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95 スタンピート編 元凶
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山の麓から少しばかり離れた森の中に、ソレはいた。
六本腕の異形。
見上げるほどに大きいが痩せた体躯。いや、痩せたといっても他の部位との相対的な話で、巨木の幹ぐらいはある。虫の足のように節くれだった細長い腕の先に手は無い。代わりに鋭い剣のようなモノがある。ヒョロリとしており、どこか竹や柳などを連想させるしなやかな立ち姿。頭の部分に目鼻はなく、鋭い牙がびっしりと生えた大きな口があるばかり。まるでイソギンチャクを首から上に装着したよう。口元から垂れる涎からは、猛烈な悪臭が放たれている。
黒光りする巨大ミミズに、イソギンチャクをくっつけて、手足が生えたような怪物。
ソイツが禍々しい殺気を放っていた。
《六本の剣ねぇ……、なんだか前に読んだ本の中に登場した奴に似ている気もするが》
アレは確か神話にまつわる古い話をまとめた本だったと思う。
聖剣は女神や神獣などの高位の存在から祝福を受けることで誕生する。対して魔剣と呼ばれる存在は、とある邪悪な魔物の体内から産み落とされる。それが六本腕の魔人。魔剣は持つ者に強大な力を授けるが、同時に精神を喰らい、やがては持ち主を傀儡と化す。そして殺戮人形とする。
あまりにも無軌道に災いの種を大地に振りまく六本腕の魔人。
混乱する世界、これを見かねた女神が神竜の力を借りて、奴を地中深くの迷宮へと封印したとかなんとか……、そんな話だったと思うけど。まさか……、ねぇ。
悩んでいてもしょうがない。とりあえずひと当てしてみるか。
オレは魔力を練り一撃を放つ。初手は普段は禁じている火魔法。
産み出された火の塊がうねりを上げて勢いよく飛んでいく。
ヒュンと風切り音が鳴った。
無造作に剣を振り下ろされたのだ。
一刀の下に火の玉は両断されて消滅してしまう。
《魔法を斬った? いや、かき消されたように見えた。まさか本当にあの腕って魔剣の類なのかよ!》
魔剣は魔力を吸収する。魔力の流れを断ち切る。
図書室で得た知識として知ってはいるものの、実物を目にするのは初めてだ。
これは不味い……魔力を吸収するってことは、オレは迂闊に奴に近寄れないことになる。なにせスーラの体は魔力の詰まった袋みたいなもの。捕まったが最後、チューチューされちまうじゃねぇか。
風や土と水の属性魔法でも試してみたが結果は同じ、見事に斬られた。水はともかく、視認しづらい風の刃にもきっちり反応しやがった。口しかないくせに目が良い。
かろうじて効きそうな遠距離攻撃は、土を媒体としたもののみ。それすらも六本の腕を振り回されて、大半が叩き落される。よしんば接近戦が可能であっても、アレを相手にするのは骨が折れるぞ。
だが収穫もあった。よくよく観察してみると、奴は魔力を込めた攻撃には過敏に反応するくせに、地面に撥ねた石などが体に当るのを気にした様子がまるでない。
試しに魔力によって生み出した弾ではなくて、そこいらに落ちていた小石を拾って投げてみた。すると小石は見事に奴の体に当る。さすがに小石一個ではダメージもクソもないがそれでも当てられる。こいつは朗報だ。
よし、奴の注意を逸らしつつ、高威力の物理攻撃を当てよう。
そう方針を決めたのだが、オレがせこせこと動いている間、奴がじっとしている道理はないわけで……。
奴が猛然とオレに肉薄する。
体が大きいから一歩がデカい。懸命に逃げても、アッという間に追いつかれ、距離を詰められる。
長い腕が鞭のようにしなり、ゴウンと唸りながら襲いかかる。
頭上からギロチンのように剣先が振り下ろされる。
地を這う鎌のように刃が追尾してくる。
槍のような鋭い突きが繰り出される。
斬る、突く、払う、が織り交ぜられた連撃に、こっちは防戦一方。
広範囲を見渡せるオレの視野だからこそ、なんとか躱せているが、普通の人だったら完全に死角からの攻撃になるぞ、コレ。
腕の関節が通常よりも二つばかり多いのが鬱陶しい。おかげで剣の軌道がちょくちょく変化しやがるから油断がならぬ。それでうっかり掠ろうものならば、きっちり魔力を奪っていきやがるから始末が悪い。
やられっ放しも癪なので、逃げる途中で拾った岩なんかをぶつけてやる。腹とかは平気だったが、口の辺りと足の脛にガツンとぶつけてやったら、ちょっと痛がる素振りを見せた。
《ざまぁ、見やがれ》
もっともすぐに怒った奴に更に追いまくられることになったがな。
さて、じきに夜が明ける。
あんまりのんびりともしていられない。
こんな化け物の姿を見たら、街の人たちは大パニックだろうし、なにより帰りが遅くなるとクロアが心配する。だからおっさんは早々に試合終了とさせていただく。
逃げ惑うフリをしつつ、コツコツと小型の分体を産み出しては戦力を揃える。
とりあえず三十もあればいいだろう。
《お前ら準備はいいか?》
《タイチョー、かしこまー》
放った分隊のメンバーら全員から返事がくるのを確認。メンバーには魔力を完全に殺し気配を断って、奴の周囲に散開するように命じてある。
オレが合図を送ると、それまで気配を隠していた分体らが、ランダムで魔力を循環させて強い気配を放っては消すを繰り返す。
突如として出現した魔力に反応し、奴はきょろきょろと右往左往。
右へ敵が現れたと向かえば、姿が消えて左に、そっちに剣を振れば、今度は後ろに、といった具合に翻弄される。
目が見当たらないからこその有効な囮作戦。
メンバーらが奴をおちょくっている間に、オレは必勝の攻撃を放つべく準備に入る。
アイテム収納内に貯蔵してあった、ちょっと良い素材のインゴットを纏めて練り練り。
巨大な杭を三本ばかし作成。
で、コイツを自分の体を弦に使ってボウガンの矢のように射出、奴のどてっ腹に大きな風穴を開けてやろうというワケ。
砲弾のように打ち出したかったけれど、下手に魔力を帯びさせると感知されて避けられそうだから、今回はこっちにした。
体を一本のワイヤーに見立てて変形。
キリキリ身をよじって、よじって、よじって、よじる。
充分な強度が確保できたら、両端を地面にしっかりと固定。
杭をセットして即席のボウガンもどきの完成。
弦の部分も自力で引けるから、実際のボウガンのように巻く必要がない分、こっちのほうが優秀だな。なにより壊れにくいし、メンテナンスも不要だし。
《よーし。準備完了。それじゃあ、いくぞー》
《オッケー》
ひょろりとした細身とはいえ巨体だ。的としては充分な大きさ。
ちょうどオレから後ろを向いた形になるように、分隊メンバーらが誘導した瞬間に第一射。
スーラボディを駆使した弦がブゥンと放たれ、勢いよく飛び出す巨大な杭。それは狙いをあやまたず、奴の背中に刺さり、勢いのままに突き抜けた。
ぽっかりと空いた大穴から黄色い体液が溢れだす。
あまりの衝撃に態勢を崩し、巨体が地面に投げ出される格好にて転がる。しかしこの程度で終わるわけがない。すぐさま四つん這いの姿勢から起き上がろうとする。
そこにすかさず第二射。
今度は奴の大きな口から後頭部にかけて貫ぬく。
貫通こそはしなかったものの、頭をぶち抜かれてフラフラする体。
留めだとオレは第三射の準備に入ろうとした。だがその時に奴の体に異変が起こる。
背中周りが一斉にボコボコと膨れていくつも泡が立つ。そしてその泡が弾けて出現する黒い剣。片手剣だったり両手剣だったりレイピアだったりと、形状は様々だが、すべて魔剣だ。軽く五十はある。それらが背中の泡を突き破り、白じみ始めた明けの空へと舞い上がる。
《なっ!?》
舞い上がった剣たちは、まるで自分の意志があるかのように、オレや分隊メンバーらへと襲いかかっては、青い体に刃を突き立てる。
あまりのことに対応が遅れたメンバーらが、次々と凶刃に倒れ消滅していくのを尻目に、オレも多数の剣に襲われるのを躱すので精一杯。異変を感じ、咄嗟に杭を放り出して形態は戻したのが功を奏した。だがこれは……。
不味い、そう口にしようとした矢先に懸念が現実となる。
魔剣の群れに追いたてられる格好にて誘導されたオレの身が、奴本体の正面に無防備に晒されてしまった。
迫る巨大な剣に反応出来ない。
刃先が青いスーラボディに深々と突き刺さる。いやな感触と共に腹の中へと侵入していくる異物。
剣は止まることなく、そのまま地面を抉るかのように突き立てられる。
「キシャアァァァ――――ッ!!!」
異形の怪物が勝利の雄叫びを上げた。
体内の魔力がズルズルと、もの凄い勢いで引きずり出され奪われる。
気が遠くなる。
こんな感覚は転生以来初めてのこと。
薄れゆく意識の中、オレは奴の雄叫びを遠くに聞いた。
一瞬、クロアの笑顔が浮かんだ。メーサやエメラさんや、他のみんなの姿も次々に浮かんでは消えていく。
最後にクロアがもう一度登場する。
今度は泣き顔だった。
金髪幼女のそんな顔をさせた自分に無性に腹が立った。
ムクリとおっさんの反骨精神が鎌首をもたげる。
『スーラの体は、正しく認識することより、全てが始まる』
オレがこの世界で生きるにあたって、最初に学んだことにして絶対の真理。
魔力が吸い取られるのならば、新たに産み出せばいい。
ギアを回せ! 魔力を高めろ! 魔力回路全開! 出し惜しみはナシだ! 魔力が欲しいのならばいくらでもくれてやる。そして盛大に腹でも下しやがれっ!
ドラゴンなどの一部の例外を除き、この世界の住人たちは循環効率三割前後の魔力回路しか持ち合わせていない。
だがオレは、スーラという謎生物は違う。
潤沢な魔力を持ち合わせているだけでなく、意識することによって抵抗率ゼロ、循環効率百パーセント以上の回路を実現する。
スーラボディを巡るように配置された魔力回路が、オレの意志に答えるかのように唸りを上げて輝きを放つ。これまでに産み出したことのないほどの、高純度の魔力の塊が光の奔流となって縦横無尽に駆け巡る。
異変はすぐに現れた。
奴が慌てて剣を引き抜くとオレを振り払おうとする。だが残念なことにスーラボディの性質は変幻自在。粘着質に転じるなんてお手の物。べったりと腕の延長となっている剣身に張り付いてやって離れない。
《どうやら自分では魔力の吸収を止められないようだな》
苛立った奴が、己の腕ごとオレを切り払おうとするも、今度はそっちの剣腕に張り付いてやった。
空中より魔剣の群れが飛来して、オレの体にザクザクと突き刺さる。
しかしそれでもオレは離れない。ついでだとばかりに魔剣の群れにも魔力をたっぷりとお見舞いしてやった。すると堪えきれなかったらしくて、次々と粉々になっていく魔剣たち。
体を痙攣させながら、じきに抵抗が弱くなり、奴が大地に膝をつく。
オレはすかさず触手を伸ばして、さっき放り出した杭を拾うと、極限まで収縮性を高めこれを思いっきり引き寄せた。
伸ばしたゴムが戻るように到来する巨大な杭が、奴の腹にもう一つの穴を穿つ。
オレは杭を掴んだ手を離すことなく、そのままの勢いにて巨体を大地へと叩きつけた。
間髪入れずに二度、スーラボディを変形させたハンマーにて打つ。
一撃目は、ついさっきまで握っていた腹の杭に。
二撃目は、顔に刺さっていた杭をガツンと思いっきり殴ってやった。
まるで昆虫の標本のように地面に縫い留められる体。
これが止めとなる。
奴はついに完全に沈黙した。
次第に世界から夜の色が薄まっていく。
じきに夜が明ける。どうやら今日もいい天気らしい。
地面にだらしなく寝転がりながら空を見上げる。
おっさんは無性に煙草の煙が恋しくなった。
六本腕の異形。
見上げるほどに大きいが痩せた体躯。いや、痩せたといっても他の部位との相対的な話で、巨木の幹ぐらいはある。虫の足のように節くれだった細長い腕の先に手は無い。代わりに鋭い剣のようなモノがある。ヒョロリとしており、どこか竹や柳などを連想させるしなやかな立ち姿。頭の部分に目鼻はなく、鋭い牙がびっしりと生えた大きな口があるばかり。まるでイソギンチャクを首から上に装着したよう。口元から垂れる涎からは、猛烈な悪臭が放たれている。
黒光りする巨大ミミズに、イソギンチャクをくっつけて、手足が生えたような怪物。
ソイツが禍々しい殺気を放っていた。
《六本の剣ねぇ……、なんだか前に読んだ本の中に登場した奴に似ている気もするが》
アレは確か神話にまつわる古い話をまとめた本だったと思う。
聖剣は女神や神獣などの高位の存在から祝福を受けることで誕生する。対して魔剣と呼ばれる存在は、とある邪悪な魔物の体内から産み落とされる。それが六本腕の魔人。魔剣は持つ者に強大な力を授けるが、同時に精神を喰らい、やがては持ち主を傀儡と化す。そして殺戮人形とする。
あまりにも無軌道に災いの種を大地に振りまく六本腕の魔人。
混乱する世界、これを見かねた女神が神竜の力を借りて、奴を地中深くの迷宮へと封印したとかなんとか……、そんな話だったと思うけど。まさか……、ねぇ。
悩んでいてもしょうがない。とりあえずひと当てしてみるか。
オレは魔力を練り一撃を放つ。初手は普段は禁じている火魔法。
産み出された火の塊がうねりを上げて勢いよく飛んでいく。
ヒュンと風切り音が鳴った。
無造作に剣を振り下ろされたのだ。
一刀の下に火の玉は両断されて消滅してしまう。
《魔法を斬った? いや、かき消されたように見えた。まさか本当にあの腕って魔剣の類なのかよ!》
魔剣は魔力を吸収する。魔力の流れを断ち切る。
図書室で得た知識として知ってはいるものの、実物を目にするのは初めてだ。
これは不味い……魔力を吸収するってことは、オレは迂闊に奴に近寄れないことになる。なにせスーラの体は魔力の詰まった袋みたいなもの。捕まったが最後、チューチューされちまうじゃねぇか。
風や土と水の属性魔法でも試してみたが結果は同じ、見事に斬られた。水はともかく、視認しづらい風の刃にもきっちり反応しやがった。口しかないくせに目が良い。
かろうじて効きそうな遠距離攻撃は、土を媒体としたもののみ。それすらも六本の腕を振り回されて、大半が叩き落される。よしんば接近戦が可能であっても、アレを相手にするのは骨が折れるぞ。
だが収穫もあった。よくよく観察してみると、奴は魔力を込めた攻撃には過敏に反応するくせに、地面に撥ねた石などが体に当るのを気にした様子がまるでない。
試しに魔力によって生み出した弾ではなくて、そこいらに落ちていた小石を拾って投げてみた。すると小石は見事に奴の体に当る。さすがに小石一個ではダメージもクソもないがそれでも当てられる。こいつは朗報だ。
よし、奴の注意を逸らしつつ、高威力の物理攻撃を当てよう。
そう方針を決めたのだが、オレがせこせこと動いている間、奴がじっとしている道理はないわけで……。
奴が猛然とオレに肉薄する。
体が大きいから一歩がデカい。懸命に逃げても、アッという間に追いつかれ、距離を詰められる。
長い腕が鞭のようにしなり、ゴウンと唸りながら襲いかかる。
頭上からギロチンのように剣先が振り下ろされる。
地を這う鎌のように刃が追尾してくる。
槍のような鋭い突きが繰り出される。
斬る、突く、払う、が織り交ぜられた連撃に、こっちは防戦一方。
広範囲を見渡せるオレの視野だからこそ、なんとか躱せているが、普通の人だったら完全に死角からの攻撃になるぞ、コレ。
腕の関節が通常よりも二つばかり多いのが鬱陶しい。おかげで剣の軌道がちょくちょく変化しやがるから油断がならぬ。それでうっかり掠ろうものならば、きっちり魔力を奪っていきやがるから始末が悪い。
やられっ放しも癪なので、逃げる途中で拾った岩なんかをぶつけてやる。腹とかは平気だったが、口の辺りと足の脛にガツンとぶつけてやったら、ちょっと痛がる素振りを見せた。
《ざまぁ、見やがれ》
もっともすぐに怒った奴に更に追いまくられることになったがな。
さて、じきに夜が明ける。
あんまりのんびりともしていられない。
こんな化け物の姿を見たら、街の人たちは大パニックだろうし、なにより帰りが遅くなるとクロアが心配する。だからおっさんは早々に試合終了とさせていただく。
逃げ惑うフリをしつつ、コツコツと小型の分体を産み出しては戦力を揃える。
とりあえず三十もあればいいだろう。
《お前ら準備はいいか?》
《タイチョー、かしこまー》
放った分隊のメンバーら全員から返事がくるのを確認。メンバーには魔力を完全に殺し気配を断って、奴の周囲に散開するように命じてある。
オレが合図を送ると、それまで気配を隠していた分体らが、ランダムで魔力を循環させて強い気配を放っては消すを繰り返す。
突如として出現した魔力に反応し、奴はきょろきょろと右往左往。
右へ敵が現れたと向かえば、姿が消えて左に、そっちに剣を振れば、今度は後ろに、といった具合に翻弄される。
目が見当たらないからこその有効な囮作戦。
メンバーらが奴をおちょくっている間に、オレは必勝の攻撃を放つべく準備に入る。
アイテム収納内に貯蔵してあった、ちょっと良い素材のインゴットを纏めて練り練り。
巨大な杭を三本ばかし作成。
で、コイツを自分の体を弦に使ってボウガンの矢のように射出、奴のどてっ腹に大きな風穴を開けてやろうというワケ。
砲弾のように打ち出したかったけれど、下手に魔力を帯びさせると感知されて避けられそうだから、今回はこっちにした。
体を一本のワイヤーに見立てて変形。
キリキリ身をよじって、よじって、よじって、よじる。
充分な強度が確保できたら、両端を地面にしっかりと固定。
杭をセットして即席のボウガンもどきの完成。
弦の部分も自力で引けるから、実際のボウガンのように巻く必要がない分、こっちのほうが優秀だな。なにより壊れにくいし、メンテナンスも不要だし。
《よーし。準備完了。それじゃあ、いくぞー》
《オッケー》
ひょろりとした細身とはいえ巨体だ。的としては充分な大きさ。
ちょうどオレから後ろを向いた形になるように、分隊メンバーらが誘導した瞬間に第一射。
スーラボディを駆使した弦がブゥンと放たれ、勢いよく飛び出す巨大な杭。それは狙いをあやまたず、奴の背中に刺さり、勢いのままに突き抜けた。
ぽっかりと空いた大穴から黄色い体液が溢れだす。
あまりの衝撃に態勢を崩し、巨体が地面に投げ出される格好にて転がる。しかしこの程度で終わるわけがない。すぐさま四つん這いの姿勢から起き上がろうとする。
そこにすかさず第二射。
今度は奴の大きな口から後頭部にかけて貫ぬく。
貫通こそはしなかったものの、頭をぶち抜かれてフラフラする体。
留めだとオレは第三射の準備に入ろうとした。だがその時に奴の体に異変が起こる。
背中周りが一斉にボコボコと膨れていくつも泡が立つ。そしてその泡が弾けて出現する黒い剣。片手剣だったり両手剣だったりレイピアだったりと、形状は様々だが、すべて魔剣だ。軽く五十はある。それらが背中の泡を突き破り、白じみ始めた明けの空へと舞い上がる。
《なっ!?》
舞い上がった剣たちは、まるで自分の意志があるかのように、オレや分隊メンバーらへと襲いかかっては、青い体に刃を突き立てる。
あまりのことに対応が遅れたメンバーらが、次々と凶刃に倒れ消滅していくのを尻目に、オレも多数の剣に襲われるのを躱すので精一杯。異変を感じ、咄嗟に杭を放り出して形態は戻したのが功を奏した。だがこれは……。
不味い、そう口にしようとした矢先に懸念が現実となる。
魔剣の群れに追いたてられる格好にて誘導されたオレの身が、奴本体の正面に無防備に晒されてしまった。
迫る巨大な剣に反応出来ない。
刃先が青いスーラボディに深々と突き刺さる。いやな感触と共に腹の中へと侵入していくる異物。
剣は止まることなく、そのまま地面を抉るかのように突き立てられる。
「キシャアァァァ――――ッ!!!」
異形の怪物が勝利の雄叫びを上げた。
体内の魔力がズルズルと、もの凄い勢いで引きずり出され奪われる。
気が遠くなる。
こんな感覚は転生以来初めてのこと。
薄れゆく意識の中、オレは奴の雄叫びを遠くに聞いた。
一瞬、クロアの笑顔が浮かんだ。メーサやエメラさんや、他のみんなの姿も次々に浮かんでは消えていく。
最後にクロアがもう一度登場する。
今度は泣き顔だった。
金髪幼女のそんな顔をさせた自分に無性に腹が立った。
ムクリとおっさんの反骨精神が鎌首をもたげる。
『スーラの体は、正しく認識することより、全てが始まる』
オレがこの世界で生きるにあたって、最初に学んだことにして絶対の真理。
魔力が吸い取られるのならば、新たに産み出せばいい。
ギアを回せ! 魔力を高めろ! 魔力回路全開! 出し惜しみはナシだ! 魔力が欲しいのならばいくらでもくれてやる。そして盛大に腹でも下しやがれっ!
ドラゴンなどの一部の例外を除き、この世界の住人たちは循環効率三割前後の魔力回路しか持ち合わせていない。
だがオレは、スーラという謎生物は違う。
潤沢な魔力を持ち合わせているだけでなく、意識することによって抵抗率ゼロ、循環効率百パーセント以上の回路を実現する。
スーラボディを巡るように配置された魔力回路が、オレの意志に答えるかのように唸りを上げて輝きを放つ。これまでに産み出したことのないほどの、高純度の魔力の塊が光の奔流となって縦横無尽に駆け巡る。
異変はすぐに現れた。
奴が慌てて剣を引き抜くとオレを振り払おうとする。だが残念なことにスーラボディの性質は変幻自在。粘着質に転じるなんてお手の物。べったりと腕の延長となっている剣身に張り付いてやって離れない。
《どうやら自分では魔力の吸収を止められないようだな》
苛立った奴が、己の腕ごとオレを切り払おうとするも、今度はそっちの剣腕に張り付いてやった。
空中より魔剣の群れが飛来して、オレの体にザクザクと突き刺さる。
しかしそれでもオレは離れない。ついでだとばかりに魔剣の群れにも魔力をたっぷりとお見舞いしてやった。すると堪えきれなかったらしくて、次々と粉々になっていく魔剣たち。
体を痙攣させながら、じきに抵抗が弱くなり、奴が大地に膝をつく。
オレはすかさず触手を伸ばして、さっき放り出した杭を拾うと、極限まで収縮性を高めこれを思いっきり引き寄せた。
伸ばしたゴムが戻るように到来する巨大な杭が、奴の腹にもう一つの穴を穿つ。
オレは杭を掴んだ手を離すことなく、そのままの勢いにて巨体を大地へと叩きつけた。
間髪入れずに二度、スーラボディを変形させたハンマーにて打つ。
一撃目は、ついさっきまで握っていた腹の杭に。
二撃目は、顔に刺さっていた杭をガツンと思いっきり殴ってやった。
まるで昆虫の標本のように地面に縫い留められる体。
これが止めとなる。
奴はついに完全に沈黙した。
次第に世界から夜の色が薄まっていく。
じきに夜が明ける。どうやら今日もいい天気らしい。
地面にだらしなく寝転がりながら空を見上げる。
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