青のスーラ

月芝

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105 いい女とヘタレ男

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 ウチには多くの人間が出入りをしている。主に爺の仕事関係なのだが、中にはまったく関係のない人物もいる。彼はそんな人達のうちの希少な一人。
 青年の職業は画家だ。
 貴族らは大概、親しくしている絵描きがいる。自分の肖像画を描かせたり、家族の絵を描かせたり、娘や息子の見合い用の姿絵を描かせたり、領地の資料や文献の挿絵を描かせたりと、需要はかなり多い。
 この世界、魔法技術の発展のおかげで、本などの文字や絵は簡単に転写出来るくせに、写真のような技術はまだないようだ。もしかしたら探せばどこかにあるのかもしれないが、少なくともオレは知らない。
 そんなワケで彼もちょくちょくウチに顔を出している。もっとも主に任されているのはクロアの成長記録代わりの肖像画の作成。
 領内には他にも腕のいい画家はいたのに、若い彼が選ばれたのには理由がある。それは彼の制作に対する姿勢。大多数の画家はモデルに、じっとしていることを強要して、目の前で筆を握る。しかし青年の場合は、モデルに自由にしてもらって、その姿を観察しスケッチにまとめて、後から仕上げる方法をとっている。どっちが優れているとかいないとかは関係なしに、これがクロアには最適な方法であったから、彼が選ばれたのである。もちろん絵の腕も鑑みての爺の判断だ。
 そんな青年だが、この頃ちょっと溜息が多い。
 座ってはふぅ、立ち上がってはふぅ、ペンを握ってはふぅ、といった具合に一時間で六十回は溜息をついている。これはさすがに異常だ。
 ちょっと心配になったオレは屋敷から出る彼の後をつけてみた。
 街へと戻り、馴染みの雑貨屋に立ち寄って画材を仕入れ、自宅へと帰る。
 取り立てておかしな点は見当たらない。
 しばらく自宅も見張ったが、ほとんど出てくることもない。
 気の回し過ぎかと、この日は帰った。だが彼の様子がいっこうに改善されないので、二度三度とつけてみるが、やはりいつもと変わらない日々。
 必ず雑貨屋に寄り道しては帰るぐらいで、夜に飲み歩くようなこともない。恐ろしく不健全な若者である。

《いや、まてよ……。どこにも立ち寄らない男が必ず立ち寄る場所。そこにこそヒントが隠されているのでは?》

 そう考えたオレは若者を先回りして雑貨屋に潜入。
 屋根裏にへばりつき店内の様子を伺う。
 店内にいるのは赤髪の妙齢の女性。
 商品の棚をいじったり、ささっと吹き掃除をしたり、実に機敏な動きだ。でも決してせかせかしていない。どこか落ち着いた雰囲気がある。何というか腰が据わっている? それとも芯があると言ったほうが相応しいか、とにかくそんな素敵な人だ。
 店の品揃えは豊富。女性が喜びそうな可愛いらしい小物類から、絵具などまで扱っている。他の従業員の姿はない。どうやら彼女が一人でお店を切り盛りしているよう。
 そうこうしている間に、扉が開いて絵描きの青年が来店する。

「いらっしゃい。またいつもの?」
「うん。あと筆を一本」
「わかった。ちょっと待っててね」

 ハキハキと喋る女性と、ちょっとオドオドとした感じの青年。
 手慣れた様子で商品を用意しては、紙袋に詰めて手渡す女性。
 黙って受け取り代金を渡す青年。

「いつもありがとう。あんまり根を詰めちゃダメよ」
「うん……、じゃあ」

 五分にも満たない短いやりとりを終えて、彼は早々に店を後にした。
 うーん。これはオレの勘違いだったか。だが……いや、ちょっと待てよ。アイツ、あんなにウジウジした奴だったか? 少なくとも爺と話しているときは、わりとハキハキしていたぞ。若いながらも意気盛んな芸術家といった感じで、作品に対して熱く語っていたじゃないか。となるとありきたりだが、彼女が彼の溜息の原因なのか……。

 考えごとをしていると新たな客が来店。
 今度は恰幅のいい男性だ。ちょうど働き盛りの四十ぐらいの男。ただし態度がどうにもオカシイ。キョロキョロとして落ち着かない。しきりに店の外を気にしている。しばらく店内をウロウロとしていたのだが、どうにも悩んでいる様子。ついに意を決したのか店主の女性に声をかける。

「済まないが少し相談に乗って欲しい」
「はい。構いませんよ」
「実は女性に贈り物をと考えているのだが、その、あの」

 そこまで言ったところで男が急に口ごもり、ごにょごにょとハッキリしない。
 この様子にオレはすぐにピンと来た。
 あー、これって奥さんとかお子さんにとかいう話じゃないな。たぶん愛人とか浮気相手とか、その辺の話だ。
 すると一人で店を切り盛りしている彼女も、客の態度からすぐに察したらしい。

「奥様ですか、それともお嬢様でしょうか、もしもお嬢様でしたらお歳を教えて頂ければ、色々とご用意できますが?」
「そうそう娘なんだよ。二十三になるんだが、何か気の利いたモノがあったらと思って」
「それでしたら……」

 店内より目ぼしい品を集めては、カウンターに並べてみせる女店主。
 高すぎず、かといって安すぎもしない価格帯の中から、見栄えの良いモノを選んでいる。
 一連のやり取りを見ていて、オレは巧いもんだなぁと感心しきり。
 わざと「お嬢様」という言葉を使って、客から情報を引き出したんだ。もしも贈り物をするのがまっとうな相手ならば、客も言い淀んだりしないから。それを理解しての状況判断、分かっていてもなかなか咄嗟に出来ることじゃない。

 こうして客の男は、彼女に選んでもらった小ぶりの可愛らしい宝石箱に、アクセサリーを数点セットで購入して、ホクホク顔で帰って行った。
 大きいモノでドンというのもいいが、数で勝負するのも悪くない。福袋的な要素もあって、きっと贈られた相手も喜ぶことであろう。
 たぶん男性客の態度から、まだそこまでは進展していないと女店主は判断したのかな。

《なんか良いモノ見れたな》

 お客の機微を察するプロの接客術。その神髄を垣間見たオレは大満足、当初の目的もすっかり忘れて機嫌よく屋敷に戻っていった。



 数日ほどたったある日のこと。
 相も変わらぬ青年の後をつけて、またぞろこの店を覗いてみたら、何やら女性客と揉めていた。

「ここで買ったことはわかってるんだよ。いい加減に白状おしよっ!」

 恰幅のいいおかみさんが吼えている。手にはあの時の男性客が買っていったアクセサリーのひとつが握られていた。どうやらあの旦那さん、ヘマをやらかしたようだ。でも奥さんも店まで押しかけているということは、浮気相手の情報まではまだ掴んじゃいない。あくまでも疑惑の域に留まっている。そんなところだろう。

「存じ上げません。どこか他店でお求めになったのでは?」

 知らぬ存ぜぬを決め込む女店主。顧客の情報は一切秘匿するつもりのようだ。きっと彼女もあの男性客のお相手までは知らないのだろう。しかしこの奥さんならば旦那がどんな品を購入したのかを教えただけでも、そこから相手に辿り着きそうな気がする。それぐらいの剣幕と勢いだ。

 教えろ、知りませんの問答は結局、奥さんが諦めて引き下がるまで延々と続いた。
 その間中、画家の青年が何をしていたのかというと、彼は店の片隅でずっとビクビクしていた。

《うん……。たとえ惚れていても、コレは無理だな》

 せめて嘘でも間に入る素振りぐらい見せろよ。
 大変な時に素知らぬ顔をしているってのが一番ダメなんだ。ほんのちょっとでも自分の為に動いてくれた。たとえ無理でも、その心意気が嬉しいもんなんだよ。

「ごめんなさいね。お待たせしてしまって。いつものでいいの?」
「あ‥…はい。それで」

 スパッと気持ちを切り替えて微笑んでみせる女店主。いい女である。
 そしていつものように絵具を購入して、トボトボと去っていく青年。
 遠ざかる丸まった背中が「今日もダメだったかぁー」と語っているようだ。

《せっかく腕の良い画家なんだから、僕の絵のモデルになってくれませんか? とでも誘えばいいのに。このヘタレめ》

 などと色々と偉そうなことを言っているが、前世で独りだったオレには、彼の気持ちが痛いほどわかっちゃう。だからどうしても彼には頑張って欲しいところ。
 まぁ、頭ではわかっていても上手に動けないのが、恋なんだろうなぁ。
 おっさんはそんな事を考えつつ、愛すべきヘタレ男を見送った。


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