青のスーラ

月芝

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106 模型

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 領都ホルンフェリスでの、子供向けの茶会は定期的に開催されている。
 王族主催の貴族の家の五歳児全員参加の茶会の予行演習としてだけでなく、他の年代の子らとの親交や、大人になってから困らないために。
 これは当地を支配しているランドクレーズ家の意向も反映されている。
 商業が発展しているこの地域では、関連する家々にも相応の社交力が求められる。その能力を幼い頃から磨くためだ。ただし参加するしないは、あくまで個々の意に任せてある。ゆえにウチのお嬢様は基本的に、親友のメーサが参加する時以外には出席しない。
 かつて一度だけ一人で参加したこともあったのだが、周囲からのアプローチが凄すぎて、すっかり嫌気がさしてしまったのだ。なにせ彼女は金の髪をなびかせて颯爽と歩く凛々しい美少女。しかもあのアンケル爺の孫娘にして、莫大な富を受け継ぐ唯一の後継者。ちょうど色気づき始めたガキどもは、目の色を変えてまとわりつき、何処へ行っても羨望やら嫉妬やら憧れやら思慕やらが、ごちゃ混ぜとなった視線がねっとりと絡みついてくる。これを持つ者ゆえの贅沢税として甘受するには、彼女はまだいささか若かった。
 それがメーサがいると事態が一変する。彼女は立ち回りが実に巧い。ここにも二人の性格の差が如実に現れているようだ。彼女は周囲の人間たちの感情を誘導して、コントロールしている。まるで自分が操る人形たちのように。さすがは人形遣いの弟子といったところか。メーサが防波堤となってくれるのでクロアは大助かり。
 もっとも二人を小さい頃から見続けてきたオレに言わせれば、アレは護っているというよりも、牽制の意味合いが強い。
 
「わたしのクロアに近づくんじゃねぇ」

 彼女の目がそう言っているように思えて仕方がない。
 これで二人はまだ九歳、心強いやら末恐ろしいやら。

 そんなワケでメーサの方は、周囲から何かと頼られる機会が多くなり、早くも茶会のホスト側に組み込まれつつある。その釣り餌としてクロアも巻き込まれている。
 今日も今日とて二人が揃ってお茶会に。
 メーサは父親関係から頼み込まれて渋々、クロアは彼女が出席するからと誘われての参加。
 謎生物スーラのオレもペット枠兼宴会要員として、美少女二人に挟まれての同伴。
 人あしらいの巧いメーサは年長組の相手をして、クロアはまだ欲望に塗れていない年少組の相手をしている。オレも適当に曲芸なんぞを披露して、周囲を沸かせていたのだが、なにやら会場の隅っこでポツンとしている男の子を発見。
 たまにいるのだ。なかなか人の輪に入っていけないという子。激しい人見知りだったり、賑やかなのが苦手だったりと理由は様々。何とかしてやりたいが、さすがに茶会でちょっと顔を合わせただけの相手の事情に、あまり深くは踏み込めない。だからそんな子のためには、用意してあったアイテムを差し出すことにしている。

 オレがアイテム収納より取り出したのは、組み立て式の騎士の模型。
 大人の手の平に納まるサイズ。構造は至って簡素で、各パーツをカチカチとはめ合わせるだけの代物。オレの錬成技術でも造れる程度の品ながら、関節部分が磁石の玉になっているので、ポージングも可能となっており、中々の自信作。ちなみにモデルはウチの騎士団長だ。他にも兵士や彼らの乗る馬、色んなモンスターなど、ラインナップは着々と増えつつある。
 積み木の延長みたいなモノだから小さな子でもすぐに遊べる。
 オレが差し出した模型を恐る恐る受け取る男の子。
 お手本として完成品を並べて見せたら、カチャカチャとすぐに模型を組み立て始めた。
 すると他の子らが「何してるの?」と興味を示して集まって来る。その子たちにも模型を出してやる。
 男ってこういうの好きな子多いから。みなすぐに黙り込んでもう夢中。目の前の作業に没頭している。

 完成品を手に見せ合いっこをして喜ぶ子ら。
 その輪の中には、最初に模型を渡した男の子も混ざっている。

《この分なら、もう大丈夫だろう》

 後は子供たち同士に任せ、オレはクロアのいる所へと戻った。



 数日後の夜にアンケル爺に呼び出しを喰らった。
 そこには執事長のクリプトさんとメイド長のエメラさんも待っていた。
 オレの秘密を共有する、いつもの面々である。
 執務室に顔を出すなり、「またか」と爺に溜息をつかれる。
 どうやらあの模型を持ち帰った子らの親から、どこで手に入れたのか教えて欲しいとの問い合わせが殺到しているらしい。「とりあえず出せ」と言われたので、一通りの模型をアイテム収納から取り出す。
 騎士やモンスターを合わせて十二体。
 すると三人はとりあえずやってみようという話になって、模型作りを始めた。
 小さな子でも簡単に組み立てられるのだから、大人の手にかかればあっという間だ。
 ズラリと並ぶ完成した十二体の模型たち。
 アンケルとクリプトの二人は、どこかご満悦な表情で、やりきった感が漂っている。
 エメラさんは単純に「よく出来ていますね」と褒めてくれた。

「ふむ。なかなか面白い。これなら鋳型で簡単に量産できそうだし、商品化も楽そうだな」
「そうですね。ちょっとしたインテリアにもなりますし、蒐集するのもよろしいかと」
「女の子でいうところの、お人形みたいなものでしょうか」

 商売っ気を出すアンケル。
 趣味としての観点から意見を出すクリプト。
 冷静に本質を見極めようとするエメラ。
 三者三様の感想が出揃う。

「まぁ、わし個人としては、もう少し骨があってもよかったがのぉ」

 子供向けの玩具で遊んでおいて、少し物足りないという爺。
 ちょっと悔しいので、オレがとっておきを出してやったら、みなの目の色が変わった。

 かつて死の森で遭遇したことのある赤いドラゴンを、可能な限り忠実に再現した一点モノの模型。
 一切のデフォルメを排し、リアルさを極限まで追求した作品。
 特に首と尻尾には並々ならぬ情熱を注いだ。多間接を実蔵させ、滑らかな動きを可能にする。さながら蛇の体のように自然にうねり綺麗な曲線を描く。翼や両手足はもちろん動く。鱗も一枚一枚を丁寧に重ねることで質感を再現。瞳にはガラスをはめ込み、あの恐ろしいギョロ目も模倣した。ガラス玉には少し細工が施してあり、どこから見ても目が合ったように錯覚するトリックアートを施してある。
 暇にあかせて、前世で一時期趣味にしていたプラモデルの知識を、すべてぶっ込んでやった。

 個々のパーツの造り自体は細かいだけで簡素。
 それを五千以上も組み合わせた結果、誕生した会心のドラゴン。
 最早、芸術の域に片足を突っ込んでいる品を前にして爺たちは黙り込む。
 オレはしてやったりと一人ほくそ笑んだ。

《今回の模型はあくまで子供向けだしな。まずはそこから始めて、少しずつ商品開発や生産枠を増やしていくのがいいと思うぞ》
「それもそうかの」
《あとソイツは進呈するから、参考にするなり飾るなり好きにしてくれ》

 そう言ってやるとアンケル爺は大層喜んだ。
 早速、執務室に飾ると言ってクリプトさんに棚の整理をさせている。

 もういいかなぁ、と部屋を出ようとしたところでガシッとエメラさんに捉まった。

「……ところで、模型が全部男性ばかりだったのですが、本当にコレだけなのでしょうか?」

 青銅色の瞳がオレを見つめている。
 瞬きすることもなく、じとーっと診ている。
 一切逸らされることなく、真っ直ぐに観続けられている。

 根負けしたオレが取り出したのは、エメラさんをモデルに作成したメイドさんと冒険者バージョンの二体の女性の模型。
 差し出された人形を手に、しげしげと眺めるエメラさん。

「これは没収です」

 エメラさんモデルの二体は取り上げられてしまった。
 どうやら細部に渡って気合を入れて造り過ぎてしまったのが仇となったようだ。

 やはりスカートの下に、しっかりとパンツを履かせたのがマズかったのだろうか。

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