青のスーラ

月芝

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97 スタンピート編 新たな火種

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「よし! バックレよう」

 邸宅へと戻り、スタンピートについての諸々を説明したら、当主のアンケルが実に爽やかな笑顔で言い切った。

 あれから丸一日かけて、夕方頃に帰宅したオレとエメラさん。
 とりあえず勝手をした詫びと帰宅の報告をしに、主人のもとを訪れたメイド長。
 詳細は夕食後、クロアが自室に戻ってからということになる。
 そして夜更けの執務室に集まったアンケル爺と執事長クリプトさん、メイド長のエメラさんに青いスーラのオレ。
 始めのうちはエメラさん主体で話を進めていたのだが、面倒になったので早々に触手回線を開き、皆に子機の分体を与えて、諸々をぶっちゃけちゃった。
 だって面倒なんだもの。いちいちエメラさんを介してのやり取りが。なによりドンドンと銀髪ハーフエルフのイライラが募って、部屋の空気が悪くなるったらありゃしない。
 そういや昨夜は徹夜だった。そりゃあイライラもするわな。

 爺とクリプトさんの反応は、思いのほか鈍かった。
 それはもうこっちが拍子抜けするほどに。

「今更じゃな……」
「今更ですね……」

 それなりの覚悟を持っての告白が、たったコレだけで流された。
 受け入れられたのは嬉しいけれど、なんだかおっさん、ちょっとショック。

「どのみち満足な説明なんぞ出来んじゃろ。バレたら面倒なだけじゃ。だからワシらは知らぬ存ぜぬを通す。じきにユークライト家の方からも事態終息の連絡が入るだろう。そうしたら王都から調査団が派遣されて、後は勝手にやりおるわい」
「そうですね。もしかしたらチョコパ方面への調査協力として、兵の貸し出しを打診されるかもしれませんが」

 主人の意見に頷きつつ、今後の展開を予想する執事長。

「慰安の名目でユークライト家に使いを出す必要もありますし」
「そうさな……、その一団にクロアの奴も混ぜてやれば喜ぶじゃろう」
「それは妙案ですね。クロアさまもお喜びになられます」

 更に二人の話にメイド長が加わり、次々と今後の方針が固まっていく。
 すっかりお仕事モードに入った三人。ちなみにオレはぽつんと蚊帳の外に置かれている。
 そしてたっぷりと時間をかけての相談事が終了したところで、おもむろに爺が部屋の隅に転がる青いスーラのことを思い出した。

「おぉ、それからお前さんはこれまで通りで構わん。ワシら以外の前では、適当に誤魔化しておけ。下手に話せるなんぞ周囲にバレてみろ。今まで以上にコキ使われることになるぞ」

 爺の言葉を反芻し、オレは少し妄想してみる。
 メイドさんらにバレる……、これまで以上にお願いごとをされる。
 黒服たちにバレる……、事務仕事を手伝わされている姿が思い浮かぶ。
 司書さんらにバレる……、図書室に缶詰にされて一晩中働かされる。
 騎士団の面々にバレる……、汗臭い洗濯物や武具の手入れに、汚部屋の片付けをやらされる。
 トア先生にバレる……、彼女は優しいから、たぶんこれまで通り。
 仮面女にバレる……、無茶な組手の相手をさせられてボロボロに。
 鍛冶工房の親っさん……は、変わらないかなぁ。
 料理長……も、変わらないな、うん、たぶん。
 クロアとルーシーさんは……、ちょっとわからない。あの二人って何気に感覚で動く天才肌だから予測がつかん。

《うん。とりあえず現状維持で》

 オレがそう答えると三人とも「それがいい」と頷いてくれた。
 クロアに正体を明かすかどうかについては、時期を見ることでみなの意見が一致する。
 なんといってもあの子はまだ五歳児、秘密を共有するには、いささか心もとない。本人にその気がなくてもポロリもある。だから彼女が王都の学園へと通うことになる十二歳を目処に、ということで落ち着いた。その頃ならば分別もあるだろうし、自分でちゃんと考えて判断できるだろうから。

 結局、オレの秘密を共有するのは、この場にいる三人。
 当主アンケル・ランドクレーズ、執事長のクリプト、メイド長のエメラ、のみとされた。なお何かを表に出すときには、必ず自分を通せとアンケル爺には念を押された。
 どうやらオレが以前に提供した新型甘味料とサツマイモもどきが、すでにトンデモナイことになっているみたい。商品を任せているクロアの母方の祖母で、大商会のオーナーでもあるアロ・シャープの笑いが止まらないんだとか。もうウハウハらしい。

《ところで騎士団長には、オレのことを教えなくてもいいのか?》

 深夜の会合もようやく締めへと差し掛かったところでポツリと零すと、三人が揃ってサッと目を逸らした。

「アレは隠し事にはむいておらぬ」
「彼は一本気ですから」
「……」

 あー、わりと脳筋気質だからなぁ、あの人。
 信任はしているが、ソレとコレとは話が別ということか。
 哀れ騎士団長、今度また新しい本を差し入れてやるとしよう。
 おっさんは基本的にモテない男の味方だからな。

 こうしてオレを巻き込んだ一連の騒動は幕と閉じたかに思えたのだが……。



 時を少しばかり遡る。
 チョコパを壊滅させたモンスターの群れが山を越え、ユークライト家の本拠地である辺境都市へと向かっていた頃。
 スタンピートの報を受けて、城壁上で警備についていた兵らが騒ぎだす。
 突然の轟音、地響きが深夜に鳴り響いたのだから。

「この音は一体……」「敵襲か」「違う」「アレは何だ」「光の雨……」「星が降っているのか?」「それにしては様子がおかしい」「数が多すぎる」

 時間にすればそれほど長くはない。それでも兵らはまるで生きた心地がしなかった。
 数多の星が流れては、大地に落ち火柱を上げる。まるで神話に登場するかのよう異様な光景を前に、彼らは目を逸らすことなく、眺めていることしか出来ない。
 じきに静寂が戻ってきたとき、彼らは心底ホッとした。だがそんな安堵もすぐに吹き飛ぶ。
 今度は夜陰の風に乗って、遠くから何者かが激しく戦っているかのような音が聞こえてきたからだ。足元もずっと微振動を続けている。
 どれだけ城壁の上から目を向けても正体はわからない。それが一層、みなの恐怖心を煽ることになる。
 やがて音も静まっていき、完全に聞こえなくなった。振動も止まった。
 空は白じみ始め、ようやく長い夜が明ける。
 そんなタイミングで一本の青い炎の柱が天へと延びたのを、多くの兵が目撃する。
「神罰の火」誰云うともなく、そんな言葉が自然に発生した。
 誠実なユークライト家の領民らを守るために、女神が遣わしてくれた天の救いだと拝む者まで現れ、住民らの間では、これがまことしやかに囁かれることになっていく。

 そして夜が完全に明けてから派遣された先遣隊は目撃する。
 かつて河原であったであろう荒地に転がる無数のモンスターらの屍。
 立ち込める死臭、あまりの濃厚さに熟練の冒険者さえも顔を顰め、若い者は吐いた。
 それを超えた先の森の中に、謎の巨大なすり鉢状の穴を発見。
 しかしつい先日までこんなモノは確かになかったと、隊に参加している一人が証言する。
 周囲の木々は無残にへし折られ、地面は抉れ、この場所で何らかの戦闘行為が行われたことは明白。だが彼らに分かったのはそこまでであった。

 先遣隊の報告を受けてユークライト家当主は、慎重に一日様子を伺ってから、ようやく事態が終息したことを宣言した。



 終息宣言より二週間後、スタンピート戦場跡に、いくつもの動く人影があった。
 彼らはみな王都から派遣された調査団の面々である。
 調査団は二手に分かれて軍勢を伴った一団がチョコパへと赴き、残りのメンバーがこっちを調べていたのである。

「これは……かなり高温に晒されたみたいね」
「はい。炎の柱を見たという目撃証言が、多数上がっています」

 森の奥に出現したすり鉢状の穴の表面を調べる女。彼女は中央の要請で派遣された魔術ギルドの研究員の一人。側にいるのは助手の男である。
 二人はユークライト家から提出された報告書片手に現場検証をしていた。概ね内容通りで不信な点は何もない。律儀な同家はモンスターらの死骸から回収した魔石を、ただの一つもくすねることなく計上して、王都に報告までしている。
 これに感銘を受けた王様は「すべて好きにせよ」と仰せになったとか。

「実際に目にすると、女神さま云々の話を信じたくなっちゃうわね」
「そうですね。この有様では……」

 そう言って周囲を見回す二人。
 あれから結構な時間が経っているにも関わらず、未だに戦闘痕がありありと残る現場。

「真偽のほどはともかく、何かがここで激しくぶつかったのだけは疑いようがない。問題はそれが何者なのかということ。でも、たぶんだけど片方はかなりの巨体よ。そしてもう片方は……」

 かなり小さい。女はそう断言した。
 理由を訊ねる助手に、彼女が語って聞かせる。

「ほら、ここをよく見て」

 女が指さしたのは、地面に走る幾つもの鋭く深い巨大な溝。

「まるで剣を振り抜いたような跡でしょう。こういう風にしようと思ったら上段から思いっ切り、自分の足元に向けて振り下ろさなければならない。つまり……」
「地面に転がる何かに向かって、剣のような武器を振るったと」
「そういうこと。溝の大きさから考えるに、かなりの巨体よ。たぶんあの街の城壁よりも大きい。他にも周囲の木の切断された様子を見れば一目瞭然、断面図から察するに上方から下方に向けて切り払われているケースが圧倒的に多い。なかには根本付近をわざわざ横薙ぎにしてあるのもある。そのことからも推察すると、せいぜい子供ぐらいの背丈かしら。まるで巨人と小人の闘いね」
「巨人と小人ですか……言い得て妙ですが、そんな報告をあげて、上が納得するでしょうか?」

 助手の疑問にあっさり「無理でしょう」と首を振る女。

「とりあえず現場の状況だけは克明に記録しておいて、推論は削除しておきましょう」
「そうしましょう。どうせ嫌味を言われて、バカにされるだけですから」

 このときに彼女たちがまとめた調査結果のレポート。それが後にある者の目に留まることになり、それが新たな騒動の引き金になることを彼女たちは知らない。


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