青のスーラ

月芝

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145 破軍編 第二形態

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 いきなり巨体が跳ねた。
 オレは近くにいた部隊の男を触手で掴むと、一目散に退避。
 直後に、さっきまでオレたちがいた辺りに、破軍が降ってきた。
 衝撃音と共に奴の両足が地面にめり込む。
 自重による着地、それだけでグラリと足元が揺れた。

《スリムな見た目のわりに重たそうだな》

 抱えていた男を放り出し、敵を睨みつける。
 顔がのっぺらぼうというのは思いのほか、やり辛い。
 目の動きや呼吸の調子で、それなりに動作のタイミングを計れるものなのだが、奴に関してはまったくわからない。魔力の流れを読もうと視ても、輪郭が滲んでぼやけてしまう。
 助けた男の方を見ると、すでに立ち直っており、他の人たちに指示を出している。
 切り替えが早い……、どうやら彼がこの部隊の隊長だったらしい。さすがはザビアの上司、この分なら放っておいても大丈夫だろう。戦闘が激しくなったら勝手に退避してくれるはず。

《にしても破軍の奴、とんだじゃじゃ馬だ。どうしてこう、オレの周りには活発なお嬢さんばかりが寄って来るのかねぇ》

 ボヤキつつもオレは初っ端から全開で「超振動」技能を発動。
 速攻をしかけ、六本の触手にて打撃を放つ。
 一発目と二発目は手で払われた。
 顔面へと向かった三発目を、首を傾げて躱す巨人。
 四発目の腹部への攻撃は身を捩って避け、残りの二発は握った拳で正面から迎撃された。
 破軍の拳と触手の先端が激突する。
 鈍い衝突音の後に、細かいヒビが奴の拳から腕へといくつも走る。しかしそれだけであった。いうなれば表面の塗装がちょっと剥げた、みたいな程度の軽微な損傷。
 触手から伝わる感触がおかしいことに、オレはすぐに気がつく。
 想定していたよりもずっと威力が出ていない。いくらお嬢さんが頑強とはいえ、コレは低すぎる。
 ふと、ザビアよりもたらされた奴についての情報が脳裏をよぎる。
 易々と家屋や城壁を破壊していたとかなんとか……、膂力が強いともあの女は言っていたが、これってもしかして違うんじゃないのか?
 浮かんだ疑惑を確かめるために、オレは再び攻撃を放つ。
 小細工なしの三連撃、うち二発を先ほどと同じように打ち返される。その際の感触にて、自分の考えが正しいことが判明した。
 だからか……、確かに奴の体は大きく力も強い。だがそれだけでは短時間で村や街を、容易く破壊できるわけがない。街の重要施設や城壁なんて、大抵が魔法を付与されて、強化されているからな。それを為したのにはちゃんとカラクリがあったのだ。

 破軍は「超振動」と似た能力を有している。

 これがオレの出した結論。
 お互いの振動が打ち消しあって威力を殺している。
 なんてこった……、序盤から優位性が丸っと一つ失われてしまった。
 だがしかーし! こちらには、まだ揺るぎない優位性が存在している。
 それはオレのスーラボディ、こちらは頑張れば動き続けることが可能。無限機関に等しい魔力回路をフル回転で、じゃんじゃん魔力の補充も効く。
 対して奴はどうだ。あれだけの巨体を動かし続けるには、かなりのエネルギーが必要じゃないのか。古代文明の遺産だかなんだか知らないが、本当に欠点がないのならば、そもそも滅んでなんかいやしないだろう。
 軽微とはいえダメージは通っている。
 我慢比べの持久戦に持ち込めば、じきにエンストを起こすに違いない。
 オレは触手の数を倍の十二本にする。全ての先端を鉄球型に硬化。「超振動」は継続発動中。打撃のみに特化した接近戦闘を開始する。

 突き出した鉄球を破軍の拳が迎え撃つ。
 隙をついて繰り出した下腹部への攻撃は、肘で防がれた。
 地面すれすれを這うように迫る薙ぎを、わずかに片足を持ち上げて躱す巨人。
 両手を封じられ不安定な態勢になったところで、連打が炸裂。
 胸からヘソの辺りに喰らった攻撃にて、奴の上半身に細かいヒビが入った。
 だが奴も大人しくやられているばかりじゃない。ときにはカウンター気味に放たれた拳がオレの体を掠め、鋭い蹴りに危うく一部をもっていかれそうになった。
 徐々にだがそんな場面が着実に増えていく。
 闘うほどにコイツは強くなっている……、べつに身体能力が向上しているわけじゃない、体の使い方が上手くなっているのだ。
 オレのスーラボディも似たようなものだからわかる。自動車の運転と同じようなもの。同じ車でもドライバーの運転技術によって、明確な差が産まれるだろう。
 こいつは嫌になるぐらい操縦が巧い。ほんの短い時間で、どんどんと技術を吸収しては自分のモノにしている。まるでセンスの塊のような奴だ。
 ちゃんと動けるようになるまでに、膨大な歳月を要したおっさんとは大違い。
 本当に嫌になる……。

 すでに闘い初めて三時間が経過、じきに陽が暮れる。
 治安維持部隊の連中が、遠巻きに戦いの行方を見守っている中、夕陽をバックにした殴り合いが続いていた。
 やがて陽が完全に落ち夜の帳が降りる。
 怪我人を抱えた部隊は、一部の見張りを残し一旦、街へと帰投していった。

 闘いは夜通し続く。
 スーラボディのオレに暗闇は関係ない。それは奴も同じ。
 動きが乱れることもなく、回避行動が鈍ることもない。
 コツコツと打撃を当て、ダメージを蓄積させていく
 確実に破軍の体に刻まれるヒビの数は多くなっている。
 いい感じだと油断したところで、触手の一本を掴まれて強引に引き寄せられた。
 ヤバイと思った次の瞬間には、奴の拳がオレの中にめり込んでいた。
 秒にも満たない、ほんのごく僅かな時間だが、意識がプツンと途切れた。
 すぐに意識は繋がるも、吹き飛ばされたスーラボディが地面を激しく転がっていく。
 だが、ただではやられてやらない。飛ばされる寸前に、奴の足首に触手を巻きつかせてやったので、オレが殴り飛ばされた衝撃に引きずられる形で、奴が盛大に尻もちをついた。

《ついに捉えられたか……。こっから先は泥仕合に突入しそうだな》

 オレは奴の燃料切れを狙い、執拗に攻撃を続ける。
 紅い月だけが、この闘いの行方を見守っていた。



 ついに夜が明けた。
 全身がヒビだらけになった、満身創痍な女マネキンの姿が、朝日の中に映し出される。
 明け方近くになってから、ようやく動きが鈍くなってきた破軍が、とうとう片膝をついた。
 このままイケるか? そう思った矢先に乱入者たちが姿を現す。

 金ぴかな鎧を着た小太りのオッサンが率いる軍勢が、いきなり突撃をかましてきたのだ。
 軍勢といっても二百程度の数、おそらくは今回の事態を受けて出動した、どこぞの貴族の私兵なのだろうが、いきなり現れて弱った獲物を横取りとは、どういう了見か。
 だがオレの存在なんぞお構いなしに突っ込んでくる一団。
 その時、ゾクリと全身が悪寒に包まれる。
 勘なんかじゃない! 明らかに周囲の空気が変わったのだ。
 オレは馬鹿な連中なんぞ無視して、慌ててその場から逃げ出した。
 入れ違いに破軍へと殺到する連中。
 刹那、女の巨人を中心にして闇が発生。周囲にあったすべてを呑み込む。
 間一髪で迫る闇から逃れたオレが振り返ると、そこには黒いドームが出現していた。

《なんだ、あれは?》

 迂闊に攻撃を仕掛けるのも危険なので様子を伺っていると、じきにドームの表面に亀裂が生じ、パキパキと割れていく。
 そして中から姿を現す破軍、その肌の色が黒から灰に変色していた。
 しかもどこにもヒビなんて見当たらない、すっかり綺麗な体になっている。
 その足元には苦悶の表情にて絶命している、兵らの骸が転がっていた。


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