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139 破軍編 流星のザビア再び
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王城よりほど近いところにある、王族所有の大豪邸。
ここは降嫁したファチナとアリオスの逗留のために用意された屋敷。
そこをクロアたちが訪れたのは、結婚式から二週間ほど過ぎてから。
一ヶ月にも及ぶ新婚さんの試練がおり返し地点に差しかかった頃、ようやく時間が取れたというので、冷やかしがてらお邪魔することになったのだが……。
庭園の木陰にて、新婦の膝枕にてひっくり返っている新郎の姿が、オレたちを出迎える。
ラブラブなのは間違いないのだが、少しばかり事情が異なるみたい。
幼い頃より、ダメな母親や弟の代わりに催事に参加し続けていたファチナは、この手の行事はお手の物。対してアリオスは剣一筋の実直な男。連日連夜に渡って繰り広げられる社交界の洗礼を浴びて、すっかり参っていたのである。
つまり目の前の光景は、夫が妻に甘えている図というよりは、へたばった夫が妻に介抱されている図、というのが正しい。
新妻の膝の上で、ウンウンとうなされている夫。
さすがにこれを笑えるほど、クロアもメーサも非情ではない。
「……なんか大変そう」クロアが思わず同情を口にする。
「ふふふ、だってこの人ったら、いちいち真面目に応対しているんだもの。肩の力を抜いて、適当に流せばいいのに」
「剣を取っては天下無双の黒騎士さまも、アレの相手は門外漢だからしょうがないよ」
メーサも寝転がっているアリオスに同情の眼差しを向ける。
海千山千の曲者揃いの社交界、その大変さは彼女も骨身に染みていた。
「アンケル様やお義父様も、何かと助けてくれてるんだけど中々、ね」
まだまだと言いつつも、新郎の頭を撫でるファチナの手つきは優しく、見つめる瞳には慈愛が満ちていた。
オレはアイテム収納より取り出した手土産を渡す。
うちのメイド長のエメラさん厳選茶葉三点と、料理長のお手製パウンドケーキ(卵とミルク多めのもっちりタイプ)の組み合わせ。それから結婚祝いとして、オレから新郎にはダンジョンで手に入れた剣、これは魔力を通すと光を放ち切れ味が増すという魔法剣。新婦には同じくダンジョンで手に入れた、拳骨サイズの青い宝石を贈った。こちらはただの宝石だが、いざという時にでも売っぱらえば、当座の費用ぐらいにはなるだろう。
宝石を受け取ったファチナは、オレを抱きしめて謝辞を述べる。
《ふむふむ。新妻の抱擁か……、なんだか背徳的でちょっとグッとくるな》
そんな邪な事を考えていたら、クロアとメーサにジト目で見られた。
魔法剣を手にした途端に、アリオスはしゃきんと復活した。
土産に持ってきたケーキを頬張って、のほほんとしているオレたちのすぐ側で、夢中になって剣を弄っている。
かえすがえす眺めてはにへらと笑い、振るっては手の中の感触を確かめ、魔力を通しては輝く剣身に大はしゃぎ、薪を相手に試し切りをしては、その切れ味に小躍りしていた。
「……まあ、気持はわからなくもないけどねぇ」
「いやいや、新妻や客人を放っぽって、アレはダメでしょう」
「ふふふ、あれはあれで可愛いものよ。ムーちゃんもありがとうね。おかげで彼もすっかり元気を取り戻したみたい」
オレは気にするなという意味を込めて、触手をふりふり。
すると、よっぽど嬉しかったらしくアリオスからガッツリと抱擁されて、何度も何度もぶちゅぶちゅと熱烈なキスをされた。
《うぎゃぁぁ! やめろ、やめてくれー!》
必死になってスーラボディをよじって逃れようとするも、馬鹿力と反応の良さがオレを逃がさない。
それを見ていたクロアとメーサは笑いを堪えきれずに吹き出す。
ファチナは頬を膨らませて「私にだってそんなに熱い口づけをしないのに」とちょっと拗ねていた。
久しぶりに三姉妹での楽しい時間を過ごしたクロアとメーサとファチナ。
屋敷を辞したオレたちは、待っていたルーシーさんとエメラさんと合流、せっかくだし少し王都をぶらついてから帰ろうということになった。
綺麗どころ四人とスーラ一体の御一行、これで目立つなという方が無理がある。
そしてまるで外灯に吸い寄せられる蛾のごとく、あの女がオレたちの前に現れた。
「皆様お久しぶりです」
賑やかな通りを歩いていたオレたちに、声をかけてきたのは女騎士ザビア・レクトラム、その人だった。
かつて三人の王子たちの毒殺未遂事件に絡んで、王都で暗躍していたオレの前に姿を現した超危険生物。長剣を巧みに操り、間合いに入った相手を、問答無用で斬り刻む戦闘狂い。右目の魔眼で魔力の流れを視認し、敵の動きを読む、それを活かした後の先の達人。
どうしてだか知らないが、その眼でオレのことを見て気に入ったとか言って、いきなり切りつけてきたヤバイ女だ。やんちゃが過ぎて、王都勤務から辺境を巡る治安維持部隊に転属になったと聞いて、安心していたというのに……。
オレだけじゃなく、クロアたちを見る目にも邪な気を感じる。
完全に美味しい獲物を見つけた、とかいう時の肉食獣の瞳だ。
《こいつ……まるで変っちゃいねぇ。むしろ強くなって、性質が悪くなってやがる》
視線から危険を感じたのだろう、クロアたち全員が即座に身構えた。
しかしそこで意外なことが起こる。
ザビアが懐からある書状を取り出して、オレたちに提示したのだ。
その紙には王の印が押されてある。
『この者の要請に速やかに答えよ。これは王命である』
たったコレだけの文言が書かれてあった。
驚くクロアたちにザビアは言った。
「とりあえずここではなんですので、そこのお店に入りましょう。皆様には是非とも、お願いしたいことがあるのです」
そう言われた瞬間にオレの脳裏に、ティプールさんがファチナの結婚式の後に囁いた言葉がよぎる。
ずっと気にはなっていたのだが、さすがにアレだけでは動きようがなかったので、様子を見ていたのだが……、もしかして東から来るヤバイ奴って、コイツのことだったのか?
ここは降嫁したファチナとアリオスの逗留のために用意された屋敷。
そこをクロアたちが訪れたのは、結婚式から二週間ほど過ぎてから。
一ヶ月にも及ぶ新婚さんの試練がおり返し地点に差しかかった頃、ようやく時間が取れたというので、冷やかしがてらお邪魔することになったのだが……。
庭園の木陰にて、新婦の膝枕にてひっくり返っている新郎の姿が、オレたちを出迎える。
ラブラブなのは間違いないのだが、少しばかり事情が異なるみたい。
幼い頃より、ダメな母親や弟の代わりに催事に参加し続けていたファチナは、この手の行事はお手の物。対してアリオスは剣一筋の実直な男。連日連夜に渡って繰り広げられる社交界の洗礼を浴びて、すっかり参っていたのである。
つまり目の前の光景は、夫が妻に甘えている図というよりは、へたばった夫が妻に介抱されている図、というのが正しい。
新妻の膝の上で、ウンウンとうなされている夫。
さすがにこれを笑えるほど、クロアもメーサも非情ではない。
「……なんか大変そう」クロアが思わず同情を口にする。
「ふふふ、だってこの人ったら、いちいち真面目に応対しているんだもの。肩の力を抜いて、適当に流せばいいのに」
「剣を取っては天下無双の黒騎士さまも、アレの相手は門外漢だからしょうがないよ」
メーサも寝転がっているアリオスに同情の眼差しを向ける。
海千山千の曲者揃いの社交界、その大変さは彼女も骨身に染みていた。
「アンケル様やお義父様も、何かと助けてくれてるんだけど中々、ね」
まだまだと言いつつも、新郎の頭を撫でるファチナの手つきは優しく、見つめる瞳には慈愛が満ちていた。
オレはアイテム収納より取り出した手土産を渡す。
うちのメイド長のエメラさん厳選茶葉三点と、料理長のお手製パウンドケーキ(卵とミルク多めのもっちりタイプ)の組み合わせ。それから結婚祝いとして、オレから新郎にはダンジョンで手に入れた剣、これは魔力を通すと光を放ち切れ味が増すという魔法剣。新婦には同じくダンジョンで手に入れた、拳骨サイズの青い宝石を贈った。こちらはただの宝石だが、いざという時にでも売っぱらえば、当座の費用ぐらいにはなるだろう。
宝石を受け取ったファチナは、オレを抱きしめて謝辞を述べる。
《ふむふむ。新妻の抱擁か……、なんだか背徳的でちょっとグッとくるな》
そんな邪な事を考えていたら、クロアとメーサにジト目で見られた。
魔法剣を手にした途端に、アリオスはしゃきんと復活した。
土産に持ってきたケーキを頬張って、のほほんとしているオレたちのすぐ側で、夢中になって剣を弄っている。
かえすがえす眺めてはにへらと笑い、振るっては手の中の感触を確かめ、魔力を通しては輝く剣身に大はしゃぎ、薪を相手に試し切りをしては、その切れ味に小躍りしていた。
「……まあ、気持はわからなくもないけどねぇ」
「いやいや、新妻や客人を放っぽって、アレはダメでしょう」
「ふふふ、あれはあれで可愛いものよ。ムーちゃんもありがとうね。おかげで彼もすっかり元気を取り戻したみたい」
オレは気にするなという意味を込めて、触手をふりふり。
すると、よっぽど嬉しかったらしくアリオスからガッツリと抱擁されて、何度も何度もぶちゅぶちゅと熱烈なキスをされた。
《うぎゃぁぁ! やめろ、やめてくれー!》
必死になってスーラボディをよじって逃れようとするも、馬鹿力と反応の良さがオレを逃がさない。
それを見ていたクロアとメーサは笑いを堪えきれずに吹き出す。
ファチナは頬を膨らませて「私にだってそんなに熱い口づけをしないのに」とちょっと拗ねていた。
久しぶりに三姉妹での楽しい時間を過ごしたクロアとメーサとファチナ。
屋敷を辞したオレたちは、待っていたルーシーさんとエメラさんと合流、せっかくだし少し王都をぶらついてから帰ろうということになった。
綺麗どころ四人とスーラ一体の御一行、これで目立つなという方が無理がある。
そしてまるで外灯に吸い寄せられる蛾のごとく、あの女がオレたちの前に現れた。
「皆様お久しぶりです」
賑やかな通りを歩いていたオレたちに、声をかけてきたのは女騎士ザビア・レクトラム、その人だった。
かつて三人の王子たちの毒殺未遂事件に絡んで、王都で暗躍していたオレの前に姿を現した超危険生物。長剣を巧みに操り、間合いに入った相手を、問答無用で斬り刻む戦闘狂い。右目の魔眼で魔力の流れを視認し、敵の動きを読む、それを活かした後の先の達人。
どうしてだか知らないが、その眼でオレのことを見て気に入ったとか言って、いきなり切りつけてきたヤバイ女だ。やんちゃが過ぎて、王都勤務から辺境を巡る治安維持部隊に転属になったと聞いて、安心していたというのに……。
オレだけじゃなく、クロアたちを見る目にも邪な気を感じる。
完全に美味しい獲物を見つけた、とかいう時の肉食獣の瞳だ。
《こいつ……まるで変っちゃいねぇ。むしろ強くなって、性質が悪くなってやがる》
視線から危険を感じたのだろう、クロアたち全員が即座に身構えた。
しかしそこで意外なことが起こる。
ザビアが懐からある書状を取り出して、オレたちに提示したのだ。
その紙には王の印が押されてある。
『この者の要請に速やかに答えよ。これは王命である』
たったコレだけの文言が書かれてあった。
驚くクロアたちにザビアは言った。
「とりあえずここではなんですので、そこのお店に入りましょう。皆様には是非とも、お願いしたいことがあるのです」
そう言われた瞬間にオレの脳裏に、ティプールさんがファチナの結婚式の後に囁いた言葉がよぎる。
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