青のスーラ

月芝

文字の大きさ
上 下
84 / 226

83 樹木精品評会 3

しおりを挟む
《クロアたちを頼んだぞ。分体ナンバー1》

《タイチョー、かしこまー》

 等身大の分体を出し、アンケル爺たちの側に自分の身代わりとして置いておく。
 品評会の会場に戻りながら、オレは更に追加の分体を四つ出す。こっちは小さいサイズで。

《分体ナンバー2、3、4、5。お前たちは会場内にて例の野生種の周囲を囲め。合図を出したら結界を張ってくれ》

 了解の返事と共に散らばるメンバーたち。これでとりあえずは良し。
 本音を言えば主催者が、会場の客らを追い出してくれるとありがたいんだが、たぶんそこまで期待できないだろう。思っていた以上に来場者数が多い。迂闊に「危ない」なんて報せたらパニックになってしまう。
 一番いいのは何も起こらないこと。
 次点で開催側が、すぐにあの野生種を下げてくれること。
 でも参加を認めている辺り、ちょっと怪しいんだよなぁ。
 今回のイベントにおける、サプライズ的なことを目論んでのことのような気がする。参加者らには逆効果だが、一般向けには宣伝になる。怖い物見たさ、物珍しさから客を集めるというのが狙いだったら、成功かもしれない。

 慌てて会場へと戻ったものの、先ほどと特に様子が変わっていないことにほっとする。
 会場内に入った分体たちからも、なんら異常の報告は届かない。
 これはオレの取り越し苦労だったかも。

 周囲に気取られぬように、鎖に繋がれたドリアードのいる檻へと近づく。
 小さい分、客たちの足元を縫うように、いち早く持ち場に到着した分体たち。
 やっぱりそうだ。檻を遠巻きにしつつも結構な人が集まっている。服装や会話の様子からして一般客ばかり。
 野生種のドリアードは沈黙している。
 さっきまでは鎖をじゃらじゃら鳴らして抵抗していたようだが、すでに諦めたのか。妙に静かだが……うん? なんだ、ありゃ?
 木の根の数本が檻の外へとだらりと伸びている。それが地面に突き刺さっていた。
 オレは目を凝らして根を視る。微かだが魔力の流れを感じる。どこに向かっている? 根が向かっている方向を追ってみる、するとそこには一体のドリアードの姿があった。
 大道芸にて客を沸かしている奴だ。
 重たそうな十二本もの大剣を、軽々とお手玉している。空中をくるくる回る刃を、器用にキャッチしては、また投げる。頭上を回転する剣が連なりアーチを描く。見事なジャグリングの技に、観客からは拍手喝采。
 不意に空中のアーチから剣が一本消えた。
 ビュンという、鋭い音とともに剣が飛来する。狙いは檻の鍵、これをあやまたず撃つ。しかし鍵は壊れない。するとすかさず第二射が届く。寸分たがわず同じ位置に命中した剣により、鍵が吹き飛んだ。そこからは檻の隙間を縫って、次々と剣が飛んでくる。鎖へと着弾。一度では切れなくとも二度、三度と同じ箇所にあたり、鎖が千切れ飛ぶ。十二本の剣がすべて撃ち終わったとき、すでに野生種の体を縛る鎖は半分にまで減っていた。
 待っていたとばかりに奴が動き出す。
 溜め込んでいた鬱憤を開放するかのように、振るわれる強い力。残りの鎖がメキメキと悲鳴をあげた。
 こいつ、近くにいたあの芸人のドリアードを操ったのか? その割には回りくどい真似をしている。直接壊すように命令を出せばいいのに。……なるほど、そこまでは出来ないということか。そいつは朗報だ。もしもこれで自在に操れるとかだったら、オレはこの場をほっ放り出して、クロア達を連れて一目散に逃げる。とても会場じゅうのドリアードらを相手になんてしてられない。

 客たちが異変に気付き騒ぎ始める。もう猶予はない。

《結界を張れ! いま直ぐに!》

 分体たちに指示を送ったオレは、同時にアイテム収納より取り出した玉を、思い切り床に叩きつける。こいつはオレさま印の煙玉。ちょいと濃い目の煙幕だな。真っ黒な煙が結界内に充満して、周囲から中にいるオレの姿を隠してくれる。おかげで正体がバレることなく安心して動ける。持続時間は約五分、それが過ぎれば勝手に薄れて消えてしまう。もちろん無害だ。
 触手回線を伸ばして接触を試みる。
 だが怒りが強すぎてオレの声は奴に届かない。
 逆に奴の激しい感情が回線を逆流し、オレにまで伝わってきて胸が苦しくなる。
 怒りだけじゃない、哀しみも混じっている。断片的な映像が脳裏に浮かぶ。

 森の奥、川の畔、ただ静かに暮らしていたというのに。
 飢えていた冒険者がいたから、実を与えて助けた。なのにそいつらが徒党を組んで襲ってきた。どうして? なんで? ヤメてよ! イタイ、いたいよ、いやだ。ダレかたすけて……。

 記憶の奔流、オレは堪えきれずに回線を切る。

《こいつ、まだ若い個体だ。思考がまるで子供じゃねぇか!》

 ずっとおかしいと思っていた。
 幼いから捕まえることが出来たんだ。本気のドリアードを強引に捕まえようと思ったら、それこそ軍隊でも用意しないと厳しい。
 恩を仇で返され、無理矢理にこんなところにまで連れて来られた。
 怒って当然だ。怨んで当然だ。憎んで当然だ。だけど……だけど、このまま放置すれば、会場はとんでもないことになる。きっと死傷者が多数出る。クロアたちにも被害が及ぶかもしれない。
 だから……、だからオレは……、お前を倒すよ。

 一気に三十の触手を展開、奴の体に叩きつける。
 それと同時に「超振動」技能、最大出力で発動。
 触手が触れたところから砕け散って、塵へと変わっていく。
 痛みを感じる間もなく終わらせてやる。せめて、それぐらいはっ!

 粉塵が舞う。
 だんだんと砕けていく奴の体。
 幹が三つに別れ、ついに崩れ落ちる。

《えりたいよ、カエリタイ……、かえ……リ……た……》

 命が尽きる最後の瞬間、奴の強い想いがオレの心を、体を貫いた。
 思わず謝罪の言葉を口にしそうになるも、なんとか堪える。
 オレにそんな資格はない。

《これまでにも散々にモンスターを屠ってきた。今更だ。手前勝手にもほどがある》

 感傷に浸る間もなく、煙が晴れる前にオレと分体たちは撤収。
 すぐに合流してクロアたちの待つ客室へと向かった。
 会場では突然に暴れ出した野生種が、黒い煙と共に消えたと大騒ぎ。
 騒ぎのせいで品評会の審査は後日改めてとなり、アンケル爺は混乱に巻き込まれる前に屋敷に帰ることに。
 正直、精神的に疲れ切っていたオレとしては有難かった。

 その日の夜更け、オレは屋敷の裏の林にいるドリアードさんのところを訪ねていた。
 今日あったことを正直に打ち明ける。
 彼は特に何も言わず、黙ってオレの話に耳を傾けていた。
 そしてすべて語り終えた後に「そっかー」と口にしただけであった。
 オレはアイテム収納から一振りの枝を取り出す。
 今日、オレが殺したあの子の一部だ。
 あの子の森がどこにあったのかはわからない。
 だから、せめてここに納めさせて欲しいと言ったら、ドリアードさんは快く応じてくれた。



「チョリース。にーやん、おひさー」

 六日ぶりに友人の下を訪ねたら、彼の隣に見知らぬ若木がひょっこり生えていた。
 しかも喋る。口調がやたらと軽い。というか、どこのコギャル?

「あー、この子。この間の子だよ。ほら、ムーさんが埋めていった」
《はぁっ!? ちょ、ちょっと待て。それってどういう意味っ!》
「どうもこうも、そのまんまだよ。枝からスクスク育って、すっかり元気」

 ドリアードさんの説明によると、彼らは体の一部分が残っていれば、地面に埋めれば再生しちゃうとのこと。さすがに灰になるまで焼かれたら無理だけどね、と友人はお道化てみせた。

「いやー、にーやん、つよいっすネ。あたしビックリっす。ちょっとじしんあったんスけど、こっぱみじんですもん。まいった、マイッタ。アハハハハ」
「そんなわけだからムーさん、これからはこの子の分のお菓子もよろしくね」
「スイーツ、よろー」

 楽し気に話すドリアードさんと調子の良い新入り。
 とりあえずややこしいので、これからはこいつはコギャルでいいや。
 それからオレのアノ時の感傷を返しやがれ! とおっさんは心の中で叫んだ。

 翌朝、ドリアード効果が二倍になったせいで、屋敷の敷地内の農場と花壇がえらいことになり、みなが対応に大わらわとなっていた。

しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

御者のお仕事。

月芝
ファンタジー
大陸中を巻き込んだ戦争がようやく終わった。 十三あった国のうち四つが地図より消えた。 大地のいたるところに戦争の傷跡が深く刻まれ、人心は荒廃し、文明もずいぶんと退化する。 狂った環境に乱れた生態系。戦時中にバラ撒かれた生体兵器「慮骸」の脅威がそこいらに充ち、 問題山積につき夢にまでみた平和とはほど遠いのが実情。 それでも人々はたくましく、復興へと向けて歩き出す。 これはそんな歪んだ世界で人流と物流の担い手として奮闘する御者の男の物語である。

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

処理中です...