青のスーラ

月芝

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125 災厄の魔女編 暗躍

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 瞼を開くと、項垂れている王女様の姿がすぐに目に入った。
 ソレはもうただの屍に過ぎない。
 彼女の中身はすでに私の一部となっているのだから。

 周囲をゆっくりと見回す。
 すでに魔法陣から発せられた光は消えている。
 しばらくすると室内がザワついて、神官姿の男たちが慌てて駆け寄ってきた。
 お姫さまの容態を見ていた男が首を振り、周囲がどよめく。
 それもそうだろう……、なにせ沢山の子供たちを喰わせて、育ててきた大事な大事な実験体が死んじゃったんだもの。
 ウロウロしているうちの一人に、私は声をかける。

「私を自由にしなさい」

 てっきり死んでいるモノと思い込んでいたその男は、ビクリとするも、目が合った途端に、すぐに私の言う通りに拘束を解く。
 これが王女様に教えてもらった私本来が持つ能力「魔眼」のチカラ。
 元来はあまりにも微弱で、発動すらもしていなかった。それが彼女たちと一つとなることで目覚めたというわけ。
 目が合った相手を意のままに操る、とはいえそんなに使い勝手のいいモノでもない。せいぜいが、ちょっとした用事を頼むぐらいの影響力しか及ぼせない。支配できる時間も短い。
 より深く影響を及ぼすには、いくつもの条件が枷となる。
 対象の心が弱っていたり、欲深くて浅慮だったり、何度も定期的に魔眼をじっくり行使したりと、とにかく面倒なのだ。
 しかも愚者にはよく効いて、優れた人物にはまるで通用しない。
 欲しい人材は活用出来なくて、いらないモノばかりが手元に残る。馬鹿どもを躍らせる分には役立つかもしれないが、なんとも悩ましい能力であろう。
 この度の融合により、王女様が持っていた「吸収」の能力は失われてしまった。
 代わりに発現した第三の能力を私は披露する。

 左手に魔力を集中する。
 すると手の平に闇が集まって渦となり、中心から一冊の本が姿を現した。
 それを掲げながら、私は高らかに宣言する。

「我は女神の使徒。汝らが捧げし千八百六十四の無垢なる魂を受けて、ここに神の御業を授けん。これなるは予言の書。この国を栄光へと導くモノなり」

 女神云々は嘘っぱちだ。あんなクソ女のことなんぞ知ったことか。だがその看板には説得力があるので利用させてもらう。
 突然の事態に驚いていた一同が、私の声に反応して、みながみなこちらに注視する。
 すかさず魔眼のチカラを発動。
 たまたま目が合った者が一人、二人と跪いたのを皮切りに、その場に居合わせた全員が床にひれ伏すまで、さほどの時間はかからなかった。
 この場の責任者らしき髭の老人なんかは涙まで流して、私と予言の書を拝んでいる。

 そう。いま私の手にある本こそが、王女様やエミリたちと一つになることで顕現した、神のチカラの一端「予言の書」。
 文字通り世界の未来を垣間見させてくれる本。ただし私にしかその内容は読めないし、浮かんだ文字を見ることも適わない。
 私は魔眼と予言の書を使って世界を導く。
 彼女たちとの約束を果たすために。

 人々の愚かな行いを止めさせなきゃ……、だって王女様がそう願っていたんだもの。
 こんな世界はとっととぶっ潰さなきゃ……、だってエミリがそう言っていたんだもの。
 どうして自分がこんな目に、嫌だ、痛い、苦しい、悔しい、憎い、助けてって、私の中のみんなが叫んでいるんだもの。

 だから私は頑張るよ。
 全部、全部、ぜーんぶ、ぶっ壊して、真の楽園を作るんだから。

 ルインという名の女の子は、ひれ伏す大人どもを眺めながらにへらと笑った。

 この日、世界に奇跡が起きた。
 遥かなる神の高みから、そのチカラの欠片の一つが地上に零れ落ちる。
 それは間違いなく神の御業。
 ただしそれが必ずしも、人類の幸福へと繋がるかどうかはわからない。
 チカラに善悪の感情はない。正しいも過ちもない。そこにはいかなる倫理も存在しない。
 チカラはチカラでしかないのだから。



 予言の書を持つ少女の出現により、国は目まぐるしく変化していく。
 最初は疑いの目を向けていた上層部も、彼女の助言によって鉱山が発見されたり、天候不順により食糧の高騰を予見されたり、一歩間違えば戦争へと繋がりかねない、他国との問題を回避されていくうちに、すっかりルインの言葉と予言の書の存在を信じ込んでいく。
「国の発展に繋がるのだから」と言われるままに、各種公共事業に着手。
 運河の建設、王都をぐるりと取り囲む城壁とお堀の改修、森林伐採による農地開発と支援、などなど。ばら撒かれる公金、おかげで国内はかつてないほどの、好景気に沸きに沸いた。
 ルインの情報は秘匿されていたので民は何も知らない。だからこの栄華をもたらしたのは王だと信じ、彼を褒めそやす。それに加えて諸外国からも賢王なんぞと呼ばれて、こうなると彼も満更ではない心持ちになってその気になっていく。
 影でほくそ笑んでいる少女の存在なんて知りもしないで……。



 王城地下に設けられた牢屋に男が投獄されていた。
 優れた人物で特に建築関係には造詣が深く一家言を持つ。しかし御前会議の席にて王の掲げた政策に、強固に反対意見を述べたがゆえに、彼の不興を買って牢へと入れられてしまった。
 そこに一人の少女が訪れる。ルインである。
 近頃、城内で目にすることが多い彼女の来訪に、男は怪訝そうな表情を浮かべる。

「貴女が私に何用ですか? 私に関わると君にまで不要な嫌疑がかかるかもしれない。早く去りなさい」

 こんな状況にも関わらず自分の身ではなく、目の前の少女の身を案じる男の態度に、ルインは感心する。
 この男は彼女が王に提言した運河工事について、真向から異を唱えた。放っておいたら計画の邪魔になりそうだったので、早々に始末をするつもりであったが、彼女は考えを改める。

「貴方を助けます。だから身内を連れて早くこの国を去りなさい。貴方の能力だったら、どこの国でも、きっと喜んで迎え入れてくれるでしょう」
「……貴女にそんなチカラがあるのですか?」
「ええ、なにせ現在の国の繁栄は、すべて私のおかげだから」

 年端もいかない少女の言葉に絶句する男。とても信じられるような内容ではない。しかしそれが嘘ではなく真実であることを、男は直観で理解した。目の前に立つ少女は、明らかに自分とは異なる次元に立つ存在であると、本能が告げている。
 薄闇の中に淡い光を放つ彼女の瞳から目が逸らせない。
 今回の工事についても、きっと何か自分が伺い知れない事情があるのだろう。
 気づけば思わず膝まづいて、祈りを捧げるような格好をとっていた。

「あまり猶予はないわよ。出来るだけ急ぐことね」

 それだけを言い残し少女は去って行った。
 そして彼女の言った通りに、男はすぐ後に牢から解き放たれる。
 彼はルインの言葉に従い、数日の後には家族を連れて国を出た。
 報告を受けた彼女は呟く。

「本当は、ああいう人ほど欲しいのだけど……、まぁ、いいでしょう」

 豪奢な部屋で一人きりのルインが預言の書のページをめくると、そこにあの男を示す文字が浮かびあがった。添えられた言葉を読んで思わずほくそ笑む。

「ほんの気まぐれで助けたのに、まさかこんな事になるなんてね」

 予言の書に出現した文言。

『国を去りし男、優れた建築家、堅固なる砦、戦』

 他国へと渡ったあの男が、依頼されて建造した堅固な砦を巡って、多くの血が流されることを示唆する内容であった。
 生憎とこの予言の書は、詳細な内容を教えてはくれない。
 関わる人物をほのめかす称号や、符号のような単語に、簡単な文が並ぶばかり。そこから未来を読み解く必要がある。
 鉱山を見つけるときなどは、地形などが提示されるので、国内ならば地図と睨めっこしてから専門家を現地にやって、掘ればいいだけなので簡単なのだが、あまり遠くの出来事であったり、自分の知識にない事象が絡むと、途端に難解になる。そのせいで勉強が大変だ。おかげですっかり本の虫となっている。
 予言の書も魔眼同様に使い勝手がいいとはとてもいえない。所詮は疑似的に手に入れた神のチカラの欠片ということなのだろう。
 でも助けた男もこの予言の書も同じ、ようは使い方次第で、未来はどうとでも転がる。
 とりあえずこの国の行く末はすでに決まっている。
 その日が来るまで、愚者どもは、せいぜい浮かれて踊るがいいわ。


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