124 / 226
123 災厄の魔女編 エミリ
しおりを挟む
「わたしエミリ、あなたは?」
クリクリとした茶色い目をした女の子が、部屋の片隅でぼんやりしていた私に話しかけてきた。見覚えのない顔だと思っていたら、今日来たばかりだと本人が言った。
小さい外見とは裏腹にハキハキと喋る。
やたらと話しかけてくるが、私は適当に受け流す。だって仲良くしたところでしょうがないでしょう。どうせじきにいなくなるんだから。
だというのにやたらと絡んでくる。面倒だからと放っておいたら、適当に玩具を持ってきては、私の周囲で遊びだす。夢中になっている隙に、そぉーと気づかれないように移動したら、そっちにまでチョコチョコとついて来る。
なんなんだ? この生き物は。
たぶん同じ歳ぐらいのはずだが、とにかく口がよく回る。コロコロと笑っては、どうでもいいことを楽しそうに話す。きっと見知らぬところに連れて来られた不安からきているのだろうが、とにかくつき合わされる方はたまらない。女はかしましいと言うらしいが、その意味を私は初めて知った。ついに根負けした私は名乗るはめに。
「私はルイン。……ようこそ楽園へ」
精一杯の皮肉を込めたつもりだったのに、「へー、ここって楽園っていうの」と真顔で返されてしまった。
ベラベラと、とりとめのない事ばかり話すエミリ。
話の端々から察するに、農家の末娘が不作続きで、ちょうど買い付けに来た奴隷商に売られたというところか。
私にやたらとまとわりついているのは、なんとなく姉に雰囲気が似ているからなんだと。
なにそれ? 知らねーよ。
しかもエミリのお姉さんって、十六歳って話じゃない。こちとらまだ六歳ぐらいだっていうのに、さすがにそれはないんじゃないの。いくら大人びてるとか言われても、素直に喜べない。ピチピチの幼児をつかまえて、ババアと一緒にされてはたまらないわ。
エミリはそれから、来る日も来る日も、ことあるごとに私について回った。
本当に嫌だったのに。何度言っても離れてくれない。
結構、直接的な拒絶の言葉を使ったつもりなのに、まるで通用しない。
「まぁまぁ、そんなにハズかしがらなくてもいいじゃない」
異様に打たれ強い。へこたれない。
……農民の根性を舐めていたわ。街育ちでは到底太刀打ち出来ない。
ゲンナリした私は無益な争いを放棄した。ムキなって逃げ回る労力が惜しくなったからである。断じて負けたわけではない。なのにどこかドヤ顔のエミリが無性に腹立たしい。そのうち絶対に泣かす。
私が施設に来てから半年が過ぎた。エミリが来てからは三ヶ月ぐらい。
三分の二ぐらいの子供たちが入れ替わっている。選ばれる基準は不明。私の番はまだ来ない。おかげですっかり古株扱いだ。
この頃、少し人の出入りが鈍い。一度にいなくなる子の数が三人を超えることもなく、消える数に比べて、増える数が明らかに減っている。
これはあまり歓迎すべき事態じゃない。
「どうして? それだけ長く、みんなと一緒にいられるってことでしょう」
すでにこの施設の異様さを充分に知っているはずの彼女が、そんなことを言い出したので、私は呆れたように溜息をついてやった。
「流れの止まった水は途端に濁るの。ほら、アレを見てみなさい」
そう言って私が指さした方では、男の子同士のグループがいざこざを起こしていた。
理由はわからないが、くだらない事が原因だろう。
楽園に長く留まるということは、それだけ人間関係が濃くなることを意味している。自然とグループや派閥が生まれ、やがてあのような状態に陥る。
ここが一見すると、上手く機能しているように見えたのは、絶えず入れ替わることで人と人との繋がりが希薄だったからだ。それが今や滞っている。これはあまりいい状況とは言えない。じきに無用な騒ぎが起こらねばいいのだけれど。私としては、ただ心穏やかに最期を迎えたいというのに。
そのようなことを説明してやったら、エミリに頭を撫でられて誉められた。
「ルインはかしこいなー。エライエライ」
何故だろう。ものすごくバカにされているような気がする。
でも不思議とその小さな手で撫でられるのは、嫌じゃなかった。
そういえば誰かに頭を撫でられたのなんて、初めての経験かもしれない。
こんなやりとりがあった十日後、エミリの姿が施設より消えた。
なんてことはない。いつもの事だ……、だというのに、胸の奥が苦しくて仕方がない。
だから嫌だったのに。
最初から最後まで私の心をかき回してくれる。
本当にしようのない子だ。
その日、私は生まれて初めて、誰かのために涙を流した。
クリクリとした茶色い目をした女の子が、部屋の片隅でぼんやりしていた私に話しかけてきた。見覚えのない顔だと思っていたら、今日来たばかりだと本人が言った。
小さい外見とは裏腹にハキハキと喋る。
やたらと話しかけてくるが、私は適当に受け流す。だって仲良くしたところでしょうがないでしょう。どうせじきにいなくなるんだから。
だというのにやたらと絡んでくる。面倒だからと放っておいたら、適当に玩具を持ってきては、私の周囲で遊びだす。夢中になっている隙に、そぉーと気づかれないように移動したら、そっちにまでチョコチョコとついて来る。
なんなんだ? この生き物は。
たぶん同じ歳ぐらいのはずだが、とにかく口がよく回る。コロコロと笑っては、どうでもいいことを楽しそうに話す。きっと見知らぬところに連れて来られた不安からきているのだろうが、とにかくつき合わされる方はたまらない。女はかしましいと言うらしいが、その意味を私は初めて知った。ついに根負けした私は名乗るはめに。
「私はルイン。……ようこそ楽園へ」
精一杯の皮肉を込めたつもりだったのに、「へー、ここって楽園っていうの」と真顔で返されてしまった。
ベラベラと、とりとめのない事ばかり話すエミリ。
話の端々から察するに、農家の末娘が不作続きで、ちょうど買い付けに来た奴隷商に売られたというところか。
私にやたらとまとわりついているのは、なんとなく姉に雰囲気が似ているからなんだと。
なにそれ? 知らねーよ。
しかもエミリのお姉さんって、十六歳って話じゃない。こちとらまだ六歳ぐらいだっていうのに、さすがにそれはないんじゃないの。いくら大人びてるとか言われても、素直に喜べない。ピチピチの幼児をつかまえて、ババアと一緒にされてはたまらないわ。
エミリはそれから、来る日も来る日も、ことあるごとに私について回った。
本当に嫌だったのに。何度言っても離れてくれない。
結構、直接的な拒絶の言葉を使ったつもりなのに、まるで通用しない。
「まぁまぁ、そんなにハズかしがらなくてもいいじゃない」
異様に打たれ強い。へこたれない。
……農民の根性を舐めていたわ。街育ちでは到底太刀打ち出来ない。
ゲンナリした私は無益な争いを放棄した。ムキなって逃げ回る労力が惜しくなったからである。断じて負けたわけではない。なのにどこかドヤ顔のエミリが無性に腹立たしい。そのうち絶対に泣かす。
私が施設に来てから半年が過ぎた。エミリが来てからは三ヶ月ぐらい。
三分の二ぐらいの子供たちが入れ替わっている。選ばれる基準は不明。私の番はまだ来ない。おかげですっかり古株扱いだ。
この頃、少し人の出入りが鈍い。一度にいなくなる子の数が三人を超えることもなく、消える数に比べて、増える数が明らかに減っている。
これはあまり歓迎すべき事態じゃない。
「どうして? それだけ長く、みんなと一緒にいられるってことでしょう」
すでにこの施設の異様さを充分に知っているはずの彼女が、そんなことを言い出したので、私は呆れたように溜息をついてやった。
「流れの止まった水は途端に濁るの。ほら、アレを見てみなさい」
そう言って私が指さした方では、男の子同士のグループがいざこざを起こしていた。
理由はわからないが、くだらない事が原因だろう。
楽園に長く留まるということは、それだけ人間関係が濃くなることを意味している。自然とグループや派閥が生まれ、やがてあのような状態に陥る。
ここが一見すると、上手く機能しているように見えたのは、絶えず入れ替わることで人と人との繋がりが希薄だったからだ。それが今や滞っている。これはあまりいい状況とは言えない。じきに無用な騒ぎが起こらねばいいのだけれど。私としては、ただ心穏やかに最期を迎えたいというのに。
そのようなことを説明してやったら、エミリに頭を撫でられて誉められた。
「ルインはかしこいなー。エライエライ」
何故だろう。ものすごくバカにされているような気がする。
でも不思議とその小さな手で撫でられるのは、嫌じゃなかった。
そういえば誰かに頭を撫でられたのなんて、初めての経験かもしれない。
こんなやりとりがあった十日後、エミリの姿が施設より消えた。
なんてことはない。いつもの事だ……、だというのに、胸の奥が苦しくて仕方がない。
だから嫌だったのに。
最初から最後まで私の心をかき回してくれる。
本当にしようのない子だ。
その日、私は生まれて初めて、誰かのために涙を流した。
0
お気に入りに追加
359
あなたにおすすめの小説
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
御者のお仕事。
月芝
ファンタジー
大陸中を巻き込んだ戦争がようやく終わった。
十三あった国のうち四つが地図より消えた。
大地のいたるところに戦争の傷跡が深く刻まれ、人心は荒廃し、文明もずいぶんと退化する。
狂った環境に乱れた生態系。戦時中にバラ撒かれた生体兵器「慮骸」の脅威がそこいらに充ち、
問題山積につき夢にまでみた平和とはほど遠いのが実情。
それでも人々はたくましく、復興へと向けて歩き出す。
これはそんな歪んだ世界で人流と物流の担い手として奮闘する御者の男の物語である。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる