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132 学園編 エリクサー
しおりを挟むダンジョン六十一階層、某所にて。
真っ直ぐ伸びた廊下の突き当りの石室。ダンスパーティーが開けるほどの広さがある。
しかしこの部屋にうっかり足を踏み入れたが最期、仕掛けが作動して閉じ込められてしまう。そして続々と沸いてくるモンスターたち。
モンスターボックスと云われる凶悪な罠がある場所、そこに今オレは来ている。
目的はここで罠を撃破した際に現れるという、貴重なアイテム。
発端はダンジョンの主であるティプールさんとの会話。
「せっかくここまで来てくれたのに、ごめんなさい。差し上げられるご褒美が何もないの。私を倒せれば何かが手に入ると思うんだけど……、どうする?」
もちろん、オレの答えは否。
すでに彼女は茶飲み友達。そんな相手と戦うだなんて、オレには出来ない!
……すまない、見栄を張った。本当は黒いドラゴンの化身である彼女となんて、絶対に戦いたくない、めっちゃ怖い、想像するだけでぷるるんボディの震えが止まらない。それに彼女が、ほんのちょびっとでも本気になったらダンジョンどころか、その上にある王都まで消滅しちゃう。
そんなわけで彼女からの申し出を丁重にお断りしたところ、教えてもらえたのが有益な情報。それがモンスターボックスにて、凄い効果のあるポーションが手に入るというモノ。ただし確率が滅茶苦茶低い。そのくせ敵はわらわら湧いて出る。素材は沢山手に入るが、閉鎖空間での数との戦いを強いられるので大変かも、と言うティプールさんに「とりあえず試してみます」と答えたオレは早速足を運んだ次第。
とはいえ馬鹿正直に攻略なんてしていたら、時間がかかってしょうがない。
そこでちょっと悪辣な裏技を用いる。
まず分体を沢山作成して、部屋の中の隙間という隙間をすべて塞ぐ。
しっかり目張りが完了したところで、本体が部屋に突入。
入り口がガタンと閉まり、敵が湧いてきたところで、部屋中の空気を一気に吸引。
自分のアイテム収納内に一時的に蓄える。
急激に酸素濃度が落ちた結果、死んだり動きが鈍ったモンスターたちに、サクッと止めを差す。出現した宝箱からアイテムを頂戴し、転がっている屍は解体作業が面倒なので、丸ごとアイテム収納へ放り込んでおく。
そして一旦、部屋の外へと出てから、また同じ工程を繰り返す。ただし今度は吸引した酸素を一気に吐き出して、酸素濃度を上げてから、弱った連中に止めをさす。あとは回収作業に精を出し、また冒頭へと戻る。これを目的を達するまでひたすら繰り返す。
えっ、無闇な狩りはしないんじゃなかったのかって? いやいや、これにはちゃんと目的があるからね。必要ならばオレは躊躇わないよ。なんとしても、ここに出現するというアイテムが欲しいからな。
ティプールさんからの情報によれば、そのアイテムはエリクサーという名前の飲み薬。
とんでもない回復力を持つ秘薬で、死人すらも生き返らせることが出来るらしいとのこと。
さすがのオレでも、死んだ命を蘇らせるような薬までは作り出せていない。精々が死んだ体を動かせるだけだ。だからもしもこの薬を手に入れ、その成分を分析することが出来れば、オレ様印のポーションは格段の進歩を遂げることになる。
そんなわけでひたすら反復作業に従事。
一回の罠で発生する敵の数は三十ほど。
おかげであっという間に、アイテム収納内に屍の山が築かれる。油虫の類は細かく刻んで畑に撒くといい肥料になるので、持ち帰るようにティプールさんに頼まれている。
淡々と狩り続ける。
しかし目的の品は出てこない。
ここは無限沸きなので、作業が滞る心配はないのだが、延々と続く殺戮劇は精神を摩耗させる。ぶっちゃけ百回目を超えた辺りで、飽きてきた。
しかし諦めずに黙々と続ける。
どうしてオレがここまでして、エリクサーを求めているのかというと、何も自分のためばかりじゃない。それはアンケル爺のためだ。
まだまだ元気なアンケルの爺さん、だが彼もそれなりの歳だ。若い頃からの無茶が祟って、ポックリなんてことにもなりかねない。それに敵も少なからずいるみたいだし。
せめてクロアが婿を取るぐらいまでは、踏ん張ってもらわないとこっちが困る。
いま倒れられたら家がヤバいし、家人一同が路頭に迷う。王国内外の経済が混乱に陥る。たぶん王様が死んでも国政は回るだろうが、爺が死んだら、その影響がどこまで及ぶか想像もつかないというのが、オレの見解。
なによりクロアがきっと悲しむからな。
だからこれは必要な事、例え数多の命を犠牲にしようとも、オレは大切な命を優先するよ。なにせおっさんは我儘だからな。
丸一日粘り、回数が三百を超えたところで、ようやく目的の品を手に入れた。
宝箱から出現したのは綺麗な赤い小瓶。小瓶を天井の明かりに透かして見れば、中にはトロリとした液体が入っている。おそらくこれがエリクサーだろう。
とりあえずティプールさんに頼まれた油虫の死骸も、大量に手に入ったことだし、オレは彼女の待つ最深部に戻ることにした。
「ありがとう、助かるわ。アレって、いつも移動しているから、いざ探すとなると大変なのよねぇ」
集めてきた大量の油虫の死骸を受け取って、ホクホク顔のティプールさん。喜んでもらえたようでなにより。
《ところでコレなんですが……》
モンスターボックスにて手に入れた赤い小瓶を見せる。
彼女は手に取って、しげしげと眺めてから「うん。間違いないみたい」と太鼓判を押してくれたのだが、すぐに申し訳なさそうな顔をする。
理由を訊ねたところ、どうやらエリクサーで間違いないのだが、事前の情報とは違って効果が随分と異なるらしい。
ドラゴンの瞳による鑑定眼によれば、まず死んだ命は戻らない。
そもそも死者蘇生なんて芸当は、ドラゴンでも無理なので彼女自身もちょっと怪しいとは思っていた。なのにそんないい加減な情報を与えて、ヘンに期待を持たせてしまい、本当に申し訳なかったと頭を下げられてしまった。
ただしエリクサーが怪我やら病気にはすこぶる高い効能を発揮する、万能の治療薬であるのは間違いない。
細胞を活性化する働きがあるので、飲んだ人は若返って元気になる、もしくは延命が可能。
ティプールさんによれば「十五年位は寿命が延びるんじゃないかな」という話。それだけでも立派な秘薬と言えよう。
ならばコレを飲み続ければ、不老不死に近い状態が維持出来るのでは? というオレの浅ましい思いつきは、彼女に即座に否定されてしまった。どうやら投薬された細胞の方が耐えられなくて、自壊してしまうらしい。だから一回きりの利用とならざるを得ない。
《なかなか都合よくはいかないものですね》
「そうですね。私たちドラゴンだって特別長生きというだけで、不老不死ではありませんから。神竜さまなんて、ちょっとボケが入っていますし」
《……大丈夫なんですか? もの凄く不安になるんですけど》
最古にして最強の竜がボケて大暴れして、世界が壊滅とか洒落にならんぞ。
思わずそんな心配が口から漏れる。
「あー、それはたぶん大丈夫かと。なにせ穏やかな気性の方ですから。年がら年中、北の大地の向こうの山の上で、ウトウトされているので」
そう言ってケラケラと笑うティプールさん。
オレとしてはちっとも安心出来ないのだが……。
そんな風に二人して、しばらく世間話に興じていたら不意に連絡が入る。
クロアの下にて留守番をさせていた、本体そっくりさんな分体からだ。
『すぐカエレ。じじいヤバイ』
その報を受けたオレは、ティプールさんに謝辞を述べ、帰路を急いだ。
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