青のスーラ

月芝

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82 樹木精品評会 2

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 しばらくしてクロアの不用意な発言に驚いて逃げたルーシーさんと合流。
 プンスカと膨れっ面なルーシーさんにクロアは平謝り。とりあえずアンケル爺から謝っておけと言われたから頭を下げているが、たぶん当人は意味がわかっていない。だってまだ彼女は五歳の幼女だもの。
 しょうがないのでオレが秘蔵の料理長お手製キャンディーを提供したら、やっと彼女の機嫌が直った。味は優しいミルク味。ついさっきまで怒っていたのに、今では主従揃って口をモゴモゴして、目尻を下げている。さすがは料理長印のお菓子、食べた人をたちまち笑顔にしてくれる。爺もちょっと物欲しそうな顔をしていたが、生憎の在庫切れ。そこで干し芋をやったら喜んでくれた。
 そうそう。この干し芋、料理長の新作な。
 この前、オレがウチのドリアードさんに教えてもらったサツマイモもどきを彼に渡したら、数日のうちにコレを仕上げてくれた。シンプルに見えて素材の旨味をギュッと濃縮させた逸品。そのまま齧っても旨いが、軽く火に炙ってもイケる。同士ドリアードさんも絶賛のお菓子に、アンケル爺の頬も緩む。

 このように芋をハムハムしている姿は好々爺だが、やはりスゴイお人。
 今回の品評会が開催されている催事場は、中央の城にほど近い場所にあるドーム型の建物の中。ここでは特に格の高い催し事が行われている。
 領都内には他にも大小いくつもの催事場があって、そこでは様々な展示即売会などがしょっちゅう行われており、地域の商業活動を後押ししている。
 これらの施設の設置を推奨したのが、若き日のアンケルだというのだから驚きだ。
 オレの前世ではわりと当たり前のことだったが、それをゼロから企画し立ち上げ、実施しているというのだから恐れ入る。とても目の前で干し芋を齧っている男と、同一人物だとは思えない。

 軽く栄養補給を済ませてから、再び会場内を回っていると、こちらに近づいてくる人物がいた。

「アンケルさま。ご無沙汰しております。クロアも元気だったかい」

 声をかけて来たのはランドクレーズ本家、現当主の長男ヘリオ・ランドクレーズ。
 眼鏡をかけたスマートな成年男性で、あの黒騎士アリオスくんのお兄様。目元や顔の輪郭などはよく似ている。兄は理系で弟は体育会系といったところか。
 本日は父親の名代として品評会に顔を出しているとのこと。
 爺やクロアだけでなく、お付きのメイドさんやオレにまで、キチンと挨拶をする律儀な性格。父や叔父の薫陶よろしくいい感じに仕上がっている。この分だと次代もランドクレーズ領は安泰だな。

「弟のことではお世話になりました」

 気安げな挨拶もそこそこに、居住まいを正し改めて礼を述べるヘリオ。

「ワシはたいしたことはしておらんよ」
「それでも……」
「惚れた腫れただけの話でもない。互いの思惑が重なった。ついでに若いもんの想いも重なった。幸も不幸もどう捉え、どう活かすか。今回はたまたま巧く事が運んだ。ただそれだけのこと」

 アンケル爺が言う惚れたの腫れたのというのは、第三王女ファチナと黒騎士アリオスくんとの恋模様。幸は二人の出会い。不幸は王女の母親の暴走。
 この度、王家より内々にだが二人の婚約を正式に打診された模様。
 王としては愛娘の身の安全と幸せな未来を。ランドクレーズ家としては、得難い人材の確保に王家とのパイプの強化。なにより当事者同士が好き合っている。
 密かに王女を狙っていた大公家は他にもいたみたいだが、あの母親がネックとなって二の足を踏んでいたところを、王子毒殺未遂事件のドサクサに紛れて、爺が掻っ攫う形となった。
 余計なオマケはいらんと言い切れる、アンケル爺の思い切りの良さの勝利。
 ヘリオにしてみれば実家にとっても、弟にとってもいい話を持って来てくれた叔父に対して、感謝してもしきれないといったところか。

「何にしても、まだどこから横やりが入るからわからんから、油断せ……」

 ガチャン!!

 大きな金属音と共に、おぉ、というどよめきが会場内に響く。
 会話を中断された叔父と甥が、騒ぎのした方へ顔を向ける。
 激しい音がしたのは会場でもかなり端っこの方、オレたちもそちらを見る。
 するとそこには異様な光景があった。

 檻の中に閉じ込めれ、何本もの太い鎖で繋がれたドリアード。
 葉は一枚も茂っていない、枯れ木のような姿。
 枝は何本も折れ、ところどころ木肌にある大きな切り傷が痛々しい。

「なに……あれ……」
「……酷いです」

 無残な姿を目にしたクロアらが、今にも泣き出しそうな顔をする。

「なんじゃ、アレは」嫌悪感も露わとなるアンケル爺。
「あれは……、そういえばどこかの愛好家が、野生種を手に入れたとかいう噂は聞いておりましたが、まさか……ここにあんなモノを持ち込んだのか!」
「なんと悪趣味な」

 アンケル爺の感想が全てであった。
 ここは愛好家が集う場所。大切に愛でた我が子のような存在を、披露するのを目的としているというのに。何を勘違いしたのか、あの傷ついたドリアードの持ち主は、野生種を手に入れたことを自慢したいがために連れてきた。愛好家からすれば唾棄すべき行為である。
 会場内のそこかしこからも、ひそひそと非難の声が上がっている。

「私は係の者に確かめて参りますので、とりあえずアンケル様たちは、用心のために別室にてお控え下さい」

 用心という言葉をわざわざ使ったことから、ヘリオはきっとドリアードの野生種の危険性について知っている。爺をもちろん判っていたので、甥の提案に素直に従った。クロアたちもその後についていく。案内係の先導に従う一行。じきに客室へと到着する。
 オレは列の最後尾について、後方に気を配りながらずっと考えていた。

 悪趣味……で済めばいいのだが、どうにも不安が拭えない。
 鎖に繋がれているから大丈夫? 檻に入れられているから安心? 本当にそうか? オレは何かを見落としちゃいないか……、ウチのドリアードさんは自分について、以前に何と言っていた? 野生種の特徴は周囲の土壌に影響を及ぼす、豊穣をもたらす……それって、つまり植物全般に影響力を持つということ。だとしたら……だとしたらこの会場にいるドリアードたちは? まさかっ!

 その考えに思い至った瞬間、オレは傷ついた野生種のドリアードの下へと駆けだしていた。

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