えば奇妙な光景なのだが、ツンと爪先立ちにて歩く姿が妙に洗練されており、「ウチに出入している連中より、よっぽど品があるなぁ」と彼らのうちの一人は洩らした。
 キーアのヌイグルミが、うやうやしい態度にて箱を差し出してきたので、思わず受け取る警備の人間。
 ペコリと丁寧に頭を下げるヌイグルミ。
 呆気にとられる彼らを残し、楚々と去っていく。遠ざかっていく姿もまたスマートであった。
 気がつけばヌイグルミたちの姿もすっかり消えていた。
 夢かとも思ったが、手元には確かに綺麗な箱がある。

「とりあえず開けてみるか……」

 その場で一番偉い人間が、箱の蓋を開けた次の瞬間、閃光と爆音に屋敷の周囲が包まれた。
 粉塵が巻き起こり、何も見えなくなる。
 やがて視界が開けてきた時には、どこか威圧的ですらあった壁が、すべて綺麗さっぱり、木っ端微塵に消え去っていた。

「うわー、えぐい。……もしかして人形を自爆させたの?」

 一連の出来事を、少し離れた建物の屋根の上から見学していた五人の乙女たち。
 門番らの末路を見届けて、あんまりな展開に、思わずクロアが声を上げた。

「そんな可哀想な真似するわけないでしょう。爆発したのはあの筒だけよ、クロアちゃん。初めは自爆技も考えたんだけどねぇ。私はあんまりそういうの好きじゃないから。でも攻撃手段として有効なのは確かだし、どうしようかと悩んでいたら、ムーちゃんが教えてくれたの。人形は人形でも腕の一部とか脛の辺りのパーツだけでも操れるのなら、そこを使って魔道具に仕立ててしまえばいいって」

 数多の人形を使役して、遠隔操作できる人形遣いのメーサ。
 人形の体の一部を改造したパーツに危険物を仕込んで、これを遠くから任意に起爆させたのが、闇オークションハウスの外壁をまとめて吹き飛ばした技の正体であった。

「任意で遠隔操作可能……、もしも人形で同様のことをされたら、とても無事では済みそうにありませんね」そう感想を零したのはエメラ。元S級の凄腕冒険者をして、そう言わしめることが、この技の危険性を如実に物語っている。
「しがみつかれてボンとか絶対に嫌です」心底嫌そうな顔をしたのはルーシー。でも彼女は「あのスーツ姿のキーアちゃんは素敵です」とも言っていた。

「あの子は自信作なの。服を着せるのもムーちゃんに教えてもらったんだけどね」

 自慢の人形を誉められてメーサの顔も綻ぶ。

「……なんだか使い方次第で、暗殺やり放題ですね。なんならコレから城に行って馬鹿どもを根絶やしにしませんか?」

 物騒な事を言い出したのはザビア。まだ短い付き合いだが彼女の場合、冗談か本気だかわからないので反応に困る面々。

「さて、随分と見通しも良くなったことですし、そろそろお邪魔するとしましょう」

 エメラが屋根の上から飛び降りたのに続いて、ザビアとクロアも飛び降りる。
 メーサは等身大の自分の人形にお姫様抱っこをしてもらって、ルーシーはその人形の背におぶさって、空中へと躍り出た。
 そして闇オークションハウス「ウリン」にて激闘が幕を開ける。


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