青のスーラ

月芝

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137 破軍編 災禍の村

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 その日は空がどんよりとしていました。
 東からの風も少し強くて、砂ぼこりが鬱陶しいです。

「今日は洗濯物を諦めたほうがいいかしら」

 空を見上げながらお母さんがそう言いました。
 その時です。激しい鐘の音が鳴り響きました。村の危険を報せる警鐘です。
 私と妹は母の小脇に担がれて、すぐさま家の地下の貯蔵庫へと運ばれました。
 ここは食料を保存するだけでなく、いざという時の避難場所にもなっているのです。
 そこに畑に出ていたはずのお父さんも、慌てた様子で帰って来ました。
 お母さんが警鐘の理由を訊ねたのですが、お父さんの返事がどうにも要領を得ません。顔を真っ青にして「バケモノが」と繰り返すばかり。その異様な様子にお母さんも黙り込んでしまいました。
 なにやら正体不明の存在が、こちらに近づいているようです。
 私たち一家は地下室の片隅で、じっと息を潜め災禍が過ぎるのを待ちます。
 妹は目を固く閉じて必死に堪えていました。私はそんな妹の体を抱きしめて、ひたすら女神さまに加護を祈りました。
 やがて地鳴りが聞えてきたかと思えば、それがドンドンと大きくなっていきます。
 そこから先のことは正直、よく覚えていません。
 激しい破壊音が続いたかと思えば、地下室にいた私たちの体は、突如強い衝撃を受けて右へ左へと、投げ出されてしまいました。ズンと地下から突き上げられたかのような衝撃の後に、揺れに翻弄され、まるで嵐の中の木の葉のように、為す術もなく転がるばかり。私は必死になって妹の体を抱きしめて、離さないようにしているうちに、いつの間にか気を失っていました。

 ポツポツと頬に当る冷たい何かに驚いて目を覚ましたら、そこには雨雲が広がっていました。
 確か地下にいたはずなのに、どうして……と、そこでハッとします。
 妹やお母さんたちのことを思い出したのです。
 慌てて周囲を見回すと、すぐ側にみな横たわっていました。どうやら気を失っているだけのようで安堵しました。
 見上げた先に天井はなく、空が丸見え、どうやら上にあったはずの家は、どこかにいってしまったようです。梯子も半ばより折れてしまっていました。
 改めて地下室内を見てみると、棚や樽が倒れ、保存していた食料が散乱してグチャグチャです。ただ冬場ではなかったので、備蓄していた量が少なかったのが幸いでした。もしも冬場で地下が満載の状態だったら、きっと私たちの体は、押しつぶされていたことでしょう。

 じきに村の自警団の人たちがやってきて、地下に取り残されていた私たちを助け出してくれました。
 地上へと出た私たち一家は、その光景に呆然とします。
 村を囲っていた壁には大穴が開いており、村の大部分の家屋が倒壊してしまっています。いえ、正確に言うと、まるで無造作に薙ぎ払われたかのように、破壊され尽くしていたのです。あちこちに屋根や柱の残骸が飛び散って、地面は穴ぼこだらけ、通りや広場も荒れ放題でした。鐘楼も倒されており、そこにぶら下がっていた鐘は、何故かぺちゃんこに潰れていました。

 村では怪我人こそは出たものの、死者はありませんでした。
 私たちの村をこんなにした相手の正体はわかりません。
 目撃した門番の方らの話によると、東の方から砂嵐の塊みたいなのがやって来た、と言っていましたが……。
 警備にあたっていた門番の一人が、咄嗟の判断で鐘を鳴らしてくれなかったらと思うとゾッとします。


 村が災厄に見舞われてから二日が経ちました。
 大人たちが集まって、壊滅状態の村をどうしたものかと協議していると、村に武装した集団が現れます。
 王都より辺境に派遣されている治安維持部隊の人たちです。
 みな精悍な顔つきをしており、騎士というよりは、歴戦の猛者といった感じです。
 男の子たちはカッコいいと騒いでいましたが、私としてはちょっと怖いかも。
 でもそんな集団の中に、一人だけ綺麗な女性が混じっていたのには驚きました。
 青い髪を腰まで伸ばした方で、長い剣を持っていました。男の人が持っている剣よりも少し幅が狭いのですが、ずんと長いのです。どうやって鞘から抜くのか想像もつきません。すらりとして背も高く、なんだかとっても凛々しい人で、同性なのに眺めているだけでコチラがぽーっとなってしまいました。
 部隊の隊長さんの話では、同様の被害がすでに何件も出ているんだとか。
「間に合わずに申し訳ない」とエライ人に頭を下げられ、村長さんなんか、かえって恐縮しきりであったという。

 女騎士さまが部隊の方々をよそに、一人で村の中を散策しては、なにやら熱心に調べているご様子。
 気になった私がちょろちょろと後をつけていると、向こうから声をかけられてしまった。
 てっきり怒られるかと思っていたのに、その声はとても優し気であった。
 家族の安否などを尋ねられて無事だと答えると、それは良かったと言ってくれた。
 しばらく他愛のない会話を続けていると、不意に女騎士さまが地面を指さし私に訊ねる。

「コレって、まるで足跡みたいに見えない?」

 言われるままに地面にある穴を見てみると、確かにそう見えなくもない。村中の至るところに似たような穴が開いているので、気にもとめていなかったが、でも足跡だとすると間隔や形状がまるで……。

「まるで二本足の人間みたいよね。それも窪みの深さからして、かなりの重量の巨人、もしくはそれに近しい形状のモノ」

 女騎士さまの言葉を聞いて、私は思わずゴクリと喉を鳴らしました。
 もしもそんなモノが暴れていたんだとしたら、むしろ村人にたいした被害が出ていないのが、奇跡以外のなにものでもないのでしょうから。
 私は女神様の加護にいたく感謝しました。

「ところで、ここには何があったのかしら?」

 密かに心の中で女神様に感謝を述べていた私は、女騎士様の声で慌てて現実に戻ります。

「えーと、そこはたぶんトムスさんの宿屋ですね。村で唯一の宿で昼間は食堂も開いていたんですけど……」

 安くてボリュームがあって味も良くて、村のみんなから愛されていた宿屋。
 あの日、たまたま畑に材料を採りに行っていたので、トムス夫妻は難を逃れたとのことでしたが、それにしても酷い有様です。見る影もありません。建物は原型を留めておらず、地下室までほじくり返されたかのようになっていました……って、アレっ?

「おや、気づかれましたか。そうなんですよね。ここだけ他と違って、やたらと入念に壊されているんですよ。しかも他の被災地でも同様なパターンが見られます。これって果たして偶然でしょうか。私としてはそこに意味があると思われるのですが」
「宿屋が襲われる理由ですか?」
「そうです。例えば宿の泊り客に用がある。もしくは泊まった人間が何かを持っている、とかですかね」

 そう言った女騎士さま、どうやら自分の考えにある程度の確信を持っているようです。彼女の言葉を聞いた今となっては、私もそのように思えてなりません。
 だとすると、私たちはその泊まり客のせいで、酷い目に会ったことになるのではないでしょうか。なんだかとっても悔しくて腹立たしいです。悲しくて涙が滲んでくるのをどうしても我慢できません。
 肩を震わしている私の肩に、女騎士さまがポンと手を置きました。

「こんな事態を引き起こした奴にも、貴女の村をこんな風にした奴にも、私たちがきちんと責任を取らせてあげるから。だから貴女も負けちゃダメよ」

 彼女の言葉を受けて私は涙をぬぐい、ぐっと耐えます。
 もちろん負けませんとも。田舎者の根性を舐めてもらっては困ります。村のみんなだってそうです。一度や二度、ズタボロにされたぐらいでは、また立ち上がります。だってそうでなくては、辺境では生きていけませんから。

「ザビア副長、会議を開くので戻ってください」

 部隊の方が呼びに来たので、女騎士さまは行ってしまわれました。
 私もお母さんや妹が避難しているところに戻ります。
 やることは沢山あります。
 いつまでもぼんやりと惚けている暇なんてありませんから。
 まずは女性陣を煽動して、いつまでもグダグダと無駄な会合を重ねているだけの男たちの尻を蹴っ飛ばしてもらわないと。


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