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98 災厄の魔女
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また失敗した。一体どうなってるの……。
窓のない部屋で女が呟く。
文字がゆっくりと透けていき、じきに完全に消えてしまった。
そして新たな文字が浮かびあがってくる。
予言書が指し示す未来が書き変わる。
それ自体は珍しいことではない。どれほど慎重を期したところで、世の中を形作る要因は多岐に渡る。何がどう作用するのかなんて、完全には把握しきれない。
それでもこれは……。
本当ならダンジョンの地下深くから蘇った奴が暴れ回るはずだったのに。
ばら撒かれた魔剣が多くの悲劇を生むはずだったのに。
それなのに結果は辺境の小さな一領地が滅んだだけ。
アイツは……、ちゃんと死んだようね。
小心で小狡いだけの男だったから、唆すのは簡単だったけど、どうにも面白くない。
何かがおかしい。
影響力の強い彼の国の力を削ごうと次々と手を打った。
いっそ大陸に覇を唱えるぐらいの野心があれば、誑かすのは簡単だというのに、あそこの王は代々が保守的だ。やはり国の成り立ちが原因なのかしら。
仕方がないので結構な手間暇をかけて、予言の書の内容を成就させようと画策しまくった。あんまりにもやり過ぎて、もう自分でも細かいところまでは覚えていない。
貿易戦争を仕掛けて経済を混乱させてやった。
隣国を唆し毒婦を送り込んで妃にしてやった。
闇ギルドを幾つも立ち上げて人心を乱した。
怪しげな魔道具を裏市場に紛れ込ませて、いくつもの悲劇を招いてやった。
国内のバカどもを焚きつけて、数多の災いの種をばら撒いた。
邪魔になりそうなランドクレーズ家の跡継ぎを早々に始末した。ついでに独り残された娘が狂い、後に金色の悪魔と呼ばれ内乱を起こし、傾国する算段だったというのに、ついぞそんな噂も聞えてこない。いや、これは些か気が早すぎるか。まだ小さかったはずだ。まだせいぜい壊れかけといったところか。
まぁ、いい。それよりも今回のダンジョンの件だ。
十年ほど前に、わざわざダンジョンの存在を領主に教えてやり、秘匿するように促した。後にアレが出現するのが預言されていたからだ。
……なのにである。モンスターの群れは消滅、怪物も何処かへ消えてしまった。
予言の書に現れた未来を成就するために、私は努力を惜しんでいない。
なのにちょっと他所を構っていたら、彼の国での策略のほとんどが潰されている。少し前までは順調に推移していたので油断していた。それにしたっておかしな話だ。他の国での成果と見比べたら、あまりにも異常な事態。
一体、あの国で何が起こっている? 何が私の邪魔をしている?
やがて予言の書に新たに文字が浮かび上がる。
『閃光姫と人形姫の台頭』
気に入らない。気に入らない。気に入らない。
なんだかとっても嫌な感じがする。
かつてランドクレーズの青二才と目が合ったときの感覚が不意に蘇る。
理屈ではない。ほんの一瞬ではあったが、ただそれだけで「コイツは自分の敵となる」と悟った。あの感覚だ。この文言からはそれを感じる。こいつらは邪魔だ。私の前に立ち塞がる邪魔者だ。世界の敵だ。一刻も早く見つけ出して滅ぼさなければ。
あー、預言の書がもっと詳細な内容を報せてくれたらいいものを。
せっかく私が、よりよい世界のためにと頑張っているというのに。
本当にどいつもこいつも足ばかり引っ張って、気の利かない。
どうにも心がクサクサしてしょうがない。
いっそあそこみたいに、すべてを滅ぼしてしまえたら、さぞや爽快でしょうに。
白く細い指が預言の書をゆっくりと閉じた。
古ぼけた表紙を愛おし気に撫でながら女が囁く。
すべては女神の手から零れ落ちた者たちのために……。
窓のない部屋で女が呟く。
文字がゆっくりと透けていき、じきに完全に消えてしまった。
そして新たな文字が浮かびあがってくる。
予言書が指し示す未来が書き変わる。
それ自体は珍しいことではない。どれほど慎重を期したところで、世の中を形作る要因は多岐に渡る。何がどう作用するのかなんて、完全には把握しきれない。
それでもこれは……。
本当ならダンジョンの地下深くから蘇った奴が暴れ回るはずだったのに。
ばら撒かれた魔剣が多くの悲劇を生むはずだったのに。
それなのに結果は辺境の小さな一領地が滅んだだけ。
アイツは……、ちゃんと死んだようね。
小心で小狡いだけの男だったから、唆すのは簡単だったけど、どうにも面白くない。
何かがおかしい。
影響力の強い彼の国の力を削ごうと次々と手を打った。
いっそ大陸に覇を唱えるぐらいの野心があれば、誑かすのは簡単だというのに、あそこの王は代々が保守的だ。やはり国の成り立ちが原因なのかしら。
仕方がないので結構な手間暇をかけて、予言の書の内容を成就させようと画策しまくった。あんまりにもやり過ぎて、もう自分でも細かいところまでは覚えていない。
貿易戦争を仕掛けて経済を混乱させてやった。
隣国を唆し毒婦を送り込んで妃にしてやった。
闇ギルドを幾つも立ち上げて人心を乱した。
怪しげな魔道具を裏市場に紛れ込ませて、いくつもの悲劇を招いてやった。
国内のバカどもを焚きつけて、数多の災いの種をばら撒いた。
邪魔になりそうなランドクレーズ家の跡継ぎを早々に始末した。ついでに独り残された娘が狂い、後に金色の悪魔と呼ばれ内乱を起こし、傾国する算段だったというのに、ついぞそんな噂も聞えてこない。いや、これは些か気が早すぎるか。まだ小さかったはずだ。まだせいぜい壊れかけといったところか。
まぁ、いい。それよりも今回のダンジョンの件だ。
十年ほど前に、わざわざダンジョンの存在を領主に教えてやり、秘匿するように促した。後にアレが出現するのが預言されていたからだ。
……なのにである。モンスターの群れは消滅、怪物も何処かへ消えてしまった。
予言の書に現れた未来を成就するために、私は努力を惜しんでいない。
なのにちょっと他所を構っていたら、彼の国での策略のほとんどが潰されている。少し前までは順調に推移していたので油断していた。それにしたっておかしな話だ。他の国での成果と見比べたら、あまりにも異常な事態。
一体、あの国で何が起こっている? 何が私の邪魔をしている?
やがて予言の書に新たに文字が浮かび上がる。
『閃光姫と人形姫の台頭』
気に入らない。気に入らない。気に入らない。
なんだかとっても嫌な感じがする。
かつてランドクレーズの青二才と目が合ったときの感覚が不意に蘇る。
理屈ではない。ほんの一瞬ではあったが、ただそれだけで「コイツは自分の敵となる」と悟った。あの感覚だ。この文言からはそれを感じる。こいつらは邪魔だ。私の前に立ち塞がる邪魔者だ。世界の敵だ。一刻も早く見つけ出して滅ぼさなければ。
あー、預言の書がもっと詳細な内容を報せてくれたらいいものを。
せっかく私が、よりよい世界のためにと頑張っているというのに。
本当にどいつもこいつも足ばかり引っ張って、気の利かない。
どうにも心がクサクサしてしょうがない。
いっそあそこみたいに、すべてを滅ぼしてしまえたら、さぞや爽快でしょうに。
白く細い指が預言の書をゆっくりと閉じた。
古ぼけた表紙を愛おし気に撫でながら女が囁く。
すべては女神の手から零れ落ちた者たちのために……。
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