青のスーラ

月芝

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99 辺境の老騎士

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 クロアが九歳になった。
 もはや幼女というよりも、少女としての片鱗が増している。これからは金髪幼女ではなく金髪少女というのが相応しい。髪の艶は一層の黄金の輝きを放ち、肌の白さを際立たせ、目元は少し切れ長になって、瞳が円らさを減らしたものの、不意に見せる流し目がゾクリとさせる。弱冠九歳にしてコレだ。元から美女に成長することを確信していたが、それが確定に替わった。オレはそう思う。
 どこか舌足らずだった言葉使いもスッキリとし、今ではお嬢様らしい話し方が板についている。腕のほうも順調に育っている。仮面女ことフィメール・サファイア先生の教えの下、スクスクと最強令嬢への道を直走っている。

 オレ? オレは何も変わらない。適当に頑張っては、適当にのんびりと過ごす。快適ペット生活を謳歌している。

 そんなある日のこと。
 屋敷の敷地の外をぶらついていると、ヘンな老人を見かけた。
 小川の岸辺にある大岩の上に腰かけては、日がな一日、釣り糸を垂れている。
 丸めた背中が、かつて死の森の中にいた頃の自分の姿を連想させる佇まい。ゆえに興味を惹かれたわけだが、コレがどうしてどうして……、この爺さん、たぶん滅茶苦茶強い。
 体から滲み出るような闘気がオレには視える。ぼんやりとしているようでいて、周囲に気を配っている、それも無意識に。長年の癖とでも言おうか、とにかく隙がまるで見当たらない。
 そんな人がどうしてこんな寂れたところにいるのか、という疑問が湧いた。
 どこぞから送られてきた刺客か、はたまた間者かなんぞと警戒し、それとなく動向に注意するようになる。
 だがこの老人、二日たっても三日たっても同じことの繰り返し。朝から晩まで一日釣り糸を垂れては、夜には最寄りの村へと帰っていく。どうやらそこで宿をとっているらしい。四日目もやはり同じ。ちなみに釣果はゼロだ。存在感があり過ぎて、水中の魚も怯えて寄ってきやしない。下手くそだ、この人。
 五日目、業を煮やしたオレは接触を試みる。
 こちとらお気楽ご気楽な謎生物のスーラ。小川の辺で出会ったところで、なんら不思議ではあるまい。
 素知らぬふりにて、ぷにょんぽよんと近づいて大胆不敵にも、すぐ隣に座ってやった。これには爺様もちょっとビックリしたご様子。

「青いスーラか……、珍しい」

 チラリとこちらに目を向けたものの、すぐに興味を失ったのか視線は釣り糸の先へ。
 この日、陽が暮れるまで老人とスーラは、ずっとこのままであった。
 六日と七日目は、前日とまるで同じように過ごし、八日目になると爺さんが飽きれたように「お前もヘンな奴だな。こんなおいぼれの側にいて何が楽しいんだか」と漏らした。
 そして十日目にもなると、ポツリポツリとオレ相手に語りかけてくるようになる。
 もちろんオレはスーラなので何も答えない。適当に体を震わせては調子を合わせるだけ。傍目には寂しい老人がスーラに話しかけてる構図となるわけだが、幸いなことに、ここには余人の目がないので気にしなくていい。

 十五日目、淡々とした口調で老人は語る。
 それは一人の騎士の生涯の物語であった。

 あるところに一人の若い騎士がいた。
 彼が仕えていた貴族の家には一人の幼い令嬢がいた。彼は剣の腕を買われて彼女付きの護衛騎士となる。若い騎士は献身的に令嬢に仕え、その誠実な仕事ぶりと人柄に、令嬢もまた彼に深い信を置くようになるまで、それほどの時間は必要とされなかった。主従はまるで本当の兄妹のように仲睦まじい日々を送る。それは二人にとって、とても幸福で穏やかな時間であった。
 やがて幼い令嬢も成長し立派な淑女となる。そして他家へと嫁いでいく。
 その側らには静かに控える騎士の姿もあった。壮年へと差し掛かり、剣技は成熟の度合いを増し、人心卑しからぬ騎士の中の騎士として、彼もまた立派に成長していた。
 嫁ぎ先は辺境の領地。開発は盛んだが、まだまだ環境は予断を許さないような危険な場所。
 騎士は主人を守るために、求められるままに剣を握り闘い続ける。数多のモンスターを屠り続け、凶悪な賊を倒し、変事とあらば急いで駆けつける日々。
 いつしか彼は辺境最強の騎士と呼ばれるようになっていた。
 隊を率い、後身を育成し、組織を整え、ひたすら尽力する。そのかいあってか領地も随分と安定し、ようやく開発も目処が立つ。
 気がつけば三十年もの歳月が流れていた。
 かつては軽々と片手で振るっていた相棒が、近頃重く感じる。以前のように長くは動き続けられない。鏡の中に映る己を見て「自分も歳をとった」と呟く。すっかり白くなった頭を撫でつける騎士。
 そろそろ引き際を、そんな事を考え始めた矢先に主人が倒れた。

「今までありがとう。ずっと縛り付けてごめんなさい。これからはどうか貴男の自由に生きて……」

 枕元に駆けつけた老騎士に、告げられた主からの最後の言葉。
 自分よりも十も若い女主人との死別を経て、彼はすべてを捨てて旅に出ることにした。
 後顧の憂いはない。後身らは立派に育っている。領地も安定した。もう自分がいなくても大丈夫。なおも自分を引き留めようとする人々を、こう説得して彼は惜しまれつつも、長年暮らした土地を去っていく。

 各地を放浪しながら、気ままに冒険者の仕事をこなしたりもした。
 どこで噂を聞きつけたのか、かつての最強という称号に惹かれて集まってくる無頼どもを倒したりもした。ふらりと訪れた街で何を勘違いしたのか、悪徳領主の手の者や闇ギルドに狙われたりしたこともあった。
 老いた肉体は経験と知識と狡賢さでなんとか補う。それでもいつかは限界が訪れる。
 ついに彼は剣を置いた。
 寂しさよりも、随分と軽くなった己の腰に驚く。

「こんなにも重いモノだったのだな」

 騎士としての自分、護衛としての自分、隊長としての自分、師としての自分、冒険者としての自分……、相棒と共に担ってきた全てが蘇る。
 大切なモノを守るため、ただ一振りの剣でありたいと思っていただけなのに、随分と色んなモノを背負い込んでいたものだ。どうりで重いはずだ。
 この瞬間、男は真の意味で全てから解放された

 人生の大半を共にした相棒、半身と言っても過言ではない存在を手放すと、男の周りから不思議と喧噪が遠のいた。街を歩いていても、酒場に入っても無闇に絡まれることもない。
 守るための剣が、いつしか争いを産み出していたというのか?
 剣とはなんだ? 今更ながら老人は考える。
 しかしわからない、いくら煩悶としても、いっかな答えは見えてこない。
 だから日がな一日、ぼんやりと釣り糸を垂れては川を眺めている。

「バカな話だろう」

 老人は自嘲するかのように、そう話を締めくくった。

 その翌日は小雨が降っていた。
 オレが小川の辺りに行くも爺さんの姿はどこにもない。さすがにこんな日までは来ないかと引き上げる。でもその翌日も、そのまた次の日も爺さんは姿を現さなかった。
 心配になったオレは彼が滞在している村へと赴く。
 そして知った。
 彼が亡くなったということを。

 共同墓地の片隅にポツンと置かれた石。
 適当にその辺から拾ってきたような、ソレが彼の墓標だった。
 表面には何も刻まれていない。どうやら誰にも名乗っていなかったらしい。
 オレは手向けに何か銘でも刻もうかと考えたが、やっぱり止めた。
 どんな言葉で飾ったところで、なんら意義を見出せなかったから。
 彼の人生、彼の想い、そのすべては彼だけのモノ。他人がとやかく言えることじゃない。
 だからオレは、ただ静かに彼の冥福を祈った。


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