青のスーラ

月芝

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116 学園編 貴族令嬢の授業

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「いってらっしゃいませ」

 寮の自室よりお世話役のメイドのルーシーさんから、授業へと送り出されたクロアとメーサとオレ。
 近頃、ルーシーさんはメキメキと成長著しい。胸や背じゃなくてメイドとしての話。側に頼れる先輩がいないことで、責任感が芽生えたのかもしれない。とにかく彼女はやる気だ。

 本日の授業は刺繍や裁縫のお勉強。
 貴族の令嬢では定番の嗜みらしい。
 メーサは人形造りに異様な執着を見せた亡き母親の血筋か、人形遣いの矜持なのか裁縫全般が得意。今では自分でもヌイグルミを手作りするほどの腕前。意外なことにクロアも、なかなかの針さばきを持つ。これは防具の手入れや、ドレスに隠しポケットを縫っているうちに、自然と技術を身につけていた。
 ここは貴族の令嬢や令息が集う学び舎であるがゆえに、講義の三分の一が、貴族の在り方についての内容となっている。
 クロアとしては、もっと体を動かしたいのだろうが、生憎とそんな授業は数えるほどしかない。
 剣を学びたいのならば、騎士を目指す人らが集う学校に通う必要があり、魔法を学びたいのならば、魔導を志す人らが集う学校に通う必要がある。
 そしてこの学園は貴族が貴族であるために、貴族の何たるかを学ぶ場所。
 剣や魔法の授業もあるが最低限であり、政治、経済、文化、礼節、などが主となっており、とてもではないがクロアたちを満足させられるような、過激な内容は期待できないのだ。
 それでも通わねばならない。
 なにせ二人はそれぞれの家の唯一の後継者なのだから。

「ムーちゃんは今日はどうするの?」
《図書館に篭る》
「相変わらずの読書家ですね」
《まぁーな》

 クロアとメーサに訊かれて、本日の予定を教えるオレ。
 貴族の子らが通うだけあって、ここの蔵書量はなかなかのモノだ。
 ここのところ彼女たちが授業の間中、オレは図書館にいるのが定番となっている。


 学園に通うにあたって、オレは諸々の秘密をこの二人に打ち明けた。
 アンケル爺と執事長のクリプトさん、メイド長のエメラさんら立ち合いの下での会合。
 三人は随分と前から知っていたことをクロアに詫びてから、彼女が十二歳になったら、オレの秘密を話すつもりだった事を告げる。
 メーサにまで事情を明かしたのは、これから一緒に動くことが格段に増えることと、クロアと秘密を共有するに足る人物だと、爺たちが判断したからだ。
 二人がどのような反応を示すのかわからないので、内心ではドキドキしていたオレは、少女達のあまりにも素っ気ない態度に、逆に拍子抜けするハメになる。

「だって話しかけたら普通に反応するし、お願いしたら応えてくれるし、今さら言葉を話せるって聞いても、へーって感じかな」
「ずっと賢いなぁって思っていましたから。カルタ遊びをすればバシバシ札を採るし、算数の問題とかスラスラ解くのに、言葉だけ理解していないなんて、ありえないですし」

 他にもつらつらとオレがやらかしたことを例にあげては、二人してケラケラと笑う。「そりゃあ、バレるわ」と爺も呆れていたが、とりあえず受け入れて貰えたようでなにより。
 オレはついでとばかりに、裏の林の奥に住み着いているドリアードさんとコギャルのこともアンケルに報告して、王都の学園に行っている間の世話を頼んでおく。主に定期的に料理長のお菓子を差し入れることをお願いする。
 場が良い雰囲気だったので、しれっと流せるかと思ったのに……。
 アンケルからもの凄く詰め寄られて、説教を喰らった。

「やっぱりお前のせいかぁー!」

 爺にぷるぷるスーラボディをぎゅむぎゅむと締め上げられる。

《誤解だ、オレはやってない。いや、コギャルはオレが連れてきたけれども。ドリアードさんに関しては完全に無実だ。オレより先に居着いていたんだから》

「研究所や農場の作物の出来がやたらと良いと思ったら、そういう理由でしたか」

 なるほど、といった表情を浮かべるクリプトさん。

「花壇もそうですが、なんとなく裏の林が濃くなっていますね。あれだと、いずれは森になるかと」

 そんなとんでもないこと言い出したのはエメラさん。

 野生のドリアードと良い関係を築くと、色々と恩恵が凄い。居着いてくれるだけで、周辺に豊穣なる自然の恵みがワサワサと沸いてくる。
 それを理解しているから「もちろん世話はきちんとさせてもらう。いっそのこと神樹として祀ろうかのぉ」なんて爺が言い出したので、それはやめておくようにと伝えておいた。
 コギャルはともかくドリアードさんは、そんな仰々しいのを絶対に望まないので。
 彼らが機嫌よく過ごせるように、静かに放っておくこと。たまの差し入れ以外は不要。それを念押ししておいた。

 この会合の際に以前に渡していたエメラさん以外の全員に、分体で作り出した子機を渡しておく。これでいちいち触手回線を繋がなくても、オレと意志の疎通が可能。おかげでいまではあのように、日常会話もバッチリといった具合だ。遠く離れた領都にいるアンケルらとも、いつでも連絡が取れるようになっている。
 ルーシーさん? ちょっと保留中。
 今一人で頑張っているところだから。あんまり余裕がなさそうだし、もう少し落ち着いたら、話してもいいかなぁと考えている。
 ただし円滑なコミュニケーションが思わぬ弊害を生む。
 問題はそのやり取りの全てが、オレを中継して行われること。
 遠く離れた孫娘の身を案じ、毎晩のように連絡を寄越すアンケル。その対応に追われるオレの負担が目下の悩み。クドい、しつこい、面倒くさい、と三拍子が揃った年寄りの繰り言に、毎晩つき合わされる身にもなってほしい。クロアなんて適当に相手をして、後は全部オレに丸投げだ。早いうちに子機同士でも直接連絡が取れる方法を開発しないと、こっちの精神がもたない。


「それじゃあ、また後でね」「お昼に食堂で」
《了解》

 クロアたちと別れたオレは一人図書館へと向かった。

 独特の陰翳のある室内、インクと紙のほのかな香りに包まれて、静寂の中に本のページをめくる音だけが微かに響く。
 この頃のオレのトレンドは、八大公家の支配する土地の特色について書かれた書物。
 ランドクレーズ家が商業に特化しているように、他の家々も独自色が強い。各々が武であったり、美であったり、食であったりとこだわっている。それに伴う名所や特産品などもあるらしいので、いずれは各地を巡ってみたいものである。
 そんなことをぼんやりと考えながら本を眺めていたら、不意に、ばぁんと図書館の扉が開かれた。
 あまりの激しい音に、受付にいた馴染みの司書さんが「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。
 何事かと見てみれば、そこにはクロアが立っていた。
 睨むように室内へと視線を這わせ、こちらの姿を見つけた彼女は、ツカツカとオレの方に真っ直ぐに向かって来る。なんだか知らんがもの凄い剣幕だ。
 かと思えば、そのまま手を伸ばし……。

 揉み揉みモミモミもみもみ。
 一心不乱にオレに触れるクロア。

《えーと、クロアさんや。これは一体……》

 しかし彼女は無言のまま。ひたすらモミモミ、たまにぎゅむぎゅむ、そしてまた揉むを繰り返す。
 難しい顔をしながらオレをイジり続けるクロア。

「やっぱり違う。全然ダメだ」

 暫くするとそう言って、さっさと図書館から出て行ってしまった。

「……なんだったんでしょうか?」

 呆気に取られた司書さんが小さな声でぽつりと呟いた。
 うん。それはオレも知りたい。
 本当に何だったんだろう?


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