青のスーラ

月芝

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115 学園編 入学式

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「クロアちゃん、メーサちゃん、入学おめでとう」
「ファチナお姉ちゃん」
「ファチナお姉さま」

 学園の入学式を終えたクロアとメーサのもとへやって来て、祝いを述べたのは第一王女のファチナさん。近頃、ますます才媛ぶりに磨きがかかったと評判の、ピッチピチの十七歳の乙女。
 かつて王都での数々のトラブルを経て、この三人はすっかり仲良しとなる。それ以来、姉妹同然の付き合いが現在にまで続いている。そして彼女は来年にはランドクレーズ本家当主の次男坊である、黒騎士アリオスくんのところに降嫁することが確定している。

「ムーちゃんも元気してたー」

 そう言って、ぎゅむぎゅむオレを抱きしめるファチナさん。
 ぷにょんとした青いスーラを抱きしめて喜んでいる王女。その姿に周囲が騒然としているが、彼女はまるで頓着しない。

 今年の入学式では、彼女が王族側の代表として、新入生たちに挨拶を行った。
 新入生代表は第三王子のヘリオス・ラ・パイロジウムが務める。
 そういえばクロアたちと同じ歳だったな。すっかり忘れていたよ。まぁ、位階を考えれば妥当なところだろう。
 久しぶりに見た王子は、見た目だけはキラキラ系のイケメンだったが、アレから多少はマシになったのかな。

 学園の在校期間は三年間。
 生徒たちは寮生活となるが、さすがに王族関係者らは城から通う。
 寮の部屋は様々なタイプのものが用意されており、それなりのお付きの人を従える場合から、完全個室までお好みで選べるようになっている。
 クロアとメーサは相部屋を選択。そこに世話役のルーシーさんが加わって、三人とオレの一体との同居。学園では使い魔とか従魔の持ち込みは、事前に申し込んでおけば問題ない。だからオレも堂々と入学式に参列していたわけだ。
 授業はすべて選択制。進級に必要な単位さえ取ってしまえば、後は顔を出さなくてもいい。オレの知るところの大学に近い形式となっている。
 紺色を主体にした制服は一応あるものの、着用は自由となっているので、お洒落にこだわる令嬢らはほとんど着ない、男子も半々といったところ。ちなみにクロアは制服を着ている。ただし動きやすいからという理由で、男子用のモノを。
 これがまた非常に似合っているから困る。
 すらりとした立ち姿は凛々しく、しなやかさの中に潜む強靭さを隠しきれない。全身から自信が溢れている。そんな金髪美少女が、ズボンスタイルで颯爽と歩く。
 突如、出現した男装の麗人に、学園内がにわかに浮足だったことは言うまでもない。
 そんなクロアの隣に並び立つのがメーサ。
 彼女は橙色のワンピースタイプのシンプルなドレスを着用。
 本当はクロアに合わせて、自分も制服を着たかったらしいのだが、ツインドリルにどうしても似合わなかったので、泣く泣く断念したようである。今は亡き母親ゆずりの髪型だけは譲れない、それが彼女のポリシー。そんな乙女もまたクロアに負けず劣らずの美少女。
 二人して入学早々に周囲からの耳目を集めることになる。
 そこに来て第一王女との親密交際ぶりまでが加わって、噂は止めどもなく拡散していく。

 ファチナと別れた二人は、説明会が開かれるという教室へと向かう。
 もちろんオレも後ろから、ちょこちょことついて行く。
 廊下を進んでいるとときおり、「ムーちゃん」「ムーちゃん」と声をかけられる。
 声をかけてきたのは、茶会などでオレが世話を焼いた子供たち。彼らの間では、オレはちょっとしたマスコット扱いなのだ。呼ばれるたびに体を震わしたり、触手を振ったりして、愛想を振りまいておく。

 教室の前は人だかりが出来ていた。
 一斉にみなが押し寄せたから、入り口が詰まったのだろう。
 クロアたちは周囲の視線をよそに、平然と列に並び自分たちの順番がくるのを待っていた。
 列が中ほどまで進んだ頃であろうか。
 後方からガヤガヤとやかましい集団が現れる。
 オレは嫌な予感がして振り向いたら、そこには取り巻きに囲まれた第三王子の姿が。
 取り巻きどもが「邪魔だ,どけ」「王子さまのおなりだぞ」と、新入生たちを邪険にしながら近づいて来る。なんとも無粋な割り込みだ。
 そんな存在は一切無視して会話を続けるクロアとメーサ。
 取り巻きの男の手がメーサの肩に伸びる。
 メーサはサッと身を引いて、その不躾な手を躱す。今の彼女ならばこの程度の動き、どうということもない。しかしそれだけでは終わらないのが、我らのクロアさん。
 むんずとその手首を掴むと、無造作に床に投げ倒してしまった。
 これに怒った取り巻き数人が「なんだお前はっ!」と騒ぎだし、こちらに詰め寄ろうとするも、それはかなわなかった。
 いつの間に召喚されたのか、メーサの人形たちが手にナイフを持って、彼らの背後から首筋に刃を当てていたからである。

「動いたら、死ぬよ」

 にこやかな表情を崩すことなく、呟くように発せられた、ドスの効いたメーサの言葉に誰も動けない。
 鎮まりかえる廊下、息苦しい沈黙に耐えかねたのは第三王子。

「な、なんなんだ。オレはこの国の王子だぞ。そのオレに向かって、こ、こんな真似をして許されると思っているのか」

 精一杯の虚勢から放たれた声は掠れていた。
 オレはそんな彼の様子を見ていて思った。
 五歳の頃にも、たしか同じような台詞を吐いていたよな。どうやら外見以外はダメだったみたい。そういえばファチナ王女も一切弟の事には触れなかったし。つまりはそういうことなのだろう。
 そんな事を考えているうちに、気付いたらクロアが馬鹿王子の眼前に立つ。
 バチンと平手打ちを一閃。
 かなーり手加減をした一撃にも関わらず、くるくると回って、吹っ飛ばされるヘリオス。
 後方にて事態を固唾を飲んで見守っていた人たちが、ササッと素早く左右に避けたので、二次被害はなし。
 六メートルほど廊下を転がったところで、王子の体は止まった。
 これには取り巻き一同も唖然である。

「列にはちゃんと並ぶ、割り込まない、そんなの常識でしょ」

 クロアはそれだけ言うと、何事もなかったかのようにメーサとの会話に戻った。
 メーサの人形たちもとっくに姿を消している。きっと彼女の影の中に戻ったのであろう。

 倒れた王子の方を見れば股間を濡らし、泡を吹いてビクンビクンとしている。
 さすがに放置できないので、オレは近寄ると奴の体に、ポーションをバシャバシャとぶっかけてやった。途端に腫れた頬もスーッと引っ込み元通り。
 安心しろ。効果は保証する。ただし……。
 ポーションが効いたおかげで王子がすぐに目を覚まし、ムクリと体を起こす。

「いててっ、アレ? なんでオレはこんなところで寝て……うっ! くさっ! なんだこの臭いは? あっ、目が、目が染みる。イタイイタイ。うぅ、マッズ! 口の中が気持ち悪い。あぁ、誰か、誰か助けてくれぇ」

 不味くて、臭くて、目に染みて王子が悶える。
 薬効成分を重視するあまり、その他すべてを切り捨てたオレ様印のポーション。怪我は確かに治るが、人間としての尊厳を失うかもしれない薬。
 苦しむ王子を担いで退散していく取り巻き連中。イヤイヤながらも見捨てない心がけだけは誉めておこう。

 こうして入学初日にして、いくつかの流言が学園中を駆け巡ることになる。

 今年の新入生には気をつけろ。
 素敵だけどヤバイ男装の麗人がいるらしい。
 綺麗だけどヤバイご令嬢がいるらしい。
 なんだか知らんがヤバイ使い魔がいるらしい。

 ……そして第三王子も色んな意味でヤバイらしい。


 その日の夜のこと。
 寮の自室にてルーシーさんから「どうでしたか?」と今日の感想を聞かれた二人は「特に変わったことはなかった」と答えていた。

《オレ的にはわりと盛り沢山だったと思うのだが》

 とにもかくにも、こうして彼女たちの学園生活は始まった。


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