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75 日常
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みんな切り替えが早いね。
一ヶ月にも及ぶ王都滞在から戻ってきた翌日には、もう平常運転。
クロアは授業にてトア先生から出されていた課題の答え合わせ中。
アンケル爺は執事長のクリプトさんと一緒に執務室に篭っている。
メイド長のエメラさんは忙し気に屋敷内を動いている。
専従メイドのルーシーさんは、主のお部屋のお掃除と布団干し。毎日誰かの手が入っていたとはいえ住人のいない部屋って、独特の空気の濁りみたいなのが生じるから。
仮面女は知らん。
しかしこちとらお気楽ご気楽な謎生物スーラ。
忙しい奴らを尻目にのんべんだらりと過ごす……はずだったのに。
メイドさんらに詰め寄られてモッテモテなオレは、朝からせっせと持ち込まれた汚れ物に「洗浄」技能を発動。
インクや紅茶の染みやら油汚れなんかの中に、明らかに血の痕のような物騒なモノまで混じっていたが気にしない。高そうなレースの下着の扱いも手慣れたもの。
真面目に頑張ってお昼過ぎにようやく開放された。
厨房にて料理長にクッキーを分けてもらい、中庭にてほっと一息つく。
すると今度は司書室長のマリアベルさんに拉致られた。
連れて行かれた先は図書室。
室内はかなり荒れていた。整然としていた棚の中がぐちゃぐちゃ。資料も散乱している、が、なにより皿やらカップやら喰いかけの食べ物やらゴミやら脱いだ靴下やらの存在がオカシイ。
どうやら屋敷の主人が不在なのをいいことに、司書らはここで寝泊りをして仕事をやっつけていたようだ。どんだけ仕事熱心なんだよ!
マリアベルさんを筆頭に司書らはみな仕事が出来る。事務能力にかけては超エリート。ウチだけでなく王国全土と比べても屈指の実力者揃い。だがここに私生活がまるで駄目という弱点が露見した。
そういや前世にもいたな。仕事が出来てデスク周りも整頓されており、見た目にも気を配っている、なのに何故だかロッカーの中がぐちゃぐちゃって人。公私の公は完璧なのに私になると途端にダメになる。どうやら司書さんらはそのタイプのようだ。
マリアベルさんに「ムーちゃん助けて―」と泣きつかれてしまった。
普段は眼鏡の似合うバリバリのキャリアウーマン風な彼女。そんな女性の「ちゃん付け」呼び。これには参った。ギャップ萌えの威力が半端じゃないぜ。
しょうがないのでお部屋の片づけにオレは着手する。今こそ秘技「千手ウィップ」を披露する時。
その日、図書室内にて幾筋もの青い触手が舞った。
みるみる片付いていく室内。
その間中、頭の上を本やモノを掴んだ触手が通り過ぎても、一向に気にせず目の前の仕事に集中する司書さんたち。
果たしてオレと彼ら、どちらが凄いのだろう。
すべての作業が完了するまでに三時間近くを要した。
オレだからこの程度で済んだが、他の人が片づけをしていたら、たぶん三日は軽くかかっただろうね。
図書室を出ると窓から差し込む陽はすでに橙色。
もう、今日はお終い。夜になったら裏の林のドリアードさんを訪ねて、王都のお土産を渡して、ついでに愚痴を聞いて貰おう……そう考えていたら、またまた拉致られた。
今度はメイドさんたち。朝とは違う面々だ。
抱きかかえられるままに連れていかれた先は、敷地内に新設された浴場。
ここはクロアのダウジング能力により発見され、オレがうっかり掘り当てた温泉。家人らの強い要望により、今では立派な温泉施設が建っている。
女湯の方にオレは放り込まれた。
現在は温泉が一時的に止められており、水が抜かれてある。
見ると浴槽内には、温泉特有のヌメリと付着物がびっしり。
《これをオレに掃除しろと?》
ぷにょんと青いスーラボディが振り返ると、七人のメイドさんらが揃って頭を下げていた。
みな見事なお辞儀だ。さすがはメイド長のエメラさん仕込み。完璧過ぎて、もう、付け入る隙がまるで見当たらない。
しようがないのでオレは掃除を始めた。
作業の障りとなるので、メイドさんらを全員浴室から退去してもらい、初めは触手を伸ばして一つ一つ丁寧に擦ったり、溶かしたりして洗っていたが、どうにも埒が明かない。そこで体を極限まで薄く引き伸ばして幕となり、これで全体を覆ってジュンジュワーと汚れをまとめて溶かす。浴槽や床なんかを傷つけないように気を遣うので、見た目の豪快さに反して、神経を使う作業であった。おかげで浴室はすっかりピカピカ。メイドさんらも歓喜の声を上げた。
掃除を完了した時、すでに陽はとっぷりと暮れていた。
男湯? そっちはまた気が向いたらな。
屋敷の中が寝静まった頃を見計らって、オレは本宅の裏にある林へと向かった。
久しぶりに再会した友人に、王都で手に入れた珍しいお菓子を差し入れしつつ、土産話に花を咲かせる。こちらは筆談だけどね。
「そうかー。大活躍だったんだねー。なんかカッコいいよね。義賊って」
爽やかな声で感想を述べるドリアードさん。顔はしわくちゃだが、相変わらず声はイケメンだ。とっても聞き上手な彼に甘えて、オレは今日あったことを少し愚痴る。
「ふふふふ。それはご苦労さま。でもねぇ、君たちが居ない間は、本当にどこか火が消えたようだったんだよ。なんだか屋敷自体も寂しいって言ってるみたいでさ。たぶん家のみんなもそうだったんだよ。だからかな。みな久しぶりに、はしゃいじゃったのさ」
そうまで言われてはムクレているこっちが馬鹿みたい。
オレはすぐに機嫌を直した。
なんにしても久しぶりに言葉を交わした友達は、やはり男前であった。
「モテるコツは聞き上手」
その事を胸に刻みつつ、オレたちは夜を徹して語り合う。王都で手に入れた菓子を肴に。
《悪くはないが、やっぱり料理長の方が旨いよな》
「だよね。僕もそう思うよ。工夫は認めるけど奇をてらい過ぎていて。なんだかこう、あと一歩が足りない?」
《そうそう。階段を登っていて最後の一段を残すのみ。もうゴールは見えている。なのにその一段が乗り越えられない……みたいな》
「巧い例えだね。まさにその通りだよ」
空が白じみ始める頃。
やっぱりウチの料理長スゲー、という意見で今宵の話を絞める青いスーラとドリアードであった。
一ヶ月にも及ぶ王都滞在から戻ってきた翌日には、もう平常運転。
クロアは授業にてトア先生から出されていた課題の答え合わせ中。
アンケル爺は執事長のクリプトさんと一緒に執務室に篭っている。
メイド長のエメラさんは忙し気に屋敷内を動いている。
専従メイドのルーシーさんは、主のお部屋のお掃除と布団干し。毎日誰かの手が入っていたとはいえ住人のいない部屋って、独特の空気の濁りみたいなのが生じるから。
仮面女は知らん。
しかしこちとらお気楽ご気楽な謎生物スーラ。
忙しい奴らを尻目にのんべんだらりと過ごす……はずだったのに。
メイドさんらに詰め寄られてモッテモテなオレは、朝からせっせと持ち込まれた汚れ物に「洗浄」技能を発動。
インクや紅茶の染みやら油汚れなんかの中に、明らかに血の痕のような物騒なモノまで混じっていたが気にしない。高そうなレースの下着の扱いも手慣れたもの。
真面目に頑張ってお昼過ぎにようやく開放された。
厨房にて料理長にクッキーを分けてもらい、中庭にてほっと一息つく。
すると今度は司書室長のマリアベルさんに拉致られた。
連れて行かれた先は図書室。
室内はかなり荒れていた。整然としていた棚の中がぐちゃぐちゃ。資料も散乱している、が、なにより皿やらカップやら喰いかけの食べ物やらゴミやら脱いだ靴下やらの存在がオカシイ。
どうやら屋敷の主人が不在なのをいいことに、司書らはここで寝泊りをして仕事をやっつけていたようだ。どんだけ仕事熱心なんだよ!
マリアベルさんを筆頭に司書らはみな仕事が出来る。事務能力にかけては超エリート。ウチだけでなく王国全土と比べても屈指の実力者揃い。だがここに私生活がまるで駄目という弱点が露見した。
そういや前世にもいたな。仕事が出来てデスク周りも整頓されており、見た目にも気を配っている、なのに何故だかロッカーの中がぐちゃぐちゃって人。公私の公は完璧なのに私になると途端にダメになる。どうやら司書さんらはそのタイプのようだ。
マリアベルさんに「ムーちゃん助けて―」と泣きつかれてしまった。
普段は眼鏡の似合うバリバリのキャリアウーマン風な彼女。そんな女性の「ちゃん付け」呼び。これには参った。ギャップ萌えの威力が半端じゃないぜ。
しょうがないのでお部屋の片づけにオレは着手する。今こそ秘技「千手ウィップ」を披露する時。
その日、図書室内にて幾筋もの青い触手が舞った。
みるみる片付いていく室内。
その間中、頭の上を本やモノを掴んだ触手が通り過ぎても、一向に気にせず目の前の仕事に集中する司書さんたち。
果たしてオレと彼ら、どちらが凄いのだろう。
すべての作業が完了するまでに三時間近くを要した。
オレだからこの程度で済んだが、他の人が片づけをしていたら、たぶん三日は軽くかかっただろうね。
図書室を出ると窓から差し込む陽はすでに橙色。
もう、今日はお終い。夜になったら裏の林のドリアードさんを訪ねて、王都のお土産を渡して、ついでに愚痴を聞いて貰おう……そう考えていたら、またまた拉致られた。
今度はメイドさんたち。朝とは違う面々だ。
抱きかかえられるままに連れていかれた先は、敷地内に新設された浴場。
ここはクロアのダウジング能力により発見され、オレがうっかり掘り当てた温泉。家人らの強い要望により、今では立派な温泉施設が建っている。
女湯の方にオレは放り込まれた。
現在は温泉が一時的に止められており、水が抜かれてある。
見ると浴槽内には、温泉特有のヌメリと付着物がびっしり。
《これをオレに掃除しろと?》
ぷにょんと青いスーラボディが振り返ると、七人のメイドさんらが揃って頭を下げていた。
みな見事なお辞儀だ。さすがはメイド長のエメラさん仕込み。完璧過ぎて、もう、付け入る隙がまるで見当たらない。
しようがないのでオレは掃除を始めた。
作業の障りとなるので、メイドさんらを全員浴室から退去してもらい、初めは触手を伸ばして一つ一つ丁寧に擦ったり、溶かしたりして洗っていたが、どうにも埒が明かない。そこで体を極限まで薄く引き伸ばして幕となり、これで全体を覆ってジュンジュワーと汚れをまとめて溶かす。浴槽や床なんかを傷つけないように気を遣うので、見た目の豪快さに反して、神経を使う作業であった。おかげで浴室はすっかりピカピカ。メイドさんらも歓喜の声を上げた。
掃除を完了した時、すでに陽はとっぷりと暮れていた。
男湯? そっちはまた気が向いたらな。
屋敷の中が寝静まった頃を見計らって、オレは本宅の裏にある林へと向かった。
久しぶりに再会した友人に、王都で手に入れた珍しいお菓子を差し入れしつつ、土産話に花を咲かせる。こちらは筆談だけどね。
「そうかー。大活躍だったんだねー。なんかカッコいいよね。義賊って」
爽やかな声で感想を述べるドリアードさん。顔はしわくちゃだが、相変わらず声はイケメンだ。とっても聞き上手な彼に甘えて、オレは今日あったことを少し愚痴る。
「ふふふふ。それはご苦労さま。でもねぇ、君たちが居ない間は、本当にどこか火が消えたようだったんだよ。なんだか屋敷自体も寂しいって言ってるみたいでさ。たぶん家のみんなもそうだったんだよ。だからかな。みな久しぶりに、はしゃいじゃったのさ」
そうまで言われてはムクレているこっちが馬鹿みたい。
オレはすぐに機嫌を直した。
なんにしても久しぶりに言葉を交わした友達は、やはり男前であった。
「モテるコツは聞き上手」
その事を胸に刻みつつ、オレたちは夜を徹して語り合う。王都で手に入れた菓子を肴に。
《悪くはないが、やっぱり料理長の方が旨いよな》
「だよね。僕もそう思うよ。工夫は認めるけど奇をてらい過ぎていて。なんだかこう、あと一歩が足りない?」
《そうそう。階段を登っていて最後の一段を残すのみ。もうゴールは見えている。なのにその一段が乗り越えられない……みたいな》
「巧い例えだね。まさにその通りだよ」
空が白じみ始める頃。
やっぱりウチの料理長スゲー、という意見で今宵の話を絞める青いスーラとドリアードであった。
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